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賢者サマのおふね◇ジークのこと  作者: 神代きい


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過去を追う◇あの夜のこと

「…俺は、アンタのなんだよ?」

 施錠した塔からどのように抜け出してきたのか、ユウガが自分の部屋を訪ねてきた。

 昼間に激しい父子ゲンカをした、その深夜のことだった。

「答えてくれよ。俺は、アンタのなに?」

「お前は私の息子だろうが」

「そういうことじゃなくて…」

 ――…この子が言いたいことは、嫌でもわかった。

 だが…、それには触れたくなかった。

「何時だと思っている。私は寝る。今回は見逃してやるから、お前はさっさと塔に戻れ」

「……俺は…アンタのなんなんだよ…」

 息子の声音が少し狂う。この頃反抗的な態度を示すユウガの――…久々に見る涙だった。

 ゆえに、ユギハは激しく動揺した。

「何を泣いているんだ。早く寝ろ」

「…」

「くだらんことにこだわるな」

 ユウガが髪を掻き乱して首を振った。拳を強く握り唇を噛み締めている。

「…家族って、なに?」

 嗚咽をこらえ、声をしぼり出す姿。

「答えろよ。家族ってなんだよ」

「お前もしつこい奴だな」

「俺わかんねぇよ。家族ってなんだよ…。

 辞書で調べたりもした。でも、簡単に数行書いてあるだけで…。俺、よくわかんねぇよ…。俺……」


 ――…もう限界だ、と思った。


 ユウガをこれ以上押さえ込んではならない。

 このままでは、この子の心まで壊れかねない。

「俺はアンタのなんだよ? 答えろよ」


 ――…何をどのように答えればいい?

 今どんな言葉を紡いだとしても、この子の心は満たされまい。それどころか、怒りを増幅させるだけだろう。


「…早く戻って寝ろ。いいな?」

「答えないのかよ」

「…」


 互いに冷静になって話し合った方がいい。だから、今は…。

 ――…これもまた「逃げ」だろうか。


 まったく、心底自分が嫌になる…。



「わかったよ。

 ――――もう、いい」



 踵を返した息子に、ユギハはただ「寄り道せずに戻れよ」としか声を掛けることができなかった。

 返事は、なかった。



 ――それから半時も経たなかった。

 部屋に飛び込んできたクルテンが、ユウガの逃亡を告げたのだ。


 報告を受けた途端に頭が真っ白となり――…次の瞬間、我が子を追おうと部屋を飛び出したユギハを、腹心達は5人がかりで文字どおり力ずくで押さえ込んだ。

 正気を失った総裁がこの深夜に護衛もつけずに要塞の外へ飛び出すなど言語道断だ、と。

 それでも半狂乱となり暴れるユギハに少しばかりの冷静さを取り戻させたのは、クルテンが放った数発の本気の拳だった。


「――いいか。どんな手を使ってでも連れ戻せ。場合によっては多少傷つけても構わん。無理にでも、強引にでも、一刻も早く連れ戻せ!

 そして、ここに――…俺の前に連れてこい…ッッ!!!」

 張り裂けんばかりの心の痛みと共に放った命令を受け、瞬時に散る腹心達。

 それを見届け――…、ユギハはその場で崩れた…。



 ――…気づけば、ウイスキーの瓶をストレートのまま2本空けていた。

 酔い以外の要因で歪む視界。とてつもない不快感の中、ユギハは惨めに頭を抱える。


 ……何故、気がつかなかったのだろう。


 ユウガのあの訪問は、あの質問は――…あの子からの助けを求める最後のサインだったのだろうに…!


「もう、いい」


 ユウガはそう言い、ここから出ていった。

 なぜあのときにきちんと言えなかったのだろう。

 なんて、馬鹿なのだろう…。


 3本目の酒瓶に手を伸ばし――…、届く直前に取り上げられ、ユギハはぼんやりと相手を見上げる。

「……父上、あなた人間ですか?」

 取り上げた瓶をさっさと棚に戻しながら「普通の人間はこんな呑み方をすれば死にますよ」とピシャリと諫め、もうひとりの息子は遠慮がちにため息をつく。

 ユギハは自嘲した。

「……シュウ…。あれはもう…、二度と戻って来ないだろうな…」

「父上…?」

「戻るはずが、ないよな…」

 嗚咽混じりにうなだれる肩に手を置き「しっかりして下さい」と力強く揺するシュウ。

「僕は弱気になった父上なんて見たくない」

「なら、お前ももう俺なんか見放してどこかへ行けばいい」

「…本気で怒りますよ!? 僕は絶対にあなたを見捨てたりしないッ。どんなに堕ちようが、絶対に父上をひとりにはしないッ! ユウだって絶対に帰ってきます!

 ここは間違いなく、ユウの故郷なんだから――」

「こんな酷い故郷など、こんな馬鹿で最低な父親など、思い出したくもないだろうさ」

「父上…」


「俺は、あいつを――…壊したんだ…」



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