理解すること◇告解
※若干残酷な描写が含まれています。
ジークの思考が完全に止まった。
沈黙の間が続く。
とても恐ろしくて…、言葉を紡ぐことなど、できなかった。
「――…な……ア…アンタ…、自分が何を言ってんのか…、ちゃんと、わかってんのか……?」
「もちろんだ」
「アンタ…アンタは――…、アンタは自分の弟のカミさんと……その…、それで、シュウが――…そう言うのかよッ!?」
「あのときはまだユギハとユレンは正式な夫婦ではなかったよ」
「…てめぇッ!!」
「俺の子を妊娠したとユレンが俺に告げたのは、ふたりが夫婦になった数ヶ月後だった。自分は夫以外の子を身ごもった。呵責に堪えられない。真実を隠したままユギハに堕胎を願い出たが、夫にはあっさりと拒否された。一体どうすればいいのだろう、と。
…俺は動揺した。ユレンが妊娠するなんて、俺はまったく考えていなかった。…無理矢理、だったんだ…。
俺はユレンに言った。堕胎に必要な金はすべて出すから今すぐ堕ろせ、と。でもユレンは、それはできない、と泣いた。夫の協力なしに自分の子を殺すなどできない、と。
ユレンが堕胎の許可を得ようとユギハにすがりつく姿を見た。半狂乱となった愛妻を、ユギハは優しく抱きしめて、あやしていた。
そして言った。お前はお前の子を殺す必要などない、俺がお前を支えるから、と…。
――…俺はな、ユウガ。あいつが羨ましくて――…憎かった。
俺は養子だ。実親は赤子の俺を修道院の門前に捨てたそうだ。子が出来ないと諦めていた養父母に、俺は確かにあたたかく迎えられたさ。
だが…その翌年、養父母はあいつを授かった。実の我が子をな…!
養父母は俺にも分け隔てない愛情を注いでくれたさ。養子の俺を嫡男に据えるほどに。あいつも俺を兄と慕った。
…でも俺は、あいつに引け目を感じた。
あいつは全てが優れていた。剣術に愛で、魔術にも優れ、厚い人望を持ち、今では国家の依頼を充分こなす総裁だ。父母が期待する全てを、あいつは備えていた。
だが青年になったあいつは、自由奔放なドラ息子。博打にタバコに女、薬にも手をつけていた。総裁の実子である責任の重圧から逃れるように。
俺は…俺はそんなあいつが――…ッ!」
甥に口を挟まれることを畏れるように、ユタバは一気にそれらを叫ぶ。
――それらはまるで、悲しい悲鳴。
長年胸につかえていたモノを一気に吐き出し…、ユタバは力なく静かにうなだれる。
実の兄弟同然に育ったにも関わらず、弟を裏切ったその罪悪。
――絶対にしてはならない禁忌――。
…複雑な心境のまま、ジークは伯父を睨みつける。
「――…その…そのことを、アイツとアニキは…、知って……?」
「…俺はユギハにもシュウにも話したことはない。ユレンも言ってはいないと思う。
でもな…、シュウは一度も俺を『伯父』と呼んだことがない」
そう――、ジークもそれには気付いていた。
いつもは敵味方関係なく一応は柔らかな対応をするシュウの、あの刺々しい態度。
そしてシュウは、ユタバを決して「伯父」とは呼ばずにいた。
まるでジークが父を指すときのように――「あの人」と…。
「………」
「…ユギハは自分の病を俺に話してくれた。兄弟とはいえ、他の〔組織〕の総裁である俺に。あいつが俺を信じている証だ。
それなのに俺は――…、ユレンにしたことを、シュウのことを、ずっと黙ってきた。
シュウがユギハを父と呼び慕う光景を見るだけで、自分の大罪を意識して胸が苦しかった。それが嫌で、俺は朱の総裁になった。――それも、酷い方法で。
すべて俺のせいだ。俺は…、俺は……」
「――…アンタは…」
ジークは無意識に、こう呟いた。
「アンタは…、アイツの兄であり続けたかったんだな……」
謝罪すべき弟と瓜二つの甥の言葉に――…、ユタバはただ静かにうなだれた。