理解すること◇懺悔
夕闇の室内。
戻ってきてから無言でただ床の一点を見つめている甥に何を思ったのか。ユタバが一度退席し…、しかしすぐに戻ってきた。
「甥っ子、お前に見せたいものがあるんだ」
そう言いつつ、テーブルに下ろした包みを開いていく。
「――…さぁどうだ? 似ているだろ?」
ユタバは笑い、包みから現れた肖像に目を細める。
そこにいるのはふたりの青年。両者とも黒髪だが、ひとりは茶眼――目の前にいる男だ。もうひとりは、自分と同じ赤みがかった黒髪と黒眼。全体的に若さゆえの軽さが見える。
「あいつが総裁になる2年前だから…、ちょうどお前の歳か。ふたりで街へ遊びに行ったときに、露店の絵師が描いた物だ」
ゆっくりとソファに座りつつ、ユタバはそう補足した。
――…鏡を見ているようだ。肖像を見てまずそう思った。
顔立ちは自分と瓜二つ。絵の中の青年は、胸まで伸ばした髪を組紐で乱雑に束ね、挑発的だか不快ではない不敵な笑みを浮かべている。
…これがあの父か、と。ジークは何度も瞬いた。
「今のあいつとは印象が違うだろう? あいつから『似ている』とは聞いていたけどなぁ…、まったくだ。お前を見て本当に驚いたぞ」
嬉しそうにおどけて笑うユタバだが、ジークはただ「…そう」と応えるのみ。…そんなことを言われても、困るだけだ。
否。少し前の自分ならば、考えただけで鳥肌が立つほどの嫌悪を抱いたはずなのに…。
「――…何をやってんだろうな、俺」
自身の前髪を掴んで苦く自嘲するジーク。
甥を見つめるユタバの視線が、その脇にある長剣へと移った。
「お前…、自分で持っていた剣はどうした?」
「…。置いてきた」
「いらないのか?」
「必要ない」
蒼脱走時に武器庫から盗んで以来、ずっと振り回してきたあの剣。それよりもこの剣を選んだ自分に感じる、少しばかりの違和感。
だって――…あの赤い刀身の剣は“真空のジーク”のトレードマークだ。
あれがなければ――。
――…そう。
あれがなければ、暗殺者“真空のジーク”を演じなくて済む。
なんだか、一気に気持ちが楽になった気がする…。
目を伏せて天井にゆっくりと息を吐く。
そんな甥に穏やかな眼差しを向けているユタバだったが…、やがて表情を引き締めた後に、沈黙を破る。
「お前はこれから…、どうするんだ?」
「……。別に…」
「蒼に――ユギハの元に帰るのか?」
「………」
…そのつもりはない。ジークは首を横に振る。
しばしの沈黙の後――…。
両手の指先を合わせた姿勢で考え込んでいたユタバが、とても真剣な表情で重い口を開いた。
「ユギハの――…お前の親父の近況を、シュウから聞いたか?」
「? 近況って…、何をだよ?」
「……あの馬鹿が…。本気で黙っているつもりか…?」
「…?」
苦しげに視線を迷わすユタバを訝しむジーク。
長い長い沈黙の末…、ため息の後にユタバが口を開いた。
「ユギハはな…、病にかかっている」
「…。なんのだよ?」
「それは…、言えない。聞いただけで不安になる」
「は?」
「でもな…、これだけは言える。
――…ユギハは天寿を全うできない」
「!」
弾かれたようにハッと顔をあげるジーク。
ユタバはできるかぎり冷静に甥と目を合わせる。
「…これを知っているのは俺が知る限り、シュウと俺、軍医のディン、五人衆、そしてあいつ自身だけだ。
あいつは自分の命に余裕がないと理解し、受け入れている。総裁である自分の死後に発生するであろう問題を考え、俺に協力を求めてさえいる」
「……な…なんだよ…、それ…」
――…でもな…、と。
ジークを見つめるユタバの目に辛い光が宿った。
「あいつの唯一の気掛かりが――…お前だ。
お前が今どうしているのか。自分が死んだ後、厄介なトラブルに巻き込まれないか。そしてなにより――…もう一度会えないか。
…あいつはな、お前さんに会いたがっているんだ。罵倒されてもいい。憎悪の目を向けられてもいい。斬りかかられても構わない。
…それでも、お前に会いたい。
お前の声を聞き、お前の手に触れ、お前の髪を撫でたい。それが高望みなら、せめてお前の姿を一目見たい、と…」
――…だから、だろうか。
シュウがあれほど必死に自分を父と会わせようとしたのは…。
『ユウ、ひとつだけお願いだ。――父上に会って。
会話もしなくていい。ほんの一瞬、顔を見せるだけでいい。お前が無事なんだって、自分の目で確かめさせてあげて。
ユウ…、父上にはもう――…』
――…そう…、兄はこう言っていた…。
「…そんな顔をするな。なにも今日や明日に死ぬわけじゃない。2年や3年――いや、あいつならもっと生き延びるさ。な?」
「…なに、を、言ってんだよ」
――――俺には関係ない。
「死ぬならさっさと死ねってんだよ。俺はアイツが大ッ嫌いだし、心底憎いと思ってんだ。
――…そう…、そうだよ…。俺はアイツが死んだ方がスッキリするんだ…ッ!」
ジークはそう吐き捨てると、勢いよく立ち上がってドアに向かった。
そう――、俺には関係ないんだ。
もういいッ。ズラかってやる…!
「おい甥っ子ッ」
「俺はガキじゃねぇ! 名前で呼べッ!」
「ユウガッ!!」
力強く真名を呼ばれ、ジークの足が思わず止まった。
――真剣な伯父の声が耳に届く。
「………お前に、頼みがある」
「…んだよッ!?」
殺気立って振り返ったジークだったが――たじろぐ。
ユタバがあまりにもまっすぐと、自分の目を捉えてきたから。
…彼は少しばかりの間を置き、そして静かに口を開く。
「お前は本当にユギハに似ているな…。無鉄砲で、まっすぐで…、昔のあいつを前にしたようだ」
「…」
「――…いや…、少し違うか。
若い頃のあいつは馬鹿な無茶ばかりをしていた。毎日のように賭博にふけるし、蒼の金を持ち出すし、女遊びも派手だったか。俺もあいつと遊び歩いたもんだ」
「…ふぅん」
ユウガ――、と。
ユタバが大切にその名を呼んだ。
「………あいつの息子は、お前だけだ。だからこそ俺は、お前にはあいつの元へ帰って欲しい…」
「? 俺だけって…、どういう意味だよ?」
あの人にはシュウがいる。あの優秀な、兄が。
ユタバが辛そうに目を伏せる。
「…ユギハとお前は本当に似ている。
だから、ユウガ…。お前に懺悔を聞いて欲しい」
「懺悔…?」
「シュウは――…ユギハの実子じゃない」
その言葉にジークはキョトンとする。
「…? アンタと同じ養子なのか? そんな話なんて、俺は聞いたこと――」
「違う。そうじゃない」
「………?」
「シュウは…、ユレンと――――…俺の子、なんだ……」




