再会は突然に◇平穏な朝
「レイヴ、眠れたか?」
「ん、あんまりねー…。ふわぁ~っ…」
食後茶のカップを片手に持つカイに元気なく笑い、レイヴはあくびを噛み殺した。
快晴のデスティニィ号のデッキ。カイは手すりに寄りかかって僅かに笑っている。
「寝袋は使ったけど、床に寝たも同然だからねー…。体中が痛いよ。
んんーーー…っ、はぁ~…」
凝り固まった全身をほぐそうと、思いっきり伸びをするレイヴ。
「本業中はどんな場所にでも寝ていたんだろう?」
「まぁね。地下洞窟の最深部から、世界最高峰のてっぺんまで。
けどまぁ、ブランクがあるからさ。体がベッドに慣れちゃってて」
「災難だったな」
「本ッ当にねー。ふわぁ~…」
大きなあくびをし、レイヴはふらふらとデッキの階段を降りた。
いつもの日影を見ると、子供化したキオウの姿。いつぞやの巨大クマに埋もれて、すーすーと寝息を立てている。
「きーちゃんッ、邪魔だから部屋で寝てよッ」
ほうきをサッサッと軽快に鳴らす掃除当番キーシ。手を腰に当て怒鳴っているが、キオウはまったく動じていない。
「朝帰りだもんなぁ…」
昨夜は結局ほとんど眠れなかったレイヴは、夜明けと同時に帰ってきたキオウを寝ぼけ眼で目撃している。海の彼方から昇った朝日、透明な緑の光の魔法陣――…。あの幻想的な光景には素晴らしく感動した。
てっきり父親の元で一泊したのかと予想していたが…、この様子では全然眠っていないのだろう。
レイヴは皿洗いの音がご機嫌に響く厨房に入った。
朝日がいっぱいに入ったインパスの城。いつものように城主が鼻歌混じりに生き生きと仕事をしている。
「インパス。ソレ終わったらさ、一緒に蝶番とかネジとか買いに行こうよ。モノさえあれば俺がドア直すから。修理費浮くよ?」
「え…っ? ほ、ホントにッ!?」
泡のスポンジをシンクに放り投げ、レイヴに駆け寄る料理人。
インパス・パティカ、31歳。実は黙ってさえいればハンサム君に見えるのだが、昨夜の寝不足で作ったクマが魅力のすべてを殺している。
「明るくなってからもう一度ドア見たけど、大した被害はなかったみたい。ネジとドアノブと蝶番を換えて、板を打ち直して補強すれば平気だよ」
「レイヴ、ホントに直せるの?」
「うん」
途端にうるうると涙を浮かべて「メシアさまぁ〜っ」と両手で握手を求めてくるインパス。手についた泡の存在など完全に忘れていると思われる。
そして問答無用でレイヴの手をひっつかみ、「これで俺の悩みがひとつ減ったぁ〜っ」とガクガク揺さぶる。
寝不足な上に振動をプラスされて、ますます「じ〜ん」と麻痺するレイヴの脳みそ。
「あー、うん…。俺も厨房で寝るのは夕べ限りにしたいしねー。
でもインパス、材料費は協力してよ? ついでに他にも――」
「買う買う! レイヴが直してくれるなら、ネジでも石レンガでもなんでも買っちゃう!」
「うんうん。そうして」
あははと笑ってごまかしつつ厨房から出るレイヴ。インパスの握手によって付けられた手の泡を拭い、空で旋回するカモメ達を無意味に見上げる。
またあくびが出た。
「ふわぁ〜…っ。な〜んか、怖いくらいに平和な朝だなぁ。ジークがいないからかな? でもジークがいなかった3ヵ月前もこんなに平和じゃ――…あ、ラティもいないのか」
相変わらずチビキオウに文句を言い続けているキーシを見て、ふむふむと納得するレイヴ。
ちょうどいいパシリ――もとい、仲良しな友達が不在のために、キーシは昨日から荒れ模様なのだろう。
「カイー。ラティはまだ帰ってないの?」
カップと新聞を手すりに置いて空を見上げていたカイが、レイヴの問いに軽く肩をすくめてみせた。
「ん…、あの子がこんな時間まで帰らないだなんて…。
買い物の前に、捜しに行ってこようかな」
眉をしかめつつカイに近寄ると、カイはカップの中身を一口啜ってから首を横に振る。
「心配はいらん」
「え? なんで」
「キオウを見ろ」
「…?」
キーシの「どいてよっ!」との怒声にも動じず、クマにしがみついているキオウ。
平和な寝息。柔和なほっぺ。良い夢でも見ているのだろうか、口をムニムニと動かして笑みを浮かべている。ころん、と可愛らしい寝返り。
あ、耳センしてた。
「ラティが危険な目に遭っていない証拠だ」
「そーだね」
さりげなく安否判断に利用されている賢者サマであった。
朝日に目を細めて手すりに肘をつくカイが、何故か少しおかしそうにレイヴを見た。
「お前も退屈なんだろう? ジークが留守でな」
レイヴは目をぱちぱちとさせた。
「うーん…、まぁね。ジークがいないから、張り合いがないんだよね」
なんか、つまんなーい。
そんな感じであった。
「でもさぁ、カイ。1年くらい前はこのメンバーだったよね? あの頃もこんな感じだったっけ?」
「お前、現役時代は一匹狼だったんだろう?」
「その『現役時代』って表現やめて。なんだかむなしくなっちゃう」
「孤独を好んでいた分、今はなおさらに仲間を恋しく思うんだろうな」
「失恋とは違う感情だけど?」
「お前が失恋? 興味深い」
「興味持たないで」
この船で最年長であるカイは、口を尖らせるレイヴに口の端を持ち上げた。
「今のうちにたくさん恋の花を咲かせるんだな。
――よし、次の行き先を決めたぞ」
「どこ?」
「ライデリンだ。音楽も料理も踊りも刺激的でいい港町だぞ」
「…カイ、あそこになんか思い入れがあるの?」
レイヴの素朴な疑問に、カイは手すりを離れて背を向けた。
…古傷をつついてしまったらしい。
「カイだって若いんだから、まだまだ大丈夫だよ」
「俺は一応子持ちだ」
「キオウはちゃんと賢者サマに成長しているってば。…そりゃ、ときどきチビ化するけど。でも、もう一応は大人だしさぁ」
…なんだか、カイの背中がますます寂しい。
「……。カイー、今夜あたり一緒に呑もうよ。ふたりでぱ〜っとさ、ぱ〜〜〜っと」
「………そうだな」
仲間がふたりいないだけで、何故かしんみりとした空気になる。
そんなデスティニィ号の朝であった。