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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第2話
5/13

黒のまにまに

 目的地へ続く街道を、二つの影が進む。 

 乾いた土を踏みしめる音だけが、静かに続く。

 迷いのない足取りで前を行く黒衣の剣士──ユーリ。

 シャルロットは、その背中に置いていかれないように続く。

 道中、二人の間に会話は無い。

 正確には、シャルロットが何度か会話を試みているのだが、ユーリは「ああ」だとか「いや」といった返事のみであるため、続かない。

 半ば強引に、旅に同行しているため、文句を言える立場でないのだが。

 

 分かれ道に差し掛かる。

 立て札も、地図もない。

 しかしユーリは、躊躇(ちゅうちょ)なく左の道を選んだ。


 その後も、分岐点に当たるたびに、迷うことなく道を進んでいく。

 不意に疑問を投げかける。


「ユーリさんは、ここを通ったことがあるの?」

「いや」


 短い返答。

 

「そ、そうなんだ⋯⋯」

 

 適当に歩いているのだろうか?

 そんな考えが、頭をよぎる。

  

 ユーリの背中をしばらくついて行くと、ふと空気の変化に気がつく。

 音が減る。

 風が、止む。

 胸の奥が、ざわつく。

 

「⋯⋯っ」

 

 思わず足を止める。

 忘れるはずもないこの感覚──。

 騎士学校の時と同じだ。

 ユーリも足を止める。

 視線は、前。

 

 その瞬間。

 地面が爆ぜ、現れたのは──神獣。

 二本の大きな角を生やした巨大な馬の姿をしている。


「あ、あれは⋯⋯バイコーン!」


 脳内の知識を掘り起こし、呟く。

 同時に、バイコーンが激しく(いなな)いた。

 圧が、空気を押し潰す。

 肌に刺さるような殺気。

 息が、浅くなる。

 

「っ⋯⋯!」

 

 反射的に剣を抜き、構える。

 体が、震える。

 恐怖を抑え込み、一気に踏み込む。

 全力の突き。

 だが──

 

「っ!?」


 刃は、皮膚の手前で止まった。

 突き込んだはずの力が、すべて弾き返される。 

 ミノタウロス同様に、鋼鉄のように硬い。

 シャルロットの隙を突き、バイコーンが巨大な角を振り払う。

 

 直撃する──!


 刹那、体をぐいっと引かれ、紙一重で回避する。


「ユーリさん!」

「引いてろ」


 ユーリが刀の柄に手を添える。

 無音──

 次の瞬間、視界から──消えた。


 ユーリはバイコーンの背後に立っていた。

 ──チン。

 鍔鳴りと同時に、バイコーンの長い首が、落ちた。

 あまりにも静かに。

 あまりにも、あっけない。

 言葉が出ない。


◆◆◆◆◆

 

 日が沈み、街道は闇に包まれた。

 目的の街までまだ距離があるらしく、今夜は野営をすることになった。

 シャルロットにとって、初めての野営だ。

 先の戦いでは、足手まといでしかなかった。

 せめて今は、別のところで役に立たなくては。

 (たきぎ)集めと食料探しに勤しんだ。


  

 火が、揺れる。

 焚き木の弾ける音が、静寂に響く。

 シャルロットは、膝を抱えて火を眺める。

 隣では、ユーリが串に刺した焼きキノコを食べている。

 おもむろに、シャルロットが口を開く。

 

「ユーリさんの剣術⋯⋯すごかった」

 

 ユーリは黙々とキノコを咀嚼(そしゃく)している。

 構わずシャルロットが続ける。

 

「流派名はあるの?」

「⋯⋯黒刃(くろは)流」

「くろはりゅう⋯⋯ミノタウロスやバイコーンを両断したのも、その黒刃流の剣術なの?」

「⋯⋯壱式・影斬(かげきり)。瞬時に敵との間合いを詰める無音の居合術だ」

 

 初めて会話が続いたことに驚く。

 ここぞとばかりに、シャルロットは続ける。

 

「すごいよね。動きが洗練されてるっていうか、速さと鋭さが卓越してるっていうか⋯⋯」

 

 上手く伝えられない。

「すごい」としか表現できない語彙(ごい)の少なさが恨めしい。

 それほどまでに、ユーリは、黒刃流は、常軌を逸していた。


「⋯⋯そろそろ休め。明日に響くぞ」


 食べ終わった串を焚き火に放り投げ、ユーリは地べたに寝転がった。

 シャルロットも促されるままに横になる。

  

 ──耳が、勝手に音を拾う。

 葉の擦れる音。

 火の燃える音。

 虫の声。

 

 (眠れない⋯⋯)


 緊張、不安、恐怖──

 色々な感情が胸の中で渦巻く。


 ユーリが不意に口を開く。

 

「十匹、来るぞ」

「⋯⋯えっ?」


 起き上がり、ユーリを見やる。

 ユーリは目を閉じたまま微動だにしない。


 耳を澄ます。

 ──草を踏み鳴らす音。

 ──かすかに聞こえる唸り声。


 シャルロットは帯剣し、立ち上がる。

 遠方に、闇に光る魔獣の目を確認。

 月明かりでその姿が照らされる。

 ──ヘルハウンドの群れだ。

 

 呼吸を整え、間合いを測る。

 一対複数の戦い方は心得ている。

 焦らず、突っ込まない。

 まずは敵の数を減らすことを優先。


 痺れを切らしたのか、ヘルハウンドの一匹が飛びかかる。

 爪と牙に注意して回避。

 隙をついて反撃。

 レイピアの剣先が、ヘルハウンドを貫く。

 確かな手応え。

 神獣とは違う。

 ちゃんと、戦えてる。

 一体、また一体。

 確実に減らしていく。

 最後の一体を斬り伏せる。

 

 辺りに静寂が戻る。

 深く息を吐く。

 それが、安堵からなのか、疲労からなのかは分からない。

 ユーリは、何も無かったかのように眠っている。


 ユーリは、気づいていた。

 ヘルハウンドが近づいていることも。

 その数までも。

 シャルロットは、気づけなかった。

 音が聞こえて、ようやく分かった。

 ──遠い。

 あまりにも、遠い。 


 シャルロットは再び横たわる。

 しかし、いつまた襲われるかもしれないこの状況で、眠りにつけるはずも無かった。


◆◆◆◆◆


 翌日、街道を進んだ二人は、市場の街──エルードに到着する。

 多くの人が行き交い、活気がある。

 通りには、様々な商店が並び、物珍しい品物が興味を惹く。


「うわぁ、すごいねぇ!」


 シャルロットが思わず感嘆の声をあげる。

 物心ついた頃から、騎士学校の中が世界の全てだった。

 その殻から抜け出し、シャルロットは今、この世界について学んでいるのであった。

  

「ここは、何か用事があるの?」 

「物資の調達だ」

 

 ユーリが言う。

 

「あっ、なるほど」


 そこで、素朴な疑問が生まれる。

 

「そういえば、ユーリさんって⋯⋯お金、持ってるの?」

「いや、ない」

「えっ?無いって⋯⋯それじゃあどうやって買い物するつもりなの!?」

「当てがある」 


 ユーリの後を追って辿り着いたのは、何やら立派な佇まいの建物。

 

「ここ⋯⋯なに?」

商工会(ギルド)

「ギルドって、確か⋯⋯」


 ギルド──職業組合。

 様々な依頼を管理する組織だと聞いている。


「依頼を受けてお金を稼ぐってこと?」

「いや、用があるのは換金所だ」

「換金所って⋯⋯売るものなんか持ってたっけ?」

 

 シャルロットの疑問にユーリは答えない。

 

(まさか、刀を売るとかじゃ⋯⋯ないよね?)


 そんなシャルロットの不安を他所(よそ)に、ユーリは扉を開け、中へ入った。


 ギルド支部の屋内は、多くの人で溢れていた。

 依頼窓口で仕事を探す人。

 事務窓口で登録手続きをする人。

 換金窓口で素材の売買をする人。

 目的は、様々だ。


 ユーリは真っ直ぐに、換金窓口へと向かう。

 窓口の女性が小さく頭を下げた。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」

「こいつを換金してほしい」


 懐から取り出したのは革袋。

 袋の口を開けると、宝石のような物体が見えた。

 色鮮やかで、妖しく鈍い輝きを放っている。

 

「魔石の換金ですね。鑑定しますので、待合室へどうぞ」

 

 窓口の女性は、革袋を受け取ると、二人を店の奥へと案内した。


 鑑定結果を待つ間、シャルロットはユーリに尋ねる。

 

「ユーリさん。魔石って?」

「魔物や神獣が宿す魔力が結晶化したものだ。加工すれば、魔具に活用できる。だから、原石は高く売れる」

「へぇ⋯⋯」

 

 騎士学校では教わらなかった知識に、シャルロットは感嘆の声を漏らした。


 しばらくして、店員が戻ってきた。

 その手元を見て、シャルロットは──固まる。

  

「全部で八十万(ノルン)になりますが、よろしいですか?」

 

 ──がちゃん

 カウンターに置かれた瞬間、山積みの金貨がぶつかり、重く鈍い音が響く。


(き、金貨⋯⋯八十枚⋯⋯?)

 

 現実感がない。

 騎士学校で使っていた金額とは、桁が違う。

 そもそも──

 

(そんな量、見たことない⋯⋯)

 

 ちらりとユーリを見る。

 

「問題ない」

「では、ここにサインを」

  

 慣れた様子で淡々と手続きを済ませる。

 迷いも、驚きも、ない。

 金貨入りの革袋を二つ携え、「行くぞ」と一言。

 その言葉に、はっと我に返る。

 

「え、えっと⋯⋯ありがとうございました!」

 

 慌てて頭を下げ、シャルロットも後を追う。


  

「ち、ちょっと!何あれ!?」


 ギルド支部を出たところで、シャルロットが堪らず訴える。

 

「何がだ」

「何がって⋯⋯その金貨!」

 

 思わず声が大きくなる。

 

「八十枚って⋯⋯普通じゃないよ!?」


 ユーリは肩をすくめる。

 

「魔石が溜まってたからな」


 淡々とした返答。

 

(そういえば⋯⋯)

 

 ふと思い出す。

 森で倒れていた時のこと。

 空腹で動けなかった、と言っていた。

 

(あの時⋯⋯お金、無かったんだ)

 

 視線が、ユーリの持つ革袋に向く。

 今はこれだけ持っているのに。

 

(旅をして、お金が尽きて、それで⋯⋯)

 

 森に入った。

 食料を求めて。

 それでも──

 この男は、立ち止まらない。

 神獣を狩り続けている。

 

 ユーリの目的も、素性も、何も分からない。

 けれど、ユーリの人となりだけは、分かったような気がした。

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