264話:(1879年1月/新年)新年の三正面統合
明治十二年、正月。
雪に覆われた東京城の屋根が朝日に照らされ、白銀の輝きを放っていた。
正月らしい静けさのなか、城内の大広間には重臣たちが集められていた。
祝いの酒肴は脇に置かれ、机上に並ぶのは新年の祝詞ではなく、各地から届いた膨大な報告書だった。
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藤村総理大臣が静かに口を開いた。
「諸君、新年を迎え、我らの三正面戦略――満州・朝鮮・東南アジア――すべてにおいて成果を確認した。
いまや疑いなく、日本は大きな転換点に立っている」
大広間の空気が張り詰める。
各方面からの担当者が一人ずつ立ち上がり、報告を始めた。
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まず、満州からの報告。
義信(十一歳)の名を読み上げた大村益次郎は、抑えた声に確信を込めた。
「満州の主要都市は、当初の計画より二か月早く制圧を完了。
病による損耗はほぼ皆無。兵站は安定し、住民の協力も確保されている。
馬賊の動きは情報局により事前に掌握し、反乱の芽は潰した。
義信君の統合指揮が功を奏したのだ」
会議の場にざわめきが広がる。
少年指揮官の名は、いまや国内外を問わず広まりつつあった。
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次に朝鮮。
後藤新平が立ち上がり、数値を記した帳簿を開いた。
「行政、教育、医療、インフラ、すべて計画通りに進行。
識字率は半年で二割上昇し、乳児死亡率は三分の一に低下。
租税の透明化で不正は激減。民衆の支持は揺るぎない。
西郷総督の威光と、久信君の民政参加が庶民の心を掴んでいる」
会議室に座す者たちは一斉に頷いた。
「朝鮮はもはや清国の影響を完全に脱した」との評価は揺るぎなかった。
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そして東南アジア。
渋沢栄一が冷静に語った。
「シンガポール、バタビア、マニラの三拠点は稼働し、北海道の物流網と連動している。
義親君の研究成果は現地技師によって導入され、ゴム・錫・香辛料はいずれも高付加価値化。
労働者の収入は倍増し、教育と医療への投資が始まった。
欧州列強でさえ“搾取ではなく協力”と認め始めている」
坂本龍馬は豪快に笑い声を上げた。
「南洋の商人たちはもう日本抜きでは取引できん!
わしらが築いた経済圏は揺るぎない」
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藤村は三方面の報告を聞き終え、扇子を畳んだ。
「よろしい。満州の軍事、朝鮮の統合、東南アジアの経済。
三正面はすべて成功を収めた。
これは単なる勝利ではない。日本が世界に並び立つ強国となった証だ。」
大広間に沈黙が走り、やがて抑えきれぬ熱気が湧き上がった。
しかし藤村の目は冷静であり、その言葉には続きがあった。
「だが、我らの歩みはここで止まらぬ。
満州には列強の干渉の兆しあり。
アメリカは謀略を巡らせ、現地民を煽動して反乱を起こさせるだろう。
軍閥や馬賊の取り込みも急務だ。
さらに、台湾総督に後藤新平を任じ、移民政策を拡大する。
フィリピンへの移民も進め、ハワイでは王室と皇族の縁組を結び、日本化を急ぐ。
国民皆兵を徹底し、訓練は精神論ではなく科学的手法で行う」
その言葉は、一同の胸を強く打った。
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外には新年の太陽が昇り、雪原に黄金の光を放っていた。
その光は、新しい時代の幕開けを告げる旗印のようであった。
正月の冷たい風がロンドンの金融街を吹き抜けていた。
新聞売りの少年が声を張り上げる。
「エクストラ! 極東の日本、三方面作戦を完全成功!」
見出しには「アジアの新強国、日本」と大きく刷られていた。
記事には、満州での電撃的な進軍、朝鮮の近代化、そして東南アジア経済圏の確立が克明に記されていた。
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イギリス外務省の会議室では、閣僚たちが唸り声をあげていた。
「日本はもはや新興国ではない。
三正面戦略を同時に成功させたのだ。
これは帝国主義の歴史において前例がない」
首相は机を叩き、重々しく言った。
「日本は真の世界強国となった。我々の植民地政策を凌駕する新手法を見せたのだ。
彼らとの協調なくしてアジアは治まらぬ」
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パリ。セーヌ川沿いのサロンでは知識人たちが議論を交わしていた。
「東洋にこれほどの国家が出現するとは誰が予想したか。
日本は医療、教育、経済の全てで住民の心を掴んだ。
フランス革命の理想を、彼らは極東で実現しているのかもしれない」
新聞「ル・タン」は社説でこう記した。
「列強の傲慢な植民地支配とは異なり、日本は協力と知識の共有で影響力を拡大した。
この姿勢は、世界秩序を変革する可能性を秘めている」
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ベルリン。参謀本部の地図室では、軍人たちが満州の戦況を研究していた。
赤線で示された日本軍の進路は、疾風のように主要都市を制圧していた。
「従来なら三年かかる作戦を、わずか数か月で終えた……」
参謀将校は呆然とし、やがて言葉を漏らした。
「我々も日本の手法を学ぶべきだ。
兵站と防疫の統合、民心の掌握――これこそ近代戦争の要諦だ」
ドイツ皇帝に届いた報告書には一文が添えられていた。
「日本軍は、未来の軍隊の姿を示した」
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ワシントン。アメリカ大統領府では緊張が走っていた。
「日本の勢力拡大は、いずれ太平洋に及ぶ。
ハワイ、フィリピン、さらには我が国の影響圏に迫るだろう」
ある高官は険しい表情で言った。
「ならば、日本を弱体化させる謀略を巡らすしかない。
現地住民を煽動し、反乱を起こさせるのだ」
だが別の議員は反論した。
「無謀な干渉は、かえって日本の団結を強める。
むしろ彼らの方法を学ぶべきではないか?」
アメリカ社会は揺れていた。警戒と羨望、敵視と尊敬――相反する感情が渦巻いていた。
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東京城。各国からの反応が伝えられると、閣僚たちは重々しい表情を交わした。
「イギリスは称賛し、フランスは理想を語り、ドイツは学ぶと言い、アメリカは警戒している……」
陸奥宗光が呟いた。
藤村総理大臣は静かに頷いた。
「それでよい。賞賛も警戒も、我らが力を認めた証だ。
今や日本は、名実ともに世界五大強国の一角に立ったのだ」
外は新年の寒風が吹きすさび、雪片が闇夜に舞っていた。
だがその風は、もはや孤独な島国のものではなかった。
世界の秩序を揺るがす強国の旗が、確かに翻っていた。
正月の宴が終わり、再び東京城の大広間には緊張が満ちていた。
祝詞や舞ではなく、机の上に広がるのは地図と報告書、そして新しい政策案である。
藤村総理大臣は扇子を畳み、閣僚たちを見渡して低く告げた。
「三正面戦略の成功は世界を揺るがした。だが次なる段階が待っている。
満州では列強の干渉が必ず起こる。
清国の残余勢力、ロシアの野望、そしてアメリカの謀略――これを退けねばならぬ」
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大村益次郎が進み出て言った。
「馬賊や軍閥を放置すれば、反乱の火種となります。
だが彼らを敵に回す必要はありません。
日本の制度に取り込み、警備隊として雇い入れ、秩序を保たせるのです」
藤田小四郎も頷いた。
「報酬を与え、家族を守らせれば、彼らは反乱勢力ではなく治安維持の力となりましょう」
藤村は短く応じた。
「よろしい。馬賊の力は荒馬のようなもの。鞍を与えて乗りこなせば、国の役に立つ」
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次に、後藤新平が分厚い資料を掲げた。
「台湾を次の拠点とします。総督として私が赴任し、行政制度を即座に敷きます。
農業改良と港湾建設を進め、台湾を南方経済圏の要に変える」
藤村は頷き、さらに続けた。
「フィリピンも移民を推し進める。農村の余剰人口を送り込み、土地を耕させ、現地住民と共に発展させるのだ」
渋沢栄一はその案に補足した。
「銀行と信用制度を導入し、移民と現地人が共に取引できる環境を整えます。
これにより搾取ではなく協力の基盤が固まります」
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陸奥宗光が口を開いた。
「太平洋の中心、ハワイの動向も無視できません。
米国の影響が強いが、王室との縁組を図れば、日本化は進みます」
藤村は静かに頷いた。
「皇族とハワイ王室との結婚を進め、王国を日本の友邦とする。
そこに移民を送り込み、太平洋の防波堤を築く」
その言葉に広間の空気が揺れた。
日本が太平洋の覇権へ歩み出す姿が、鮮明に描かれた瞬間であった。
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さらに議論は軍事へと移った。
西郷隆盛が腕を組み、低い声で言った。
「国民皆兵を徹底する。だが精神論では足りん。
訓練は科学的に行い、体力、射撃、兵站、通信、すべてを合理的に磨き上げる」
大村益次郎が加えた。
「近代軍は兵士の体格と知識で決まる。
衛生学、統計学、数学――学問を兵士に教え、無駄のない軍を作り上げる」
義信は真剣に地図を見つめ、力強く言った。
「父上、国民皆兵が完成すれば、日本はどの列強にも怯えません。
科学で鍛えられた兵は、必ず国を守ります」
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藤村は全員を見渡し、結んだ。
「満州の治安、台湾総督の任命、フィリピン移民、ハワイの縁組、国民皆兵。
これが次の段階だ。
我らはもはや孤立した島国ではない。
太平洋を越え、世界に手を伸ばす強国となったのだ」
外では新年の鐘が鳴り、雪はなお降り続いていた。
その白銀の光景は、新しい帝国の夜明けを象徴していた。
夜が更け、東京城の大広間には蝋燭の炎だけが揺れていた。
外は雪が降りしきり、白銀の闇に包まれている。
長い会議を終えた重臣たちは席に残り、藤村総理大臣の言葉を待っていた。
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藤村は静かに立ち上がり、机に広げられた地図を指でなぞった。
「満州、朝鮮、東南アジア――三正面戦略はすべて成功した。
日本は名実ともに世界五大強国の一角を占めた。
だが、これは終点ではない。ここからが始まりだ」
その声は低く、しかし広間全体を震わせる力を帯びていた。
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義信(十一歳)は真剣な瞳で父を見つめた。
「父上、私はこれからも軍の指揮を学び続けます。
満州の治安維持、列強の干渉への備え――どんな困難でも退けてみせます」
藤村は頷いた。
「よい。戦を知りながら、決して驕らぬ将であれ」
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久信(十歳)は机に両手を置き、柔らかな声で言った。
「僕は民の声を聞き続けます。
朝鮮で学んだように、人々が安心して暮らせる仕組みを作ることが、国を強くするのです」
藤村は目を細め、温かく応じた。
「民の心を掴む者こそ、真の政治家だ。お前はその道を歩め」
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義親(四歳)は少し背伸びをしながら、力強く言葉を紡いだ。
「僕は研究を続けます。
南洋の資源を高める方法、軍の訓練を科学的にする仕組み、
どんなことも数字と理屈で考え、人々のために役立てます」
幼い声だったが、広間にいた誰もが真剣に耳を傾けた。
藤村はその姿を見て、胸の奥で静かに誇りを抱いた。
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西郷隆盛が豪快に笑い声をあげた。
「よか、よか! この国の未来は盤石じゃ。
民も兵も、子らも皆、次の世を担う力を備えておる」
後藤新平も真顔で言った。
「台湾総督として赴任すれば、さらに広がる領域を支えられます。
我らが責務は大きい」
渋沢栄一は静かに結んだ。
「経済と信用を盤石にすれば、日本は世界に並び立つだけでなく、導く国となるでしょう」
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藤村はゆっくりと扇子を広げ、全員を見渡した。
「諸君。これから日本は満州を治め、朝鮮を導き、東南アジアと共に栄える。
台湾とフィリピンを支え、ハワイを友邦とし、太平洋を越えて世界と結ぶ。
そのために我らは科学的な軍事、制度、経済を磨き続けねばならぬ。
精神論に酔うことなく、合理と人心をもって未来を築くのだ」
広間に沈黙が走り、やがて誰もが深く頷いた。
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外では雪がしんしんと降り続いていた。
その白銀の静けさの中で、日本は新たな時代への歩みを確かに踏み出していた。
藤村は窓の外を見つめ、静かに呟いた。
「新しい年、新しい時代――我らは必ずや、世界の秩序を変えてみせる」
その言葉は炎のように灯り、広間にいるすべての者の胸に刻まれた。