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260話:(1878年8月/晩夏)晩夏の総合準備完了

晩夏の東京は、熱の名残と秋の気配がまじり合っていた。

 白い入道雲の端がほどけ、薄い鱗雲がその間を縫う。

 街路樹の緑は深まり、風に混じる草いきれはどこか湿りを帯びている。

 その空の下、東京城大広間には、国のすべての力が集まっていた。


 「本会議をもって、三正面戦略の最終確認を行う」

 藤村総理大臣の一言で、会議は始まった。

 満州・朝鮮・東南アジア――三つの地名が記された大地図が壁一面に掲げられ、各方面の図面と進捗表が机に並ぶ。

 墨痕の新しい赤線と青線が、これまでの積み重ねを静かに物語っていた。



 最初に立ったのは満州方面の担当、大村益次郎と河井継之助であった。

 大村は落ち着いた声で要点を述べる。

 「義信君の令和軍事理論と現地実務を融合した作戦計画、完成しております。

  補給・情報・防疫を統合し、史上最も効率的に作戦を遂行可能。

  北里の防疫網、後藤の兵站行政が骨格を支えます」


 河井が続ける。

 「人口は数千万規模を前提とし、都市は分散・多中心で運営します。

  配給は可変枠、輸送路は重層化。

  “赤子の数値”は捨て、実際に耐えうる国家建設型の計画に改めました」


 藤村は短く頷き、視線で次を促した。



 朝鮮方面は大久保利通が引き受ける。

 「ロシアの介入は退けました。

  清国依存は物理的・制度的に切断、後藤システムの導入により、三か月で近代化に目処。

  行政・軍事・経済の全領域で日本式への統一を進め、朝鮮の対外窓口は日本一本化にて運用します」


 会議室に抑えた安堵の気配が広がった。

 「選択肢は一つ」――それがこの戦略の神髄だった。



 東南アジア方面は黒田清隆と清水昭武。

 黒田が海図を指し示す。

 「北海道起点の太平洋直行航路、運用開始可能。

  函館・室蘭・札幌の港湾設備を最大活用し、シンガポール・バタビア・マニラへ直航。

  海軍の護衛体制も榎本大臣のもとで万全です」


 清水は資源一覧を示した。

 「石炭・木材・海産物を輸出し、香辛料・ゴム・錫を輸入。

  化学技術で高付加価値化して、資源・技術・人材の循環を構築します。

  現地住民との協力体制は既に確立済みです」


 藤村は、広間を見渡して静かに結んだ。

 「三方向、いずれも“準備完了”。――よろしい」



 壁の大地図の前に、四師匠が並ぶ。

 福沢諭吉が口火を切る。

 「三兄弟の教育は完成した。

  国際的指導者として、三正面同時展開という前代未聞の戦略を導ける人材だ」


 大村益次郎は義信に視線を向ける。

 「義信は実戦指揮官として満州に入れる。

  理論と現場の融合は、すでに胸の内にある」


 北里柴三郎が頷く。

 「医学・防疫の面で、世界に先んじる指導力を持つ。

  “人を守る”戦の中枢を担える」


 後藤新平は図面を軽く叩いた。

 「行政・兵站システムは国際展開の準備が整った。

  即日、どの地でも安定統治に移れる」



 陸奥宗光が最後の情勢報告を行う。

 「英国・仏国・独国からの支持は確保。

  ロシア・清国の反対への対策も連結済み。

  外交の地雷はすべて位置把握し、踏まぬ道筋を用意しました」


 松平春嶽財務大臣は帳簿を掲げる。

 「軍事費・開発費・外交費――三正面同時展開に必要な資金は潤沢。

  ライセンス収入・研究資金・海外投資の流入により、余剰も見込めます」


 北里は医学の優位を簡潔に示し、後藤は兵站の可視化システムを指でなぞった。

 「他国では不可能な大規模作戦を安全に――それが我らの技術的回答です」



 会議は最終局面へ。

 藤村は、白紙の誓紙に一行だけ書き入れた。

 「九月一日、三正面同時開始」。


 短い沈黙の後、各方面の指揮官が一人ずつ前へ出て、短く決意を述べる。


 満州:義信(十一歳)

 「実戦指揮官として、全責任を負います」


 朝鮮:久信(十歳)

 「住民の信頼を得、友好を広げます」


 東南アジア:義親(四歳)

「科学技術で現地の発展に貢献します」


 幼い声が、広間の梁に真っ直ぐ届いた。

 それは軽い言葉ではない。無数の準備と学びを背負った、未来への誓いだった。



 慶篤副総理が立ち、深く一礼する。

 「副総理として、本事業を全面支援いたします」


 大久保利通は短く、しかし力強く。

 「政治的補佐として、完璧な実行を保証します」


 河井継之助は胸に手を当てた。

 「軍事・行政両面で、実務の手としてお支えします」


 黒田清隆は静かに。

 「北海道から、物流の背骨を担います」



 藤村は、最後に一言だけ添えた。

 「これで総合準備、完了。

  令和の知識、四師匠の専門性、実務家の経験、三兄弟の天賦――

  この体制で、我らは人類史を変える」


 晩夏の風が障子を揺らし、大地図の赤い線がかすかに震えた。

 その震えは、次の季節を告げる合図のように、会議に臨む者たちの胸に刻まれた。

晩夏の蝉が、途切れ途切れに鳴いていた。

 その声を遠くに聞きながら、東京城の学習室には緊張した空気が流れていた。

 ここは政務の場ではなく、知を鍛える道場である。

 四師匠――福沢諭吉、大村益次郎、北里柴三郎、後藤新平が勢ぞろいし、三兄弟に最後の指導を与えようとしていた。



 まず福沢諭吉が、扇子で机を叩きながら口を開いた。

 「義信、久信、義親――そなたらはこれまでに膨大な知識を学んできた。

  だが今日はその集大成を試す。

  三正面同時展開という史上最大の国際戦略を担える器かどうか、ここで見極めるぞ」


 三兄弟は真剣な面持ちでうなずいた。



 福沢はまず、義信に目を向けた。

 「義信。おぬしは軍事理論を学び尽くした。だが理論だけでは兵は動かぬ。

  実戦の場でどう指揮を執るか――それを示してみよ」


 義信(十一歳)は地図の前に進み出て、迷いなく筆を走らせた。

 「満州作戦では、陸軍の進撃、海軍の制海権、通信網を統合します。

  補給線は三重化し、衛生部隊を随行。

  兵の士気を高めるため、戦前に現地住民との信頼関係を築き、情報と心理の両面で優位を確保します」


 大村益次郎は腕を組み、しばらく沈黙していたが、やがて頷いた。

 「見事だ。もはや机上の兵学者ではない。

  実戦の指揮官として、十分に戦える」



 次に福沢は久信に目を向けた。

 「久信。おぬしの役は軍事ではない。

  朝鮮や東南アジアでの民政と外交を担うのだ。

  どのように人々と向き合うか、語ってみよ」


 久信(十歳)は柔らかな声で答えた。

 「まず、現地住民の言葉を学びます。

  彼らの習慣を尊重し、税や労役を公平に課し、負担を軽減する。

  争いがあれば調停し、笑顔で握手できる場をつくります。

  外交は剣よりも言葉。信頼が国を支えると信じています」


 福沢は満足げに笑みを浮かべた。

 「よくぞそこまで育った。十歳にして、すでに外交官の器よ」



 最後に北里と後藤が義親に近づいた。

 北里が問う。

 「義親、おぬしはまだ四歳だ。だが“総合”の才を持つ。

  三正面を科学・行政・経済でどう結び、現場に落とす?」


 義親は小さな手で地図と統計表を指し示した。

 「満州は数千万の人口を抱えるので、統計と確率で疫病や食糧不足のリスクを先に数値化します。

  朝鮮は制度切替の速度が鍵だから、最適化の数式で工程を組み、三か月以内に完了できる手順へ。

  東南アジアは交易網が複雑なので、行列計算で物流ネットワークを解析すれば無駄が消え、住民も日本も利益を得られます。

  ――そして、現地の人々とは必ず彼らの言葉で話します。日本語、清語、朝鮮語、英語、仏語……。

  数学は世界共通の言語ですが、**人の心を開くのは“母語”**ですから」


 後藤新平は目を細め、静かに言った。

 「赤子の年齢でここまで“総合の視野”を持つ者は歴史にいない。

  もはや君は、未来を先取りして“ことわりを人と制度に翻訳する”参謀だ」



 福沢が最後に総括した。

 「三兄弟よ。義信は軍事の天才、久信は外交の才、義親は数学を基盤に諸学を束ねる万能の才。

  おのおのが役を果たせば、日本は世界を導く。

  我ら四師匠は、本日をもって教育の完成を宣言する」


 その声に、学習室の空気が震えた。

 晩夏の夕陽が障子を透かし、赤い光が三兄弟の顔を照らす。

 それはまるで、未来の炎が彼らの瞳に宿ったかのようであった。

晩夏の夕暮れ、東京城の大広間には依然として緊張が漂っていた。

 軍事・財政・外交の大枠はすでに整った。

 だが藤村総理大臣は、まだ最後に確認すべきことがあると考えていた。



 「諸君。戦を支えるのは大砲や船だけではない。

  国そのものの意思だ」


 藤村の声に応じ、内務局から派遣された役人が各地の報告書を読み上げる。

 新聞各社は三正面戦略を「国民の誇り」と大々的に報じ、商人は物流拡大に期待を寄せている。

 農村では米と雑穀の輸出が増えるとの見通しが歓迎される一方、

 「子を戦に取られるのでは」との不安も小さくはなかった。


 藤村は短く頷き、諸侯に告げる。

 「我らの戦は長期戦ではない。人的損害は最小限。

  国民には、未来を築くための大事業だと示せ」



 続いて後藤新平が進み出る。

 「人材の問題も解決済みです。

  三正面へ派遣する官吏・技術者・医師・教師を数万人規模で養成しました。

  若手の育成には三兄弟が関わり、直接指導を行います。

  彼らは知識を授けるだけでなく、心を束ねる旗となるでしょう」


 義信は戦略を語り、久信は友好を説き、義親は数理で秩序を示す。

 それぞれが世代を超えて、人々の指導者となる未来が描かれていた。



 さらに陸奥宗光が報告を引き継ぐ。

 「情報戦への備えも整いました。

  外務省直轄の情報局を設置し、欧州列強の動向を暗号通信で逐次入手。

  すでに清国とロシアには我らの諜報員を潜入させています。

  敵の耳目を封じ、虚を突くことが可能です。

  ――戦わずして勝つ。その基盤は完成しました」


 広間に低いどよめきが広がる。

 かつて外からの圧力に翻弄されていた国が、今や自ら他国を揺さぶる立場に立ったのだ。



 藤村は扇子を畳み、ゆっくりと重臣たちを見渡した。

 「満州、朝鮮、東南アジア。

  国民の支持、人材の育成、情報の優位。

  軍も、財も、心も、すべて整った。

  あとは歩み出すだけだ」


 障子越しに射す夕陽が赤く地図を染め、列席者の顔を黄金に照らした。

 その光の中で誰もが理解した。

 ――次に開かれる扉は、単なる戦ではなく、人類史を変える出発であることを。

日が沈み、東京城の大広間には燭台の灯が揺れていた。

 長時間にわたる会議もついに最終局面を迎える。

 机の上には地図と報告書の山。

 それらを見渡しながら、藤村総理大臣は深く息を吐いた。



 「諸君。満州、朝鮮、東南アジア――三正面の戦略はすべて整った。

  軍事、外交、経済、国民の心。

  支えるものはすべて揃っている。

  これより、我らは新しい歴史へ踏み出す」


 その言葉に、重臣たちの背筋が自然と伸びた。



 まず義信(十一歳)が立ち上がった。

 「満州作戦の実戦指揮官として、全責任を負います。

  兵を守り、作戦を必ず成功させます」


 続いて久信(十歳)。

 「朝鮮と東南アジアで、人々の信頼を得る役を担います。

  外交と民政に尽くし、友好を築きます」


 最後に義親(四歳)。

 「三正面を結び、科学と数学で秩序を支えます。

  そして現地の人々と母語で語り合い、心をつなぐ橋になります」


 その幼い声には、不思議と全員を納得させる重みがあった。



 四師匠が順に口を開く。

 福沢諭吉は誇らしげに笑みを浮かべた。

 「三兄弟はすでに世界最高水準の知識を得た。教育は完成した」


 大村益次郎は義信に視線を送り、短く告げる。

 「理論と実戦を結びつけた。もはや堂々たる指揮官だ」


 北里柴三郎は義親に微笑んだ。

 「数理と科学で世界を導く力を備えた。国際的な医学指導力も兼ね備えている」


 後藤新平は久信を見やり、力強く頷いた。

 「人と人を結ぶ外交官として十分だ。行政制度の国際展開も準備は完了している」



 重臣たちも次々と決意を表明した。

 慶篤副総理は深く一礼し、声を張った。

 「副総理として、この歴史的事業を全面的に支援いたします」


 大久保利通は短く力強く。

 「政治的補佐として、実行を保証する」


 河井継之助は静かに手を合わせた。

 「軍事と行政、両面で実務を担い、必ずやお支えいたします」


 黒田清隆は落ち着いた声で。

 「北海道から物流と資源を絶えず供給し、背骨を守ります」



 藤村は最後に、白紙の誓紙を机の中央に広げ、筆を執った。

 墨痕鮮やかに、一行だけが記された。


 「九月一日 三正面同時開始」


 その瞬間、広間の空気が一変した。

 歴史の歯車が、確かに回ったのだ。



 藤村は筆を置き、全員を見渡した。

 「諸君。これで日本は真の世界帝国への第一歩を踏み出す。

  令和の知識、四師匠の専門、実務家の経験、そして三兄弟の天才。

  すべてが融合した史上最強の体制が完成した。

  明日から――人類史を変える戦いが始まる」


 障子越しに響く晩夏の虫の声は、夜の闇を震わせ、まるで歴史の到来を告げる鐘のようであった。

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