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253話:(1878年1月/新年)新年の新段階

元日、東京の空は冴え冴えと澄み、朝霜は白い帳を地面に残していた。

 路地では子どもらが凧を揚げ、家々の門松は凍てつく風に小さく鳴る。

 寺社の境内では初詣の列が続き、酒樽の栓を抜く乾いた音が山鳴りのように広がっていった。

 城下は、希望と緊張の入り混じった正月独特の面持ちである。


 その喧噪を遠くに聞きながら、東京城大広間には、年のはじめにふさわしい厳粛さと張りつめた熱が満ちていた。

 漆の床を渡る冬陽は鋭く、壇背には金地の屏風――中央に掲げられた白紙の額には、今日、国の新しい段階を言祝ぐ文字が記されるはずだった。



 鼓が静かに鳴り、式次第が読み上げられる。

 藤村総理大臣が壇上へ進むと、整列した諸卿の視線が一つに収束した。


 「諸君――あけましておめでとう。

  我らは今朝、新段階に入ったことをここに宣言する」


 声は低いが、しっかりと広間の梁に届く。藤村は一息おき、言葉を重ねた。


 「七千万両の処理を一年余りで成し遂げ、世界の信を得た。

  その果実として、本日、満州進出に要する軍事費・外交費・開発費のすべてが確保完了した。

  わずか一年前には夢物語と嘲られた計画が、今や財政的に完全実現可能である」


 ざわめきが走る。だがすぐに静まり、誰もが次の言葉を待った。



 榎本武揚海軍大臣が起立し、簡潔に報告する。

 「海軍力増強費、兵站整備費、装備近代化費――潤沢に確保済み。

  船、砲、弾だけでなく、補給港や通信線、医療資材に至るまで行き届いております」


 島津久光内務大臣は、整然と束ねられた書状を掲げる。

 「国内統治の平穏を崩さず、海外作戦を同時進行できる条件が整いました。

  徴発や増税に頼らず、民の生活を守ったまま、国の力を外へ運ぶ土台です」


 慶篤副総理の総括は、静かな熱を帯びていた。

 「わずか一年前、我らは財政危機の遺熱を引きずっていた。

  だが今――余裕を持って大規模作戦に臨める国力へと、確かに到達したのです」


 陸奥宗光外務大臣は、署名済みの外交文書を丁重に示す。

 「国際的正当性の確保も万全。防疫・開発・交易の三位一体で地域安定に資する枠組みを諸国と共有し、

  わが行動は“秩序と公益の拡張”として認知されつつあります」



 壇背の白額に、書記官が大書する。

 「新段階」――黒々とした筆致が、冬陽を跳ね返した。


 藤村は、広間の端に並ぶ会計表と資金フロー図へ手を向ける。

 「昨年末までに、国内余剰のほか、ロンドン金融街の預託資金、フランス投資家の国債購入、清国・タイ商人の商業投資が殺到した。

  さらに、金融システム輸出のライセンス三百万両、国際共同研究費(北里研究所)が継続的に流入。

  ――この内外二重の資金循環が、軍事・外交・開発の三費目を支えた。

  資金は兵を動かし、外交は道を拓き、開発は大地を耕す。

  それを可能にしたのは、諸君の一年余りの努力である」


 席から押し殺したような拍手が湧き、すぐに収まった。

 目に見える誇りを、礼節で包む――大広間は、そういう呼吸で満ちている。



 式は第二部へ移る。題は「知識大国の責任」。

 壇上に、四師匠――福沢諭吉、大村益次郎、北里柴三郎、後藤新平が並ぶ。


 福沢は、軽やかながら深さのある口調で言った。

 「世界が“日本モデル”を求めております。

  わたくしは本年より、三兄弟に国際的指導者としての実践的外交術を本格教授いたします。

  ことばで勝ち、礼で勝ち、論で勝つ――そういう力です」


 大村は短く、鋭い。

 「義信には実戦的軍事指導訓練に入ってもらう。机上の理を、兵を動かす胆力へ」


 北里は穏やかに微笑む。

 「全国に新設する研究拠点(仙台・金沢・広島・熊本)を連結した医学ネットワークに組み込み、

  三兄弟にも運営の一部を担わせます。組織を導く術を学ばせましょう」


 後藤は、資料の束を軽く掲げた。

 「朝鮮・台湾・満州への後藤システム導入を本格化する。

  制度を人に合わせ、人を制度で守るやり方を、三兄弟にも実地で教える」



 そのとき、列席の末尾で小さな手が上がった。

 義親(4歳)である。

 「父上――知識は分かち合うほど強くなるのではありませんか。

  各国に“日本モデル”を伝えれば、世界全体の技術水準が上がり、

  争わずに済む場面も増えるはず。知識の共有で平和を促すことは、わたしたちの責任では?」


 広間に、雪明かりのような静寂が落ちた。

 福沢は満足げに目を細め、大村は顎を引いてうなずく。

 北里はうっすらと笑みを浮かべ、後藤は「その通りだ」とだけ応じた。


 藤村はゆっくりと答える。

 「義親。知識は刃にも杖にもなる。だからこそ、使い方を教える者が要る。

  日本は、その役を引き受けよう。知識大国の責任として」



 式の終わりに、藤村は白額の余白を指し示した。

 「ここに、もう一行――世界への誓いを加える」


 書記官が筆を進める。

 『知を以て世界を護る』――墨痕が乾く音までが、はっきりと聞こえた。


 厳粛な拍手。

 欄干の彼方、城外の新年囃子が遠く重なる。

 内の典礼と外の祝祭が、ゆるやかに呼応していた。



 広間を下がると、冷たい空気が頬を打った。

 初春の淡い光は、凍てつく地面を少しずつ解かしていく。

 東京の街角では、凧が高く揚がり、子らの笑い声が冬空に吸い込まれていった。


 その空の向こう――北の大地、満州へと伸びる細い線が、確かな道に変わろうとしている。

 軍事費、外交費、開発費――三位一体の資金は整い、

 知識を携えた若い背中は、もう前を向いている。


 新年は、新段階の合図であった。

 静かに、しかし確かに、国の歩幅は広がっていく。

新年の宣言に続き、議題は「知識大国としての責任」へと移った。

 壇上に立つ藤村総理大臣の表情は引き締まり、声はさらに深みを帯びていた。


 「諸君。日本は七千万両処理を成功させ、満州進出の備えを終えた。

  だが、この力をただ自国のためだけに費やせば、世界の信頼を失う。

  われらは人類全体の進歩を支えるため、知識を導く責任を果たさねばならぬ」


 広間に集う官僚や学者は静かに頷いた。軍や財政の議題よりも、さらに重い覚悟を要する話だった。



 壇上に四師匠が並ぶ。


 福沢諭吉は軽やかに口火を切った。

 「各国から“日本モデル”の指導要請が殺到しています。私は本年より三兄弟に、実地の外交術と国際礼儀を徹底します。

  会談の構え、合意文の文言、異文化の作法――すべてを身につけさせましょう」


 大村益次郎は声を低め、実務へ落とす。

 「義信には実戦的軍事指導訓練を課す。満州作戦の前段で、部隊運用・衛生・補給を束ねる“統合作戦幕僚”を擬似的に担わせる。

  理は備わった。次は胆力だ」


 北里柴三郎は巻物を掲げた。

 「研究は東京を中枢に、仙台・金沢・広島・熊本の国内ネットワークで支える。

  さらにロンドン・パリ・ベルリン・ニューヨークの国際支部と同期させ、結果を相互に検証する。

  知の品質は、国境を越えた再現で担保されるのです」


 後藤新平は資料束を置き、端的に言う。

 「朝鮮・台湾・満州へ『後藤システム』を本格導入し、年間五百万両規模の技術料を確保する。

  ただし、制度は押しつけでは活きない。現地語・現地慣習と“合字”させるのが要点だ。三兄弟にも現地調整の稽古をさせる」



 そのとき、小さな手が上がった。**義親(4歳)**である。

 彼は壇の端まで歩み出ると、はっきりとした声で言った。


 「父上――知識を分け合うなら、仕組みが必要です。

  条約と機関と規範、三つを一緒に作りませんか?」


 広間が静まる。義親は続けた。


 「第一に、国際知識共有条約(仮)です。

  ①研究成果の二段階公開(基礎は即時公開、応用は評価後に段階公開)

  ②引用と帰属の明記(学術と収益の双方で権利と配分を定める)

  ③**二重用途デュアルユース**の審査(軍事転用の懸念がある結果は専用の審査会へ)――を定めます。


  第二に、国際共同研究機関です。

  東京を中枢に、欧米支部とアジア拠点が同一手順・同一記録様式で再現試験を行う。

  成果の妥当性は“多地点の一致”で確認し、誤用は“多地点の指摘”で止めます。


  第三に、公開規範と抑制規範です。

  公開すべき知(防疫・衛生・教育・低環境負荷技術)は標準化と無償共有へ、

  抑制すべき知(大量破壊や無差別殺傷に通じる設計図など)は遅延公開・限定ライセンスへ。

  東京に**“用法審査局”**を置き、各国代表とともに運用します」


 幼子の口から飛び出したのは、理念ではなく制度設計だった。

 福沢が目を細める。大村は「なるほど」と呟き、北里は静かに頷き、後藤は短く「行ける」と言った。



 藤村はゆっくり言葉を選んだ。

 「義親。条約・機関・規範の三本組――よい。

  ただし、知の開放には経路と速度がいる。急ぎすぎれば刃となり、遅すぎれば腐る。

  その調律を、東京が引き受けよう」


 慶篤副総理が補足した。

 「運用は三層だ。基礎=即時公開/応用=審査付公開/軍転用可能=限定共有。

  審査は多国合同、監査は公開議事録、違反はライセンス停止――形を整えれば、知は秩序を得る」


 陸奥宗光は外交メモを掲げた。

 「条約の骨子案を三ヶ月以内に起草し、最初の署名国を募ります。

  “東京議定書”――その名で世界に示しましょう」


 榎本武揚は短く言った。

 「軍は抑制規範に従う。衛生・通信・航海安全は全面共有、新兵器規格は段階公開だ」



 四師匠が順に結ぶ。


 福沢「知を世界語に翻訳せよ。誰もが読める言葉で書くのが第一歩だ」

 大村「理は戦を止め、規範は暴発を防ぐ。訓練で骨にする」

 北里「再現と監査が科学の盾。多地点同期を実装しよう」

 後藤「制度は人を守る枠。現地適合を忘れるな」


 藤村は白額の余白に、もう一行を加えさせた。

 『知を以て世を和す』――墨痕が冬陽に黒く光る。


 静かな拍手が広間を満たし、雪明かりが障子を白く照らした。

 知識を分け合い、使い方を導く――日本の新年は、理念から仕組みへと踏み出したのである。

新年の空気は冷たく澄み渡り、障子の隙間から差し込む冬陽は鋭く畳を照らしていた。

 議場に集う重臣たちの顔は引き締まり、正月の浮き立つ気配とは別の緊張を湛えていた。

 今まさに議題は、「知識大国を支える人材育成」へと移っていた。



 まず進み出たのは、北里柴三郎である。

 彼は机の上に置かれた巻物を広げ、各地の地図を示した。


 「諸君。本年より、日本各地に細菌学研究所を設立いたします。

  仙台、金沢、広島、熊本――この四拠点を新設し、既存の東京研究所を中枢に据える。

  これにより、全国規模の医学研究ネットワークが完成いたします」


 巻物には、拠点間を結ぶ線が描かれていた。

 研究成果は電信で迅速に共有され、同じ実験を複数の場所で再現することで結果の信頼性を保証する。


 「人材は地方で育て、成果は全国で検証する。

  これにより、次世代研究者を組織的に育成できるのです」


 場内から低い感嘆の声が漏れた。

 地方の若者が学び、やがて国際学会で日本の名を轟かせる――その未来が、鮮やかに描き出されていた。



 次に立ち上がったのは後藤新平であった。

 彼は机に積まれた厚い報告書を持ち上げ、堂々と告げた。


 「本年より、アジア諸国への制度輸出を本格化いたします。

  朝鮮、台湾、満州に『後藤システム』を導入し、行政・警察・衛生・財政の四領域を統合的に指導する。

  これにより年間五百万両規模の技術料収入が確保されます」


 広間にざわめきが広がった。

 五百万両――国内の余剰基金をはるかに凌ぐ額が、制度そのものを売ることで生み出されるのである。


 後藤はさらに続けた。

 「制度は単なる輸出品ではありません。

  人材を現地に派遣し、現地の人材を日本で育成する。

  双方向の人材交流によってこそ、制度は根を張り、やがて標準となるのです」



 藤田小四郎(常陸州勘定奉行)が一歩前に出て、補足した。

 「制度輸出による継続的な外貨獲得は、財政基盤をさらに強固にします。

  単発の交易ではなく、長期にわたる収益構造を築けるのです」


 松平春嶽財務大臣は深く頷き、扇を閉じた。

 「日本の財政はもはや国内の努力だけにとどまらぬ。

  海外からの投資、研究資金、制度輸出の技術料――そのすべてが絡み合い、盤石の柱を形作っております」



 この流れを受け、壇上に四師匠が再び並び立ち、新年の教育方針を示した。


 福沢諭吉は力強く言った。

 「三兄弟には、国際的指導者として必要な実践的外交術を教授する。

  言葉と作法で人を動かす技を磨かせるのです」


 大村益次郎は短く、鋭く告げる。

 「義信には満州作戦の指揮経験を積ませる。

  実戦的軍事訓練で胆力を養わせる」


 北里柴三郎は穏やかに微笑んだ。

 「研究ネットワークの運営に参加させ、組織的指導力を育てます」


 後藤新平は厚い書類を掲げた。

 「アジア各国への制度指導に携わらせ、国際的行政指導者として育成します」



 三兄弟もまた、それぞれの抱負を語った。


 義信(11歳)は力強く。

 「満州作戦で実戦的軍事指導者としての責任を果たします」


 久信(10歳)は柔らかな笑みで。

 「世界中の人々が幸せに暮らせるよう、国際的な視野で努力します」


 義親(4歳)は瞳を輝かせ、小さな声で。

 「化学技術で世界の産業革命をリードし、環境と発展の両立を実現したいです」


 その言葉に場内は静まり返り、やがて温かな拍手が広がった。



 慶篤副総理が総括の言葉を述べた。

 「軍事力・経済力・知識力を統合した総合的国際戦略により、日本は世界秩序の中心的役割を担う段階に入った。

  今この場こそが、新段階の始まりである」


 広間を包む緊張はやがて決意へと変わり、

 障子の外の雪明かりは、未来を照らす灯火のように広がっていた。

夜の東京は凍てついていた。城外の大通りでは獅子舞が去り、太鼓の余韻だけが雪明かりに溶けている。

 その喧噪から離れた奥の書院に、長机がひとつ。膠の匂いが薄く漂い、卓上には白い誓紙と砂時計、油ランプが二つ。


 藤村は灯を落とし、静かに言った。

 「今からは祝言ではなく始動だ。繰り返しは無用。――項目で進める」



一、満州作戦のこよみ


 大村が柾目の板図に赤い線を引く。

 「四半期別の節目を明記する。

  一月末:補給港二港の倉庫増設完了。

  三月上旬:鉄道資材の積み出し第一陣、北海道中継を経由。

五月:現地連絡所開設(医療・通信・会計の三室)。

  七月:現地演習(衛生・補給の総合検証、実弾なし)。」


 榎本が短く付け加える。

 「延期条件も書く。凍結線が南下し港の接岸が困難な場合、全工程を十四日単位でスライド。人命優先。」



二、資金の蛇口と止水栓


 松平春嶽が帳簿を開く。

 「(1)国内余剰――1.6倍の安全率で確保。(2)ロンドン預託の繰出枠は月三十万両上限、為替逆風時は自動で半減。

 (3)フランス国債購入分は利払いを基金へ戻し入れ。(4)清国・タイ商人の投資は用途限定条項を付す――港湾と倉庫のみに使用、兵器不可。」


 小栗が筆を止めず言う。

 「監査の速度を上げる。月次ではなく旬次監査(十日ごと)。違反は即時停止、広報も同時発表。隠さないことが抑止になる。」



三、知の分水嶺―“東京議定書”骨子の確定


 陸奥が薄青の草稿を卓に置く。表紙には墨で「案」。

 「公開/審査付公開/限定共有――三層の公開軌道を、条文ではなく運用マニュアルに落とす。

  多地点再現が得られた時点で段階を繰り上げ、軍転用の疑いが出たら段階を落とす。昇降の履歴は全件公開する。」


 義親が砂時計を指した。

 「審査の時間制限を付けましょう。基礎は七日、応用は三十日、軍転用可能は九十日。引き伸ばしは腐敗の温床です。」


 北里が頷く。

 「医学の基礎は七日で回す。現場は待ってくれん。」



四、組織の縦糸と横糸


 後藤が手帳を開く。

 「縦軸=責任者、横軸=期限。この表に沿って配する。

  ・統合作戦幕僚(試行):義信補佐。所掌は兵站・衛生・会計の三科の束ね。

  ・現地通訳監(新設):久信補佐。交渉の席で“人の温度”を読む役だ。

  ・知識審査局(起案):義親補佐。条文ではなく運用書式を整える係。」


 福沢が笑った。

 「肩書だけ立派では陳腐だ。成果物で縛れ。義信は“作戦暦+点検の記録簿”、久信は“交渉録+約束の照合表”、義親は“審査票+公開ログ”。」



五、数で測る


 藤村が短冊を三枚出す。

 「指標は五つ。

  ①補給遅延率(目標2.0%以下)

  ②疾病罹患率(現地演習時1.5%以下)

  ③予算乖離(旬次で±1%以内)

  ④公開までの平均審査日数(基礎≤7日/応用≤30日)

  ⑤苦情処理の初動時間(24時間以内)。

  達しなかった指標は翌旬の議題一位に自動繰り上げ。」



六、異論を置く席


 大村が襟を正す。

 「成功の反対語は失敗ではなく油断だ。俺が“反対席”を持つ。賛成多数の時ほど、最も厳しく疑う。」


 島津が頷く。

 「内務は“民の声席”を置く。匿名可。届いた声は月次で全部読む。不都合な声こそ道標だ。」



七、万一の時


 榎本が帆走図を広げる。

 「三段階の撤収計画をあらかじめ決める。

  青(通常撤収・十四日)/黄(加速撤収・七日)/赤(即時撤収・四十八時間)。

  誰が何を捨て、何を持ち帰るかまで台帳化。命が最上だ。」


 北里が白布を掲げる。

 「疫病の兆しには白の旗を。旗一本で決定権を現場の医官に移譲する。遅れは死だ。」



八、約束の紙


 福沢が小机を引き寄せ、白紙を整える。

 「誓紙だ。言葉は短く、責任は重く。」


 筆は次々と走った。

 ――「期限を守ること。数字で語ること。隠さぬこと。弱き者を先に護ること。」

 幼い手も、震えずに名を書いた。墨は黒く、冬陽に硬く光る。



九、窓の向こう


 回廊の先、城外の新年祭はまだ続いていた。雪は粉のように細かく、提灯の光を柔らかく散らす。

 久信が窓越しに手を振る。下から子らの歓声が返る。

 「彼らの声が合図だよ」と、福沢が言う。「机の上の理屈が、あの笑い声を増やせるかどうかで価値が決まる。」



十、始発


 砂時計の砂が落ち切る。藤村が立ち、簡潔に締めた。

 「よろしい。今日のうちに一項目でも進めろ。」


 それぞれが散っていく。

 義信は作戦暦の余白に**“遅延2.0%以下”と赤で書き足し、

 久信は交渉録の一行目に「まず相手の名を正しく呼ぶ」と記し、

 義親は審査票に“七・三十・九十”**と小さく刻んだ。


 雪の夜気が入り、灯が一瞬揺れる。

 外で花火が上がり、遅れて音が届いた。

 祝祭と実務が、同じ冬空の下で重なる。新段階は、もう動き出していた。

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