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252話:(1877年12月/師走)師走の総括と未来

十二月、都は師走の慌ただしさに包まれていた。

 市場には新年を迎えるための餅米や魚が並び、職人たちは大掃除の依頼に走り回る。

 町の至るところで煤払いの音が響き、藁の束の匂いが漂っていた。

 人々は白い息を吐きながら往来を急ぎ、炭俵を担いだ商人の掛け声が、冬の冷気に鋭く響いた。


 そんな年の瀬のざわめきを背に、東京城の大広間では一年の総決算をめぐる内閣会議が開かれていた。

 机上には分厚い帳簿と報告書が積まれ、算盤を弾く音が静かに響く。

 やがて、藤村総理大臣が立ち上がり、深く息を整えた。



 「諸君――。

  本年度の実効負担は九十五万七千両。

  当初目標であった百五十万両を大幅に下回り、予算内にて完璧に達成された」


 その声に広間は静まり返った。

 次の瞬間、役人たちは顔を見合わせ、安堵と誇りの混じった息をついた。


 松平春嶽財務大臣が立ち上がり、朗々と報告する。

 「余剰分五十四万三千両はすでに満州進出準備基金に積み立て済み。

  さらに――」

 彼は帳簿を掲げ、力強く言葉を続けた。

 「ロンドン金融街からの預託資金、フランス投資家による日本国債の購入、清国やタイの商人たちの商業投資が殺到しております。

  これに、金融システム輸出によるライセンス収入三百万両と、北里研究所を通じた国際共同研究費・医学外交資金が加わりました。

  結果、国家基金は当初想定を大きく上回る規模となり、来年以降の軍事作戦の資金的裏付けは、国内外の力によって盤石です」


 小栗上野介財務副大臣が頷き、帳簿を掲げる。

 「本件は財政史上、類例を見ぬ効率的債務処理として、後世の教科書に必ず記されるでしょう。

  しかも今や、日本の財政は国内の努力のみならず、世界の資本と研究資金に支えられております」



 慶篤副総理が静かに言葉を添える。

 「七千万両という不可能を、無増税で処理した一年だった。

  その成果が国際的な信頼を呼び込み、欧州の銀行家もアジアの商人も、日本に投資せずにはいられなくなった。

  “日本に学べ”という言葉がロンドンの金融街で合言葉になる日が来るとは、誰が想像しただろうか」


 島津久光内務大臣も笑みを浮かべた。

 「各地方からも祝賀の声が絶えませぬ。

  祭礼の場では“無増税の奇跡”と書かれた幟が掲げられ、民は自然と感謝を口にしております。

  国民の政府への信頼は、過去最高の水準に達しました」



 報告はさらに続いた。

 専売証券の収益、宝くじ公債の完売、収益連動債の安定配当、永久債による負担軽減。

 相殺清算と期限交換による旧札の完全回収。

 これら国内の工夫に、欧州投資家の資金・アジア商人の投資・国際研究費・金融ライセンス収入が重なり合い、財政は重層的な強靱さを備えていた。

 一本の縄に無数の糸が編み込まれ、国家はその結束を増していた。


 藤村は大広間を見渡し、ゆっくりと結んだ。

 「諸君。これで一年の計は成った。

  七千万両の影は消え、民は重税の苦しみから解放された。

  余剰五十四万両に加え、海外からの資金三百万両と研究費の流入――

  我らは国内と国際社会の双方から支えられている。

  この成果は、未来へ語り継ぐべき世界的偉業である」


 深い静寂の後、参列者たちの掌から大きな拍手が広がった。

 その音は、煤払いを終えた町の澄んだ空気に溶け込み、冬の夜空へと昇っていった。



 障子の外では、北風が竹林を揺らし、庭の石灯籠に雪が淡く積もっていた。

 年の瀬を迎える東京は冷たくも厳かで、

 その寒気の中に、未来へ続く確かな温もりが息づいていた。

総決算の数字が示された後、大広間の空気は安堵と自信に包まれていた。

 その余韻が落ち着くのを待ち、藤村総理大臣は再び壇の中央に立った。

 冷たい外気の気配が障子の隙間から忍び込むが、広間の視線は一様に彼に注がれていた。



 「諸君。七千万両の処理を完遂し、国際的な評価を得た今こそ、未来を見据えるべき時だ。

  私はここに、二十年戦略を掲げる」


 低く響く声が、広間を満たした。


 「二十年以内に、日本を世界五大強国の一角に押し上げる。

  その基盤はすでに整った。これからは――

  軍事力、経済力、科学技術力、外交力、そして文化力。

  五つの柱を総合的に発展させ、国家を近代の中心に据えるのだ」


 その言葉に、参列者たちは息を呑み、やがて「おお……」というざわめきが広がった。



 壇の一角に並ぶ四師匠――福沢諭吉、大村益次郎、北里柴三郎、後藤新平。

 彼らは互いに目を交わし、順に口を開いた。


 福沢が声を張る。

 「三兄弟の教育も、この一年で飛躍的に進歩しました。

  国際的視野を備え、欧州の知識人と堂々と渡り合えるまでに成長しております」


 大村が力強く言葉を継ぐ。

 「義信の軍事理論はすでに実戦に耐え得る。

  参謀本部に並ぶほどの深さを、十一歳の少年が会得しているのです」


 北里は穏やかな表情で頷いた。

 「医学教育も世界標準を上回りました。

  衛生学や予防医学の概念は、すでに三兄弟の中で血肉となっています」


 後藤が締めるように告げた。

 「行政学の基礎理解も完璧です。

  制度を人を守る仕組みと捉えられる若者は、他に例がありません」



 その場に座していた三兄弟の中で、最も幼い義親が、父に視線を向けて口を開いた。


 「父上。二十年戦略を聞いて、僕は考えました。

  化学工業を発展させれば、産業革命のように国を豊かにできます。

  けれど、ただ生産を増やすだけでは環境が壊れてしまう。

  化学的技術と環境保護を融合すれば、持続可能な成長モデルが作れるはずです」


 参列者たちは一瞬沈黙した。

 四歳の子どもの口から「持続可能な成長」という発想が出たことに、誰もが驚かずにはいられなかった。


 春嶽財務大臣が低く呟いた。

 「……まさに未来を見ている……」



 藤村は深く頷き、幼子の言葉を受け止めた。

 「義親。お前の考えは正しい。

  国を強くするのは剣や砲だけではない。

  環境を守り、資源を活かす知恵こそ、次の時代を導く光となる」


 慶篤副総理が総括するように声を張った。

 「政治、経済、軍事、医学、行政、教育――

  すべてがこの一年で完璧に機能した。

  そして今、未来への道筋も明確に描かれた。

  これこそ、指導国家にふさわしい姿だ」



 障子の外では雪が舞い、竹林を白く染めていた。

 冬の冷気の中、広間の熱はなお高まり続けていた。

 二十年後の強国入りを目指す決意が、この場にいた全員の胸に刻み込まれたのである。

冬の空気は一段と冷たさを増し、城下の屋根瓦は薄く雪をいただいていた。

 煤払いを終えた町家の軒からは白い煙が立ち昇り、年越しの支度に追われる人々の声が響いていた。

 しかし、東京城の大広間では、季節の移ろいを超える壮大な未来図が描かれていた。



 北里柴三郎が一歩進み出て、巻物を広げた。

 「報告いたします。

  本年をもって、世界初の国際医学研究機関が正式に設立されました。

  ロンドン、パリ、ベルリン、ニューヨークに支部を設置し、来年より本格的に運営を開始いたします」


 その声に、広間にざわめきが広がった。


 「日本がその中心地となり、各国の学者が東京に集うでしょう。

  研究テーマは感染症対策、血清療法、衛生学――人類全体を救う使命を担います」


 陸奥宗光外務大臣が続けて言った。

 「各国の政府からも“日本と協力したい”との要請が殺到しております。

  外交の場でも、日本の科学は信頼の象徴となりました」



 さらに後藤新平が立ち上がった。

 「加えて――社会保障制度が本年をもって完成いたしました。

  国民皆保険、年金制度、労働基準、公衆衛生。

  これらを統合した世界最先進の福祉国家基盤が、ついに形となったのです」


 彼は巻物を広げ、詳細を示した。

 「病に倒れても医療が受けられる。老いても年金が支えとなる。

  働く者には基準が守られ、町には衛生が行き届く。

  この制度を持つ国は、今の世界には存在しません」


 島津久光内務大臣は深く頷き、重く言った。

 「人を守る仕組みを、これほど整えた国はない。

  国民はもはや不安に揺れぬであろう」



 四師匠は順に口を開き、一年の教育を総括した。


 福沢諭吉が言った。

 「三兄弟の国際的教養は、この一年で大学生に匹敵する水準へと飛躍しました」


 大村益次郎が続けた。

 「義信の軍事戦略理論は、参謀本部の議論と肩を並べるほどです」


 北里柴三郎が頷き、声を添える。

 「医学知識も専門家に迫る水準に達しました」


 後藤新平が締める。

 「行政・社会政策の理解も完璧。すでに実務に携わらせても遜色ありません」



 三兄弟は壇上に進み、それぞれ声を上げた。


 義信(11歳)は背筋を伸ばし、毅然と言った。

 「令和の軍事理論をほぼ習得しました。満州作戦に備え、実践の準備も整っています」


 久信(10歳)は柔らかな微笑みを浮かべた。

 「国民の皆さんとふれあい、指導者としての責任を学びました。

  これからも誠実に努め、人々の幸せを支えていきたいです」


 義親(4歳)は小さな手で巻物を押さえながら言った。

 「化学の知識が広がり、産業への応用の可能性も見えてきました。

  化学で国を豊かにし、自然も守る仕組みを作りたいです」


 参列者たちは息を呑み、その幼い言葉の深さに心を打たれた。



 慶篤副総理が立ち上がり、総括を告げた。

 「政治・経済・軍事・医学・行政・教育――

  この一年、すべてが完璧に機能し、成果を上げた。

  三兄弟の成長は、その象徴にほかならぬ。

  日本は今、名実ともに世界を導く国家となった」



 障子の外では、雪がさらさらと舞い落ちていた。

 白い夜の静けさの中、広間の灯火は強く燃えていた。

 その炎は、未来へ向かう道を照らす光に他ならなかった。

大晦日の夜、東京は静かな雪に覆われていた。

 町の灯籠には松飾りが立ち、煤払いを終えた家々の障子からは、温かな灯りが漏れていた。

 鐘の音が遠くから響き、町人たちは正月の餅を搗きながら、新しい年を待ち望んでいた。


 一方、藤村家の座敷では、家族と四師匠を交えた年越しの集いが開かれていた。

 囲炉裏を囲む膳には、年越し蕎麦、鰤の照り焼き、黒豆、数の子。

 炭火のぱちぱちと弾ける音が、冬の静けさを和らげていた。



 藤村総理大臣は盃を置き、深く息を整えて言った。

 「諸君。今年一年を振り返れば――七千万両処理の完成、国際的評価の確立、四師匠による三兄弟の教育成功。

  そして、二十年後の世界五大強国入りへの道筋を描き切った。

  まさに理想的に完成した一年であった」


 福沢諭吉が笑みを浮かべ、頷いた。

 「来年からは、さらに高度な国際的教養を三兄弟に授けましょう。

  外交の場で臆せぬ言葉を持たせるのです」


 大村益次郎が真剣な眼差しで続けた。

 「義信には、軍事指導者としての実戦的訓練を施す時です。

  戦略を机上に留めず、兵を動かす胆力を養わせましょう」


 北里柴三郎は杯を掲げた。

 「私は世界的研究ネットワークの運営に三兄弟を参加させます。

  学者としての実務を経験させれば、将来は世界を導く人材になります」


 後藤新平が力強く言った。

 「私は社会保障制度の実務を学ばせます。

  人を守る制度を支えるのは、書物ではなく日々の施策です」



 三兄弟はそれぞれ、静かに言葉を述べた。


 義信(11歳)は凛として。

 「満州作戦において、実践的役割を果たす準備ができました。

  国を護る力となることを誓います」


 久信(10歳)は穏やかに微笑みながら。

 「国民の幸せのために、さらに成長したいです。

  人々の声を聞き、安心を広げることを大切にします」


 義親(4歳)は瞳を輝かせ、小さな手で膝を握りしめて。

 「僕は化学で世界を変えたいです。

  産業を豊かにし、自然も守れる研究を本格的に始めたいです」


 その幼い声に、座敷はしんと静まり返り、やがて温かな拍手が広がった。



 松平春嶽が盃を掲げた。

 「財務省として、二十年戦略の財政基盤は完璧に整いました。

  海外からの投資も増え、資金に不足はありません」


 慶篤副総理は深い声で続けた。

 「政治、経済、軍事、医学、行政――すべての分野で世界に並び立った。

  二十年で五大強国入りする道筋は、揺るぎないものです」


 清水昭武からの電信も読み上げられた。

 「新年より、北海道は満州作戦の兵站基地として稼働を開始。準備は万全です」



 藤村は盃を掲げ、ゆっくりと告げた。

 「これで、新しい理と明治の情熱、四師匠の専門性が完全に融合した。

  二十年後、我らは必ず世界五大強国の座に立つ。

  そして、新しい世界秩序を創り上げるのだ」


 一同は杯を打ち合わせ、澄んだ音が冬の夜に響いた。

 外からは除夜の鐘の音が重なり、雪は静かに降り続いていた。


 その光景は、過ぎた一年の総括であると同時に、

 未来へ続く新たな誓いの始まりであった。

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