251話:(1877年11月/初冬)初冬の世界的評価
十一月、冷たい風が大地を撫で、東京の町には初雪がちらほらと舞い落ちた。
白い欠片が瓦に積もってはすぐに溶け、川面には冷たい気流が走る。
人々は肩をすくめ、早足で行き交い、炭を求める声が町に満ち始めていた。
四季は確かに移ろい、長い夏と豊かな秋を越えて、国は初冬を迎えていた。
だが、東京城の奥では、外気の冷たさとは対照的に熱い議論が繰り広げられていた。
大広間の机の上には、海外からの分厚い新聞や書簡が次々と置かれ、役人たちの筆は一刻の猶予もなく走り続けていた。
今日届けられた一紙は、特に重みを持っていた。
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陸奥宗光外務大臣が慎重に封を切り、声を張る。
「総理、ロンドンより速報。――ロンドン・タイムズが一面全体を使い、『日本の財政革命:税なしで七千万両を処理した東洋の奇跡』と題した特集記事を掲載しました!」
広間にざわめきが走る。
厚手の紙面には、堂々とした活字で大見出しが印刷されている。
“The Financial Revolution of Japan – The Eastern Miracle of Debt-Free Reform”
その英字が秋光に反射し、煌めいた。
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松平春嶽財務大臣が身を乗り出した。
「タイムズが一面を割くなど前代未聞ですな……。
しかも『税なしで七千万両を処理』と。
わが国の財政史における偉業が、ついに世界の紙面を覆ったのです」
陸奥はさらに続けた。
「ロンドン金融街では『日本に学べ』が合言葉となり、各国の財務官僚が押し寄せています。
フランス財務省からは、公式調査団の派遣要請も届きました」
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慶篤副総理が深く頷き、静かに言った。
「わずか一年余り前まで、欧州は我らを『野蛮な東洋の島国』と見下していた。
それが今や、我が国を師と仰いでいる……。
歴史の転換を、この眼で見られるとは」
広間の隅では、若い書記官が新聞の紙面をなぞりながら、感慨深げに呟いた。
「タイムズは世界の声……。我らの努力が、ついに世界標準となったのだ」
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藤村総理大臣はゆっくりと立ち上がり、紙面を高く掲げた。
「諸君、見よ。
この紙片は、ただの活字ではない。
我らが汗と知恵で築いた道を、世界が認めた証である。
藩札処理の完成は、もはや国内の誇りにとどまらぬ。
世界的偉業として、未来に刻まれるのだ」
その声に、大広間の空気が揺れた。
役人たちは一斉に頭を垂れ、武官たちは拳を握り、学士たちは震える手で筆を走らせた。
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障子の外では、淡い雪片が風に舞い、竹林に消えていった。
冷えゆく季節とは裏腹に、広間の中は熱気と誇りで満ちていた。
日本は今、世界の注目の中心にあった。
冷たい北風が町を吹き抜け、白い息が人々の口から立ち昇る。
初雪が屋根を白く染めた翌日、東京の大通りを異国の馬車列が進んでいた。
フランス国旗を掲げたその一行は、財務省調査団――ヨーロッパの財政官僚たちである。
人々は厚手の羽織を着込みながら道の両側に立ち、異国の使節を好奇の目で見送った。
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東京城大広間。
フランス調査団の長が恭しく一礼し、松平春嶽財務大臣に書簡を差し出した。
「我らは、日本が成し遂げた無増税七千万両処理を直接調査するため参りました。
これはヨーロッパの常識を覆す革新であり、学ばねばなりません」
春嶽は微笑み、静かに答えた。
「歓迎いたします。必要な資料と数字はすべて開示しましょう。
我が国の成果が、世界の財政に役立つのならば本望です」
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調査団は財務省の研修所に案内され、机上には日本式の帳簿や算盤が整えられていた。
日本の役人が流暢な仏語を交えつつ説明する。
「こちらが専売証券化の仕組みです。将来収益を証券化し、即座に資金を調達できます」
「こちらは宝くじ公債。民衆の娯楽と財政収入を結びつけた革新的手法です」
フランス官僚たちは眼鏡を押し上げ、驚愕の表情で筆を走らせた。
「これは……我らの枠を超えている……」
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その場に立ち会ったのは、藤村総理大臣と共に、三兄弟の教育を担った福沢諭吉、大村益次郎であった。
福沢が頷き、藤村に囁く。
「ご覧なさい。三兄弟は、もう異国の知識人とも対等に議論できます」
実際、義信(11歳)は流暢な理屈で兵站と財政の関係を語り、久信(10歳)は礼儀正しく調査団に質問を返していた。
フランス人たちはその幼さに驚きながらも、彼らの理路整然とした受け答えに深い敬意を抱いた。
大村は低く唸り、フランス調査団員に言った。
「義信の軍事理論は、そちらの陸軍参謀本部も注目しているはずだ。彼はすでに次代の戦略家だ」
調査団員は顔を見合わせ、真剣に頷いた。
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その時、義親(4歳)が机の端に置かれた分厚い化学書を開き、小さな指で分子模型の挿絵を指した。
そして驚くべき言葉を放った。
「父上、化学を使えば、産業の効率と環境保護を同時にできるはずです。
分子の構造を調べて、無駄のない反応を選べば、煙も廃棄物も減らせます。
こうして最適化すれば、国は豊かになり、自然も守れます」
広間に沈黙が落ちた。
フランス調査団の長が目を大きく見開き、呟いた。
「……分子レベルでの最適化理論……? まさか、四歳の子の言葉とは」
別の団員は小声で震えながら言った。
「この子は未来そのものだ……」
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福沢は満足げに微笑み、低く言った。
「教育の成果は、もはや師を越えつつある。
三兄弟は、欧州の知識人と渡り合うどころか、新しい理を生み出し始めた」
外は冷たい北風が吹き、雪片が竹林に落ちていた。
だが広間に集う人々の胸は、熱に震えていた。
日本の知識は、すでに世界を震撼させていたのである。
冷え込みが一層厳しくなり、初冬の風は鋭い刃のように頬を刺していた。
雪はまだ浅く積もる程度だったが、吐く息は白く長く伸び、町の人々は肩を寄せ合いながら歩を進めていた。
しかし、その寒気の中で届いた報せは、日本全体を温かく照らす炎のようであった。
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「総理!」
外務省の書記官が息を切らし、東京城大広間に飛び込んできた。
手には洋紙に包まれた一通の書簡。陸奥宗光外務大臣が受け取り、すぐに開封した。
「――北里柴三郎博士、パリ医学アカデミーより“人類への貢献賞”を受賞!」
広間に驚きと歓声が混じったざわめきが走った。
陸奥は声を弾ませながら続ける。
「史上最年少の受賞者です。彼は“東洋から現れた医学革命者”と称され、世界医学界の頂点に立ちました」
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藤村総理大臣は深く頷き、感慨を込めて言った。
「医学は国を超えて人を救う。北里の功績は、日本だけでなく人類全体への贈り物だ」
北里自身も静かに頭を下げた。
「私一人の力ではありません。国の支援と、ここにいる皆の学びがあったからこそです」
その謙虚な言葉は、むしろ彼の偉大さを一層引き立てた。
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同じ頃、ヨーロッパ各地から届いた学術誌には、もう一人の日本人の名が踊っていた。
――後藤新平。
「科学的行政学の創始者」として、彼の理論がプロイセン・フランス・イギリスの学者たちの間で広まりつつあった。
彼は単なる行政手法を越え、統計・医学・社会学を組み合わせた学問を確立し、各国の行政学者から「師」と仰がれる存在となっていた。
春嶽財務大臣が目を細めて言った。
「財政を数理で扱い、行政を科学として組み立てた……。
後藤殿は、まさに新しい時代の学問を開いたのですな」
後藤は謙遜しつつも静かに応じた。
「制度は人を守る道具でなければならない。
その思想が、海を越えて理解され始めたのなら本望です」
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榎本武揚海軍大臣が立ち上がり、報告を添えた。
「軍事医学の分野でも、日本への期待は高まっています。
各国海軍が北里博士の防疫技術を求め、兵士の健康を守る術を学びに来ております。
これは我が国の防衛力を超え、国際的な安全保障に寄与するものです」
軍医や技術官僚たちは誇らしげに頷き、場内には自信の熱が広がった。
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藤村総理大臣は壇に立ち、声を張った。
「諸君、聞け。
北里が医学で頂点に立ち、後藤が行政学を拓いた。
この二つは、我が国が“人を守る力”の中心に立ったことを意味する。
剣や砲だけが国を動かすのではない。
人を護り、制度を築く知恵こそが、未来の覇権を決めるのだ」
静寂が広間を満たし、やがて大きな拍手が湧き起こった。
その音は、初冬の冷気をも溶かす温かさを持っていた。
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障子の外では、雪がさらさらと降り始めていた。
白い世界の中に、灯火が赤々と揺れている。
その光は、世界から寄せられる称賛と同じく、日本という国を未来へと照らしていた。
雪がしんしんと降り積もり、夜の東京は白い静けさに包まれていた。
路地の提灯も雪化粧をまとい、行き交う人々の足跡がすぐに消されていく。
その冷たさとは対照的に、藤村家の座敷には炭火の温もりと人々の熱気があった。
囲炉裏を中心に、藤村総理大臣と家族、そして四師匠――福沢諭吉、大村益次郎、北里柴三郎、後藤新平が膝を突き合わせていた。
膳には鍋料理と熱燗、そして冬を告げる大根の煮物が並び、湯気が座敷を柔らかく包んでいた。
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藤村は杯を置き、静かに切り出した。
「ロンドン・タイムズの特集、フランス調査団の絶賛、北里の国際的受賞、後藤の学問的地位の確立――
これで日本は、完全に世界の指導国家となった」
福沢が頷き、口を開いた。
「三兄弟の国際的教養も整いました。
欧州の知識人に肩を並べ、いや、それを凌ぐ議論を展開できるほどです。
次世代への継承も万全でしょう」
大村は真剣な表情で言葉を重ねる。
「義信の軍事理論は、すでに世界レベル。
各国参謀本部が彼の構想に関心を寄せていると耳にしました」
北里が微笑み、杯を掲げた。
「医学の世界的ネットワークの中心が、いまや日本に移りました。
私の受賞は、国全体の功績でもあります」
後藤も力強く言った。
「行政学においても、日本が発信地と認められつつあります。
制度を科学する思想は、世界に広がりつつあるのです」
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義信(11歳)は深く一礼し、落ち着いた声で言った。
「世界の期待に応えられるよう、さらに努力を重ねます。
軍事だけでなく、政治・経済との連携を強め、総合的な国防を築きます」
久信(10歳)は少し照れながらも誠実に言った。
「外国の方々と話すのは楽しいです。
世界中の人が幸せに暮らせるように、誠実に努めます」
義親(4歳)は小さな声ながらもはっきりと語った。
「化学で世界を変えたいです。
産業を豊かにしながら、自然も守る仕組みを作ります。
それが未来の日本の役割です」
その言葉に、場の空気が一瞬止まり、やがて温かな笑いと感嘆が広がった。
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松平春嶽が盃を掲げた。
「財務省としても、この国際的評価によって更なる資金調達の道が開けました。
日本は経済の面でも、世界の師となるでしょう」
慶篤副総理が総括するように言った。
「軍事、医学、行政、財政――すべての分野で我が国は世界最先端に立った。
副総理として、世界的指導国家としての責任を痛感します」
清水昭武から北海道より届いた電信も読み上げられた。
「欧州からの投資と技術交流の申し込みが急増しています。
北の地も、国際交流の拠点として大きく変わろうとしています」
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藤村は深く息を吸い、結んだ。
「これで日本は真の意味での世界帝国となった。
軍事・医学・行政・財政・産業――あらゆる分野で世界をリードする。
そして四師匠による完璧な教育で、次世代も準備万端だ。
新たな世界秩序の中心は、日本だ」
一同が盃を掲げ、澄んだ音が座敷に響いた。
障子の外では雪が舞い、月光を浴びて銀色に輝いていた。
その光はまるで、世界を導く新しい旗印のように、藤村家を照らしていた。