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250話:(1877年10月/秋)秋の収穫祭と完成記念

十月、東京の空は高く澄み、稲田は金色の波を立てていた。

 風に揺れる穂先は鈴のように触れ合い、実りの匂いが町を満たす。

 大通りには「無増税の奇跡」の幟が並び、城下各所では太鼓と笛の調べ――収穫祭と完成祭が重なり、町は笑顔で溢れていた。


 露店には新米団子、焼き栗、里芋のふかし。

 寺社の境内には舞台が設えられ、子どもらは「むぞーぜい!」と舌足らずに唱和する。

 庶民の祝祭は城外で――それがこの時代のかたちだ。



 一方で、東京城大広間には正装の列が整っていた。

 参列は諸官、諸侯家の子弟、学士、財界代表に限られる。

 漆の床に秋光が射し、壇背の掛け物には処理工程が円環として描かれる――専売証券、宝くじ公債、収益連動債、永久債、相殺清算、期限交換。

 そのすべてが、一年余りの大事業の軌跡へと収束していた。


 鼓が鳴り、式次第が読み上げられる。

 藤村総理大臣が一歩進み、静かに宣する。


 「諸君――本日ここに、七千万両処理の完成を宣言する。

  新しいことわりと東京の知恵を繋ぎ、不可能を可能にした。

  これは単なる借財の返済ではない。国のかたちを改め、国際的地位を引き上げた近代化そのものである」


 抑えた拍手が広がる。

 城下の轟きとは違う、節度を保った典礼の音だ。



 慶篤副総理が起ち、明瞭に総括する。

 「一年余りにわたる壮大な事業が、今日、完全成功を収めました」


 松平春嶽財務大臣は扇を閉じ、重く刻む。

 「不可能とされた無増税処理が現実となった。財政史に永く刻まれる偉業です」


 島津久光内務大臣が各地の書状を掲げる。

 「城下の収穫祭では“政府への信頼は絶対”との声、相次いでおります。

  人々は安心と誇りを胸に、明日を語っております」



 続いて功労者点呼。

 渋沢栄一、岩崎弥太郎、坂本龍馬、清水昭武――財界と技術官僚の名が読み上げられるたび、参列者の間に確かな拍手が起こる。

 若い書記官たちは袖口の内で静かに拳を握った。

 無数の筆先が積み重ねた数字が、今日の「完成」を支えたのだ。


 藤村は背後の円環図を示し、簡潔に結ぶ。

 「専売の収益を束ね、宝くじで台所を支え、連動債で好不況に備え、永久債で坂をなだらかに下ろし、

  相殺と期限交換で旧札を吸い上げた――増税なき完成である」


 深い納得のざわめき。

 老学士は目頭を押さえ、若き学士は胸を張る。

 ここにいる誰もが、次の季節を見ていた。



 襖が開き、回廊の彼方から遠い太鼓。

 城外の祭は最高潮を迎えているらしい。

 だが広間にいる彼らは、節度をもって静かに耳を澄ませる――国の喜びが、内と外で呼応しているのだ。


 最後に藤村。

 「完成は終わりではない。始まりである。

  この“完成”を旗に、我らはさらに遠くへ進む」


 秋光は傾き、柱に長い影を刻んだ。

 東京の空は群青に染まり、城下の提灯が灯り始める。

 外では、子らの歌声――「むぞーぜい」。

 内では、静かで力強い拍手。


 一年余りの大事業は、こうして「国の新しい常識」となった。

大広間の空気が落ち着きを取り戻したころ、藤村は壇の中央へ進み、ゆっくりと視線を一巡させた。

 秋の日差しはすでに傾き、柱の陰影が深まっている。


 「諸君。

  一年余りの歳月で、我らは七千万両の処理を成し遂げた。

  新しいことわりと東京の知恵を結び、民の力を束ね、不可能を可能にした。

  これは“返済”ではない――近代の設計である」


 言葉は穏やかだったが、芯は硬い。

 藤村は続ける。


 「専売の収益を束ねて未来を引き寄せ、宝くじで暮らしと国家を結び、

  連動債で時の波を受け止め、永久債で長い坂を歩みやすくした。

  相殺と期限交換で旧札を静かに海へ還し、増税なき完成を掲げた。

  この道筋は、ここにいる我らだけのものではない。

  子や孫の世にも通じる、国の作法である」


 抑えた拍手が、ふたたび広がった。

 城外の太鼓が遠くで応じるように鳴り、内外の拍動が重なる。



 式は第二部へ移り、「経済の柱」の発表が告げられる。

 司会が朗々と読み上げた。


 「三大財閥体制・五十社連合――本日ここに、正式に完成」


 ざわめき。

 壇上に招かれたのは、坂本龍馬、岩崎弥太郎、渋沢栄一、清水昭武。

 四者が横一列に並ぶと、会場に低いどよめきが走る。


 「商いは、世を動かすためにあるがぜよ!」

 龍馬の快活な一声に、抑えた笑いがこぼれた。


 岩崎は目録を捧げ持ち、力強く言う。

 「海運・鉱業・金融・商社――五十社が東京を根に世界と繋がる。

  道は、ここから広がる」


 渋沢は短く、静かに。

 「合本の力を以て、公益と利潤を両立させます」


 清水昭武は若々しい声で締めた。

 「鉄路、港湾、電信、製糸、機械――連関してこそ強くなる。

  連なる業が国を成す、これが我らの設計です」


 披露された目録には五十社の名が金文字で並ぶ。

 国際市場をにらむ造船・海運、人流を運ぶ鉄道、情報を束ねる電信、資金の循環を担う銀行――

 それぞれが単独で立ちながら、互いの背骨となる構造。

 会場の学士たちは頷き合い、技術官僚は胸の内で拳を固く握った。



 慶篤が一歩進み、総括を添える。

 「政治の安定は、民が働ける場と学びの梯子により、初めて骨格を得る。

  三大財閥・五十社連合は、まさにその梯子を全国に架けるものだ。

  城外の祝祭は“収穫”を、城内のこの発表は“播種”を意味する」


 秋の光がさらに傾き、障子の桟が畳に長い影を落とした。

 藤村は壇の端から、最後の一言を会場へ投げる。


 「今日、我らは完成を祝う。

  だが、明日からはこの完成を使いこなす。

  金融は民を潤し、産業は世界と結び、教育は次代に橋を架ける。

  東京は、ここから世界の一等地へ歩み続ける」


 静謐な拍手。

 拍手はやがて一つの波となり、梁を震わせ、外の太鼓とゆるやかに同期した。



 回廊へ出ると、空は群青に染まり、遠くで提灯の灯が点り始めていた。

 城内の典礼は節度を保ち、城外の祭は朗らかに。

 ふたつの祝意は、同じ秋風に揺れていた。


 この日、一年余りの大事業は、言葉ではなく様式となり、

 設計図ではなく景色となって、人々の目に刻まれた。

大広間の式典は、次の部へと進んだ。

 壇上に呼ばれたのは、国を導いてきた四人の師――福沢諭吉、大村益次郎、北里柴三郎、後藤新平。

 それぞれが深く一礼し、壇に並ぶ姿はまるで未来を支える柱のようであった。



 福沢が先に口を開いた。

 「三兄弟には、実学の精神と国際的視野を徹底して授けました。

  学問は空論にあらず、世を動かす道具であると心得たでしょう」


 続いて大村。

 「義信は軍事理論を極め、すでに師の域に達しておる。

  兵站・戦略・衛生を一体と見る眼は、我らの時代を超えている」


 北里が頷き、声を添える。

 「医学の基礎は十分に理解しました。義信は軍事と融合し、久信は人の心に寄り添い、義親は新しい理を探ろうとしている。

  学びは、それぞれの才をさらに磨いた」


 後藤が最後に結んだ。

 「行政・社会政策においても、三兄弟はすでに要点を掴んでいます。

  制度を形だけでなく“人を守る仕組み”と理解している――これは将来の大きな力となる」


 壇下の参列者は深く頷き、四師匠に拍手を送った。



 続いて三兄弟が呼ばれた。


 義信(11歳)は堂々と進み出て、一礼した。

 「私は、軍事と医学を統合した新しい国防理論を築きました。

  戦うだけでなく、兵を護り、国を守る理論です」


 久信(10歳)は少し照れながらも、まっすぐに言葉を述べた。

 「僕は兄たちのように特別な才はありません。

  でも、人々が安心して暮らせるように、誠実に学び、働きます。

  それが僕の役目です」


 幼い義親(4歳)は小さな体で壇に立ち、真剣に声を出した。

 「父上、化学を学べば、持続可能な工業技術を作れると思います。

  産業を発展させながら、自然を守ることもできるはずです」


 会場に一瞬の静寂が訪れ、やがて驚きと感嘆のざわめきが広がった。

 参列した学士たちは顔を見合わせ、「環境と産業の両立」という言葉の斬新さに打たれたのである。



 壇上の四師匠が順に言葉を添えた。


 福沢「三兄弟は、実学と国際的視野を完全に習得した」

 大村「義信の軍略はもはや独創の域に達した」

 北里「医学と科学の理解は十分だ」

 後藤「行政と政策の洞察もすでに一人前である」


 慶篤副総理が締めに立ち上がった。

 「三兄弟はそれぞれ異なる才を備え、四師匠の教えを受けて完成を見た。

  義信は軍事の天才、久信は人格の指導者、義親は学術の探究者。

  この三位一体こそが、未来を担う理想的な布陣である」


 場内から湧き上がる拍手は、これまでの厳粛さとは違い、温かな熱を帯びていた。

 秋の光が障子を透かし、その音を柔らかく包んだ。



 その頃、城下では収穫祭の舞台に子どもたちが立ち、太鼓を叩いていた。

 「むぞーぜい! むぞーぜい!」

 合間に飛び出す声は舌足らずだが、見守る庶民の拍手は力強い。

 そこにもまた、三兄弟の成長と、国の未来への期待が映し出されていた。

日が沈む頃、東京城での式典は幕を閉じた。

 外に出ると、城下の大通りには提灯の灯りが並び、秋風に揺れていた。

 祭り囃子は夜の色を帯び、米俵を模した山車が曳かれ、子どもたちが笑いながら後を追っていた。

 民の収穫祭はこれから夜通し続くのだろう。


 一方、城の奥――藤村家では、内々の祝賀会が始まっていた。

 座敷には膳が並び、栗ご飯、鯛の塩焼き、松茸の吸い物、柿を添えた菓子。

 師と弟子、家族と閣僚が一堂に会し、蝋燭の炎が和やかに照らしていた。



 藤村総理大臣が盃を掲げ、声を落ち着かせて言った。

 「七千万両処理の完全成功、三大財閥体制の確立、そして四師匠による三兄弟の教育――

  このすべてが、理想的に結実した。皆に、心からの感謝を申し上げる」


 福沢諭吉が笑みを浮かべ、頷いた。

 「三兄弟の成長は、我らの期待をはるかに上回りました。

  実学の精神を骨の髄まで吸い込んでおる」


 大村益次郎が杯を置き、真顔で言葉を添えた。

 「義信の軍事的才能は驚異的です。師が驚くほどの独創を見せている」


 北里柴三郎は穏やかに笑みを浮かべた。

 「医学への理解も素晴らしい。学問を道具とし、人を守る力と心得ている」


 後藤新平が力強く言った。

 「社会政策の洞察力も優秀です。制度を血肉の通ったものと理解できる若者は稀です」



 義信は居住まいを正し、落ち着いた声で述べた。

 「四師匠のご指導により、軍事面で国を守る準備ができました。

  兵站と医療を一体化した新戦略を完成させます」


 久信は柔らかな微笑みを浮かべ、盃を置いた。

 「私は特別な才は持ちません。

  けれど、国民の皆さんが笑顔で暮らせるよう、誠実に努力します。

  人と人をつなぐことこそ、私の務めです」


 義親は小さな体で真っ直ぐに父を見上げた。

 「科学技術で日本を世界一にしたいです。

  化学の力で産業を発展させながら、自然も守れる仕組みを作りたい」


 座敷に集う面々は、一瞬息をのんだ。

 四歳児の口から出たとは思えぬ、未来を見据えた言葉。

 その場にいた誰もが、この国の未来を明るく照らす灯を感じ取った。



 慶篤副総理は盃を高く掲げ、総括した。

 「副総理として、この完璧な教育体制と政治的成果に心から誇りを感じます。

  三兄弟がそれぞれの才を持ち寄れば、日本は必ずや未来を切り拓く」


 藤村総理大臣がゆっくりと頷き、結んだ。

 「これで、新しい理と四師匠の専門性が完全に融合した。

  三兄弟の特性により、この成果は永続的に継承される。

  新しい日本の時代が始まったのだ」


 杯が一斉に打ち合わされ、澄んだ音が座敷に響き渡った。

 外からは祭囃子と虫の声が入り混じり、秋の夜を彩っていた。

 その音と光は、未来への希望を確かなものとして刻んでいった。

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