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249話:(1877年9月/初秋)初秋の国際金融センター

九月、東京の町には初秋の気配が漂っていた。

 厳しい夏を越えた空は澄み渡り、風はどこか乾き、涼しさを含んでいた。

 朝には露が草木を濡らし、夕刻には虫の音が広がり始める。

 蝉の声は弱まり、代わりに鈴虫や松虫の声が城下を満たしていた。


 町人たちは衣を薄物から綿入りに替え、酒場には新米の話題がのぼる。

 川沿いの茶店では、団扇を片付けて風炉を据え、客に温かな茶を出し始めていた。

 四季の移ろいは確実に訪れ、東京は新たな季節を迎えていた。


 しかし、東京城の奥で交わされていた議論は、さらに大きな「変化」を告げていた。

 それは季節の変化ではなく、国の在り方そのものを変える転換であった。



 東京城大広間。

 障子を通した秋の光が柔らかに畳を照らす。

 机の上には欧州やアジアから届いた書簡が山のように積まれ、役人たちの筆は休むことなく走っていた。


 藤村総理大臣が立ち上がり、静かな声で言葉を発した。


「諸君。――東京は今や、東アジアの金融センターとしての機能を果たし始めた」


 その一言に、広間はざわめいた。


「我らが築いた金融技術、藩札処理から派生した債務管理の手法。

 これを求め、各国の資金と人材が東京に集まりつつある。

 欧州の商館も、アジアの使節も、皆ここを“学びの都”と呼び始めている」



 松平春嶽財務大臣が巻物を広げ、報告を重ねた。


「専売証券化、宝くじ公債、収益連動債、永久コンソル債。

 これらの仕組みは東京を中心に統合され、各国の商人や投資家が利用する市場となりました。

 すでに清国や朝鮮、さらに欧州の商館からも預託資金が流入しております」


 小栗上野介が筆で数字を示し、冷静に補足する。


「年間取扱高は百数十万両規模に達し、これは東アジア最大の市場となっています。

 東京は名実ともに、国際金融の中心地と化しました」



 慶篤副総理が目を細め、静かに言葉を添えた。


「軍事や外交だけでなく、金融の力で国を動かす。

 東京が“世界の金脈”となれば、我が国は誰にも揺るがされぬ地位を得るだろう」


 島津久光内務大臣も重々しく頷いた。

「地方から東京に資金が流れ込み、その一部がまた地方に投資される。

 循環の輪が完成すれば、全国の経済が活性化する。

 まさに“日本モデル”の完成ですな」



 藤村は広間を見渡し、静かに結んだ。


「藩札処理から始まった挑戦は、ついに東京を国際金融の舞台へと押し上げた。

 これからの東京は、ただの城下ではない。

 世界の金融が集う“国際都市”なのだ」


 障子の外から吹き込む風は涼しく、竹林を揺らして秋の音を運んでいた。

 その風は、確かに新しい時代の始まりを告げているようであった。

秋の風が稲穂の匂いを運び、東京の町は収穫を待つ季節の気配に包まれていた。

 川沿いの柳は黄色を帯び、朝夕には肌寒さを覚える。

 だが、その涼しさの中で、東京城の一角には熱気が満ちていた。

 今まさに、東アジア各国からの学習団が到着し、日本の金融手法を学ぼうとしていたのである。



 陸奥宗光外務大臣が広間で報告を読み上げた。

「本日、朝鮮より財政担当官十名が東京に到着しました。

 さらに来週には清国から二十名、タイからも十名の官吏が参ります」


 春嶽財務大臣が続けた。

「彼らは我らの藩札処理、専売証券化、宝くじ公債の仕組みを学ぶことを目的としております。

 各国は、わが国の債務処理成功を“奇跡”と呼んでいるのです」


 広間には静かなざわめきが広がった。

 かつて債務に苦しんだ日本が、今やアジア諸国の教師となっている。



 学習団が視察に訪れたのは、大蔵省の新しい研修所であった。

 石畳の庭を進み、講義室に入ると、机の上には整然と帳簿と算盤が並べられていた。

 日本人講師が、流暢な漢文と英語を交えながら説明を始める。


「こちらが専売証券化の仕組みです。

 将来の収益をまとめて証券に変換し、流通させることで即時の資金を得ることができます」


 朝鮮の官吏たちは目を見開き、清国の役人は熱心に筆を走らせた。

 タイの使節は驚嘆の声を漏らしながら、

「これは我が国にも導入すべきだ」と互いに囁き合った。



 その場に同席していた義親が、小さな声で父に囁いた。

「父上、彼らは“知識の輸入”をしているのですね。

 これは後に“国際技術移転”と呼ばれるものです」


 藤村は微笑み、頷いた。

「その通りだ、義親。知識を持つ国は、物を売らずとも影響力を持てる」


 義親はさらに問いかける。

「父上、もし化学や医学の知識も輸出できれば、さらに国際的信用は高まりますね?」


 北里柴三郎が傍らで応じた。

「すでに医学外交は始まっている。防疫協定や研究者交流は、金融と同じく外交の武器となるのだ」



 学習団のひとりが義親に声をかけた。

「幼いのに、君は熱心に話を聞いているな。君も将来は官吏になるのか?」


 義親は幼いながらも真剣に答えた。

「僕は官吏になるだけでなく、知識を学びたいのです。

 政治も経済も、医学や化学も、みな繋がっています」


 その答えに、外国の役人たちは驚き、深い敬意を覚えた。

 彼らはただ制度を学ぶために来たが、ここで未来を語る子どもの存在が、この国の強さを象徴していると感じたのだった。



 夕刻、東京城の広間に戻った藤村は、報告を総括した。


「諸君。アジア各国は今、日本を師と仰いでいる。

 東京は東アジアの金融センターであるだけでなく、学びの都となった。

 これは我らの努力の結晶であると同時に、未来を担う者たちへの贈り物でもある」


 障子の外からは秋の虫の声が聞こえ、涼しい風が吹き込んできた。

 その風は、東京が新たな時代の中心へと歩み出したことを告げているようであった。

秋の気配が濃くなるにつれ、東京には各国からの使節や学者が次々と到着していた。

 金融だけでなく、医学と都市計画――この二つの新たな分野においても、日本は国際的な注目を集めていた。



 北里柴三郎は、東京城の広間で開かれた国際学術会議に臨んでいた。

 机の上には、細菌学の実験記録と防疫協定案が整然と並ぶ。

 会場には清国や朝鮮の医学官、さらには欧州から派遣された研究者たちの姿もあった。


「細菌を制御する知識は、国を護る盾です」


 北里の言葉に、場内は静まり返った。

 彼は続けて、血清療法や防疫システムを外交の枠組みに組み込む提案を行った。


「医学は慈善だけではない。外交と結びつけば、信頼を結び、同盟を強める力となります」


 陸奥宗光外務大臣がすぐに声を重ねる。

「北里博士の技術を基盤とした医学協力協定を、清国と朝鮮に提案しました。

 両国は強い関心を示しており、締結は時間の問題です」


 欧州の研究者が感嘆の声を漏らした。

「東洋に、これほどの医学的先進国があるとは……。我々は学ぶ立場にある」


 こうして“医学外交”は、金融と並ぶ新たな国家戦略として確立しつつあった。



 一方、後藤新平は都市計画の図面を広げ、東京城の別室で各国使節と向き合っていた。

 図面には整然と区画整理された街路、上下水道、公共施設が描かれている。


「東京改造で実証されたこの都市計画モデルを、上海・香港・シンガポールに提供します。

 秩序ある街路は物流を活性化し、上下水道は衛生を守り、公共施設は人心を安定させる。

 これらすべてが都市の持続的発展を支えるのです」


 清国の代表は目を丸くし、香港の商人は深く頷いた。

「まるで未来の都市だ……」

「この仕組みがあれば、疫病や火災にも強い街が築ける」


 後藤は言葉を続けた。

「都市計画は単なる建設ではない。人々の暮らしを守り、国の繁栄を保証する礎だ。

 もし貴国が導入を望むならば、我らは技術料を頂戴する。これは慈善ではなく、産業なのです」


 商人たちは互いに顔を見合わせ、やがて力強く頷いた。

 こうして“都市計画コンサルティング”という新たな国際事業が芽吹いた。



 広間に戻り、藤村総理大臣は総括を述べた。


「金融で世界を導き、医学で信頼を築き、都市計画で未来を売る。

 東京はもはや東アジアの学び舎にとどまらず、世界の師として立ったのだ」


 障子の外では秋の虫が鳴き、涼やかな風が吹き込んでいた。

 その風は、知識と技術を輸出する日本の新しい時代を告げているかのようであった。

夜の帳が下りる頃、東京城の庭はひんやりとした秋風に包まれていた。

 虫の声が絶え間なく響き、竹林を渡る風が風鈴を鳴らす。

 蒸し暑さを残した夏が遠ざかり、季節は確かに次の段階へと進んでいた。


 藤村家の座敷では、膳が整えられていた。

 新米のおにぎり、秋刀魚の塩焼き、茸の味噌汁、そして梨を盛った皿。

 初秋らしい滋味深い膳に囲まれ、家族と閣僚たちは一日の成果を分かち合っていた。



 藤村総理大臣は盃を掲げ、静かに口を開いた。


「諸君。――藩札処理を終えてわずか数年。

 我らは今日、東京を国際金融の中心へと押し上げた。

 金融に集まる資金は東アジア最大規模となり、各国の学習団が我が国を師と仰いでいる」


 春嶽財務大臣は盃を置き、深い声で応じた。

「専売証券化から宝くじ公債、収益連動債、永久コンソル債――すべてが見事に機能しました。

 今や欧州もアジアも、東京を金融の学び舎と見なしております。

 財務省として、この成果を後世に伝える責務を痛感します」


 小栗上野介が帳簿を開き、数字を示した。

「年間取扱高は百数十万両を超え、国庫収入に直結しております。

 金融市場の深化は、確実に我が国の富を増しています」



 北里柴三郎が静かに言葉を添えた。

「医学もまた、外交の武器となりました。

 細菌学を基盤とした医学協力協定は、清国や朝鮮だけでなく欧州諸国との結びつきも強めています。

 医学を通じて、日本は世界の信頼を勝ち取ったのです」


 陸奥宗光外務大臣が頷き、報告を重ねた。

「博士の研究に学ぶため、欧州の研究者が次々と東京を訪れております。

 “東洋の医学大国”という評価が定着しつつあります」



 後藤新平が図面を広げ、声を張った。

「そして都市計画。東京改造で培ったモデルを上海・香港・シンガポールに供与しました。

 秩序ある街路、上下水道、公共施設――すべてが都市の未来を保証する仕組みです。

 都市計画は今や、我が国の輸出産業となりました」


 島津久光内務大臣が感慨深げに笑んだ。

「我らが街づくりが、海を越えて広がるとは……まさに新時代ですな」



 義信が真剣な顔で言葉を紡いだ。

「父上、軍事を学ぶ立場から見ても、金融・医学・都市計画は兵站と同じです。

 国を守り、国を豊かにする基盤となります」


 久信は穏やかに微笑んだ。

「僕は人々と接して思いました。金融も医学も都市計画も、結局は“安心して暮らせる町”を作るためのものだと。

 人々が笑顔で過ごせるよう、誠実に努めたいです」


 義親は瞳を輝かせ、小さな声で続けた。

「金融は数理、医学は生命、都市計画は空間。

 三つを統合すれば、知識はさらに広がります。

 僕は化学を学んで、それらを繋ぐ橋を作りたい」



 慶篤副総理は三兄弟を見渡し、満足そうに頷いた。

「金融、医学、都市計画――この三本柱が確立した今、次代を担う後継者たちもまた、その力を継承している。

 これこそ知識立国の姿です」


 藤村総理大臣は盃を高く掲げ、声を響かせた。


「金融で富を集め、医学で信頼を結び、都市計画で未来を売る。

 東京はもはや東アジアの都ではない。

 世界を導く知識立国の心臓である!」


 一同の盃が打ち合わされ、澄んだ音が虫の声と混じり合った。

 障子の外の秋風は、未来を照らす旗のように座敷を吹き抜けていった。

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