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【篤姫と結婚した公務員】水戸藩から始まる幕末逆転録 ~公務員が理と仕組みで日本を救う~  作者: 一条信輝


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247話:(1877年7月/盛夏)盛夏の完全勝利

七月の江戸は、まさに炎熱の都と化していた。

 梅雨が明けて間もない空は群青色に澄み、容赦なく注ぐ日差しが石畳を白く照り返す。

 蝉の声は朝から絶え間なく鳴き響き、川辺の水車も音を立てて回っていたが、涼を求める人々は手拭いや団扇を片手に汗をぬぐうばかりだった。

 茶店には氷水や甘酒を求める客が押し寄せ、町全体が息を詰めながら夏の盛りを耐えている。


 その熱気のなか、江戸城の大広間もまた、蝉の声に負けぬほどのざわめきに包まれていた。

 机の上には巻物と帳簿が山のように積まれ、役人たちが入れ替わり立ち替わり報告を続けている。

 それは数年に及ぶ国家的事業の、最終的な成果を示すものだった。



 藤村総理大臣は、汗を拭いながら静かに立ち上がった。

 広間に集う重臣たちの目が、一斉に彼に注がれる。


「諸君。――旧札の回収率、九割五分を達成した」


 その言葉に、広間は大きくどよめいた。

 誰もが互いに顔を見合わせ、重い期待を込めて続きを待った。


「市場からの吸い上げはほぼ完了。残る札も期限内に自然消滅する見込みだ。

 これにより、藩札処理は事実上、完全に終わったと宣言できる」


 松平春嶽財務大臣が巻物を掲げ、声を震わせた。

「旧札の九五%が新システムに移行……! これほど徹底した回収は、財政史に前例がございませぬ」


 小栗上野介が数字を指し示し、続けた。

「年負担は九十六万両に確定。当初予想の百五十万両から大幅削減となりました。

 しかも、増税なしでの達成です」



 慶篤副総理は深く頷き、誇らしげに言った。

「増税をせずに借金を整理し、しかも経済成長を維持した。

 この国は、かつて誰も想像しなかった勝利を掴んだのです」


 島津久光内務大臣が地方からの報告を読み上げた。

「薩摩・長州・東北いずれの地でも、人々は“国の財政は揺るぎない”と口を揃えております。

 士族・農民・商人すべてが、安心と誇りをもって日々を送っているとのことです」


 その声は広間の誰の胸にも響いた。

 かつて不安と混乱に揺れていた町や村が、今や国と共に歩んでいる。



 藤村は机に手を置き、静かに結んだ。


「これにて七千万両の処理は完了した。

 年負担九十六万両、増税なし――この数字は、我らの知恵と努力の結晶である。

 この成果を歴史に刻み、未来へと伝えよう」


 蝉の声がさらに強く鳴き響き、障子越しに差し込む光は畳に鮮やかな模様を描いていた。

 その眩しさは、まるで勝利の旗が夏空に高々と翻るかのようであった。

蝉の声が絶え間なく降り注ぐ盛夏の午後。

 江戸城大広間の空気は熱気に包まれながらも、誰もが胸の奥で震えるような感覚を覚えていた。

 今、この場で確認されているのは、ただの数字の積み重ねではない。

 歴史そのものを変える「実証」であった。



 藤村総理大臣は、巻物を手に立ち上がった。

 机上の蝋燭の火が、汗に光る額を照らしている。


「諸君。七千万両処理を巡る我らの戦いは、単なる財政政策ではなかった。

 これは経済理論の実証であった」


 広間にいる全員が息をのんだ。


「令和の金融工学を、この江戸に移し、試み、そして成功させた。

 借換え、宝くじ公債、収益連動債、永久債――あらゆる手法を統合し、

 “成長を止めずに債務を削減する”という不可能を可能にした。

 この成果は、未来の経済学においても記録されるだろう」



 春嶽財務大臣が感慨深げに口を開いた。

「まさに壮大な実験でしたな……。

 それが机上の理屈に終わらず、現実に人々の生活を潤している。

 これは経済学と政治学の統合の証であります」


 小栗上野介は筆を取り、数字を確認しながら頷いた。

「理論と実務の融合。

 “増税なしで年九十六万両の負担”という結果が、何より雄弁です」



 そのとき、幼い声が広間に響いた。

 義親――わずか四歳の少年が、机の端に置かれた帳簿を指でなぞりながら語った。


「父上、この成功は“マクロ経済政策の最適化”の実証です。

 成長率を維持しながら債務を圧縮することは、後世の教科書でも奇跡とされるでしょう。

 リスク分散効果と民衆心理の誘導を組み合わせた設計は、

 現代でいえば“持続可能な成長理論”の完成形にあたります」


 重臣たちは一瞬言葉を失い、やがてざわめきが広がった。


 義親はさらに続けた。

「父上の理論は、未来では“数理ファイナンス”と呼ばれる分野に通じます。

 確率と統計を駆使して不確実性を制御する――その実験を、この江戸で実現したのです」



 慶篤副総理は目を細め、弟子を見る師のように頷いた。

「なるほど……。政治が理論を体現し、国を変える。

 それを幼子がこの言葉で解き明かすとは、我らが未来を担う証ですな」


 島津久光内務大臣も感嘆を込めて言った。

「士族も農民も商人も、今や政府を支持しておる。

 それは数字ではなく、暮らしに直結した成果ゆえ。

 この“安定”もまた、理論が生んだ現実の果実でしょう」



 藤村は静かに頷き、声を落とした。


「数字は人を救わぬ。だが数字に裏付けられた理論は、人を動かし、未来を変える。

 この国の勝利は、まさにそれを証明したのだ」


 障子の外では、夕立の兆しか黒雲が流れ込み、稲光が遠くで瞬いた。

 蝉の声と混じり合うその音は、まるで新しい時代の幕開けを告げる雷鳴のように響いていた。

夏の空は高く、陽は容赦なく江戸城の屋根を照りつけていた。

 蝉の声は昼も夜も絶えることなく続き、城下の人々は汗を拭いながら日陰を探して歩いていた。

 だが、江戸城の広間には別種の熱気が満ちていた。

 それは暑さではなく、世界から寄せられる尊敬と注目の熱であった。



 陸奥宗光外務大臣が巻物を手に立ち上がった。

 声は普段の冷静さを超えて、抑えきれぬ興奮を帯びていた。


「総理、諸閣下! 欧州からの電報が相次いでおります。

 パリ、ロンドン、ベルリン――すべての学会と政府が、日本を“知識大国”として認めたとのことです!」


 広間にざわめきが広がる。


「北里柴三郎博士は“東洋のパスツール”と呼ばれ、国際医学会で絶大な尊敬を得ております。

 血清療法、細菌学講義、そして防疫制度――どれもが世界最高水準と認められました。

 各国は“日本で学びたい”と、研究員を派遣し始めております!」


 春嶽財務大臣が目を細め、ゆっくりと頷いた。

「医学が国の信用を築く……これほどの力を持つものか」



 榎本武揚海軍大臣が声を張った。

「軍事医学の面でも、日本の名は轟いております。

 海軍兵士に血清を配備した成果が評判となり、各国海軍から協力要請が殺到しています。

 これは防衛の国際的地位を一気に高めるものです」


 続いて後藤新平が立ち上がり、巻物を広げた。


「行政システムの輸出も同様です。

 朝鮮・台湾への導入は大成功し、欧州諸国も“日本式行政”を模範とし始めています。

 我らが設計した統治モデルは、“制度の輸出産業”として確立しました」


 藤田小四郎が補足する。

「各国政府は実地調査を希望し、江戸に視察団を派遣したいと申し入れています。

 これは単なる模倣ではなく、正式に“技術料”を支払って導入する流れとなっています」



 藤村総理大臣は静かに目を閉じ、言葉を噛みしめるように呟いた。


「北里の医学、後藤の行政――この二つが世界を動かすとは。

 日本はもはや追随する国ではない。世界に知恵を与える国だ」



 その時、幼い義親が机の端から小さく手を挙げた。

「父上、これは“知識の国際収益化”です。

 医学と行政という無形資産が、収入と外交力を同時に生んでいます。

 これは現代でいう“ソフトパワー”の実践であり、日本の国家像を決定づけるものです」


 重臣たちは一瞬言葉を失ったが、やがて深い感嘆の息を漏らした。


 義親は続ける。

「知識は目に見えぬが、国際的信用を生み、技術料や研究費という形で有形の利益をもたらします。

 これは産業革命の次に来る“知識革命”の先駆けです。

 我が国はその先頭に立っているのです」



 慶篤副総理は目を細め、子どもの言葉をかみしめるように頷いた。

「確かに。政治の安定は経済に支えられるが、今やその経済を支えているのは“知識”だ。

 この国は、世界の師となった」


 春嶽が杯を置き、静かに言った。

「財政を立て直すだけでなく、新たな収入源を創った。

 学術と行政を輸出し、国家威信を築く。

 この成果は後世、必ずや語り継がれるであろう」



 藤村は深く息を吸い、声を張り上げた。


「諸君。旧札処理九五%達成、年負担九十六万両確定。

 そして、北里と後藤が築いた国際的地位――これにより、日本は真の意味で“知識大国”となった。

 盛夏のこの日に、我らは完全勝利を手にしたのだ!」


 広間の全員が盃を掲げ、声を揃えて叫んだ。

「万歳!」


 障子の外では蝉が一層激しく鳴き、夏空に響き渡った。

 その声はまるで、国の勝利を祝福する凱歌のようであった。

夕刻、江戸の町は熱気を残したまま、ゆっくりと夜を迎えていた。

 赤く染まった西の空はやがて群青に変わり、堀の水面には無数の灯が映り込んで揺れている。

 蝉の声はなお響いていたが、遠くから祭囃子が重なり、夏の夜らしいざわめきが広がっていた。


 藤村家の座敷には涼やかな風が吹き込んでいた。

 竹簾を通した風が風鈴を鳴らし、食卓の上に並んだ膳を涼しく包む。

 膳には鰻の蒲焼、胡瓜の酢の物、枝豆、そして氷で冷やした甘酒。

 夏らしいご馳走を前に、家族と閣僚たちは膝を突き合わせていた。



 藤村総理大臣は盃を掲げ、力強く切り出した。


「諸君。――旧札処理、九割五分を回収。年負担九十六万両にて確定。

 増税なしでの処理は完全に成功し、七千万両の影は消え去った。

 我らはこの盛夏に、ついに完全勝利を手にした!」


 広間に歓声が広がった。

 春嶽財務大臣は盃を置き、感慨深げに言った。


「当初は年百五十万両の負担を覚悟しておりました。

 しかし現実はその三分の二に収まり、しかも景気を冷やすことなく進んだ。

 財政史上、これほどの成果はございません」


 小栗上野介が頷き、冷静に補足する。

「借換えの制度設計、宝くじ公債、収益連動債、永久債――そのすべてが見事に機能しました。

 この体系は“世界に輸出可能なモデル”となりました」



 慶篤副総理が杯を掲げ、ゆっくりと言葉を重ねた。

「政治の安定は、数字の安定に裏打ちされております。

 士族も農民も商人も、政府を支持している。

 これほど理想的な統治状況は歴史上初めてです」


 島津久光内務大臣が頷き、笑みを浮かべた。

「地方からも“政府への信頼は絶対的”との報告が届いております。

 内乱の火種は一切ございません。まさに安定の極みですな」



 その時、義信が帳面を開き、真剣な顔で言った。

「父上、今回の成功は“経済理論の実証”として後世に伝わるでしょう。

 数理に基づく設計が現実を動かしたのです」


 義親は幼い声で続けた。

「父上、これは“知識立国”の完成です。

 金融工学を基盤に、医学と行政が国際的な収入源となった。

 日本は物を作るだけの国ではなく、知識を輸出する国へと転じました」


 久信は驚きの声を上げた。

「義親……もう未来を語る学者のようだ。僕も必死で学ばないと置いて行かれます」


 篤敬が感嘆し、杯を掲げた。

「義親君の言葉は、まるで経営学と政治学を融合させた新しい学問のようです」


 篤守も真剣に頷き、言葉を添えた。

「知識を産業化する発想――これこそ次の時代を切り開く鍵です」



 北里柴三郎が微笑みながら言った。

「学問と実益の両立は、長年の夢でした。

 我が研究所が国の収入源となり、世界の尊敬を得るとは……。

 日本が学問の中心となる日も遠くはないでしょう」


 後藤新平も力強く言った。

「行政システムの輸出は、すでに国際的ブランドとなっています。

 制度を商品とし、技術料を得る――日本は制度の輸出国です」


 陸奥宗光外務大臣は巻物を掲げ、報告を添えた。

「欧州諸国は日本を“知識大国”として正式に認めました。

 外交の場でも、我らは師として遇されています」



 藤村総理大臣は盃を高く掲げ、結んだ。


「七千万両処理の成功、政治安定の完成、そして知識立国の実現。

 日本はもはや追随する国ではない。

 世界を導く国となったのだ! これが“盛夏の完全勝利”である!」


 一同の盃が打ち合わされ、澄んだ音が夏の夜空に響き渡った。

 障子の外では、蛍が飛び交い、風鈴の音が涼やかに鳴った。

 その光と音は、日本という国が知識を武器に未来を切り開く証しのようであった。

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