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244話:(1877年4月/初夏)初夏の国際評価

四月、江戸は柔らかな新緑に包まれていた。

 桜は散り、若葉が枝を覆い、陽光を受けてまぶしく輝いている。

 堀を渡る風は涼やかで、城下の通りには初夏を告げる鯉のぼりがはためいていた。

 町人たちは半袖の着物に衣替えを始め、子どもたちは川辺で声を張り上げて遊んでいた。

 その穏やかな風景の裏で、江戸城にはかつてない熱気が満ちていた。


 大広間に集まった閣僚たちの前で、藤村総理大臣はゆっくりと巻物を置いた。

 その眼差しは厳粛でありながら、どこか晴れやかな光を帯びていた。


「諸君。――我らが七千万両処理は、今や世界から“東洋の奇跡”と呼ばれている」


 その言葉に、広間はざわめいた。

 陸奥宗光外務大臣が立ち上がり、興奮を隠せぬ声で報告した。


「ロスチャイルド家から直接の書簡が届きました!

 “日本の財政技術は、我々ヨーロッパも学ぶべき革新的手法”――そう明言されています!」


 重臣たちの目が大きく見開かれた。

 世界金融界の象徴とも言える名家からの直接の称賛。

 その衝撃は、室内の空気を一気に熱くした。



 春嶽財務大臣が巻物を手にし、声を弾ませた。


「ロンドン・タイムズでは一面で“日本の金融革命”特集が組まれております。

 さらにパリの金融街では、日本の手法を研究する専門チームが結成されたとのこと!」


 小栗上野介が続けた。

「ベルリンでも同様に、大学と銀行が合同で“日本モデル”の研究を始めています。

 我が国が世界の金融学をリードする日が来ようとは……」


 慶篤副総理が目を細め、深く頷いた。

「世界最高峰の金融家たちが日本を師と仰ぐ時代が来るとは。

 これは単なる数字の勝利ではない。国の品格そのものが変わったのです」


 島津久光内務大臣が扇を畳み、重々しく言った。

「国内でも“我が国が世界の先生”との声が広がっております。

 民衆の誇りがこれほど高まったことは、かつてありません」



 藤村は机の上の巻物を指で叩き、静かに言葉を重ねた。


「我らは無増税で七千万両を処理した。

 その成果が世界に認められたのだ。

 この国はもはや追随する側ではない。学ばれる側となった」


 障子の外から初夏の風が流れ込み、梅雨前の清らかな空気が広間に満ちた。

 外堀を渡る風に新緑が揺れ、光の粒が畳に踊った。


 春から夏へと向かう季節のように、日本もまた新しい段階へと移り変わろうとしていた。

新緑が城下を彩る頃、江戸城の大広間には再び熱気が集まっていた。

 窓から差し込む光は明るく、障子の隙間からは庭の若葉が風に揺れる姿が見える。

 外では子どもたちが鯉のぼりを揚げ、空高く舞う布の魚は未来への希望を象徴しているかのようであった。


 藤村総理大臣が視線を巡らせると、そこには後藤新平が立っていた。

 手に分厚い帳簿と図面を抱え、その瞳には自信の輝きが宿っていた。



「総理、閣僚の皆様。鉄道・港湾・電信を統合管理する新しいシステムが完成しました」


 後藤が広げた図面には、路線図と港湾施設、そして電信網が一つの大きな円環にまとめられて描かれていた。

 鉄路は港へと直結し、港には電信局が併設され、情報と物流と人流が一体となって流れていく。


「交通・通信・物流を統合管理することで、収益性は従来の一・五倍。

 港で荷を降ろした瞬間に電信で鉄道へ連絡し、貨物は遅滞なく運ばれる。

 シナジー効果により、これまでの欠点をすべて克服しました」


 広間にどよめきが広がった。



 春嶽財務大臣が扇を閉じ、数字を確かめるように言った。

「確かに、収益が一・五倍に跳ね上がるのは驚異的ですな。

 これなら追加のコンセッション料も確保できる」


 小栗上野介が帳簿に目を走らせ、真剣な表情で付け加えた。

「統合管理による効率化で、事務人員の削減も可能です。

 人件費の節減効果は年間数万両規模に達するでしょう」


 藤田小四郎が立ち上がり、実務報告を重ねた。

「現場からも同様の声が上がっています。

 鉄道駅と港湾事務所の機能を統合することで、重複業務が消えました。

 事務処理速度は格段に向上し、地方役人からは“今までの三分の一の労力で済む”との報告も届いております」


 島津久光内務大臣が頷き、力強く言った。

「地方でも統合の恩恵は大きい。

 人手不足を補い、民の負担を軽減する。

 これこそ近代国家の姿だ」



 その時、小さな声が広間に響いた。

 義親――わずか四歳の幼子が、机の上に置かれた図面を覗き込み、真剣な眼差しで言った。


「父上、これは現代の『垂直統合』と『水平統合』を同時に実現したモデルですね」


 重臣たちは一斉に息を呑んだ。


 義親は小さな指で図面を指し示しながら、さらに言葉を重ねた。


「垂直統合とは、鉄道・港湾・電信といった異なる階層を一体に結ぶこと。

 水平統合とは、同じ機能を持つ拠点同士を連携させること。

 これを同時に行うことで、サプライチェーン全体の最適化が可能になります。

 付加価値は単独事業の和を超えて、倍加するのです」


 春嶽が目を丸くし、驚きの声を上げた。

「四歳の口から“サプライチェーン”とは……」


 小栗も深く頷き、真剣な眼差しで幼子を見つめた。

「理論と現実を結びつける力……。まさに未来の戦略家ですな」


 慶篤副総理は笑みを浮かべ、義信と久信に視線を向けた。

「弟の成長をどう感じる?」


 義信は真剣な表情で答えた。

「弟の分析は的確です。僕の理解を超える部分もあります」


 久信は少し照れながらも、嬉しそうに言った。

「義親の説明を聞くと、僕まで賢くなった気分です」



 藤村総理大臣は静かに頷き、言葉を添えた。

「後藤の統合システムは、この国をさらに強固にする。

 そして義親の視点が加われば、制度は未来をも導く羅針盤となろう」


 障子の外では、新緑が風に揺れていた。

 葉はまだ柔らかく、だが太陽の光を浴びて力強く成長していく。

 その姿は、国家の新体制と、幼子の急速な成長を重ねているかのようであった。

初夏の陽光は、江戸城の白壁をまぶしく照らしていた。

 堀の水面には新緑が映り込み、吹き渡る風は柔らかく暖かい。

 城下では祭囃子の稽古が始まり、子どもたちの声が路地に響いていた。

 しかし、城内の大広間に漂う空気は、その穏やかさとは正反対の緊張感に満ちていた。



 藤村総理大臣が巻物を手に立ち上がった。

 机の上には札束の見本が並べられ、財務官僚たちの筆がせわしなく動いていた。


「諸君。旧札処理は最終段階に入った。

 本日より、国庫以外での旧札受入れを完全に禁止する。

 違反者には罰金を科す」


 その声は低く、しかし鋭かった。


「これにより流通経路は一切遮断される。

 旧札を持つ者は必ず国庫に持ち込み、新札と交換せねばならぬ。

 期限を過ぎれば、その価値は失われる」


 広間にざわめきが走った。

 春嶽財務大臣が扇を閉じ、慎重に言葉を選んだ。


「流通遮断策……大胆ですが効果は絶大でしょう。

 旧札の滞留を一掃できますな」


 小栗上野介が補足した。

「罰金は“科料”として非課税収入となります。

 旧札処理を加速させつつ、追加の財政効果も得られます」


 慶篤副総理が深く頷いた。

「人は得をするよりも、損を避けるために動く。

 罰金という恐怖は、最後の一人まで旧札を差し出させるだろう」


 島津久光内務大臣が腕を組み、重々しく言った。

「地方でもすぐに効果が出るはず。

 “罰せられる前に交換せよ”と、人々は競って動く」


 藤村は巻物を閉じ、静かに結んだ。

「これで七千万両処理は完全に仕上がる」



 その頃、城内の研究所では別の戦いが始まっていた。

 北里柴三郎が顕微鏡を覗き込み、助手たちに指示を飛ばしていた。

 机の上には未知の病に備えた実験器具が整然と並び、記録帳には細かな観察結果が記されていた。


「これから流行するかもしれぬ疫病に備え、今のうちに防疫体制を整えておかねばならぬ。

 港ごとに検疫所を設け、海外からの船舶を厳格に検査する。

 疑わしい症状があれば隔離を徹底するのだ」


 助手たちは緊張した面持ちで頷いた。


 ――史実では十七年後にようやく始まるペスト菌研究。

 だがこの江戸では、藤村の未来知識の指導を受けた北里が、その準備をすでに進めていた。



 榎本武揚海軍大臣が研究所を訪れ、報告を受けた。


「海外貿易における検疫体制は、北里殿の指導で世界最先端レベルになっています。

 これならば、いかなる疫病も日本に入り込むことはないでしょう」


 北里は小さく頷き、言葉を添えた。

「科学の力で未来を守る。

 それが我らの使命です」



 その夜、藤村は学習室で子どもたちに講義を行った。

 義信は帳面を開き、真剣に言った。


「国際的な評価が高まることで、我が国の金融技術を輸出産業とする可能性が見えてきます」


 義親は瞳を輝かせ、筆を走らせた。

「父上、この成功モデルを“金融コンサルティング・パッケージ”として体系化しましょう。

 技術移転による外貨獲得戦略が可能です」


 久信は驚き、苦笑いを浮かべた。

「義親、もう完全に大人の発想だね……」


 慶篤副総理が頷き、子どもたちに語りかけた。

「金融技術での優位は、外交交渉でも大きな武器となる。

 経済力が政治力に直結する時代の到来だ」


 篤敬は静かに言った。

「義親君の戦略的思考には、毎回驚かされます」


 篤守も真剣に頷いた。

「国際情勢を経済の視点から見ることの重要性を学びました」



 障子の外では、夏を待つ夜風が新緑を揺らしていた。

 旧札流通遮断と、未来を見据えた防疫準備。

 それは同じ方向を指していた――「危機を先んじて制する」ことである。


 七千万両処理は完全に終結へ向かい、日本の科学と統治は国際的に絶対的な信頼を獲得しつつあった。

暮れなずむ江戸の空は、淡い橙から群青へと移ろい、川面には初夏の星が瞬き始めていた。

 堀端の柳は風に揺れ、城下の路地からは笛や太鼓の音が漏れてくる。

 町は祭りの準備に沸き、人々の顔はどこか誇らしげであった。

 それは単なる季節の高揚感ではない。――自分たちの国が世界の舞台で賞賛されているという実感が、庶民の胸を熱くしていたのだ。



 その夜、藤村家の座敷には、春の味覚を盛り込んだ膳が並んでいた。

 筍ご飯に、鰹のたたき、蕗の煮浸し、若鮎の塩焼き。

 香り立つ湯気が広間に満ち、子どもたちの頬を紅潮させていた。

 しかし、この日の主役は料理ではなかった。

 食卓を囲む全員の心は、昼間伝えられた世界からの報せに向けられていた。


 藤村総理大臣は盃を掲げ、静かに切り出した。


「ロスチャイルド家からの書簡は、我が国の地位を決定づけた。

 “日本の財政技術はヨーロッパが学ぶべき革新”――その言葉は、世界金融界における指導的立場を意味する」


 春嶽財務大臣は深く頷き、重々しく言った。

「財務省として、これ以上の栄誉はない。

 我らが築いた手法が世界の模範となる日が来るとは……感慨深い」


 慶篤副総理が盃を傾け、力強く言葉を添えた。

「経済力はそのまま政治力となる。

 この地位を外交交渉に活かせば、我が国は真の指導国家となろう」


 島津久光内務大臣も扇を置き、柔らかな笑みを浮かべた。

「民衆も“日本が世界の先生”と誇りを抱いております。

 国内の安定はさらに強まるでしょう」



 清水昭武からの電信が読み上げられた。


「北海道でも外国からの投資話が急増しております。

 鉱山、農業、港湾開発――すべてが国際資本の関心を集めています」


 後藤新平は杯を掲げ、声を張った。

「鉄道・港湾・電信の統合システムも、各国から技術供与要請が相次いでいます。

 この基盤があれば、社会保障制度も世界最先端の水準で構築可能です」


 北里柴三郎も笑みを浮かべ、静かに言った。

「防疫体制の整備は、世界の保健機関に先駆けています。

 我が国が人類の健康を守る旗手となる日も近いでしょう」



 その時、義信が帳面を手に声を上げた。

「金融・医学・行政・技術――すべてで我が国は世界最先端を維持しています。

 数学的に見ても、これらのシステムは持続可能性を備えている」


 義親は真剣な瞳で父を見つめ、続けた。

「父上、この優位性を活用した“日本モデル”の国際展開を本格化する時期ではないでしょうか。

 知識と技術の輸出は、新たな産業を創出します」


 久信は驚きと憧れを交えた声で言った。

「義親の考えることは本当にすごい……僕も必死で学ばなければ」


 篤敬は感嘆を込めて言った。

「義親君の戦略的思考の深さは、我々大人も刺激を受ける」


 篤守も真剣に頷いた。

「経済的視点から国際情勢を分析する力――私も磨いていきたいです」



 藤村は盃を高く掲げ、力強く結んだ。


「諸君。無増税で七千万両を処理し、国際的評価を得た今、日本は真の意味で世界を導く国家となった。

 金融、行政、医学、技術――総合的な国家能力で世界をリードする時代が始まる。

 そして次世代の天才たちが知識を継ぎ、未来はさらに広がる。

 我らの国は、ついに“世界が学ぶ日本”となったのだ!」


 一同の盃が打ち合わされ、澄んだ音が夜空に響いた。

 障子の外では、若葉が月光を受けて輝いていた。

 その光は、新しい時代の始まりを告げる灯火のように、江戸城を照らしていた。

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