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243話:(1877年3月/春)春の新体制完成

春の訪れは、江戸の空気を柔らかく変えていた。

 まだ肌寒い風の中にも温もりが混じり、桜の蕾が枝先にふくらみ始めている。

 梅は満開を過ぎ、花びらが舞いながら石畳を白く染めていた。

 川沿いの屋台では、焼き団子や甘酒を売る声が響き、町人たちは「春はすぐそこだ」と笑顔で語り合っていた。


 江戸城の庭にも、春の気配は確かに忍び込んでいた。

 池の氷は解け、水面には早春の光が揺れている。

 鶯の初音が竹林から聞こえ、白砂を踏む足音にかすかな華やかさを添えていた。


 だが、城内の大広間に漂う空気は緊張そのものであった。

 ここに集った重臣たちは、数年来の戦いの結末を見届けるために席に着いていた。

 七千万両処理の物語は、ついに金融革命体系の完成という歴史的瞬間を迎えようとしていた。



 藤村総理大臣が立ち上がり、巻物を手にした。

 その姿に広間の空気が引き締まり、全員の視線が一点に注がれた。


「諸君。――本日をもって、我らが築いた金融革命は完成する」


 低く、しかし確固たる声が広間に響いた。


「専売証券化、宝くじ公債、収益連動債、永久コンソル債。

 この四本柱を統合し、世界初の多様化債務管理システムを完成させた」


 その言葉に広間がざわめき、重臣たちは互いに目を見交わした。

 春嶽財務大臣が立ち上がり、巻物を広げた。


「各金融商品が相互補完し、リスク分散と収益最大化を同時に実現しています。

 財政は安定し、予測可能性は飛躍的に高まりました」


 小栗上野介が冷静に補足した。

「単一の手法に依存せず、多角的アプローチを取ったことが成功の要因です。

 この体系は他国の模範となる、完璧な設計と言えましょう」


 慶篤副総理が扇を閉じ、穏やかな笑みを浮かべた。

「確かに。多層的な手法により、システム全体の安定性は格段に向上しました」


 島津久光内務大臣が続けた。

「地方からも“政府の金融政策は信頼できる”との報告が続々と届いております」


 広間の空気は熱を帯び、障子の外から漂う春の香りと混じり合った。



 藤村は深く息を吸い、言葉を続けた。


「この体系は、我らの時代だけでなく、未来をも守る防壁だ。

 七千万両の影は完全に晴れ、国は真の意味で新しい時代へと歩み出した」


 広間には沈黙が落ちた。

 だがそれは不安ではなく、胸を打つ達成感の沈黙だった。

 障子の外で鶯が一声鳴き、その声がまるで祝福の合図のように広間に響いた。

江戸城の大広間には、春の光が障子越しに柔らかく差し込んでいた。

 外では桜の蕾が膨らみ、花開くのを今か今かと待っている。

 だが室内の空気は、それとは裏腹に熱を帯びていた。

 七千万両処理の完成宣言に続き、次は土地と株式をめぐる新たな制度が議題となったのである。


 藤村総理大臣が机に新たな巻物を置き、低い声で告げた。


「諸君。金融革命は完成した。

 次は官有地と株式制度を組み合わせ、資金調達と統治をさらに盤石にする。

 ――官有地を売却せず、三十年から五十年の地上権を設定し、地代を前受けするのだ」


 広間に一瞬の沈黙が走った。

 重臣たちは互いに顔を見合わせ、その斬新な発想に驚きを隠せなかった。


 後藤新平が立ち上がり、巻物の図面を指さした。


「都市計画と連動させれば、地上権の設定は土地の付加価値を高めます。

 道路、上下水道、倉庫――基盤整備と結びつければ、利用者は安定した長期収入を国に提供することになる」


 春嶽財務大臣が目を細め、数表を見つめながら頷いた。


「なるほど……地代を三十年、五十年先まで前受けすれば、莫大な資金を即座に調達できる。

 しかも土地そのものは国有のまま。資産を失わず、収益を得る……これは財政政策と土地政策の完全統合ですな」


 小栗上野介も机を叩き、声を張った。

「売却ではなく地上権化。これなら資産の喪失を防ぎつつ、長期安定収入を保証できる。

 財政計画の精度は飛躍的に向上します!」


 藤田小四郎が実務担当の立場から報告を添えた。

「すでに常陸州で試算を行いました。

 農地を地上権に切り替えた場合、従来の地代収入の二十五倍を前受け可能。

 その資金を公共事業に回せば、土地価値はさらに上昇します」


 島津久光内務大臣が深く頷いた。

「地方の藩士や農民にもわかりやすい。

 “土地は手放さず、先の分を前に受け取る”――この説明なら反発は少なかろう」



 藤村は続いてもう一つの巻物を広げた。


「そして次は政商株式だ。

 民間の力を最大限に活用しつつ、政府の影響力も維持するため――“ゴールデン・シェア”を導入する」


 重臣たちの表情が変わった。聞き慣れぬ言葉に視線が集中する。


 藤村は説明を続けた。

「国が払下げた事業会社において、政府は一部の特別株を保持する。

 これにより配当を得ると同時に、重要事項に対して拒否権を持つ。

 民間の効率性を生かしつつ、国家の統制も確保できる」


 坂本龍馬が大きく笑った。

「ほう! 商業の自由を妨げず、肝心なところは政府が握る。

 絶妙な調和ですな」


 岩崎弥太郎も真剣に頷いた。

「政商にとっても安心できます。

 政府が一定の株を持ち続ければ、突如として制度が覆される不安はない。

 我々は安心して事業を拡大できます」


 春嶽は巻物を手に取り、数字を確認した。

「政府は特別株を保持することで、配当収入も得られる。

 財政収入を増やしつつ、統制を失わない……完璧ですな」


 小栗も付け加えた。

「この方式なら、民間と政府が対立するのではなく、共に利益を得る。

 社会全体の調和を生み出します」



 藤村は両手を広げ、重臣たちを見渡した。


「諸君。――地上権化とゴールデン・シェア、二つの制度を加えることで、金融革命は土地と株式にまで拡張された。

 資金調達、財政安定、そして国家統制。

 すべてを同時に満たす新体制は、ここに完成したのだ」


 広間の空気は熱を帯び、障子の外で風が桜の蕾を揺らしていた。

 花開くのを待つその蕾のように、新しい制度は今まさに芽吹こうとしていた。

春の空は柔らかな霞に覆われ、江戸城の庭に差す光は淡い桃色を帯びていた。

 桜の蕾は日に日に膨らみ、枝先には小さな命の鼓動が宿っている。

 その静かな季節の移ろいとは対照的に、江戸城の研究所と学習室は熱気に包まれていた。



 北里柴三郎は研究室の机に分厚い教材を並べていた。

 細菌学の基礎から応用、免疫学、そして実験手技。

 それらを体系的に整理したのは、世界初の試みであった。


「これまでの研究成果を断片的に伝えるだけでは不十分です。

 学生たちが体系立てて学び、次世代の研究者を育てることこそが未来を拓く」


 北里の声は熱を帯び、助手たちはうなずいた。

 江戸城内の研究所は、今や日本だけでなく欧州からも研究者が集まる国際的拠点に発展しつつあった。

 パリやベルリンから届いた書簡には「日本の教育水準は世界標準を上回った」と記されていた。


 陸奥宗光外務大臣が報告を携えて広間に現れた。


「各国から“日本の細菌学教育を学びたい”との正式要請が続々と届いています。

 すでにフランス、ドイツ、イギリスから研究者派遣の打診がありました」


 榎本武揚海軍大臣も頷き、言葉を添えた。

「軍事医学の分野でも、日本の血清療法や予防接種の技術を導入したいとの声が強い。

 各国海軍が技術提供を求めています」


 春嶽財務大臣は扇を畳み、穏やかな笑みを浮かべた。

「知の威信は財政の信用に直結する。

 国が世界最先端と認められることで、我らの金融政策も一層の信頼を得る」



 学習室では、藤村総理大臣の講義が始まっていた。

 義信は机に広げた帳面に数式を並べ、真剣な声で言った。


「四本柱の金融システムは、それぞれ異なるリスク特性を持っています。

 専売証券は安定収入、宝くじ公債は国民参加、収益連動債は景気連動、永久債は長期安定――。

 これらが組み合わさることで、全体の安定性が確保されているのです」


 義親は小さな身体を前に乗り出し、瞳を輝かせて答えた。


「父上、この多様化アプローチは、まさに現代のポートフォリオ理論です。

 リスクとリターンを最適化し、シャープレシオを高めることも可能でしょう」


 大人たちは一瞬言葉を失った。

 四歳の幼子が“シャープレシオ”という言葉を自然に使いこなす――その異才に広間が静まり返った。


 久信は思わず声を上げた。

「義親……君の話を聞いていると、まるで大学の先生みたいだよ」


 慶篤副総理は笑みを浮かべ、弟を見守る義信に目を向けた。

「兄弟で互いに高め合う姿は、この国の未来を映している。

 制度設計は理論だけではなく、こうした人材の成長に支えられるのだ」


 篤敬が感嘆の声を上げた。

「義親君の理解力は、毎回驚かされます」


 篤守も真剣な眼差しで頷いた。

「複雑な制度を分かりやすく説明できる能力――私も身につけたいです」



 その時、北里と後藤が合同で講義を始めた。


 北里は学生たちに向かって言った。

「医学的成功は政治的信頼を生みます。

 病を防ぐ仕組みは、国家の信用と同じ構造を持っているのです」


 後藤新平が続けた。

「行政の効率化は、医学研究の基盤を支える。

 社会制度が整うことで、研究は安定し、成果が生まれる。

 この相互依存こそ、新しい価値創造の鍵です」


 義親がすぐに反応した。

「相互依存関係による価値創造……これは未来の社会科学の典型例です。

 医学と行政、金融と教育――分野を超えて結びつくことで、真の強さが生まれるのです」


 その言葉に広間は笑いと驚きに包まれた。

 四歳の幼子が既に「分野融合」の理念を口にする。

 その成長速度は、まさに国家の未来を象徴していた。



 外では春の風が桜の蕾を揺らしていた。

 花はまだ咲いていない。だが膨らんだ蕾は、必ず開花する未来を示している。

 北里の教育システム、後藤の行政改革、そして義親の飛躍的な成長――。

 すべてが新体制の完成を告げる春の兆しであった。

春の夕暮れ、江戸の空は茜色に染まり、城下の川面がきらきらと輝いていた。

 桜の蕾はふくらみ、まるで一斉に開く時を待ちわびているかのようだった。

 人々は祭り囃子の稽古に余念なく、町の空気は期待と喜びに包まれていた。


 江戸城の奥、藤村家の座敷にも、祝いの空気が漂っていた。

 炊き立ての新米に、鯛の塩焼き、若竹煮、春野菜の天ぷら。

 食卓には春の味覚が並び、湯気が立ち上る。

 家族と閣僚たちが集い、国家の大事を成し遂げた今宵を祝っていた。



 藤村総理大臣は杯を掲げ、静かに口を開いた。


「諸君。金融・土地・株式・教育――すべてを統合した新体制が、ついに完成した。

 専売証券、宝くじ公債、収益連動債、永久コンソル、官有地地上権化、政商株式ゴールデン・シェア、北里の教育システム。

 これらが一体となり、世界に類例のない完璧な国家運営の仕組みが整ったのだ」


 春嶽財務大臣は杯を置き、感慨深げに言った。

「財務省として、これほどの完成度を持つ体系を見たことはない。

 これを後世に継承する責任を感じております」


 小栗上野介も真剣な表情で頷いた。

「地上権化とゴールデン・シェア――この二つが加わったことで、制度は揺るぎないものとなりました。

 実務の現場から見ても、盤石と申せましょう」


 慶篤副総理は杯を掲げ、力強く言った。

「副総理として、制度設計の理想形を見た思いです。

 民衆の生活を守りつつ、国家を強固にする。

 この日を歴史に刻みましょう」



 食卓の空気が和らぎ、義信が兄としての誇りを込めて語った。


「弟の理解力は、僕をも上回る勢いです。

 心強い限りです」


 義親は真剣な瞳で答えた。

「兄上、父上から学んだ理論を応用すれば、さらに最適化案も考案できます。

 国際的に展開するコンサルティング事業の可能性も見えてきました」


 久信は目を丸くし、思わず笑った。

「義親がどんどん大人びて……でもまだ四歳らしい可愛さもあって、不思議な気分です」


 篤敬が微笑みながら言った。

「義親君の理解力の深さには、毎回驚かされます」


 篤守も頷き、真剣に言葉を添えた。

「複雑な制度を分かりやすく説明できる能力……私も見習いたいです」



 清水昭武から北海道の電信報告が読み上げられた。


「新体制の効果がこちらでも現れております。

 地上権化で資金が流入し、開発事業が一層加速しています」


 後藤新平が杯を高く掲げた。

「この基盤があれば、社会保障制度を世界最先端レベルで構築できる。

 国民全体を守る仕組みを、ここから生み出しましょう」


 北里柴三郎も笑みを浮かべ、声を重ねた。

「教育システムが国際的に認められ、研究者が世界中から集まりつつあります。

 日本の地位は、学問の上でも不動のものとなりました」



 藤村は子どもたちを見渡し、深い声で結んだ。


「義信、義親、久信。

 お前たちに令和の知識を託すことで、この国の未来はさらに明るくなる。

 今日の勝利は終わりではない。

 次の世代がこの制度を守り、さらに発展させるのだ」


 義信は力強く頷いた。

「必ずや、兄弟で未来を担います」


 義親も真剣な声で続けた。

「学んだ理論を活かし、世界を導ける国を築きます」


 久信は拳を握りしめ、声を弾ませた。

「僕も必ず役に立ちます!」


 一同の盃が打ち合わされ、澄んだ音が春の夜に響いた。

 障子の外では、桜の蕾が月光に照らされ、まるで次の時代を待つ子どもたちのように輝いていた。

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