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241話:(1877年1月/新年)新年の武士年金改革

明治十年、正月。

 江戸の町は朝から白い息に包まれていた。

 初霜に覆われた石畳は光を反射し、町人たちの足音がぱきりと響いた。

 家々の軒には門松が立ち、餅を焼く香ばしい匂いが路地に漂う。

 子どもたちは凧を揚げ、大人たちは晴れ着をまとって参詣へ向かっていた。

 新しい年の始まりは、いつの時代も人々の胸を高鳴らせる。


 だが、江戸城の奥は浮かれた空気とは無縁だった。

 大広間に集まった大臣たちは、冬の冷気を帯びた空気の中で背筋を伸ばし、総理大臣・藤村の声を待っていた。

 新年最初の内閣会議――そこで発表されるのは、国の行く末を決める大改革であった。


 蝋燭の炎が揺れ、畳に長い影を落とす。

 藤村は正面に座し、静かに口を開いた。


「諸君。――本日、我らは新年の最初の改革として、武士の年金制度を根本から改める」


 その一言に、広間がざわめいた。

 松平春嶽財務大臣が身を乗り出す。


「年金制度を……?」


 藤村は深く頷き、巻物を広げた。


「これまでの一律給付を改め、五十歳支給開始の終生年金制度とする。

 基金を設立し、原資を政府公社債やインフラ社債で運用する。

 利子収入のみで賄うことで、永続的に支給を可能とするのだ」


 重臣たちは互いに目を見交わした。

 春嶽が唇を引き結び、巻物に目を走らせる。


「五十歳からの終生支給……隠居年齢に合わせた現実的な設計ですな。

 これなら基金は枯渇せず、一般会計からの繰入れを年十五万両削減できる」


 小栗上野介が続ける。

「隠居と家督相続の時期と重なるため、社会慣習とも合致いたします。

 政治的不満を抑え、財政の持続性も確保できますな」


 慶篤副総理が微笑みを浮かべ、声を添えた。

「五十歳からの生涯保障なら、武士の人生設計も安定します。

 禄を失った不満が再び政治の火種となることはないでしょう」


 島津久光内務大臣も扇を畳み、低く言った。

「家の継承、家督の譲渡とも一致する。

 武士社会の秩序を崩さずに近代制度へ移行できるのは大きい」


 藤村は重々しく頷き、言葉を重ねた。


「この年金基金は三・五%で運用する。

 平均余命二十年、死亡率の年次変化、利率変動リスクをすべて織り込み、永続的な支給が可能な基金規模を算出済みだ」


 重臣たちの顔に驚きと尊敬の色が浮かんだ。

 単なる政治的妥協ではなく、数学と統計に裏打ちされた制度設計――これが近代国家の姿だと誰もが感じていた。


 その場で後藤新平が一歩進み出た。

 若き行政官の瞳は炎のように輝いていた。


「総理。五十歳基準は生命表の予測精度が高く、基金の永続性が数学的に保証されます。

 この成功を基盤に、国民皆保険制度の設計も加速させましょう」


 藤田小四郎も声を添える。

「五十歳到達者を個別に管理する仕組みを整えます。

 支給開始から終生まで正確な給付を保証いたします」


 春嶽は深く息を吐き、扇を畳んだ。

「財務省としても全面的に支援する。

 これは単なる年金制度の改革ではない。

 国を近代へと導く礎となろう」


 藤村は皆の顔を見渡し、ゆっくりと告げた。

「よろしい。では本年をもって、五十歳支給開始の終生年金制度を施行する。

 これにより武士社会の安定を確保し、国の未来を築くのだ」


 蝋燭の炎が揺れ、広間に漂う空気が一層厳粛なものになった。



 その夜、藤村は自室で一人の幼子を呼び寄せた。

 四歳の義親――IQ200と称される異才の持ち主である。

 これまで藤村は彼に令和の知識を授けることを控えてきた。

 だが、政治が安定した今、ついにその封印を解く決意をした。


「義親。今日からお前に、未来の知識を授ける」


 幼子は大きな瞳を見開き、真剣に父を見つめた。


「未来の……知識?」


 藤村は頷き、帳面を開いた。

 そこには難解な数式と図が描かれていた。


「確率論、統計学、リスク管理理論……これらが未来の数学だ。

 年金制度も、財政も、これらの理論で成り立つ。

 お前にはそれを学んでもらう」


 義親は小さな手で筆を取り、父の示す数式をなぞった。

 わずか四歳にして、その瞳には驚異的な理解力の光が宿っていた。


「父上……数字の中に、未来が見えます」


 その言葉に、藤村の胸は熱くなった。

 この幼子に令和の知識を継がせれば、国の未来はさらに強固になる。


「義親よ。これからはお前も共に歩むのだ」


 障子の外には新年の月が高く昇り、冷たい光が庭を照らしていた。

 その光はまるで、新しい時代の幕開けを祝福するかのようであった。

正月も三が日を過ぎ、江戸の町にはようやく日常の気配が戻り始めていた。

 門松は片付けられ、軒先のしめ縄はしだいに風に揺れながら色を褪せていく。

 川沿いの寒梅は硬い蕾を抱き、雪をいただいた富士は澄んだ冬空にくっきりと浮かんでいた。

 冷たい北風が吹き抜けるなか、人々は羽織の襟を合わせ、火鉢に手をかざしながら仕事始めに向かっていた。


 江戸城大広間も、厳しい寒気を押し返すような熱気に包まれていた。

 机の上には分厚い帳簿と数表が並び、筆を走らせる書役の手は止まらない。

 今日の議題は、五十歳支給基準の終生年金制度――その数理設計の詳細であった。


 藤村総理大臣は正面に座し、静かに口を開いた。


「諸君。五十歳基準の年金制度を永続させるため、私は年金数理学を駆使し、詳細な計算を行った。

 平均余命二十年、死亡率の年次変化、利率変動リスク――これらをすべて織り込み、基金が持続可能である規模を算出した」


 巻物を広げると、そこには膨大な数字と数式がびっしりと記されていた。

 松平春嶽財務大臣は目を細め、指で数字をなぞった。


「三・五%の運用利率を前提とし、年金額の二十五倍を基金とする……なるほど。

 これなら利子収入のみで支給が賄える」


 小栗上野介が身を乗り出す。

「死亡率の推移も計算済みか。五十歳基準なら予測精度が高く、余剰資金も積み立てられる。

 一般会計からの繰入れを避けられる仕組みですな」


 後藤新平が声を上げた。

「生命表による予測精度が格段に高まるのが五十歳基準の利点です。

 この設計なら基金の永続性は数学的に保証されます。

 これを基盤にすれば、国民全体を対象とする社会保険制度の設計も進められます」


 藤田小四郎が続いた。

「五十歳到達者を個別に管理するための戸籍台帳を整備しましょう。

 支給開始から終生まで正確な給付を保証できます」


 春嶽は深く頷き、声を落とした。

「財務省としても、この制度は革新的だ。

 十五万両の繰入れ削減は確実に財政を軽くする」


 慶篤副総理が杯を置き、穏やかに言った。

「五十歳からの終生保障なら、武士は老後を恐れる必要がない。

 政治的不満も解消される。

 これこそ政治の安定を生む制度だ」


 その場の空気は、冷たい冬の外気とは裏腹に熱を帯びていた。



 一方、同じ会議で後藤新平はさらに大きな構想を口にした。


「総理。武士の年金制度が成功すれば、次は国民全体を対象とする社会保険制度を築きましょう。

 医療、年金、労災――この三つを統合し、国が社会全体のリスクを引き受けるのです」


 重臣たちは驚きの声を上げた。


 島津久光が眉をひそめる。

「武士だけでなく、百姓や町人までも対象とするというのか」


 後藤は力強く頷いた。

「はい。武士年金の成功は、そのまま国民皆保険制度の基盤となります。

 人々が安心して働き、生活を守られる仕組みを築けば、国の力は飛躍的に増すのです」


 春嶽が扇を置き、重々しく言った。

「大胆だが……確かに理にかなっている。

 国民を守る制度こそ、近代国家の証となろう」


 藤村は後藤の熱意を受け止め、静かに頷いた。


「よい。武士年金制度を基盤に、国民全体の社会保険制度へと発展させる。

 この国は財政だけでなく、暮らしの安心でも世界を先んじる国家となるのだ」


 広間の空気は熱を増し、筆を走らせる書役の手が止まらなかった。



 その後の数日、藤村は義親を呼び、数理学の講義を始めた。

 部屋には火鉢が置かれ、幼子の吐く息は白く、しかし瞳は澄んでいた。


「義親。今日から年金数理学を教える」


 藤村は帳面に数字を書き並べた。


「五十歳からの平均支給期間は二十年。

 必要基金は年金額の二十五倍。

 運用利率三・五%を維持できれば、永続的に制度は続く」


 義信が横で口を挟んだ。

「兄として補足します。これは平均余命を基盤とする計算です」


 義親は小さな筆で数字をなぞり、真剣に言った。

「父上から教わった確率論を使えば、利率変動リスクも考えられます。

 モンテカルロ・シミュレーションを適用すれば、九十九%の確率で二百年以上持続可能です」


 広間にいた大人たちは驚きの声を上げた。

 わずか四歳の口から飛び出した言葉は、未来の金融工学そのものだった。


 久信は目を丸くし、やがて苦笑いを浮かべた。

「義親も急に難しい言葉を使うようになったんですね……」


 藤村は満足げに頷いた。

「よい。これからは兄弟で互いに学び合い、この国の未来を担え」



 冷たい冬の風は城の外を吹き荒れていた。

 だが、江戸城の内では、数理と制度の熱気が未来を温めていた。

 五十歳基準の年金制度は、財政の持続性と政治の安定を同時に実現する。

 その上に築かれる国民皆保険制度――それはまだ構想の段階に過ぎなかったが、確かに新しい時代の足音が聞こえていた。

江戸の空気はますます冷え込み、庭の松には氷の粒が付いていた。

 吐く息は白く、兵士たちの槍の先には霜が張りつく。

 厳しい冬の只中であったが、江戸城の一角にある研究所には熱気があふれていた。


 北里柴三郎が机に向かい、顕微鏡を覗き込んでいた。

 彼の額には汗が滲み、指先は震えていた。

 試験管には濁った液体、そして小さな動物の檻からはかすかな鳴き声が聞こえる。


「……やはり効いている。毒素が中和されている」


 北里の声は低かったが、確信に満ちていた。

 助手たちは息を呑み、彼の手元を見守った。

 長きにわたり人々の命を奪ってきた破傷風――その恐怖を打ち破る瞬間が訪れようとしていた。


 数時間後、北里は立ち上がり、全員に向かって宣言した。


「破傷風血清療法――ついに完成した!」


 研究所に歓声が湧いた。

 助手たちは互いに肩を叩き合い、涙ぐむ者さえいた。

 長きにわたり人類を苦しめてきた病に、ついに光が差したのである。


 ――史実では十五年後にようやく成し遂げられるはずの成果。

 だが、この江戸の研究所では、その未来が大きく前倒しされていた。



 その報告はただちに内閣に届けられた。

 陸奥宗光外務大臣が報告書を手にし、広間で声を張り上げた。


「各国の軍部が日本の破傷風血清技術に強い関心を示しております。

 すでに技術輸出の可能性について打診が届いております」


 榎本武揚海軍大臣も力強く言った。

「海軍兵士に血清を配備すれば、長期航海での生存率は飛躍的に向上する。

 これは軍事医学革命だ」


 重臣たちは互いに頷き合い、口々に賛同の声を上げた。

 春嶽財務大臣は扇を閉じ、静かに言った。

「財政の改革と医学の発展――両輪が揃った。

 これで我が国は真に近代国家となろう」


 藤村総理大臣は深く頷き、言葉を添えた。

「北里の成果は国の威信そのものだ。

 科学と軍事の力を結び、国を守る礎としよう」



 その夜、藤村は静かな書斎で義親を呼び寄せた。

 四歳の幼子が小さな足で駆け寄り、父の前に座った。

 瞳は澄み渡り、期待に輝いていた。


「義親。今日から本格的に、未来の知識を授ける」


 藤村は帳面を広げ、そこに複雑な数式を書き記した。

 確率論、統計学、リスク管理理論――令和の学問の精髄である。


「これが未来の数学だ。

 国を支える制度も、戦を防ぐ科学も、すべては確率と統計の上に築かれる」


 義親は小さな筆で数字をなぞり、真剣な顔で言った。

「父上、もし未来の戦で兵士が病に倒れたら、この理論で生存率を計算できますか?」


 藤村は微笑み、頷いた。

「できる。生存率の統計を基にすれば、どれだけの備えが必要かが見える」


 義親の瞳はさらに輝き、すぐに答えた。

「ならば僕は、確率論を使って制度のリスクを分析します。

 破傷風血清の効果も、数値で示せば世界に証明できます」


 藤村の胸に熱いものが込み上げた。

 わずか四歳の幼子が、既に未来の金融工学と医学の橋渡しを語っている。


「義親よ。お前の知恵は必ず、この国の未来を守る力となる」



 その後、学習室では兄弟が揃って講義を受けた。

 義信は帳面に数式を書き、口を開いた。

「五十歳基準の年金制度なら平均支給期間二十年、必要基金は年金額の二十五倍程度。

 これは計算上も妥当です」


 義親がすぐに続けた。

「兄上、それにモンテカルロ・シミュレーションを加えれば、利率変動リスクを考慮しても九九%の確率で二百年以上持続可能です」


 久信は目を丸くし、笑みを浮かべた。

「義親も急に難しい言葉を使うようになったんですね……」


 藤村は満足げに頷いた。

「よい。これからは兄弟で互いに学び合い、この国の未来を担え」



 冷たい冬の風は城の外を吹き荒れていた。

 だが江戸城の内では、破傷風血清の成功と、幼子の令和知識習得によって、新しい時代の熱が確かに燃え始めていた。

 それは国の力を内外に示し、未来を形作る光となる。

冬の夜は長く、江戸城の外堀には薄氷が張っていた。

 吐く息は白く、遠くからは太鼓の音が聞こえてくる。

 新年の祭りは終わり、町は静けさを取り戻していたが、城内にはなお熱気が残っていた。

 それは今日発表された武士年金制度の改革と、北里柴三郎の医学的快挙、そして幼子への新たな教育開始――幾つもの未来を変える決断が積み重なった一日の余韻であった。


 その夜、藤村家の食卓には豪華な膳が並んだ。

 新米の白飯に加え、雑煮の椀、鯛の塩焼き、栗きんとん。

 正月らしい彩り豊かな料理が卓を飾り、湯気が立ち上って子どもたちの頬を照らしていた。


 藤村は盃を置き、ゆっくりと口を開いた。


「諸君。今日から武士の年金制度は五十歳支給開始の基金運用型に改められる。

 これにより一般会計からの繰入れは年十五万両削減。

 さらに後藤の行政改革により、人件費の弾力化で年二十万両の恒常削減。

 合わせて三十五万両の財政余力が生まれる」


 春嶽財務大臣は頷き、扇を閉じた。

「財務省として、五十歳基準の導入で長期財政計画の信頼性が格段に高まった。

 これは数字の上でも明確な進歩です」


 慶篤副総理が杯を掲げ、穏やかに言った。

「五十歳からの終生保障により、武士の人生設計は安定する。

 不満は消え、政治は揺るがぬ。

 そして次世代への知識継承――義親への教育開始は、この国にとって何よりの希望だ」


 場の視線が幼子に集まった。

 義親は小さな身体を伸ばし、真剣な顔で答えた。


「父上から確率論と統計を学びました。

 それを使えば、年金制度のリスク分析をもっと精密にできます」


 義信が弟を見つめ、感慨深げに言った。

「弟も令和の知識を学ぶなら、我々の力はさらに強くなる。

 兄弟で未来を支えられるのです」


 久信は目を丸くして言った。

「義親、すごく賢くなったんですね……。

 僕も負けないように勉強します」


 藤村は子どもたちを見渡し、杯を掲げた。

「義信と義親――二人に令和の知識を授ける。

 それに久信も加われば、三人で未来を切り拓ける。

 この国の未来は、必ずや明るい」



 その時、藤田小四郎が報告書を手に控えめに声を上げた。


「交換所からの報告によれば、期限交換の布告以降、旧札の回収は加速しております。

 年内で四割を処理できる見込みです」


 春嶽は満足げに頷いた。

「よし、財政はますます安定する」


 清水昭武からの電信も届けられた。

「北海道開発において、五十歳到達予定者の就労希望調査を実施しました。

 多くの者が参加を望んでおります。

 開発と年金制度が結びつき、新たな力となるでしょう」


 後藤新平は膳の向こうから静かに言った。

「この武士年金の成功を基盤に、国民全体を対象とする社会保険制度を築きます。

 医療、年金、労災――社会全体のリスクを分散し、国が最適化するのです」


 義親はすぐに声を上げた。

「社会全体のリスク分散……まるで巨大なポートフォリオですね。

 最適化すれば、国は長く安定します」


 その言葉に場は笑いに包まれた。

 四歳の幼子が、未来の金融理論を語る――それは希望そのものだった。



 藤村は杯を高く掲げ、力強く言った。


「諸君。武士社会の永続的安定と共に、我らは真の近代国家へと踏み出した。

 北里の破傷風血清、五十歳年金基金、そして義親への教育開始――

 すべてが未来を支える柱となる。

 この国の未来は、我らと次の世代が共に築くのだ」


 一同の盃が打ち合わされ、澄んだ音が冬の夜に響いた。

 障子の外には凍てつく月が昇り、その光は城の屋根を白く照らしていた。

 その光は、未来を照らす灯火のように、確かに輝いていた。

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