193話:(1872年5月/初夏)鉄橋と学堂
初夏の羽鳥。青々とした田が風に揺れ、苗を植えたばかりの稲の列が陽光を反射していた。川沿いにはすでに人の波ができ、農具を持ったままの農民や、反物を抱えた商人、旅の途中で足を止めた町人まで、誰もが川面の一点を見つめていた。
そこには、漆黒の鉄骨で組まれた巨大な橋が堂々と横たわっていた。川幅をひとまたぎにする鉄橋――「羽鳥鉄橋」である。これまで渡し船に頼り、雨風や増水のたびに命を賭けて川を渡ってきた人々にとって、それはまるで空に架けられた虹のように、現実離れした輝きを放っていた。
「おお……鉄で作られた橋が、ほんに人を渡すのか……」
年配の農夫が目を細め、隣に立つ孫の肩に手を置いた。
「これで牛も荷車も、雨でも渡れるんだね!」
子どもは目を輝かせて叫び、祖父の顔を見上げた。
川辺には紅白の幕が張られ、橋のたもとには特設の壇が設けられていた。幕府総裁・藤村晴人が裃姿で立ち上がり、集まった群衆に向かって深く一礼した。
「この橋は、ただの交通の道具ではない」
その声は、川風に乗って澄み切った青空へと響いた。
「人と人を結び、地域と地域をつなぐ文明の象徴である。鉄の力で築かれたこの橋は、我らの未来を照らす灯火となろう」
群衆から大きな拍手と歓声が湧き起こった。農民は鍬を掲げ、商人は手にした帳簿を振り、子どもたちは声を合わせてはしゃいだ。
―――
渡り初めが始まった。まずは藤村自身が、白木の杖を手に鉄橋へと歩みを進めた。橋の下からは轟々と川の流れが響き、まだ乾ききらぬ鉄の匂いと油の匂いが鼻を突いた。だが橋の上は微動だにせず、硬く大地に根ざしたように揺るぎなかった。
「おお……」
橋の中央まで進んだとき、藤村は立ち止まり、川面を見下ろした。水は太陽の光を受けてきらめき、川の両岸には群衆の歓声が波のように押し寄せていた。
「これが文明の力か……」
彼は胸の奥で呟き、背後を振り返った。橋の入口では、商人たちが荷車を押し、農民が牛を連れて渡る順番を待っている。皆の顔は誇らしげで、笑みを浮かべながら未来を夢見ていた。
―――
次に渡ったのは、羽鳥の地で長年渡し船を操ってきた老船頭であった。船頭は震える手で橋の欄干に触れ、しばし目を閉じた。
「わしの舟の役目は終わったが……これからは皆が命を落とさずに川を渡れる。ありがたいことだ」
その言葉に、周囲の人々は静かに頷き、やがて大きな拍手が湧き起こった。橋は、ただの鉄の塊ではなく、人々の生活そのものを変える存在であると誰もが実感した瞬間だった。
―――
式典の後、藤村は壇上に戻り、通行料について言及した。
「この橋は皆の力で維持されねばならぬ。ゆえに僅かではあるが通行料をいただく。その銭は橋を守り、さらに新しい道を築くために用いる」
ざわめきが広がったが、すぐに若い商人が声を上げた。
「殿様、銭を払ってもこの橋なら十分に値打ちがあります! 渡し船より早く、確かで安全だ!」
それに続き農民が叫んだ。
「雨の日でも収穫を市場に運べるなら、銭など惜しくない!」
拍手と歓声が巻き起こり、受益者負担の原則が人々に自然と受け入れられていった。
―――
夕刻。橋の上から見渡すと、田畑の向こうに羽鳥城の石垣が夕陽に赤く染まっていた。鉄橋の黒い鉄骨も橙色の光を受けて輝き、その影は川面に長く伸びていた。
藤村は胸の奥で静かに思った。
――鉄橋は川を渡す。だが真に渡すべきは、人の心と地域の未来である。
その視線の先には、明日から学堂に通う子どもたちの笑顔が見えるようであった。
羽鳥鉄橋の開通から数日後。羽鳥城下の大通りに、新しい学堂の白壁が姿を現した。黒瓦の屋根に大きな窓、そして木の香りがまだ新しい広い講堂。入り口には「羽鳥新学堂」と墨痕鮮やかに記された額が掲げられていた。
「これが……わしらの子が学ぶ場所か」
農夫が帽子を脱いで頭をかき、横にいた妻が手を口に当てて息を呑んだ。これまで子らの学びといえば、寺子屋での読み書きそろばんか、村の長老から聞く口伝ばかり。それが今、身分に関係なく誰でも通える学堂が建ったのだ。
正面の広場には、既に大勢の親子が集まっていた。農民の子も、商人の子も、職人の子も、皆が肩を並べて入口を見上げている。
「殿様はほんとうに“身分を問わぬ”と仰ったのか」
「そうだ。子どもの才を見つけ出すのが国のためになると……」
ざわめく声の中で、藤村晴人が姿を現した。裃姿の彼は群衆に向かって一歩進み出て、はっきりと声を響かせた。
「学問に貴賤はない。生まれがどうであれ、才能ある者には等しく学ぶ機会を与える。これこそが国を強くする道である」
群衆の中から拍手と歓声が起きた。母親たちは子を抱き寄せ、父親たちは帽子を高く掲げて「ありがたい」「うちの子も学ばせたい」と口々に叫んだ。
―――
開堂式が始まると、内部へと案内された。広々とした講義室には、石板机と黒板が並び、窓からは明るい日差しが差し込んでいた。壁際には算盤や地図、そして羽鳥洋学書房から送られた最新の洋書も置かれている。
「ほら見ろ、これが“地球儀”というものだ」
学堂の師範が声をあげると、子どもたちが目を丸くした。丸い球体に描かれた大陸と海。小さな指が日本列島をなぞり、
「ちいさい……でも、ここから世界につながっているんだ」
と呟いた。
農民の子も商人の子も、皆が同じ机に座り、同じ黒板を見つめる。誰もが一様に緊張と期待を抱いていた。
藤村は後方でその姿を見守りながら、小さく頷いた。
「これが未来への投資だ。子どもたちの目に灯った火は、やがて国を照らす光となろう」
―――
学堂の庭では、慶篤が若い学生たちを前に講義をしていた。彼は鉄橋の開通を例に取り、教育の意義を説いた。
「鉄橋は川を渡す。学堂は未来を渡す。どちらも人を結び、時を越える架け橋となる」
学生たちは深く頷き、板書を写す手を止めずに動かした。慶篤はさらに続けた。
「知識は個人のものではない。学んだ者が次に伝える。そうして国全体が強くなる。羽鳥の学堂は、その第一歩なのだ」
―――
一方、昭武は欧州で見聞した教育制度を例に挙げた。彼は黒板に「普遍教育」と大きく書き、学生たちに語りかけた。
「ドイツでは全ての子に義務教育が課されている。フランスでは農民の子が学び、やがて技師となり、国を支えている。……日本も同じだ。農の子も商の子も学び、才能を開花させれば、国は変わる」
その言葉に学生の一人が立ち上がり、力強く言った。
「我らが学び、次を担います!」
教室に響いた声は、若さの熱を帯びて力強かった。
―――
やがて鐘の音が鳴り響き、初等の子どもたちが一斉に学堂に入っていった。義信も久信も、その列に加わっていた。
義信は大きな地図を前にし、すぐに指で距離を測り始めた。
「羽鳥から江戸まで、これなら鉄道で二日……いや、もっと短くできるはずだ」
その計算に教師が驚き、
「君はまだ七歳だろうに……」
と呟いた。
久信は隣で、兄の言葉を聞きながら笑みを浮かべた。
「兄上はいつも先のことばかり考える。でも僕はここで皆と一緒に学べるのが嬉しいんだ」
そう言って机の上に並べた算盤をはじき、周囲の友と競うように答えを出す。笑い声と拍手が教室に響いた。
―――
式典が終わる頃、校庭に集まった親たちの目には涙が光っていた。
「我らの子が、殿様と同じ机で学べる日が来るとは……」
その言葉に、藤村は静かに応じた。
「子どもは国の宝だ。宝を育てることが、未来を耕すことに他ならぬ」
鉄橋が川を越え、学堂が時代を越える。羽鳥の地には、物理的にも精神的にも新しい「架け橋」が確かに築かれていた。
羽鳥新学堂の開堂から数日後。初夏の陽光が窓から差し込む講義室では、慶篤が黒板の前に立っていた。彼は深く息を整え、前に並ぶ生徒や見学に来た町人、そして地方役人たちを見渡した。
「諸君、鉄橋が川を渡すのと同じく、学問は未来を渡す架け橋である」
彼の第一声に、教室の空気が張りつめた。黒板に大きく「架け橋」と二文字が書きつけられる。白墨の粉が舞い、静寂の中で板がきしむ音が響いた。
「橋は人と人を結ぶ。学問もまた、村と村、国と国を結ぶ。文字や数を学ぶことは、道を延ばし、川を越え、山を抜ける力と同じなのだ」
慶篤の声は力強かった。彼の背後には、開通したばかりの羽鳥鉄橋の縮小模型が置かれていた。木と鉄で組み立てられたその模型は、見守る人々の目を釘付けにしていた。
―――
彼は次に、大きな円を黒板に描いた。円は橋を上から見た形にも、また人と人との輪にも見えた。
「この円を国とする。だが円は放っておけば閉じられたまま、外と交わることはない。そこに橋を架ければ、円は外へと広がる」
そして線を引き、円から外へ伸びる道を描いた。
「教育は、この橋を架けることに他ならない。外の知を学び、内の知を広め、交わりを増やしてこそ国は強くなる」
生徒たちは深く頷き、板書を写す筆先を止めなかった。
町から視察に来ていた代官が、思わず声を上げた。
「殿、教育は農を忘れさせると申す者もおります。学を広めれば、百姓が鍬を捨てるのではないかと」
慶篤は静かに笑みを浮かべた。
「鍬で土を耕すのも、筆で心を耕すのも、根は同じである。どちらかを捨てることではない。両方を持つことで、国の大地は豊かになるのだ」
その言葉に教室の空気が温かく変わった。
―――
続いて登壇したのは昭武だった。彼は分厚い洋書を抱え、机の上に置いた。ページにはドイツ語やフランス語の難解な文字が並んでいる。
「これは欧州の義務教育制度についての記録だ」
彼は黒板に「普遍教育」と書き加え、解説を始めた。
「ドイツでは、農夫の子も貴族の子も、同じ机に座る。フランスでは村の学堂から技師が育ち、橋を架け、道を作る。教育は身分を越えて人を結ぶ制度だ」
彼の言葉に、後方で聞いていた町人の一人が手を挙げた。
「しかし、殿。我が国では身分がある。武士と百姓と町人が同じ机に座れば、秩序が乱れるのでは……」
昭武は即座に応じた。
「秩序を保つためにこそ、共に学ぶのだ。異なる身分や立場の者が同じ机に座り、同じ黒板を見る。その経験が将来の国を一つにする」
彼はさらに欧州の数字を示した。
「ドイツで義務教育が始まって三十年。読み書きできぬ者は三割から一割へ減った。教育が兵を強くし、国を富ませたのだ」
教室の空気は重くも熱を帯びた。
―――
慶篤と昭武の講義が終わると、子どもたちが机を叩いて拍手を送った。その中に義信と久信の姿もあった。義信は黒板の数字を見ながら、指先で何か計算をしていた。
「兄上、今の話はつまり、教育が多ければ国の収穫が増えるってことだね」
久信が小声で尋ねると、義信は頷いた。
「そうだ。数字は嘘をつかない。橋を作るにも道を延ばすにも、人の知恵が要る。その知恵を増やせば、国の力も増えるんだ」
二人のやり取りに周囲の大人たちが目を細めた。学問は子どもたちの遊び心にさえ自然と溶け込んでいた。
―――
最後に藤村晴人が立ち上がった。
「鉄橋が川を越え、学堂が時代を越える。今日ここに集った人々は、百年先を支える礎である。教育を広めることは、鉄を鍛え、道を延ばすことに勝るとも劣らぬ国の事業だ」
人々は深く頷き、室内に静かな感動が広がった。
―――
外に出ると、初夏の風が心地よく吹き抜けていた。学堂の屋根の上で、白い旗が大きくはためいた。そこに記された「学」の文字は、まさに未来をつなぐ架け橋の象徴であった。
新学堂が開かれて数日。羽鳥城下の通りには、毎朝子どもたちの賑やかな声が響くようになった。木造の門をくぐると、磨き込まれた廊下に足音が跳ね返り、教室の窓から差し込む陽光が机の表面を白く照らしていた。
「今日は読み書きから始めます。自分の名前を紙に書いてみなさい」
教壇に立つ教師の声に、子どもたちは一斉に筆を執った。小さな手が震えながら墨を走らせる。隣を覗き込んで笑ったり、互いに筆先を貸し合ったりする光景は、城下ではこれまで見られなかったものだった。
―――
義信もその一人であった。彼は幼いながらすでに字を覚えていたが、黒板に書かれた文章をじっと見つめ、次々と紙に書き写していった。その筆の動きは滑らかで、同年代の子どもたちよりも遥かに速かった。
「兄上、もう書けたの?」
隣に座る久信が目を丸くする。彼はまだ字を覚えたてで、一文字ごとに筆を止めては首をかしげていた。
義信は小さく頷き、弟の紙を指差した。
「ここは“し”の払いをもっと長く。そうすれば形が整うよ」
久信は素直に頷き、言われた通りに筆を走らせた。文字はまだ不恰好だが、彼の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、兄上」
義信は笑い、再び黒板に目を向けた。
―――
昼休みになると、子どもたちは学堂の庭に集まった。義信は友達に頼まれ、簡単な算術を解いて見せた。算盤も使わず、暗算で答えを導き出す姿に、周囲の子どもたちは一斉に歓声を上げた。
「すごい! どうしてそんなに早くできるの?」
「数字は形だから、目で見れば答えが浮かぶんだ」
義信が淡々と説明すると、皆がぽかんと口を開けた。その隣では、久信が友達と鬼ごっこをしていた。汗だくになって走り回り、ついには皆をまとめて遊びの輪に引き込んでいた。
「次は僕が鬼だ! みんな、逃げろ!」
久信の元気な声に、庭がさらに賑やかになった。義信が知で注目を集めるなら、久信は人の心を引き寄せる力で場を盛り上げていた。
―――
放課後。家に帰る道すがら、二人は並んで歩いた。義信は教科書を胸に抱え、久信は棒を振り回しながら足元の石を蹴っていた。
「兄上、学堂って面白いね。字も算も覚えられるし、友達とも遊べる」
「うん。学問は人を強くする。だけど、人と仲良くなるのも大事だよ」
義信の言葉に、久信は満足げに頷いた。
夕陽が道を赤く染める中、二人の姿は未来へと続く希望の象徴のようであった。
―――
学堂の鐘が再び鳴り響く。鉄橋を渡って通う子どもたちの列は、まるで国の未来へと延びる一本の線のようだった。
初夏の江戸城評定所。広間の中央には大きな地図が広げられていた。日本列島から対馬海峡を越え、朝鮮半島へと続く線が赤く引かれている。その線の端には「鉄路調査」の朱書きが加えられていた。
「本土で築いた鉄橋や学堂の仕組みを、朝鮮でも試す時が来た」
藤村晴人の言葉に、列席する重臣たちは真剣な面持ちで頷いた。
榎本武揚が地図の上に手を置く。
「仁川から漢城までの調査隊をすでに準備しております。線路建設に適した地形か、橋梁はどこに必要か、まずは測量から始めます」
勝海舟が扇を振りながら言った。
「鉄路はただの道じゃない。経済をつなぎ、人の往来を変える。朝鮮が自ら望んで協力する形にせねば、長続きせん」
渋沢栄一が補足した。
「橋の通行料や学堂の入学料と同じく、“受益者負担”を導入すれば、現地でも制度が根付くはずです」
評定所の空気は熱を帯びていった。
―――
数週間後、仁川の港。波止場には調査隊の旗がはためき、測量器具を担いだ日本の技師と、通訳を介して集まった朝鮮官僚が地図を覗き込んでいた。
「この丘を切り開けば線路が通せます」
「川には橋梁を架ける必要があるでしょう」
真新しい測量器具が太陽を反射し、地面に光の筋を描いた。現地の若者が恐る恐る覗き込むと、距離と角度が数字として紙に記されるのを見て目を丸くした。
「数で土地を測る……こんなことができるのか」
その驚きが、やがて理解へと変わっていく。
―――
一方、漢城の仮校舎では、日本式の教科書を用いた授業が始まっていた。黒板の前に立つ教師が声を張り上げる。
「読み、書き、計算。これが国を強くする基です」
子どもたちは硬い木机に並び、拙い筆で文字をなぞった。
「学問に身分は関係ない。誰もが学ぶことができる」
通訳の声が響くと、教室の後方に座っていた父母たちが深く頷いた。日本の学堂制度が、静かに根を下ろし始めていた。
―――
その報告が江戸に届くと、藤村は窓際で地図を広げながら呟いた。
「橋と学堂……物理的にも精神的にも“架け橋”となるものだ。鉄路が大地を結び、学問が人の心を結ぶ。日本で芽吹いた仕組みを広げれば、やがて一つの大きな輪となるだろう」
障子越しに差し込む初夏の光が地図の上を照らし、赤い線は未来へと延びているように見えた。
夕暮れの羽鳥鉄橋。川面には西日が黄金色の帯を描き、その上を渡る橋梁が堂々と影を落としていた。完成したばかりの鉄橋には、まだ新しい鉄の匂いが漂い、橋脚には水飛沫がきらめいていた。
藤村晴人は橋の中央に立ち、眼下を流れる水を見下ろした。川の両岸では農夫たちが耕作を続け、子どもたちの笑い声が響いていた。橋の袂には、新学堂から帰る子どもたちの一団が見え、手にした石板を掲げながら未来を語り合っている。
「鉄橋は川を渡す。学堂は時代を渡す」
彼は心の奥でそう呟いた。
隣に立つ勝海舟が腕を組み、川上を見やりながら言った。
「なるほどな。お前さんの言う通り、国を渡すのは剣でも銭でもなく、こうした“橋”かもしれん」
榎本武揚が笑みを浮かべた。
「港を開き、船をつなぐのが海の役割なら、鉄路と橋は大地をつなぐ。これで国はひとつの体として動き出す」
背後から渋沢栄一が声を添えた。
「学堂に通う子らもまた、この橋を渡るのです。知識を携え、未来へ歩む姿こそが、この国の財政を支える柱になります」
藤村は静かに頷いた。
川の流れは途絶えることなく続き、その上に立つ橋もまた揺るがぬ意志を示していた。農地を耕す鍬の音と、学堂から響く唱和の声が重なり合い、未来への律動のように響いていた。
「伝統と革新、土地と学び、農と工。――この調和こそが日本の強さだ」
藤村の言葉に、一同は深く頷いた。
初夏の風が川を渡り、鉄橋の欄干を叩いた。橋の上に立つ人々の心に、その風は確かに未来の息吹として吹き込んでいた。