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180話:(1871年4月/春) 新しい日本の地図

春の江戸城は、花の盛りを過ぎてもなお、柔らかな陽射しに包まれていた。西の丸に新たに設けられた広間には、白布を掛けた長机が並べられ、その上には巻物や木製の測量器具、真新しい羅針盤や水準器が置かれていた。


 この日、江戸城では「地図測量局」設立の式典が行われるのである。


 障子が開き、正装を整えた役人たちが列を成して入場すると、場の空気が引き締まった。やがて壇上に立った藤村晴人は、深く一礼した後、落ち着いた声で口を開いた。


 「正確な地図なくして、正確な統治は成り立たぬ」


 その第一声に、広間の隅々まで緊張が走った。


 「これまで我らが用いてきた国絵図は、大まかな村境と街道を示すに過ぎぬ。山の高さも川の深さも曖昧であり、境界は土地ごとに違っていた。だがこれからは違う。西洋の測量法を取り入れ、緯度経度を定め、誤差を許さぬ“近代の地図”を作り上げる」


 藤村の言葉に、前列の役人が息を呑んだ。彼らの脳裏に浮かんだのは、これまでの曖昧な国土管理の姿である。藩ごとに描かれた絵図は縮尺が揃わず、隣同士を突き合わせても形が合わない。地租も検地も不統一で、税収の基準すら曖昧であった。


 壇上に立つ藤村の声は、さらに強さを帯びていく。

 「地図を誤れば、国の形も誤る。だが正しい地図を持てば、国は正しく動く。税も兵も教育も、すべては正確な地図の上に築かれるのだ」


 広間に集った人々は深く頷いた。


―――


 式典の後、藤村は新たに設立された「地図測量局」の庁舎へと足を運んだ。江戸城の西の丸に隣接して建てられた二階建ての建物は、瓦屋根の上に風見を備え、西洋風の窓枠を取り入れた新しい意匠であった。


 入口には「地図測量局」と彫られた真新しい木札が掲げられ、役人や書役が慌ただしく出入りしている。建物の奥には広い製図室が設けられ、白い大紙の上に定規とコンパスを走らせる音が響いていた。


 「これが……日本を測り直す場か」


 藤村は感慨深げに呟いた。机の上には、各地から送られてきた測量記録が積み重ねられていた。野帳と呼ばれる記録簿には、山の角度や川幅、村ごとの耕地面積が細かく記されている。


 その一つを手に取ると、精緻な数字の羅列に藤村の眉が動いた。

 「これほど正確に……」


 側に立つ測量局の若い技師が誇らしげに答えた。

 「西洋式の三角測量を取り入れました。基準点を定め、そこから角度と距離を計算するのです。これで誤差はほとんど生じません」


 藤村は静かに頷いた。

 「これまでの絵図は“描く”地図であった。これからは“測る”地図になるのだな」


―――


 羽鳥には、新たに「製図所」が設けられていた。藤村は数日後、その製図所を訪れた。白壁の建物に入ると、紙の匂いと墨の香りが混じり合い、数十人の職人たちが机に向かって鉛筆を走らせていた。


 机の上には、真新しい西洋式の定規、分度器、縮尺定規が整然と並び、紙の上には緯線と経線が碁盤の目のように引かれていた。


 技師長が藤村に深く頭を下げた。

 「藤村様、これが新しい日本の地図でございます。経緯度まで正確に記しました」


 広げられた大図を前に、藤村は息を呑んだ。海岸線は波打つように細かく描かれ、山々の稜線は立体的に示されている。村の境界線も一本の赤い線で精緻に引かれ、どこからどこまでが田で、どこまでが山林かが一目でわかる。


 「見事だ……これが世界に示せる日本の姿だ」


 職人の一人が誇らしげに言った。

 「和紙の技と洋紙の厚みを合わせ、墨がにじまず、長年保存できます。筆も改良し、線を細く正確に引けるようになりました」


 藤村は地図の上に手をかざし、心の中で呟いた。

 ――これはただの紙ではない。国家そのものだ。


―――


 その後、江戸に戻った藤村は、再び測量局の庁舎に入った。広間の壁には、日本全図の大判が掛けられていた。北海道から南の台湾、さらに樺太の南端までが描かれた地図は、これまで誰も見たことのない「新しい日本」の姿を示していた。


 「この地図に描かれているのは、もう昔の日本ではない」


 藤村は静かに言った。


 「近代の技術で測られ、統一の制度で統治される――新しい日本だ」


 居並ぶ役人たちの胸に、その言葉が深く響いた。彼らの前に広がるのは、もはや島国の曖昧な輪郭ではなく、一つに束ねられた「国家」という形であった。


 春の陽光が大窓から差し込み、巨大な日本全図の上に白い光を投げかけた。紙の上に浮かぶ山河は、未来へ続く国の道筋を確かに描き出していた。

測量局の事業は単に地図を作るためではなかった。その核心は「税制の近代化」にあった。


 春のある日、江戸城の勘定所広間。机の上には厚い野帳や図面が積み上がり、代官や書役が緊張の面持ちで列を成していた。


 藤村晴人は一枚の新しい地籍図を広げ、ゆっくりと指でなぞった。

 「ここを見よ。従来は“このあたり一帯が田”とされていた。しかし測量によれば、一町三反二畝歩まで正確に分かつことができた。これで、誰がどれだけ耕地を持ち、どれほど収穫を得ているか、数字で示せる」


 列の端で小栗忠順が眉をひそめ、帳簿を閉じた。

 「藤村様、これまでの検地帳と数が大きく違います。村伝来の面積と三割も誤差が……」


 藤村は頷き、静かに答えた。

 「その“三割”こそが国を傾けていた。多く取りすぎれば百姓は疲弊し、少なければ国庫が痩せる。正しい数をもってこそ、正しい課税ができる」


 広間にざわめきが走った。


―――


 この日、常陸州測量所の技師団が江戸に上がり、新しい地籍台帳を提出した。机上には一人ひとりの名と土地の広さ、地目、平年収量が整然と書き込まれている。


 若い技師が分厚い台帳を差し出した。

 「こちらが常陸州南部百二十村の地籍台帳でございます。畑・田・桑畑・林地を区分し、面積を合算して州全体の歳入見込みに接続いたしました」


 藤村は頁を繰り、目を細めた。

 「これがあれば、どの村がどれだけ納め、どの村がどれだけ余力を持つか、一目で分かる。地租改正は机上の空論ではなく、実際の数字から生まれるのだ」


―――


 江戸の勘定所では、渋沢栄一が新しい会計表を机に並べていた。

 「藤村様、この方式で各“州”の歳入歳出を並べれば、どこが黒字でどこが赤字か一目瞭然にございます」


 表には、「常陸州 歳入一万二千両/歳出九千両/差引黒字三千両」と記され、別の州は赤字で示されていた。数字の列が、各地の実情と呼吸をそのまま映している。


 藤村は扇で静かに机を叩いた。

 「これまで藩財政は闇の中にあった。誰もが“まあこれくらいだろう”で済ませてきた。それをやめる。数字で責任を示せば、無駄も隠せぬ」


 代官の一人が戸惑いを隠せず言う。

 「しかし、州ごとの数字が公になるれば、民も“不公平だ”と騒ぎましょう」


 藤村は揺るがぬ声で答えた。

 「声を上げるがよい。隠れて腐るより、光に晒して治す方が強くなる。財政は、国と民とが共に担うものだ」


―――


 やがて各地で、新しい税の姿が見えてきた。


 常陸州の農村。庄屋が地籍台帳を開き、村人に語る。

 「お前の田は一町三反。新しい地租は銀でこの額だ。従来の年貢に直せば米十五俵ほど――前より少し軽くなる」


 百姓が驚いて顔を上げた。

 「軽くなるのか? 取り立ては重くなるばかりと思っていたが……」


 庄屋は頷いた。

 「正しく測れば、余計は取られぬ。代わりに逃れもできぬが、それが公正というものだ」


 百姓たちは互いに顔を見合わせ、やがて安堵の笑みを浮かべた。


―――


 一方、江戸の商人街では別の変化が起きていた。新しい地図を基に土地の評価が行われ、地価に基づく地租が導入されると、町人たちは店先で帳簿をめくりながら議論した。


 「これまでは口約束で地代を決めていたが、これからは地図の数字で決まるのか」

 「そうだ。だが不思議と安心する。曖昧さが消えれば、商いも計算が立つ」


 往来の表情には、不安よりも「秩序が整うこと」への期待が混じっていた。


―――


 再び江戸城。藤村は勘定所の広間で、州ごとの地籍台帳を前に言葉を放った。

 「正確な測量が正確な課税を生み、正確な課税が正確な統治を支える。地図はただの紙ではない。国の血脈を流す血管なのだ」


 広間の空気が張り詰め、誰もがその言葉を噛みしめた。藤村は筆を取り、一枚の帳簿に署名する。表紙には「全国統一地籍台帳」の四字。


 それは、藩ごとに分かれていた財政の時代を終わらせ、「一つの国の財政」として動かす最初の一歩であった。


―――


 夕刻、藤村邸。縁側には義信と久信、そして睦信が集まっていた。


 義信は地図を広げ、村ごとの面積や収穫高を細かく指で追う。

 「ここは米が多い。ここは桑畑。数字で見れば、この村は黒字、この村は赤字だ」


 久信が首をかしげる。

 「赤字になったら、村はどうなるの?」


 義信は迷わず答えた。

 「黒字の村が支えればいい。国は一つだから」


 久信は小さく頷き、弟の睦信に向かって言った。

 「みんなで助け合うんだってさ」


 睦信は幼い声で「うん!」と答え、三人の笑い声が庭に響いた。縁側から見守る藤村の胸には、確かな未来の手応えが刻まれていた。


―――


 数字は冷たく見える。けれど、その一つ一つの裏には、人の暮らしと呼吸がある。

 正確に測り、正しく配る――その当たり前を、国の“かたち”として定める。

 地図の上に描かれた細い線は、やがて人々の安心へと太くつながっていくのだった。

江戸城西の丸に新設された測量局の庁舎。その一室には、各州から送られてきた分厚い測量野帳が山のように積まれていた。壁には大きな日本地図の下図が掛けられ、測量官たちが真剣な顔で定規と分度器を操っている。


 「この緯度線を一分修正せよ。針路が二里違えば、税収も漁場も変わる」


 監督役の技師が声を張ると、若い書役たちは一斉に手を動かした。机の上で鉛筆の芯が擦れる音が重なり、まるで小さな軍隊の行進のようであった。


 藤村晴人はその中央に立ち、静かに全体を見渡した。

 「国の形は、ここで決まる。測量は単なる地図作りではない。正確な線一本が、租税を、道を、学校を決めるのだ」


 その声に、部屋の空気が引き締まった。


―――


 午後、勘定所では新しい台帳を基にした試算会議が開かれていた。渋沢栄一が机の上の表を示し、代官や州代表に説明する。


 「常陸州歳入一万二千両、歳出九千両、差引黒字三千両。越後州は歳入八千両に対し歳出九千五百両で赤字一千五百両。この数字を全州で並べれば、どこが支え、どこが補うかが明らかになります」


 代官の一人がため息を洩らした。

 「これでは越後は負担ばかりで、民の不満が募りましょう」


 藤村は即座に答えた。

 「不満が出るのがよいのだ。数字は隠せぬ鏡。鏡を見て顔を洗うのが国の責務だ」


 老中首座が腕を組み、低く唸った。

 「民の目に数字を晒すことは、刀を渡すに等しい」


 藤村は視線を逸らさずに言い切った。

 「その刀を民と共に握るのだ。共に国を造るという覚悟なくして、近代国家は成り立たぬ」


 重々しい沈黙が落ちたが、やがて渋沢が頷き、筆を走らせた。


―――


 数日後、羽鳥の議会堂。新たに設置された州議会で、初めて財政の数字が公開された。


 議場に詰めかけた農民代表や町年寄たちがざわつく。

 「本当に黒字か赤字か、こうして数字で見せられるのか」

 「常陸州は余剰がある……では、道路の修繕をもっと早く進められるはずだ」


 議長席に立った慶篤は堂々と声を響かせた。

 「州の歳入歳出を公開することは、恥ではない。むしろ誇りだ。数字で責任を負う、それこそが“州”の政治だ」


 聴衆の間に拍手が広がり、議場は熱気に包まれた。


―――


 夕刻、藤村は江戸城に戻り、窓越しに地図を見つめていた。常陸、羽鳥、越後……各州の線が一本一本繋がり、やがて「日本」という大きな形を描き出している。


 「線は紙に在らず。民の暮らしの上に在る」


 呟きは静かだったが、その背後には確かな決意があった。


 地図の上で交わる数字と線。それは国の骨格を整え、未来を形作るための血管であり神経であった。

江戸城学問所の講義室。まだ冷気の残る春の朝、障子越しの光が机の上の地図や統計表を淡く照らしていた。壇上に立つのは慶篤である。


 「諸君、州制とは名を変えることではない。責任を明確にし、数字で示すことだ」


 彼は黒板に「責任=数字」と大きく書き、さらに線を引いて補足した。

 「税、教育、警備、道路。すべての事業を“州”が受け持ち、成果を数字で示す。これが新しい政治の形だ」


 聴衆の若い役人や学生たちの目は真剣だった。これまでの藩政では、数字が曖昧に処理され、責任の所在も不明瞭だった。それが一変しようとしているのだ。


 藤村晴人も後列で静かに聞き入っていた。慶篤の声には揺らぎがなく、若い世代の確信がにじんでいた。


―――


 同じ頃、別室では昭武が欧州の地図帳を広げていた。赤や青に塗り分けられたスイスやドイツの版図を指し示しながら、役人たちに語りかける。


 「スイスは二十六の州が自らの自治を持ちながら、連邦として力を合わせている。ドイツもまた、領邦を束ねることで統一を果たした。――我が国も独自の州制を築けるはずだ」


 ある役人が懸念を口にした。

 「しかし日本は島国。大陸の例をそのまま移せましょうか」


 昭武は首を振り、穏やかに答えた。

 「移すのではない。学ぶのだ。日本の地に合う制度を作る。そのために外国の例を参照する」


 机の上の地図には、常陸、越後、薩摩……と各地の名が記され、その線が新しい国の形を描いていた。


―――


 その夜、羽鳥城の一室で二人は机を挟んで向かい合っていた。机上には昼間の講義の板書と、欧州制度の翻訳文書が散らばっている。


 「弟よ、今日の講義で、人々の目が確かに変わった」

 慶篤が筆を置き、疲れた手を揉みながら言った。


 昭武は微笑み、湯飲みを差し出した。

 「兄上、理論は遠いようで近い。言葉と数字で人を納得させることができる。それこそが州制の力です。武力では国は長く続かない」


 慶篤は湯を口にし、静かに頷いた。

 「武は国を守る力。だが学と理は、国を育てる力だな」


 二人の会話は短かったが、その間に漂う確信は揺るぎなかった。


 障子の外では雪が静かに降り積もり、庭の灯籠を白く染めていた。冷たい夜気の中で芽吹いた理論は、やがて国を変える大樹へと育つだろう――藤村はその姿を遠くから見守りながら、心にそう刻んでいた。

翌日、江戸城評定所。厳冬の冷気がまだ廊下を渡っていたが、広間の空気は熱を帯びていた。机の上には各州から集められた歳入歳出の帳簿と、測量局が作成した新しい地籍図が並んでいた。


 藤村晴人は帳簿の一冊を開き、広間に集まった代官や役人たちを見渡した。


 「ここに記された数字は、州ごとの責任を示すものだ。黒字は努力の証、赤字は課題の証。隠すことは許されぬ」


 ざわめきが広がる。これまでの藩政では、数字はおおよそで処理され、都合の悪いものは帳簿から消されてきた。それを覆し、公然と示すというのだ。


 渋沢栄一が一歩進み出て言葉を添える。

 「州ごとに帳簿を公開すれば、商人も農民も納得するでしょう。計算できる政治は、必ず信を得ます」


 代官の一人が顔をしかめた。

 「だが殿、民が“不公平だ”と声を上げれば、統治に支障をきたすのでは……」


 藤村は迷いなく答えた。

 「声を上げるのが良いのだ。不満は隠して腐らせるより、光に晒して治せばよい。数字は冷たく見えて、実は人を守る盾となる」


―――


 その頃、常陸州の羽鳥議会堂では、初めての「州議会」が開かれていた。木の机に並んだのは町年寄や農民代表たち。中央から派遣された書役が地籍図を示しながら説明する。


 「この村は田一町二反、収穫高は米十七俵。従来より三俵少ない課税となります」


 農民たちが顔を見合わせ、やがて一人が声を上げた。

 「前より少なくなるのか。ならば納得だ。正しい数なら、重くても従える」


 議場の空気が和らぎ、初めての自治的議論が芽吹いていった。


―――


 夕刻、藤村邸の庭では義信と久信、睦信が集まっていた。義信は新しい日本地図を広げ、指で常陸州の境界をなぞった。


 「ここが常陸州。数字で見ると、どの村が余裕を持ち、どの村が苦しいかすぐにわかる」


 久信が不思議そうに首をかしげた。

 「赤字の村はどうするの?」


 義信は即座に答えた。

 「黒字の村が支えればいい。国は一つだから」


 久信は朗らかな声で「みんなで助け合うんだね」と言い、ニ人は笑い合った。


 縁側から見守る藤村の胸には、確かな手応えがあった。数字の力と州制の仕組みは、子どもたちの遊びの中にまで浸透し始めていたのだ。

その夜。江戸城の測量局庁舎。広間の壁一面に広げられた日本全図を前に、藤村晴人は静かに立っていた。


 蝋燭の炎が地図を揺らし、北海道から台湾、朝鮮、樺太までが一枚につながっている。これまで絵空事のように扱われてきた国絵図とは違い、緯度と経度に基づく精密な線が国土を刻んでいた。


 渋沢栄一が隣に立ち、感嘆の声を漏らした。

 「殿、これこそが国の血脈です。正しい地図なくして、正しい税も、正しい統治もありません」


 藤村は頷き、地図に指を走らせた。

 「山も川も、村も道も、数字で記された。これで国は“感覚”ではなく、“事実”で動く」


 勝海舟が背後から笑いを含んだ声を投げた。

 「お前さんの好きな数字だな。だが確かに、地図は刀よりも国を守る。間違いなくそうだ」


―――


 一方、測量局の隅では若い測量技師たちが声を潜めて語り合っていた。

 「俺たちが描いた線が、国を変えるんだな」

 「紙の上の一本が、年貢を決め、人の暮らしを変える」


 彼らの声には畏れと誇りが混じっていた。職人の手仕事と科学が一つになり、国を動かす仕組みになったのだ。


―――


 藤村邸の庭。義信は地図を抱え、兄弟に説明していた。

 「ここからここまでが一里。馬なら二刻で着く」


 久信が目を丸くして問い返す。

 「じゃあ、遠くても助けに行けるんだね」


 義信は頷き、睦信の肩に手を置いた。

 「そうだ。道と数字があれば、人は必ず辿り着ける」


 幼い声が重なり合い、庭に響いた。子どもたちの遊びの中に、すでに地理と制度の芽が根を張っていた。


―――


 藤村はその声を遠くに聞きながら、再び全図を見つめた。


 「この地図に描かれているのは、もはや昔の日本ではない。正確さが未来を支える。……そして、この地図は人の心を一つにする」


 厳冬を越えた春の風が障子を揺らし、灯がわずかに揺れた。


 地図に刻まれた線は、国の未来を描く導線であった。

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