173話:(1870年3月下旬/早春)小判鋳造権委譲
早春の江戸城は、まだ冷たい風が石垣を撫でていた。梅の花がほころび始め、白と紅の色彩がわずかに城の空気を和らげていたが、本丸大広間の内部は張り詰めた緊張で満ちていた。
その日、265年続いた伝統が破られるのである。
広間の中央には、金屏風が立てられ、威儀を正した将軍徳川慶喜が座していた。その周囲には幕閣の重臣と、金座・銀座を取り仕切る座人頭たちが控えている。彼らの顔には困惑と動揺があり、互いにひそやかに目配せをしていた。江戸開府以来、貨幣鋳造は幕府の独占事業であり、座人たちの専権であった。それが今日、藩士に委ねられると聞かされていたのだ。
やがて、慶喜が右手を挙げ、朗々と声を発した。
「本日、我らは貨幣制度を刷新するため、前代未聞の決断を下す。金座・銀座の運営を、藤村晴人――幕府総裁・軍政長官にして常陸藩士に託す」
その言葉と共に、側近が恭しく勅書を広げた。紙面には太い筆跡でこう記されていた。
――貨幣こそ国家信用の根幹。これを刷新し、国の信を取り戻すべし。
広間の空気が大きく揺れた。座人たちの間からざわめきが漏れる。
「藩士に鋳造権を委ねるなど……」
「これは前代未聞……」
彼らの表情は驚愕に満ちていた。だがその視線の先に立つ藤村は、一歩前に進み出た。
彼は深く一礼し、慶喜の前で勅書を両手で受け取った。その重みが掌にずしりと伝わり、背筋が震えるのを感じた。
――これが、265年の伝統を破るということか。
その瞬間、藤村の胸には責任の重さと共に、燃えるような決意が込み上げていた。
慶喜は静かに言葉を添えた。
「藤村殿。貨幣は剣よりも強い。国を動かすのは金であり、信用である。この任、そなた以外に任せられる者はおらぬ」
藤村は深く頭を下げ、低い声で答えた。
「御意。必ずや改鋳を成し遂げ、国家信用を取り戻してみせます」
広間の周囲で見守る重臣たちは、息を呑むようにそのやりとりを見つめていた。
勝海舟が腕を組み、にやりと笑った。
「へえ……ついにこの日が来たか。剣や船も大事だが、結局は銭の裏付けがなきゃ国は立たん。藤村、腹を括れよ」
榎本武揚は真剣な面持ちで頷いた。
「宗谷も、ベーリングも押さえた。だが通貨制度が揺らげば、いくら海を制しても国は沈む。これは軍政と同じくらい大事な戦だ」
大村蔵六もまた口を開いた。
「兵站を支えるのは貨幣です。信用を失えば兵糧は尽き、軍は立ち行かぬ。これは戦争における根幹ですぞ」
それぞれの言葉が、藤村の胸に突き刺さる。
――これは戦だ。剣も砲もいらぬ、だが信用を奪い合う戦だ。
藤村は勅書を胸に抱き、強く心に誓った。
「これで真の通貨改革が可能になる。品位を高め、重量を統一し、偽造を防ぐ。国の血脈を清くしなければならぬ」
座人頭の一人が震える声で言った。
「藤村様……我らの家業が終わるのですか」
藤村はその視線を真っ直ぐに受け止めた。
「終わるのではない。新しい形で続くのだ。そなたらの技を活かし、より強固な貨幣制度を築く。それが国を救う道だ」
その言葉に、座人頭はしばし沈黙した後、深く頭を下げた。
「……承知仕りました。我らの技を、存分にお使いください」
広間の空気が再び変わった。反発や驚愕が、徐々に決意と期待へと変わっていく。
慶喜が立ち上がり、全員に向かって言い放った。
「本日をもって、江戸開府以来265年続いた貨幣鋳造の独占を改める。これより藤村晴人を中心に、新たな貨幣制度を築く。これは我らの未来のためである!」
その声が大広間に響き渡った瞬間、全員が一斉に頭を垂れた。
外では、梅の花びらが春風に舞っていた。だが藤村の胸には、梅の香りよりもはるかに強い、鉄と金の匂いが渦巻いていた。
――これが、国を動かす力の匂いだ。
その夜、藤村は金座の鋳造所を訪れた。炉の中で赤々と輝く金の塊が、脈打つように光を放っている。職人たちの槌音が響き渡り、その音はまるで新しい時代の鼓動のようだった。
藤村は炉の熱気を全身で浴びながら、静かに拳を握った。
「貨幣を制する者が国家を制する。その権限が、ついに我が手に託された……」
歴史が動く音を、彼は確かに聞いていた。
江戸城西の丸にある評定所は、その日いつになく熱気に包まれていた。長机の上には分厚い法令集や新旧の規程が積み重なり、書役たちの筆音が絶え間なく響いている。
「朝鮮刑律規程、これを内地の訴訟手続に準じて改正すべし」
「台湾の警保規則、憲兵監察規定をもって共通条項に――」
列席する法官や役人たちの声は次々と飛び交い、机の上の紙束に朱と墨の印が増えていく。
その最前列に、藤村が座していた。幕府総裁、軍政長官、そして常陸藩士としての三つの顔を持つ彼にとって、この日は剣や財貨に勝る「もう一つの戦」の決戦日であった。
――一つの国に三つの法があってはならぬ。
それが藤村の確信だった。台湾、朝鮮、そして内地。これまではそれぞれ独自の制度が入り混じり、訴訟も警保も場所によって異なっていた。だが今日、ついに「一つの法」で束ねる時が来たのだ。
陸奥宗光が席を立ち、法令改正案の巻物を掲げた。
「これにて、訴訟手続と警保規程はすべて内地法に統一される。例外は設けぬ」
彼の声音はいつもより強く響いた。法の言葉は冷たいが、その冷たさが秩序の力となる。
広間の一角に控えていた朝鮮の若き判官が、通訳を介して問いかけた。
「では我らの慣習はすべて否定されるのか」
藤村はすぐに答えた。
「否。慣習は記録として残し、調停や民事の細目に活かす。ただし根幹は一つの法に従ってもらう。国をまとめるためには、基盤を揃えねばならぬ」
その言葉に判官は深く考え、やがて小さく頷いた。
「……ならば受け入れよう。我らも混乱を望むものではない」
傍らで陸奥がにやりと笑みを見せた。
「そなたの言葉があればこそ、この統一は生きる」
評定所の空気は徐々に熱から確信へと変わっていった。
―――
午後、広間の壁際に設けられた机で、憲兵監察官が最新の報告を披露した。
「台南、仁川、長崎に憲兵を巡回派遣した結果、治安の乱れは目に見えて減少しております。制度統一の効果は、すでに実効を示しております」
机に置かれた報告書には、盗難件数や暴動発生数の推移が克明に記されていた。数字の列は冷酷であるが、そこには人々の暮らしの安堵が透けて見える。
藤村は報告書を見つめ、ふと息を吐いた。
「一つの法で裁かれると人は怯える。だが同時に安心もする。誰にとっても裁きが同じであれば、不正は減る」
勝海舟が扇を閉じ、苦笑した。
「なるほどな。剣で人を縛るのは一時だが、法で人を縛れば百年続く。……わしらの時代では考えられなんだことだ」
榎本武揚は頷きながら補足した。
「統一とは軍艦の部品に似ていますな。規格が揃わねば修繕も補給もできぬ。法もまた規格だ。これで国家がひとつの船のように動けます」
藤村は小さく微笑み、心中で思った。
――剣も金も法も、すべては規格に収斂する。そこに初めて「国」という形が生まれるのだ。
―――
夕刻、法統一布告の式典が開かれた。金屏風の前に慶喜が立ち、朗々と読み上げる。
「台湾・朝鮮・内地、いずれも本日より一つの法に従う。これにより、我が国は真の意味で統一国家となる」
その声に合わせ、各地から派遣された官吏や学者が一斉に起立した。場内の空気は厳粛そのものであったが、その目には光があった。
陸奥が小声で藤村に囁いた。
「これで真の法治国家が完成した。君の財政と我らの法、二つが揃えば国家は盤石だ」
藤村は静かに頷いた。手に持つ勅書の余白に、思わず書きつけたい衝動を抑える。
――一つの国、一つの法。これが未来の背骨だ。
―――
夜、評定所を後にした藤村は、江戸城の石段を降りながら春の冷気を吸い込んだ。
石垣の上には月が淡く輝き、瓦屋根を銀に照らしていた。遠くからは町人たちの笑い声が微かに聞こえる。
その声に耳を澄ませながら、藤村は心の奥底で呟いた。
「法は冷たい。しかし冷たいからこそ、人の暮らしを守る。これで国はようやく、骨格を得たのだ」
夜風はまだ冷たいが、どこか澄んでいた。藤村の胸には、今日成し遂げられた「法制統一」が、国の未来を形作る確かな一歩として響いていた。
春浅い朝の江戸。藤村邸の一室で、慶篤が机に向かっていた。
彼の前には、厚さ数寸にも及ぶ教育要領の草稿が広がっている。
衛生・体操・簿記――三本柱の学科を軸に、台湾・朝鮮・内地のすべてに共通する「近代教育」の規格を仕上げる作業であった。
「殿、こちらの体操要領、朝鮮語訳が上がってまいりました」
書役が差し出した紙には、漢字に加え朝鮮文字が丁寧に併記されていた。慶篤は一枚ずつ目を通し、小さく頷いた。
「よし。体は言葉を選ばぬ。呼吸と動作が揃えば、どの国の子でも健康になれる」
その言葉に藤村は深い満足を覚えた。法の統一が「国の骨格」を与えたのなら、教育の統一は「国の血肉」を育てるものだ。
―――
数日後。台南の仮学校では、早くも教材が試験的に使われていた。
「いち、に、さん!」
竹の床を踏み鳴らし、子どもたちが声を揃える。小さな身体が腕を伸ばし、深い呼吸で胸を膨らませる。体操の号令は日本語で唱えられたが、通訳の教師が横に立ち、同じ動作を母語で指示する。子どもたちは楽しげに笑いながら真似をした。
見守る農夫の父親がつぶやく。
「戦の学問かと思っていたが……体を鍛えるのか」
教師は微笑んで答えた。
「健康があってこそ、学びも働きも実るのです」
父親は深く頷いた。幼い娘の頬が赤く色づき、跳ねるように動く姿を見れば、その言葉は胸に落ちた。
―――
一方、朝鮮の京畿では、寺子屋を改装した学び舎に新しい黒板が立てられた。
「読み、書き、そろばん」
教師が声を出すと、子どもたちが机の上の算盤をぱちぱちと鳴らす。その中で、一人の少年が手を止め、不安そうに呟いた。
「数字は難しい……」
その声に、隣の少女が微笑んで助け舟を出した。
「なら、私が教えるわ。三と五を合わせれば八でしょ」
周囲に笑いが起きた。競い合うのではなく、教え合う――その空気こそが新しい教育の芽であった。
視察に来ていた地方官僚は目を見張り、藤村宛の報告書に記した。
「子らの目に光が宿り、親もまた未来を信じ始めております」
―――
江戸では、慶篤が机に向かい、各地から届いた報告を順に読み上げていた。
「台湾では体操を通じて子どもたちの体力が向上。朝鮮では簿記の授業により、商人子弟が熱心に学んでおります」
報告を聞きながら、藤村は静かに目を閉じた。
「教育は武力よりも遅く、しかし確実に国を変える。数年後、十年後、この子らが成長した時、我らの築いた制度は真の意味で血肉となろう」
勝海舟が隣で笑い、扇を軽く振った。
「まったくだな。砲一門よりも子ども一人の方が、未来には重い。お前さんの道は遠回りに見えて、実は最短かもしれん」
その言葉に藤村は小さく微笑んだ。
―――
夕刻。藤村邸の庭では、兄弟がそれぞれの「芽」を伸ばしていた。
義信は縁側に腰を下ろし、分厚い辞書を膝にのせてページを繰る。
「フランス語で太陽はソレイユ。ドイツ語はゾンネ。英語はサン。……スペイン語はソル。イタリア語はソーレ」
まだ幼いのに舌は滑らかで、発音の癖もほとんどない。教育係が紙を取り落としそうになった。
「一度見ただけで……丸ごと覚えておられる……!」
さらに利息計算を出すと、義信はほんの一拍置いて答えた。
「千両、年利一割、五年複利で千六百一十両」
教育係は深く息を吐き、計算を照らし合わせて震える声を漏らした。
「正確……しかも複利を自在に扱っておられるとは」
幼い声に、周囲はただ沈黙した。
その隣で、久信は別の仕方で周囲を魅了していた。侍女や書役、下働きの若い衆が彼の周りに輪を作り、久信は一人ひとりの話に耳を傾ける。
「いつもありがとう」「手伝わせて」と自然に言葉がこぼれ、相手の肩にそっと手を置く。その柔らかな眼差しと声色に、誰もが表情を緩めた。
文字の練習では、久信はゆっくり丁寧に、「あ・め・り・か」「ろ・し・あ」と新しい地の名を書き付ける。出来映えは兄ほど鮮やかではない。だが書き上げるたび、周りの大人たちが「よくできた」と口々に褒めると、彼は恥ずかしそうに笑って「みんなのおかげ」と言った。
その一言で場が和む。久信のまわりに、灯のような輪ができる。彼には、学科の点数では測れない「人を結ぶ才」が確かに備わっていた。
縁側に出た篤姫とお吉が目を細める。
「義信は空を飛ぶ鳥のよう、久信は人をあたためる火のようですね」
藤村は二人を並べて見つめ、静かに頷いた。
「そうだ。知の翼と、人の和。どちらが欠けても国は前へ進めない。――この二つの力が、やがて一つの国を運ぶ」
春の夜気が柔らかに庭を渡り、障子に灯した光を揺らした。教育の灯は、江戸から台湾へ、朝鮮へとつながっている。それは「一つの国」の輪郭を、確かに描き始めていた。
翌朝、江戸城の評定所には、各地からの報告が集められていた。
慶篤は父・藤村の傍らで、束ねられた報告書を次々と開いていく。そこには台湾・朝鮮の学校での授業の様子や、現地官僚の反応が詳細に記されていた。
「台湾では、体操により子どもたちの体力が向上。朝鮮では簿記が商人子弟に受け入れられ、数字を扱う力が育っております」
若き声はよどみなく、各報告の要点を一文にまとめ上げていく。慶篤はすでに「教育の目利き」としての才を発揮していた。藤村はその姿を見守りながら、胸の内で――国の骨格を整えた法に続いて、血肉を育む教育を担うのはこの男だ、と確信していた。
―――
その頃、藤村邸の一室では義信が辞書を閉じ、さらりとラテン語の詩句を暗唱していた。
「Vita brevis, ars longa……」
教育係の福沢諭吉が、思わず扇を膝に置いて感嘆した。
「この歳で古典語まで……まさしく百年に一人の才だ」
義信は何でも一度見れば覚えてしまう。辞書を開けば数刻で丸暗記し、語学も次々と吸収する。藤村は息子の背を撫でながら、しかし誇らしさと同時に、早すぎる才が背負う重荷を思い、胸にひとしずくの不安も抱いた。
―――
一方、庭に出た久信は違う光を放っていた。木陰に集まった下働きや侍女の話を聞きながら、ひとつひとつ相槌を打ち、必要な時には「それなら、こうすればよい」と穏やかに助言をする。
誰も逆らわず、むしろ「若様がそう仰るなら」と素直に従う。久信には理屈を超えて人をまとめる「温かさの力」があった。
藤村は縁側からその姿を見つめた。兄が空高く翔ぶ鳥なら、弟は人々を温める火だ。その違いこそが尊く、国を支える両輪になると感じていた。
―――
夜。書院に集まった三人を前に、藤村はゆっくりと口を開いた。
「義信は知の翼で未来を拓け。久信は人の和で国を結べ。そして慶篤は、その二つを形にする“学びの舵”を取れ」
三人は真剣に父の声を聞き、それぞれの胸に新しい灯をともした。
春の夜風が障子を揺らし、庭の灯籠の火がほのかに瞬いた。教育という種は、江戸の屋敷から台湾へ、朝鮮へと芽吹き広がっていく。
それは「一つの国」の未来を描く輪郭を、ますます鮮明にしていった。
春の夜が深まり、藤村は一人書斎にこもっていた。机の上には、昼間慶篤がまとめた報告と、義信が暗記してしまった辞書の切れ端、そして久信が拙い文字で書きつけた「ありがとう」の紙片が並んでいる。
蝋燭の炎が揺れ、その光の中で三人の息遣いが思い出のように蘇った。
義信の鋭い記憶力、久信の人望、慶篤の着実な統率――それぞれが別々の方向を向いているようでいて、ひとつに集まれば「国を動かす力」になる。
藤村は帳簿の端に小さく書きつけた。
「才と和と学。その三つを継ぐ者が未来を築く」
筆を置いた時、ふと庭から風が入り、障子を揺らした。淡い月光が差し込み、墨痕に白い光を添える。まるで未来からの返事のように、言葉が確かに輝いた。
―――
その翌朝。
篤姫とお吉が並んで子どもたちを抱き、庭に出ていた。春の柔らかな陽射しの中、兄弟は小さな旗を振りながら駆け回る。慶篤は縁側に座り、次代の教材の草稿を開いている。
「義信様は知を広げ、久信様は人を結び、慶篤様は道を整える……」
お吉が呟くと、篤姫は静かに頷いた。
「ええ、三つの光が揃えば、この国の夜は決して暗くなりません」
藤村はその声を背に受けながら、心の奥で確信していた。
――国を守るのは剣だけではない。教育と人の和が、何より強い背骨になるのだ。
庭に響く笑い声が、未来を予感させる春の風に乗って、江戸の空へと広がっていった。
夜更けの藤村邸。障子を閉めた書斎には、まだ墨の匂いが残っていた。机の上には勅書、帳簿、草稿が山のように積まれている。だが藤村の視線は紙ではなく、灯明の先に広がる闇へと向いていた。
「剣で国は一瞬守れる。だが、未来を守るのは、才と和と学……」
小さく呟いたその言葉に、彼自身が深く頷いた。義信の異才は鋭い刃のように未来を切り開くだろう。久信の人望は炎のように人を集め、温めるだろう。そして慶篤は、規律と教育で土台を築き、国を持続させる背骨となる。
藤村は静かに筆を執り、余白に記した。
「灯は受け継がれる。灯を絶やすな」
―――
その頃、江戸の空にはまだ冬の名残の冷たい星が瞬いていた。庭に出た篤姫とお吉は、子どもたちを寝所へ運んだ後、しばし空を見上げていた。
「いつの日か、この子たちの力が一つになれば……」
お吉が呟くと、篤姫は微笑んで答えた。
「ええ。その時こそ、本当の国の姿が見えるでしょう」
二人の言葉は風に溶け、星々の間を渡っていった。
―――
翌朝、藤村は庭に立ち、白む東の空を仰いだ。
春浅い冷気が頬を刺すが、心は温かかった。遠い未来を見据えながら、彼は静かに呟いた。
「財政も、教育も、統治も……すべては次の世代のために。私の役目は、その道を整えること」
陽が昇り始めると、庭の草木が淡い光に照らされ、子どもたちが遊んだ跡の小さな足跡が浮かび上がった。未来へ続く印のように、確かにそこに残っていた。