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170話 :(1870年1月上旬/厳冬) 合邦詔

暦は明治三年の正月を迎えたが、朝鮮半島を覆う寒気はなお厳しく、凍りつくような風が王宮の甍を吹き抜けていた。雪はすでに屋根瓦に厚く積もり、松の枝を白く覆っている。京畿の都、漢城の正殿――奉天殿の前庭には、凍てつく大地を踏みしめる兵たちの足音が響き渡り、その奥で歴史的な式典が始まろうとしていた。


 「国王殿下、ご入御!」


 太鼓と銅鑼が一斉に打ち鳴らされ、緊張した空気が広間を包み込む。王冠を戴いた高宗が緋色の裳裾を引きながら玉座に進むと、文武百官が一斉に頭を垂れた。その左右には、日本から派遣された陸奥宗光、榎本武揚、西郷隆盛、坂本龍馬らが席を占め、厳しい面持ちで壇上を見守っていた。


 広間の正面に掲げられたのは、白地に赤い丸の日章旗と、青赤の太極を描いた朝鮮の旗。二つの旗が凍える空気の中で静かにはためき、これから両国の運命を結びつける瞬間を予兆していた。



 国王が玉座に着すると、侍従が封じられた詔書を恭しく捧げ持った。高宗は震える手で封を解き、張り詰めた声で朗々と読み上げた。


 「朕、天の命を奉じ、国の安寧を念じ、ここに日本国と合邦を結ぶことを布告す。王室の尊厳は存続され、旧官は年金を賜い、身分を保たしむ。以て民心を安んじ、国運を共に進めんとす――」


 言葉が響くたびに、広間の空気が震える。外では雪を踏みしめる民衆が固唾を呑んで耳を澄まし、士大夫の列席者も互いに顔を見合わせていた。反対を唱えた者も少なくはなかったが、今この場に集った者たちは皆、未来の行方を見極める覚悟を決めていた。


 詔書には、行政区を三府――京畿、嶺南、関西――に再編し、地方の自治と中央の統制を両立させる新体制が明記されていた。また、旧来の官僚には年金と名誉職を与え、「切り捨てるのではなく活用する」方針が示された。読み上げられるたびに、後列に控えた老臣たちが小さく安堵の吐息を漏らした。


 「これで我らの生活は守られる……」

 「身分を奪われることなく、次代を見届けられるのだな」


 その囁きは、失われかけた誇りを取り戻す安堵の声であった。



 壇上に立つ陸奥宗光が一歩進み出る。手にした眼鏡が蝋燭の火を受けて光り、声は低くも力強く響いた。


 「本日の合邦は、単なる征服にあらず。日本と朝鮮が対等に結び、共に近代国家の道を歩むための制度統合であります。制度の統合こそが真の統一――その理念が、ここに実現されました」


 彼の言葉に、広間の空気が少し和らいだ。西郷隆盛は静かに腕を組み、「官軍の背骨は規律だ。今日より朝鮮の兵もその一部となる」と短く告げる。龍馬は笑みを浮かべ、「港と商売が開かれりゃ、人はすぐに打ち解ける。経済が国をひとつにするぜよ」と独特の調子で付け加えた。


 榎本武揚は視線を外の雪景色に向け、「通信と港湾の整備が完了すれば、この国は東アジアの要石となる」と確信を込めた。



 式典が進むと、三府制の布告が具体的に読み上げられた。京畿府には中央直轄の政務と軍事を置き、嶺南府には商業と港湾管理、関西府には農業と鉱山開発を担わせる。各府には日本人と朝鮮人の混成官僚を配し、連合して統治を行う体制が設計された。


 その説明を聞いた士大夫層の一人が深々と頭を下げた。

 「我らにも役割と発言の場が残された。これならば我が国の伝統も生き続ける」


 広間に座した百官の表情に、ようやく緊張から解放された色が広がった。



 外の広場では、民衆が集まり詔書の布告を待っていた。雪をかぶった松の枝の下、白い息を吐きながら人々は固まっている。通訳官が壇上に立ち、国王の詔を朝鮮語で朗読すると、ざわめきが広がった。


 「年貢はそのまま据え置きだと……?」

 「官吏の身分も守られるらしい」

 「ならば恐れることはない。我らも生きていける」


 その声は安堵と希望を混ぜ合わせ、凍える空気を少しだけ温めた。



 やがて式典が終わり、外では太鼓と共に二つの旗が高く掲げられた。日章旗と太極旗が並び立ち、厳冬の風を受けて力強くはためく。その姿を見上げた人々の胸に、「二つの国が一つになった」という実感がじわじわと広がっていった。


 榎本は吐息を白くしながら呟いた。

 「この瞬間、我らは重い責任を背負った。だが同時に、大きな力を手に入れた」


 西郷は短く頷き、龍馬は「これでまた一歩、東アジアがひとつに近づいたぜよ」と目を細めた。



 一方その頃、東京。江戸城を改めた皇居の一室で、藤村晴人は電信紙を手にしていた。紙面には簡潔な報告が並んでいる。


 《朝鮮合邦詔布告 無事完了 制度統合移行順調》


 藤村はしばし目を閉じ、机上の地図に視線を落とした。日本列島から朝鮮半島、そして台湾へ――赤い線が三つの地域を結んでいる。


 「これで基盤は整った。次は、この結び目を強固にせねばならぬ」


 彼の呟きに、傍らにいた渋沢栄一が静かに頷いた。

 「財政も制度も、いまや一本の幹でございます。枝葉を広げるのはこれからですな」


 窓の外には雪が舞い落ちていた。冷たい風にさらされながらも、国は一つの木として根を張り始めている――藤村はそう確信した。

奉天殿での詔布告から数日後、朝鮮の都・漢城の街角には早くも変化が芽生えていた。かつては清朝式の文言と慣習で埋め尽くされていた官庁の看板に、新たな掲示板が取り付けられている。「電信局」「港務所」「警保庁」「学務課」「関税署」――いずれも日本国内と同じ名称と規格に統一された役所の看板だった。


 役人たちはまだ新しい言葉に舌をもつれさせていたが、机の上に整えられた帳簿や書類は以前よりもすっきりと整理され、誰が見ても一目で分かるようになっていた。


 「これは……名前と印をここに書けばよいのか?」

 役所にやってきた町人が、不安げに書記に尋ねる。


 「はい、これで完了です。印紙をここに貼れば正式な手続きになります」


 書記は日本人事務官と並んで机を挟み、素早く印紙を取り出した。赤い刻印が鮮やかに押されると、町人の顔はほっと緩んだ。


 「……これまでのように三度も役所を回らずとも済むとは」


 彼の驚きは、周囲にいた他の住民たちにも伝わり、ざわめきと笑い声が広がった。


―――


 教育現場でも改革は動き出していた。城下の学堂では、これまで孔子の経典を諳んじるのが主だった授業に、算術と衛生の講義が加わった。子どもたちが声を揃えて数を数える。


 「いち、に、さん、し……!」


 その日本語の響きに、教室の隅で控えていた士大夫出身の教師が苦笑しながらも誇らしげに頷いた。


 「これで商いにも記録にも役立ちますな。儒の教えを捨てずに、新しきを取り入れるのは……悪くない」


―――


 港湾では、関税統一の初日が始まっていた。仁川の岸壁に停泊した船から荷が降ろされ、商人たちが行列を作って関税所に並ぶ。


 「次の方、印紙をここに」


 日本式の通関票に印紙を貼り、簡単な検査を受けると、ものの数分で通関が終わった。これまで半日以上もかかっていた手続きが瞬く間に済み、商人たちは口々に驚きを漏らした。


 「本当にこれで終わりか?」

 「はい、証票はこちらです。港での積み出しもすぐに可能です」


 簡潔なやり取りに、外国商人も頷きながら荷を受け取り、

 「便利な港だ。取引が増えるぞ」と英語混じりに口にした。


―――


 その頃、王宮の一室では、陸奥宗光が士大夫たちに向かって説明を続けていた。机の上には制度統合の詳細を記した図面が広げられている。


 「電信は江戸から釜山まで一本の線で繋ぎます。港務は仁川・釜山・元山の三港に窓口を置き、給炭・修繕・検疫を同時に行える体制です。警保は混成部隊を組み、教育と関税も日本式に整える」


 士大夫の一人が口を挟んだ。

 「余りに早い変化では混乱を招きましょう」


 陸奥は穏やかな笑みを浮かべた。

 「だから漸進です。制度は一夜で生まれず、日に日に馴染んでいく。今日体験した町人の笑みこそ、明日の安定を約束します」


―――


 夕刻、雪に包まれた街を歩くと、人々の口から自然に「手続きが簡単になった」「病人を隔てる方法を教わった」「子どもが算術を覚えた」との声が漏れていた。


 それは詔書で示された理念が、机上の文言ではなく実際の生活へと浸透していく証であった。


―――


 一方、東京。藤村の机の上にも電信紙が届いていた。


 《電信・港務・警保・教育・関税 制度統合実施 住民反応良好》


 藤村はその報を読み、静かに目を閉じた。

 「統一とは旗を掲げることではない。制度を通して人の暮らしを一つにすること……」


 彼の言葉は雪解けの水のように、胸の奥に温かさを広げていった。

仁川の海は厳冬の風に荒れ、灰色の雲が低く垂れ込めていた。だが、岸壁には朝早くから人と船と荷が集まり、港全体がざわめいていた。新たに設置された給炭・修繕・検疫の三位一体窓口が、この日から本格稼働する。


 「次の船、入港申告!」

 声を張り上げる港務役人の背後で、黒々とした石炭の山が並んでいる。炭車に積まれた石炭は、コンベア式の滑り台で艦船の艙に次々と投げ込まれ、煤煙が冬空に舞った。


 「給炭速度、時速十五トン!」

 監督役が報告すると、外国商人が目を見張った。

 「これまでの朝鮮の港で、こんな速度を見たことはない……」


―――


 給炭と同時に、修繕所の槌音が港内に響いていた。鉄槌で鋲を打ち、錆びた板を剥がし、新しい鉄板を嵌め込む音が重なり合う。日本の職工に混じって朝鮮の職人も槌を振るっており、互いに言葉を交わさずとも手の動きで意思疎通を図っていた。


 「工具を渡せ!」

 「ここを持て、押さえろ!」


 汗をかく彼らの顔に、奇妙な高揚感が漂っていた。故障を抱えた船が修繕を受け、短時間で再び海に出る光景は、これまでの港では考えられなかった。


―――


 一方、検疫所では白衣を着た軍医と通訳が忙しく立ち回っていた。船から降りる乗客に体温計を当て、咳をする者は別室に案内される。


 「水は煮て飲むように」

 「はい、こちらに印を受ければ上陸許可です」


 短いやり取りが繰り返されるだけで、混乱はなかった。衛生証明を受けた商人が安堵の表情で岸に降りると、後ろから続く者たちも列を乱さずに進んだ。


―――


 坂本龍馬はその光景を港の高台から見下ろしていた。分厚い外套を羽織り、寒風に頬を赤くしながらも、彼の目は輝いていた。


 「港が変われば、商いも変わる。給炭も修繕も検疫も、ここで全部済ませられる。……こりゃ、世界に誇れる港になるぜよ」


 隣に立つ陸奥宗光は頷き、冷静に言葉を補った。

 「一箇所で全てが整う“ワンストップ”体制は、交易の安定に直結します。これで朝鮮は東アジア貿易の要となる」


 龍馬は腕を組み、にやりと笑った。

 「儲けは後からついてくる。まずは人が安心して船を寄せられることが肝心じゃ」


―――


 夕刻、外国商人たちが集まり、英語や漢語が飛び交った。

 「手続きが簡単になった」

 「待ち時間が短い。次の航路も仁川に寄港させよう」


 複数の国の旗を掲げた船が港に並び、その甲板からは荷が降ろされ、同時に新たな荷が積み込まれていく。港務所の掲示板には「給炭・修繕・検疫、全て本日完了」と大書され、職人たちは胸を張ってそれを見上げていた。


―――


 東京・皇居の執務室にも、仁川港からの電信が届いた。藤村晴人は報告書を読み取りながら、感慨深げに呟いた。


 「港が開かれることで、人も物も思想も流れ込む。閉じられた国はやがて滅びるが、開かれた港は国を生かす。……仁川が変われば、半島全体が変わるだろう」


 窓の外には、雪がちらちらと舞い落ちていた。厳冬の東京と厳冬の漢城。遠く隔たっていても、一本の電信線と、一つの港湾改革が、それらを確かに結びつけていた。

雪の降りしきる京畿の郡校。その木造の講堂には、息を白くしながら集まった子どもたちの声が響いていた。かつて儒教経典を唱和する場であった場所は、いまや新しい学びの場に変わりつつあった。黒板代わりに塗り直された板壁には「一、二、三」の文字が大きく書かれ、子どもたちは声を揃えて読み上げていた。


 「いち、に、さん!」

 「し、ご、ろく!」


 まだ発音はたどたどしい。だが、その声には明るい未来への希望が込められていた。


―――


 この教育改革を主導したのは、江戸から派遣された若き監修者・徳川慶篤である。文机の上に広げられた教材は、彼が日本で監修し印刷させたものだ。表紙には「体操・簿記・衛生」と墨で太く書かれ、従来の四書五経には見られぬ実用的知識が並んでいた。


 講堂の正面で、慶篤自らが声を張り上げる。

 「人の体を鍛えるは国を鍛えること。数を数えるは商いを整えること。手を洗うは命を守ること――これらが新しい学びの柱です!」


 その言葉に、後列に座る朝鮮人教師たちが真剣に耳を傾け、必死にノートへ書き写した。


―――


 体操の時間になると、寒さで固まった子どもたちが一斉に立ち上がり、白い息を吐きながら掛け声を合わせる。


 「いち、に! いち、に!」


 両手を大きく振り、屈伸を繰り返す姿はぎこちないが、笑い声が溢れ、冷えた講堂の空気が徐々に温まっていった。慶篤は一人ひとりの動きを見守りながら頷いた。


 「そうだ、その調子だ。身体が強ければ、病にも負けない」


―――


 続いて簿記の授業。竹製の算盤が机の上に並び、子どもたちが珠をはじいていた。


 「一足の草鞋がいくら、三足ではいくらになる?」


 問いかけに、子どもたちの指が一斉に走り、答えを声に出す。

 「六文です!」


 机の後ろで見守る親たちが小さく拍手をし、顔を見合わせて笑った。

 「これで我が子も商売ができるようになる」

 「読み書きだけでなく、算術も学べるとは……」


―――


 最後は衛生の講義だ。壁には色鮮やかな絵が貼られている。「水を煮よ」「病人は隔てよ」「手を洗え」。子どもたちはその絵を指差しながら声に出し、教師が実演して見せる。


 「手を洗ったら、この布で拭くのだ」


 子どもが真似をすると、見守っていた母親が感心したように頷いた。

 「日本の先生方は、病を防ぐ方法を教えてくださる……」


―――


 慶篤は授業を終えると、講堂の外に出た。雪に覆われた校庭には、子どもたちが小さな足跡を無数に残しながら遊んでいた。その声を聞きながら、彼は深く息を吸った。


 「教育とは、未来を耕す鍬だ。ここから十年先、この子らが国を支える」


 傍らで通訳を務めていた青年が微笑んだ。

 「殿下、この学びを広げれば、我らの国もきっと変わります」


 慶篤はその言葉に静かに頷いた。雪原に響く子どもたちの声は、凍える空気の中に確かに春を告げる予兆となっていた。

雪は一日中降り続き、漢城の空を白く覆っていた。正殿で布告された合邦詔はすでに城内外に伝えられ、街角の布告板には新しい紙が張り出されている。そこには大きく「合邦」の二字があり、その下に新たな行政区の三府制、制度統合の詳細、そして王と国王の署名が並んでいた。


 広場に集まった人々は、寒風に肩をすくめながらも一枚の紙を食い入るように見つめていた。子どもが父の手を引きながら字を指でなぞる。

 「これが、にっぽんの字か……?」

 父は息を白くしながら頷き、

 「そうだ。だが、これからは我らの暮らしとも結びつく」

と呟いた。


 布告板の前に立った士大夫の老人は、しばし目を閉じてから小さく呟いた。

 「王室は残された。身分も保たれる。……ならば、受け入れるしかあるまい」


 その声を聞いた若い商人は笑みを浮かべた。

 「いや、悪いことばかりではない。手続きは簡単になり、港は開かれる。商売がしやすくなるのだ」


―――


 正殿の奥では、国王が太極旗の前に立ち、玉璽を押した詔書を高く掲げていた。その横に陸奥宗光、西郷隆盛、榎本武揚、坂本龍馬ら日本の代表が並び、深く一礼する。


 陸奥が静かに言葉を添えた。

 「これにて、制度の統合が始まります。合邦は旗を立てることではなく、人々の暮らしを一つに整えること。今日の合意はその第一歩です」


 西郷は短く、しかし重みのある声で言った。

 「武で得たものは長く続かぬ。だが法と生活の統一は、百年を支える」


 龍馬が笑いながら言葉を継いだ。

 「港が動き、商いが広がれば、人の心は自然とひとつになる。今日の雪も、春には解けて川になるぜよ」


 榎本は深く頷き、

 「通信と港湾を通じて、この国は大陸と海を結ぶ要石になる」

と確信を込めて語った。


―――


 広場の太鼓が鳴り響き、日章旗と太極旗が同時に掲げられた。二つの旗が厳冬の風を受けて高くはためき、白い雪の空に映えた。その光景を見上げた民衆は、思わず息を呑み、やがて「万歳!」の声がどこからともなく上がった。


 「合邦だ……我らはこれから一つになるのだ」

 「子や孫の代には、もっと違う世が来るだろう」


 民衆の声が重なり合い、雪の空に響き渡った。


―――


 一方、東京の皇居。藤村晴人の執務室にも電信が届いていた。


 《朝鮮合邦詔布告 無事完了 制度統合順調》


 藤村は紙を広げ、しばし無言で見つめた。机上の地図には、日本列島から朝鮮半島、台湾へと赤い線が引かれている。その線が、今や現実のものとして結びついたのだ。


 「九十日前は未知の地であった台湾、そしてこの朝鮮……。だが、いまや我らの国の一部となった。――だが、これは終わりではない。始まりだ」


 窓の外には東京の雪がしんしんと降り積もり、街の屋根を白く染めていた。冷たい雪の下で、新しい日本の芽が確かに育っている。


 藤村は報告紙の余白に小さく書き留めた。

 「一つの国、多様な文化――理想はここにある」


―――


 その夜、東京の藤村邸。庭で義信と久信が小さな日章旗を握り、寒風に負けじと振っていた。


 「たいわんも、ちょうせんも、おとうさまのくに!」


 まだ幼い声が雪空に響き、篤姫とお吉が微笑みながら見守っていた。藤村は縁側に立ち、子どもたちの姿を静かに見つめた。胸の奥にこみ上げるものを、そっと息と共に吐き出した。


 「そうだ。だが守るべきは国土ではなく、人の心と暮らしだ」


 雪は舞い続けていた。だが、子どもたちの声と二つの旗のはためきは、その寒さを確かに和らげていた。

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