クラスペディアのイヤリング③
名前を聞いていなかったとヴィオラは女の子に名前を尋ねた。女の子は「私はフィオレだよ!」と先程まで落ち込んでいたのが嘘のように明るく答えてくれた。
フィオレを沸かした風呂に入れ、その間にびしょ濡れの服を洗濯するとヴィオラはクローゼットの中からフィオレが着られそうな服を探した。しかしどの服もこれまで自分が縫ってきた今の自分用ばかりで、自分の小さい頃の服など仕舞っていなかった。どれも実家に置いてきたか或いはもうこの世に存在していないか。
「この天気だし……服が乾くのは時間がかかりそうだものねぇ……」
仕方無い、とヴィオラは着古した……と言ってもまだまだ着れそうなワンピースに目をつける。裁縫箱からハサミを取り出すとザクザク容赦なくワンピースの裾を断っていく。切ったところからほつれないよう、あっという間に縫ってしまった。おまけに可愛らしいレースを付けて、襟ぐりを調整すれば子ども用のワンピースの完成だ。
「!ねぇもしかしてそれ私が着るの?」
「そうよフィオレちゃん。子ども用の服が無かったから、私の服をちょこっと改造させてもらったわ」
「おねーさんが作ったの?風呂に行ってる間に?」
「えぇ、裁縫は趣味なの」
「すごーい!こんなに早く作れちゃうなんて!」
風呂から上がってタオルを巻いたフィオレはワンピースを受け取ると脱衣場の方に戻っていった。フィオレの赤毛に黄色い花のようなワンピースはよく似合った。まるで彼女が一輪の花のようだ。素朴だが可憐で、野原で風にそよぐ姿が似合う……。
「……ねぇフィオレちゃん、ちょっと私の庭園を見ていかない?」
「ていえん?」
「花がたくさん咲いてる自慢の庭なの」
おいで、とヴィオラはフィオレの手を引いてガーデニングハウスに向かった。扉を開けるとそこは花が生い茂る、プライベートルームやアトリエとは全く別の世界だった。部屋中に置かれた机には鉢植えが飾られ、床には花壇が設置されている。その全てで、花が咲いていた。ガラス張りの屋根と壁に囲まれており、外の森の様子もよく見える。雨は少し弱まって、もう少しで止むだろうと思われた。ポツポツとガラスの屋根に雨が当たる音はまるで鉄琴の演奏のよう。
「わぁ〜!これもおねーさんのしゅみ?」
「そうね……これも仕事の一つかな」
「しごとなの?」
「そうよ。植物を使った魔宝飾は基本的には採取になるんだけど、私はいつでも自分の使いたい植物を使えるように育てているの。……それでね」
ヴィオラは外用のサンダルを履いて、一つの鉢植えをフィオレの前まで持ってきた。ほっそりとした今にも折れてしまいそうな茎の先端に、黄色くてまん丸の小さな花がくっついている。
「なぁにこれ」
「クラスペディアっていうお花よ。これが今回貴女のために作る魔宝飾の材料」
「!これが?」
ヴィオラの言葉にフィオレはじっとクラスペディアを観察した。花の部分は指先ほどしか無く本当に小さい。いくつもの粒のような花が集まってできていた。
「なんでこのお花なの?」
「クラスペディアの花言葉は『心の扉を叩く』……。今のリンちゃんはきっと心の扉を貴女に閉ざしている状態。だからこのクラスペディアが、リンちゃんの心の扉を叩いてくれはずよ」
コンコン、とヴィオラは軽く握った拳でフィオレの胸をそっと叩いた。
「もちろん、魔宝飾にできるのはそこまで。仲直りできるかどうかは、フィオレちゃんにかかってるの。魔宝飾はお手伝いをしてくれるだけなのよ」
「……そうなんだ」
必ずしも仲直りが成功するわけではないと知ったフィオレは落ち込んでしまった。シュンと萎れた花のようになったフィオレにヴィオラは微笑みかけた。
「心配しないで。持ち主を守るように魔宝飾に願いと魔法を込めるのも、魔宝飾技師なの。貴女の仲直りが上手くいくように祈っているわ」
雨は止んで、空には二重の虹の橋が架かっていた。
❋❋
フィオレを家まで送り届け、ヴィオラは事の経緯を両親に話した。そしてどうかフィオレを叱らないでほしいとも。ありったけの勇気を振り絞った結果であって、決して悪いことをしようとしたわけではないのだと。フィオレの両親はひとまず理解を示してくれ、魔宝飾の購入に関しても頷いた。
「……まさかアンタがお友達との関係でお困りの女の子に協力するなんてな」
「何よ、何が言いたいのバトラ」
フィオレが帰った後、早速魔宝飾作りをしているヴィオラを一人の青年が体を壁に寄せて見つめていた。青年はインディゴ色の髪を束ね、右目の下には孔雀の羽の中でもよく目立つ目玉の模様が刻まれていた。わざとダメージ加工の施された服を着て、どこか社会から弾かれたような印象を受ける。
「よりによって、アンタがこの問題を受けるのが意外だってことよ」
「私は魔宝飾技師よ。お客さんを喜ばせるのが私の仕事だもの」
「……あっそ、」
ふん、と青年はツンケンした態度を取ると孔雀の姿に戻ってしまった。
グッドハーブニン((((如月霜子です!今回もお読み下さりありがとうございます!
やっとタイトル回収できましたね。クラスペディアの登場です。一年間追いかけたアニメのモチーフの一つとして登場したクラスペディアは思い出深い花です。地元の花屋さんではどうも見かけなくて、川崎に引っ越してから駅ナカの花屋でやっと見かけたときは思わず「おぉ!」と声を上げてしまいました。本物のクラスペディアを見たのはそれきりですが、今度は買いたいなぁと思います。
では今回はこれにて!それでまた明日!