【245】少佐、事態収拾方法を考える
成人男性二名(うち一名はおかしな装備を身につけている)を引きずりながら後ろ向きに走っていると、後方のリトミシュル上級大将閣下から、
「クローヴィス、身を低くしろ!」
指令が飛んだので、わたしは二人の足首から手を離し、敵方向から視線を逸らさぬよう腹ばいになる。
身を低くする途中で腰の拳銃を抜き手に持ち構え、前方に注意を向ける。
普通ならここで助けた人質が走り出す可能性を警戒しなくてはならないのだが(パニック状態で指示が聞こえず、危険から早く遠ざかろうと走り出すのはよくあること)お二人は慣れているのか、それとも落下により負傷しているのかは分からないが、動く気配はなかった。
念のため拳銃を構えていたわたしですが、援護する必要もなく、多勢に無勢で我々が勝利した。
<久しぶりだな、ジャン。新生ルース帝国会議以来だな>
馬から降りて両手を頭の後に回し、膝をつき降伏のポーズを取っているイワンをアディフィン兵が取り囲み、リトミシュル上級大将閣下が話し掛けている。
どうもわたしがほとんど分からないノーセロート語のようだ。
何処で判断したのかって? イワンのことをジャンと言っているところで判断しました。ノーセロートでイワンはジャンです。閣下のお名前にもヨハンがあるので、それだけは覚えているのです。
まあ、イワンは固有名詞なのでイワンって発音するのが普通なのですが、敢えてジャンと読みかえて挑発している模様。
<リトミシュル! 貴様!>
なんで独自言語を持つルース貴族とアディフィン貴族がノーセロート語で喋ってるのかな? という疑問はありますが、わたしたちは捕縛できた輩を見張ったり、死体から情報を集めたり、馬を回収したりとしなくてはならないことがあるので聞けない ―― 仕事がなかったとしても、聞くことはできないのですけどね。
わたしはその集団から離れ、シャルルさんの方へ。
落馬したシャルルさんが怪我をしていないかどうかを、医学の心得があるリドホルム男爵が診察している。
シャルルさんの元へとやってきたわたしに、
「打ち身は仕方ありませんが、骨が折れた箇所はないようです。殿下は受け身が非常にお上手です」
「受け身くらいは取れないとな」
とりあえず大きな怪我はしていないという診察結果をもらった。
リドホルム男爵は、
【アントンのところのジークか。外すの手伝え】
【フォルクヴァルツ閣下。痛むところなどはございませんか?】
【ない!】
装備を外すのを手伝えとリースフェルトさんに命じている馬鹿な方の閣下の片割れと、シャルルさんが呼んでいた人の方へと向かった。
「助けに来て下さり、ありがとうございます」
シャルルさんからお礼を言われたが、礼を言われるようなものではないのです。気にしないでいただきたい!
「ご無事でなによりです」
「あのー……一応お尋ねしますが、閣下のご許可は取られて?」
「その閣下はリリエンタール閣下のことでしょうか?」
「はい」
「取ってません。きっとキース閣下が連絡を入れてくれた筈です」
「そ、そうですか……あのですね、妃殿下」
シャルルさんが「同じことがあった場合、助けに来ないで欲しい」と言い出しそう ―― 察しの悪いわたしでも何となく察することが出来る。
だが! そんなこと聞かないのがわたしの流儀であり信条。
「シャルル殿下には、閣下が幸せになったかどうかを確認するという義務がありますので。その義務を果たしていただくためにも……これからもよろしく」
誘拐されないよう、最大限わたしが努力する所存です。
シャルルさんは呆気にとられたような表情から、徐々に笑顔へとかわり、
「義務ですか」
「はい、義務です」
伸びた髪をかき上げる。
「妃殿下からの与えられた義務となれば、このベルナルド謹んでお受けするしかできませんな……これからもよろしくお願いいたします」
ええ、末永くよろしくお願いいたします。
わたしが握手しましょうと手を出すと、髪をかき上げた手で頭をかき、その反対の手を差し出してきた。
わたしはぎゅっと手を握る。
本当に済みません、シャルルさん。
シャルルさんに関してはアブスブルゴル皇女による貞操の危険しかないと思っていたので、アブスブルゴル皇女がいないロスカネフ国内に居るときは大丈夫だと判断しておりました。
やっぱり思い込みは良くないね。しっかりと情報を集め、状況判断しないと。
シャルルさんと握手をしながら、わたしは気を引き締めた。
「ところでシャルルさん。あちらの方は」
握手を解き ―― 派手に落下してきた人物について尋ねた。
リドホルム男爵はリースフェルトさんの手により、やっと装置が外れたその人を診察している。
「先ほども申しましたが、馬鹿の片割れ閣下こと、神聖帝国外務大臣フォルクヴァルツ選帝侯アウグストです」
ええ、まあ、わたしもお顔を拝見したところで、その御方なのは分かったのですが、四十歳の外務大臣閣下が異国の草原で、唐突に落下してくるとか理解が追いつかなくて、ついつい確認してしまったのです。
あの光景は記憶が戻って「スチル!」と気付いた時以上の衝撃でしたよ!
リトミシュル上級大将閣下やシャルルさん、そして装備を外すのを手伝っているリースフェルトさん、他部下に指示を出しているプラシュマ大佐が動じていないところを見ると、珍しいことじゃないのかもしれませんが……。
なにかよく分からない装置を無事外されたフォルクヴァルツ閣下は、リースフェルトさん、リドホルム男爵とともにこちらへとやって来た。
【シャルル、元気そうでなによりだ】
「あなたが突っ込んできたせいで落馬して、あちらこちらが痛みます。それとアウグスト、クローヴィス殿下の御前ですよ、ご許可があるまで弁えなさい」
わたしのことをフォルクヴァルツ閣下に紹介? して下さった。
あのーシャルルさん、御前もなにもないのですが。
「ああ、そうだったな」
そこから少しの間、空白の時間が。風が草原を駆け抜け、草が揺れる音だけが…………なにこの沈黙。
リースフェルトさんが笑いながらわたしに近づき耳元で、
「少佐はフォルクヴァルツ閣下よりも貴族としての序列が高いので、フォルクヴァルツ閣下に挨拶の許可を与えてください」
そのように教えて下さったのだが……わたしってまだ庶民だよね? 閣下と結婚したあとは貴族になるかも知れないが、いまのわたしは純然たる平民ですよ。
履歴書に「平民」って記入してるくらい平民なんです。よって選帝侯閣下から許可をもらってわたしが挨拶じゃないのですかね?
「少佐がなにを考えているのかは分かりますが、ここは閣下の仲間内の序列ということで納得してください」
「仲間内の序列……」
「はい。事情を知っている者たちの中では、少佐の序列は閣下に次ぐものですので」
ひぃぃ。貴族業界の序列がどんなものか知らないけど、わたしはあり得もしない高位に序列されているらしい。
だがグダグダ言っても始まらないので、
「分かったジーク。挨拶をしてもいいと伝えてくれ」
リースフェルトさんを介して自己紹介を。
「直接喋っても通じますよ。フォルクヴァルツ閣下はロスカネフ語もご堪能なので」
何故? いや、外務大臣だから語学に堪能なのかも……?
「そうなのか。では改めて……名前をお聞かせいただけますか」
「わたくしのロスカネフ語が火を吹く日がやっときたぜ! わたくしの名はフォルクヴァルツ選帝侯アウグスト。見ての通り顔色悪く、目の下のくまも常備だが、健康状態はすこぶるよい。ヴィルヘルムは”どう見ても阿片吸ってそうな顔”と言っているだろうが、阿片に手を出したことはない」
不健康そうなお顔だちに、不健康さを増す笑みを浮かべてフォルクヴァルツ閣下はロスカネフ語で名乗ってくださった。
うん、フォルクヴァルツ閣下って、見た目がもの凄く不健康そうなのだ。
黒髪でヘイゼルの瞳で、肌の色が不健康にしか見えない青白さがあり、御本人がいった通り目の下にくまがある。
でもさ、よくよく見ると体格とか普通の男性以上。むしろがっしりしている。
初見ではひ弱そうに見えますが、実際はそんなことない! 儚い詐欺で眼力を鍛えてきたわたしには分かる!
「ご挨拶ありがとうございます。小官はイヴ・クローヴィスと申し……動くなあ!」
向こう側から何者かが来たのが見えたので、叫びライフルを構えてすぐに彼らの足下目がけて撃つ。
「ロスカネフ軍と共同作戦を張っているとは存じませんでした。申し訳ございません」
頭を下げているのは神聖帝国軍の兵士。
いきなり現れたのはフォルクヴァルツ閣下の部下たちだった。
よくよく見なくても、あちらこちら怪我をしている彼らは、フォルクヴァルツ閣下と同じ装置を身につけ飛んできたのだそうです。ただ飛距離が伸びず、すぐに墜落。そんな彼らを置き去りにして、フォルクヴァルツ閣下は飛行を続け「閣下に遅れを取るな!」と、全員急いで装置を外し、必死に走って追いかけてきたとのこと。
大変ですね、神聖帝国の皆さん……
わたしが聞いた大砲の音ですが、彼らは武装蒸気船でやって来て、船に残った兵が「リトミシュル閣下! フォルクヴァルツ閣下がそちらへ向かいました!」と伝えるために撃ったそうで、このお二方の間……いや、このお二方の部下の間では大砲で「我らの閣下がそっちに行きましたー! 多分!」と連絡を入れるのはいつものことなのだそうです。
大変ですね、神聖帝国とアディフィンの皆さん……
外すのに非常に苦労するあの装置ですが、空を飛ぶためのものなのだそうで、ある程度は成功しているとのこと。
何でこの場で……と思ったが、聞く筋合いのものでもないので、黙っていることにした。仕事あるしね!
死体やらフォルクヴァルツ閣下の装置やらを回収していると、イワンが激昂して立ち上がろうとした……ところを、兵士に後ろから蹴られて地面に無様に倒れた。
イワンを激昂させたのはお二方のようです。なんでもあのお二方は、相手を激昂させて口を割らせるのが大得意なのだそうで。
そうこうしているうちにイワンの声が大きくなり ―― お二方の声も大きくなる。
<わたしがアントンより、劣っているというのか!>
<誰の目にも明らかだろう>
<お前が勝っているところなんぞない>
ノーセロート語のままなので、何を話しているのか、やはりよく分からない。
そう思っていたら、シャルルさんが通訳して下さった。
<お前のルース貴族として一番悪いところは、ロスカネフ語を覚えようとしなかったことだな>
<ロスカネフ語をマスターしていたら、皇太子候補レースは少しは変わったかもしれないが……まあ無理だけどな>
ロスカネフ語ですか?
自分で使っている言葉ですが、世界的に見るとマイナー言語の一つでしかありませんが、それがルース皇太子レースにどのように関係するのですか?
<アントンは皇太子に定められてすぐに、ルース皇后の母国語を覚えた。ルースの名門貴族のお前なら、ルース宮廷の序列は他国とは違い、皇太后のほうが上であることは知っているはずだ>
我が国を含むルース以外の国の女性王族(皇族)の序列は王妃、王太后、王女……なのだが、ルースだけは皇太后、皇后、皇女という順になる。
だから、なかった未来だが閣下がルース皇帝を継ぎ、我が国の王女だった皇后が生きていたら、女性皇族の序列は皇太后が最上位となる ―― それは教養の本に書かれていたので覚えている。
<アントンはあんな性格だが、敬意を払うべき相手には敬意を払う。だからこそ、アントンはあんな性格ながら敬意を払われる>
<対してお前はどうだ? イワン。お前は他人に敬意を払えないのに、自分に敬意を払えと言ってばかりだ。そういうところ、お前の親父にそっくりだ>
<嫌っていた人間にそっくりってどういう気持ちだ>
父親にそっくり……と言われたところで、なんか言葉にならない怒りの咆吼みたいなのを上げ、
<貴様! 決闘を申し込む>
拘束していなかった手を動かしたかと思うと手袋を脱ぎ……おそらくお二方のどちらかの足下に投げつけるつもりだったと思うのだが、後方に立っていた部下が「元の姿勢に戻れ」と殴ったところ、イワンは薄汚れている自らの手袋を大暴投し ―― くすんだ金髪とブルーグレーの瞳を持つ若い海軍士官・クロムウェル公爵のつるつるな頬にぶち当たった。
『き、貴様! 許さんぞ! 決闘、受けてたつ!』
名門大貴族の若き坊ちゃん当主も怒り、自分の手袋を脱ぐとイワンに近づき、足下に叩きつけた。クロムウェル公爵は怒り狂っても、貴族の決闘作法を間違わない由緒正しい貴族の坊ちゃん……なのはいいが、二人とも「今すぐ勝負だ!」と叫び出す。
「これだから、貴族って困る……」
「同感です、隊長」
貴族ってプライド重視の生き物だから、ここで引くはずないよな。ここで引いたら貴族じゃないしさ……どうしようかなあ。




