【241】少佐、権力を目の当たりにする
わたしが率いるシャルルさん・リースフェルトさん奪還部隊は、西南へと向けてひた走り、混乱の最中にあるフォルズベーグを抜けアディフィン王国の縁、共産連邦との国境沿いを爆走している。
さて奪還部隊だが、司令官はわたし。
国外で軍事活動を行う部隊の女性指揮官誕生ということで、同期や先輩や後輩の女性士官から「でかした!」と褒められた。
女性指揮官の実績を作ることができたわけだが、成功させないと後が続かないし、なにより絶対成功させる! その自信があるからこそ、キース中将に自分から売り込んだのだから、ここで人質を奪還できませんでしたで帰れるか!
奪還部隊の中核、作戦行動を取る部隊はネクルチェンコ中尉を含む、ネクルチェンコ隊の半数 ―― 二十五名中十名はわたしの事情を知っている者たち。
ほら、わたしが額からぶしゅー! って血を吹き出した時に、閣下が伴われていたのもヒースコート准将の部隊だったことからも分かるように、ネクルチェンコ隊は前線司令官が長かったヒースコート准将についていた者たちで構成されているので、親衛隊の中ではもっとも国外での作戦行動に慣れている。
親衛隊を割くの?
ええ、なにせ国内には自由が利く職業軍人の余剰などないので。
まさか奪還作戦のような専門的な任務に、徴兵を連れていくわけにも行きませんので、精鋭である親衛隊から選ぶしかないのです。
ネクルチェンコ隊の残り半数は「わたしたちになにかあった場合の救出部隊」ということで ―― なんにもありませんけどね! 無事全員で帰国しますけどね!
作戦を遂行するわたしと隊員たち以外に、蒸気機関車を動かす者たちや、その他が用意され ―― 車両は三両編成になった。
ほぼ休みなく蒸気機関車を走らせるので、三交代の人員が用意された。
国内の路線はさらに減らされるようですが……不自由をかけるが、我慢してくれ。大戦を阻止するために……。
その他の人たちなのですが、これが大変な面子に。
まずはリドホルム男爵がロヴネル准尉としてついてきた。
これは予測しておりました。またロヴネル准尉が伴う五名が、わたしたちの身の回りのことをしてくれる。
ここまではまあいいのですが……キース中将はここから、凄まじいのを次々と投入してきた。
まずはわたしの動きについていけるようにと、オディロン・レアンドル。
親衛隊隊員たちの表情は引きつっておりましたが、閣下が洗脳したとかなんとかで、わたしの靴の裏を舐めるのも厭わない状態になっていた。
いやいや、靴の裏舐めさせたりはしませんでしたが、頭を踏んでも黙っているくらいにはなっていた。
頭踏んだの?
隊員たちが嫌がるし警戒するので、絶対服従しているのを見せるために踏みました。
「リリエンタール閣下、何者なんだよ」とユルハイネンの呟きが聞こえてきたが、それに関しては同意である。
次にロドリックさん。聖王の息子(私生児)という立場で、教会に協力を求める際に使えと、キース中将からのお達しです。
ここまででもかなりの問題なのですが、さらに問題なのがクロムウェル公爵とハクスリー公爵。どちらもブリタニアスの大貴族当主が同行すること。
ハクスリー公爵とはヒューバートさんのことで、ヒューバートさんはババア陛下さまの大甥で、ハクスリー公爵領バルツアルル王国の統治者、要するに一国の王さま……王さまに馭者してもらってたのかー! 申し訳ありませんと謝ったが「気にしないで下さい」と言われたが気になるというものです。
「閣下と比較すると、わたしはそこらの庶民と変わりませんよ」
なんか非常に怖ろしいことを仰ったが、聞いてない、聞いてない。
ババア陛下さまの大甥(グロリア女王の兄弟の孫)なら、ハクスリー公も王位継承権があるのでは? 思い尋ねたところ、たしかにババア陛下さまの異母弟の孫ではあるのだが、この異母弟は王妃の子ではなく愛人の子、所謂庶子なのでブリタニアス王位継承権はないとのこと。
庶子でも嫡子でもいいじゃねーか! と言いたくなるが、近くに過激な聖職者がいるので黙っておく。
ただ庶子ではあるが、ババア陛下さまの父にとって初めての男児だったので、非常に可愛がられフィッツロイの姓とともにハクスリー公爵としての地位をも与えられたのだそうだ。……ますます以って庶子でも嫡子でも、どうでも良くないかね? いや、宗教的に駄目なのは知っていますが、前世の記憶を持ち東洋の側室という制度を知っているわたしとしては、その考えがちらついて仕方ない。
『偉大なる我が故国、ブリタニアスの前には全てがひれ伏す!』
『うるせー! ガス!』
『黙れ、ヒュー!』
ハクスリー公爵とクロムウェル公爵はオトモダチー……強敵と書いて友と読むようなことはないが、名家の若き当主同士として張り合っているというか、ライバルというか、まあそういう関係なんだそうだ。
なので「フィッツロイ家のヒューが行くならわたしも行く!」と騒ぎキース中将が許可を出してしまったのだ。
なんでそんな面倒事を! と聞いたら「ブリタニアスの大貴族の当主、どちらも未婚とくれば、質に入れれば大金が手に入る」と ―― いざとなったら、二人を人質とかそういうのにしろということでした。
それはそれで……
ちなみにクロムウェル公爵は、閣下の曾祖母メアリー王妃を出した名家。
よって遠縁ですが(王侯貴族的には遠くないらしい)閣下と血はつながっている。……閣下は本当に名家の血しか引いておられないのですね。っていうか、クロムウェル公爵って、本当に名家だったんだね。
枢機卿と聖王の私生児と大国の大貴族当主二名。これだけでなんとかなりそうですが、わたしは部下を率いる身。
どれほど慎重に準備しても、し過ぎということはない ―― 国を跨いでの作戦なので、わたしは閣下に頼ることにした。
直接頼るわけではなく、閣下のご威光を少しお借りしようと。
それは以前、わたしがブリタニアスに赴任する際に「これでチョコレートを買うといい」と渡してくださった徽章。それを使うことにしたのだ。
双頭の鷲が刻まれR.V.Lがダイヤモンドで書かれていた銀の徽章。
帰国後、これを返したのだが「なにかあった時に役立つから持っているがいい」と言われ、巾着にいれ実家の金庫という頼りないところに預けていたのだ。
任務を拝してから急ぎ自宅に戻り ―― 家族に国外に出向くことを伝え、金庫から閣下の徽章を取り出した。
大雑把な事情を聞かされたカリナは「ベルナルドさんに、この手紙を渡してくれる?」と ―― 懐のポケットにしまい「必ず渡す」と確約した。
継母は慌てふためいたものの、すぐに気を取り直して作り置きしている焼き菓子を全部、紙袋に詰めて持たせてくれた。
お客さんが来た時のお茶菓子に困るのでは? と言ったが、そんなことはどうでも良いと。そして両頬を包み込み「怪我しないでね」 ―― 涙を浮かべた目でそう言われてしまった。
父さんは話を聞き黙って頷いてから敬礼をし一言。
「少佐、ご武運を」
徴集兵だった時代に教えられたのであろう父さんの敬礼は、とても下手くそでデニスとよく似ていた。
「クローヴィス退役准尉、あとは任せた」
わたしはそう言い、徽章を持って家を出た ――
閣下のこの徽章ですが、大陸全ての国境を易々と越えることが可能なパスポートであり、補給も思いのまま、各国の軍隊をも借りることが可能であり、全ての社交界に出席することができ、各省庁や王宮への出入りが自由で、殺人・強盗を行っても逮捕されないという驚愕のパワーを持つものだった。
「これチョコレート購入メインで渡されたんですけれど……」
そう言ったらキース中将が声を上げて笑った。
たしかに役人に見せれば面倒は片付くと仰っていましたが……たしかに受け取った時、わたしも「治外法権証書?」と思っていましたが、それ以上だったとは。
「あの四人でも、この徽章の前には無力だな」
キース中将がそう仰り……徽章が持つ凄まじいパワーは、閣下の権力の欠片ってことですから、閣下御本人にはどれほどの力があるのか。
「隊長。次の駅で補給を」
「分かった」
運行ルートから補給まで全てを任せられたデニスは、蒸気機関車内で日々テンション高く生活している。
デニスはほぼ一般人なので一応体調を気遣ってはいるが、蒸気機関車内にいるデニスには無意味っぽい。いや、気遣いますよ、なにせこの隊を率いる指揮官ですから。なにより異国の鉄道ルートなんて知らんし、補給ポイントも知らん。
他国の路線を覚えているのは他にリドホルム男爵ですが、さすがに幹線くらいしか覚えていないそうですので ―― 普通はそうだと思います。
わたしたちが補給に選んだのは、あまり交通量が多くないが、決して田舎ではない駅。あんまり田舎だと補給できない可能性もあるので。
蒸気機関車を停車させ四人の貴公子とリドホルム男爵、そしてデニスを連れて下車すると、向かい側のホームに装甲列車が停まっていた。
『げっ!』
ヒューバートさんとオーガストの声が重なった。
「姉……隊長! あれは、アディフィン陸軍が誇る装甲武装蒸気機関車です!」
デニスがナチュラルに興奮している。
御免な、デニス。我が国に装甲武装蒸気機関車がなくて……あれ、高いんだもん。我が国の軍の予算じゃあ買えません。
その装甲武装蒸気機関車のドアが開き、中から続々とアディフィン兵が出て来て整列し敬礼をする中、現れたのは ―― 第二次世界大戦末期においてヒトラー暗殺計画・ヴァルキューレ作戦を成功させて、そのまま総統の座について指揮を執り、逆転大勝利を収めそうな左目の黒眼帯を付けた、威風堂々とした壮年の男性が現れた。
黒髪をしっかりと撫でつけ、がっしりとした体格の、アディフィン王国軍務大臣ヴィルヘルム・フォン・リトミシュル辺境伯爵閣下。
【お前、アントンの…………作戦変更! 総員一旦車両に戻れ!】
辺境伯はわたしの顔を見るなり指示を飛ばし ―― 駅舎の一室を借りて話をしたいと申し出てきた。
アディフィン領で軍務大臣に「話がしたい」と言われたら、拒否するわけにはいきませんので、リドホルム男爵とオディロン、ハクスリー公爵を連れて面会に臨んだ。
クロムウェル公爵も『同席させろー』と叫んでいたが『ワタシ、ブリタニアスゴワカラナイ』で無視させてもらった。
「俺はヴィルヘルム・フォン・リトミシュル。アディフィン王国のしがない辺境伯だ」
しがない辺境伯とか意味不明です、軍務大臣閣下。
「小官はイヴ・クローヴィス。故国ロスカネフにて少佐の地位を与えられております」
「お前、声まで格好いいな! 隙がねえ。さすがアントンの天使、隙の一つもねえ。さすが万能の天才が鍾愛するだけのことはあるな」
アントンの天使って……どこのアントンさんの天使なのかは考えないでおこう。
「俺たちがここにいたのは、お前たちロスカネフからイワンを追う権限を剥奪するためだ」
リトミシュル辺境伯いわく、小国の軍が国内を走り回っているのは目障りなので、任務を奪い取りアディフィンや列強で処理しようと考え、ここで張っていたのだそうだ。
「プラシュマ大佐に全てを任せる予定だったが、俺の勘が”大佐だけに任せてはいけない”と告げたので、無理矢理付いてきた。それで正解だったようだ。アントンの天使、お前が指揮官なんだろう?」
アントンの天使って誰のことですか……この隊の指揮官はわたしですけど。
「アントンの天使が指揮を執っている任を強奪なんぞしたら、アディフィンが飛ばされるわ! さすが俺の勘、冴え渡ってるなあ。故国はもっと俺を褒め称えるべきだな。なあ? 天使。なんか、アントンから預かってるものはないか」
リドホルム男爵を見ると頷き、ハクスリーさんを見ると頷く。オディロンはきっと何を話しているか分からないだろうからいいや。
「これを」
双頭の鷲が刻まれた徽章を差し出したところ ―― アディフィン王国軍リトミシュル上級大将閣下率いる蒸気機関車部隊が、我らロスカネフ王国軍の麾下に入りました。
同盟とか協力じゃなくて、麾下です。国力や階級を無視して麾下です。
「閣下の徽章の威力舐めてた」
あの徽章でチョコレート買わなくて良かった。閣下、あれでチョコレートを買っていたらオーバーキルでしたよ。




