表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/335

【140】隊長、副官の無事を一応確認する

「クローヴィスの勤務時間が終わる前に片付けろ」

「そのつもり。そうじゃないと、大尉が心配のあまり駆けつけちゃうからね。クローヴィス大尉が本気で駆けつけたら、勝てるけど……ねえ」


 室長の無害っぽい笑顔ですが、裏にはなにかありそうな。


「片付きそうなのか?」

スタルッカ(ウィルバシー)君の救出優先だから、もうじき片付くよ。陛下の暗殺を企む一団に関しては、少し泳がせて一網打尽にしようかなと考えているところ。だから今回は疑われないように、数名は捕らえるだけで済ませる予定」


 わたしなどは、突撃して一網打尽にしてしまいますが、室長ともなると泳がせるという高等技術を使われるのですね。


「それでいい。ヴェルナーに陛下の身辺に注意を払うよう伝えておく」

「お願いしますね、キース中将。クローヴィス大尉が帰る前には、スタルッカ(ウィルバシー)君を中央司令部にお届けするから」


 ありがとうございます室長。

 そして届けられたボイスOFF(ウィルバシー)は……キース中将に叱られるんだろうなあ。

 叱責されても仕方ないことだが……耐えろ。


「クローヴィス大尉。残り物で悪いけれど、このパン貰ってくれる。年甲斐もなく買いすぎて、余っちゃったんだ」


 ソファーに立てかけられている、茶色い紙袋からバゲットは相変わらず顔をのぞかせている。


「ありがたくいただきます」

「底にクライブへの指令書が入ってるから、よろしく」

「警護対象を連絡役にするな」


 なんと言っていいのやら。気にしなくて結構ですよ、キース中将。そしていつでも連絡係にお使いください室長。わたしの身辺というより、家族の身辺を守ってもらう相手なので、幾らでも連絡役を務めますとも。


「今回は特別ですよ」

「まあそういうヤツだよな。クローヴィス」

「はい、閣下(キース)

「お前はオリュンポス(オリンピック)で優勝を収めた場合、昇進することを……その顔じゃ知らないようだな」

「昇進するのですか?」


 今まで女性はオリュンポス(オリンピック)に出場したことがなかったこともありますが、我が国はメダルとは縁遠い国なので、そういうお話聞いたことないため存じませんでした。


「ロスカネフでメダル取った人いないし、オリュンポス(オリンピック)でメダルを取った女性もいないから、分かんなくて当然だと思うよ」


 室長がわたしの気持ちを全て代弁して下さった。


「確かにそうだが。とにかく優勝者は国から報奨金が出て、軍人の場合は昇進するのが一般的だ。本国も他国に倣い、優勝者には報奨金を出し、軍人は昇進させることになっている。優勝一つにつき一階級上げることになっているのだ。クローヴィスが二種目に出場し、どちらでも優勝を収めると、二十五歳の若さで中佐になる。二十年以上前に首席卒業したことが自慢のわたしの同期(ゾンネフェルト)少佐(・・)にはとても耐えられない。それがお前の足を引っ張る理由だろうな」


 ……ふぉ! わたし二十五歳で中佐とか! 無理無理!

 いやいや……でも、わたしが嫌ですと拒否するわけにもいかない。

 初めての受賞者になった人物が、昇進を頑なに拒否してそれが受け入れられてしまったら、慣例になりかねないからね。その後の人たちが昇進したいのにできなくなる、などという前例は作らない。それがやる気につながると思うし。……わたしはやる気にならないだけであって。

 だが世界的にもそう(・・)なら、黙って受け入れるさ!


「馬術代表は既に確定しているから、妨害のしようはないでしょ。だから射撃だけは阻止したいみたいだよ。一競技で優勝だけなら、ゾンネフェルトと同じ少佐止まり。それならまだ我慢できるみたい」


 小さっ!

 なんという度量の小ささ。あまりの小ささに引くわー、ゾンネフェルト少佐。

 「女は劣っているのだから”准”の地位を経るべきだ」と力説して、出世街道から弾かれた男は違うわー。

 ロスカネフ軍の階級は上から元帥・大将・中将・少将・(准将)・大佐・中佐・少佐・(准佐)・大尉・中尉・少尉・准尉・曹長・軍曹・伍長・兵長・上等兵・一等兵・二等兵となっている。

 准将と准佐と括弧がついている理由なのだが、ロスカネフ王国士官学校を卒業した士官は、少尉スタートで准佐と准将という地位には就かない。

 ヒースコート准将は元ルースの士官学校卒なので准将に。

 室長は……よく分からないけれど、我が国の士官学校を出ていないと考えていいのでは? 別人として士官学校通ってたって言われても納得するが、多分経歴不詳にするために准将を経ているのだろう。

 オットーフィレン准将は有爵貴族なので士官学校を出ていなくても、将官の地位まで出世したが、やはり准将を経なくてはならない。

 キース中将は我が国の士官学校を出ているので、准佐や准将の地位には就かなかった。当然本国の士官学校を卒業した女性士官も、キース中将と同じルートで進むわけです。まだ将官になった女性士官はおりませんが……ああ! 女性士官の最高位は中佐だ。わたし、二種目で優勝したらそこに届いちゃうのか。


「自分より女性が高い地位に就くのが嫌なのですね」

「そういうことだ」


 なんにせよ、それが嫌なら出世しろや、ゾンネフェルト少佐!


「でも笑えるよね」

「なにがだ? 局長」

「ゾンネフェルトはクローヴィス大尉のこと嫌っているけれど、実力は買ってるんだよね。オリュンポス(オリンピック)に出場したら、優勝して自分の階級まで上がってくることを認めているわけ。だから部下に勝負以外で妨害し、代表から遠ざけろと命じてるんだもん」


 ゾンネフェルト少佐にそんな認められ方されても、全く嬉しくありません。むしろ実力を認められないほうがマシです。


「唯々諾々として命令に従うハインミュラーも、クローヴィスに実力が及ばないことは分かっていると」

「そうそう。実力で勝てないことは、認めているんだよね」


 死ぬほど情けないわ、ハインミュラー。

 そんな弱メンタルを国の代表にしたくはないわー。

 わたしもメンタルが強いとは言わないが、少なくとも上官に勝負前に妨害工作しろと言われたら、その上官殴って軍を辞める程度の気概は持ち合わせてるぞ。


 そんなお話の後、


「時間が出来たら、一緒に食事に行こうね、クローヴィス大尉」

「帰りますよ、官房長官」


 副官のベックマンさんに連れられ、室長は政府庁舎へとお帰りに。

 それから三時間ほどして、ネクルチェンコ少尉と共にボイスOFF(ウィルバシー)が司令部に戻ってきた。


「ネクルチェンコ少尉、迷惑を掛けた」

「いいえ、隊長。良い運動でした」


 厳しい顔だが、笑うと……うん、やっぱり厳しい感じしかしない。

 あと脇で「ぼすっ」っていう音と共に、ボイスOFF(ウィルバシー)が腹を押さえて崩れ落ちた。理由? ああ、総司令官(キース中将)閣下の前蹴りが腹に入ってました。

 呻き声を上げたくなるのは分かるが……ボイスOFFでお願いしたい。


「無事でなによりだ、ウィルバシー・スタルッカ」


 容赦ない前蹴りでボイスOFF(ウィルバシー)を沈めたキース中将の、部下の帰還を祝うありがたいお言葉です。

 呻かれていると、わたしの神経に障るので、キース中将を「まあまあ」と宥め ―― 成功なんてしませんでした。

 キース中将はボイスOFF(ウィルバシー)の顎を握り潰すかのごとくに掴み顔を上げて、凄く静かに見下ろしている。

 睨んだり、怒鳴ったりしないんですね。それなのに、なぜこうも恐怖を感じるのでしょう。

 更にわたしはキース中将から帰宅するよう命じられ……この状態のボイスOFF(ウィルバシー)を放置して帰るのは気が引けたのですが、


「帰宅しろ。命令だ」

「はい」


 総司令官直々の帰宅命令が。


「大丈夫だと思いますよ、隊長。それでは総司令官閣下、小官は隊長をご自宅にお送りいたします」

「ああ。二人とも気を付けて帰れよ」


 命令は覆すことができません。これを覆すとなると、キース中将に拳で立ち向かうしかないのですが。


「あまり酷いことはしないで……下さい」


 キース中将ですので、酷いことはしないと思いますが……所詮軍隊で、片や中将で片や軍曹(元は中将)ですから。


「クローヴィス」

「はい!」

「パンを忘れるな」


 完全に忘れておりました。さすが総司令官閣下はわたしと違って、視野が広いですね! がさごそと音を立てながら、パン入りの紙袋を抱え、部屋を後にする。それにしても、帰り辛い。


「心配は無用だと思いますよ、隊長。総司令官は、厳しい方ですが、度が過ぎるということはないとヒースコート准将から聞かされております」


 ネクルチェンコ少尉が元上官の言葉を……キース中将を信用し、諦めて帰ることにします。明日、ボイスOFF(ウィルバシー)に食事を奢ろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ