第十五話 悲劇の日
今話は第三者神視点です。
その日は唐突に訪れた。
いつもと変わらずに、笑い声が絶えない冒険者ギルドに、ドアが開く音が響く。
一体何者が来たのかと何人かがその方が良い向を見やると、入って来たのは一人の年端もいかない少女であった。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん。ここは君のような子が来るところではないよ。道にでも迷っちゃったのかな?」
エバドン最強のAランク冒険者である〝閃光の貴公子〟リックは、いつものように爽やかなマスクを活かした微笑みで話しかける。
周りの冒険者は、またリックに落とされる迷子が増えたな、と笑い始めた。
他国からの旅人が多いこの町では、よく迷子がいろんなところにやって来る。そのため、こういったことも日常茶飯事なのだ。
だが、今回は少し事情が違った。
リックの慮るような声を無視して、少女は彼を黄色の瞳で見つめ、口元を愉しげに吊り上げる。
「お主……強いな? この中で、一番に」
「へ?……あ、ああ、そうだけど」
唐突な質問に困惑しながらも、一応は返答する。
そこまで大きいわけではないこの町には、一流と呼ばれるAランクは二人しかいない。二人目はリックの彼女のリーファ、通称〝正妻〟と呼ばれる魔法使いである。ちなみに、彼女は席に座ってリックのイケメンぶりを鑑賞中。
「そうかそうか、いいのう〜、強者とは」
答えに満足したのか、少女は笑みを深めた。そして、琥珀のような瞳を爛々と輝かせる。
「のう、お主。妾と戦わぬか?」
「え? 戦うって?」
突然の謎の要求に、狼狽えるリック。
「そのままの意味じゃよ。妾は、強者と戦うのが好きなのじゃ。じゃから、妾と血湧き肉躍る決闘をせぬか?」
「しないって。それよりも、お母さんはどこにいるんだい? 一緒に探してあげるよ」
変な子だなぁ、と若干引き気味になりながら、リックは提案した。
だが、もちろんそれは少女が望んでいた答えではなく、不満げな表情をのぞかせる。かと思えば、再び笑顔を浮かべると。
「そうか、金じゃなっ! 金があればいいんじゃな」
「へ? いや、何を——」
「妾と戦ってくれるならば、勝敗に関わらず金貨を一枚やろう! これでどうじゃ?」
そう言って、ポケットから黄金色の硬貨を一枚取り出した。偽造は不可能なため、紛れもなく本物である。
その行動にリックは一度唖然としたが、すぐに正気を取り戻す。
「いや、戦わないよ。というか、大金をそんなに簡単に見せちゃダメだよ。いろんな人に狙われちゃうからね」
十にも満たない年の子がこんな大金を持っていると知られたら、盗みのいいカモである。しかし、金貨を軽々しく取り出すとは、この子は上級貴族の令嬢とかなのだろうか、とリックは思考を巡らせた。
「ぬう、ならば、お主はどうしたら妾と戦ってくれるのじゃ!」
「だから、どんな条件でもそんなことしないって」
流石にそろそろ痺れを切らしてきたのか、無理やりにでも親の捜索を提案しようとしたリックの方に、後ろからポンと手が置かれた。
「なあ、リック。てめえがやんねぇんなら、俺に譲ってくれねえか?」
振り向いてみると、そこにいたのは大柄の男、Bランク冒険者のグルタスだった。
「は? それはどういう……」
「嬢ちゃん、戦うのは俺じゃあマズイか?」
「そうじゃのう、お主もそこそこの力を持っておるようじゃし、構わん」
「え、ちょっとグルタス何を!?」
予想外の展開。というより、グルタスは少女をボコボコにした上で金貨をもらうつもりなのだろうか。
普通に止めようとするのだが。
「んじゃ、話は早えな。受付嬢、地下の入り口開けてくれ」
「グ、グルタス!? 本気でやるつもりかい!?」
「地下? ここでやるのではないのか?」
「アホか、こんなとこでやったら周りに被害が出んだろうが。地下に決闘場があんだよ」
「そうか、妾も戦士ではない者を巻き込むのは不本意じゃ。そこに案内せい」
「いや、そんなスルスルと話を進めないで!?」
むしろ悲鳴にすら聞こえる声で、必死にリックは説得を試みる。
「何じゃ、うるさいのう。お主は戦わんのじゃろう? ならば部外者ではないか。この町には部外者が口を出しても良いという法があるのかの?」
「いや、ないけど、君わかってるの? あの大男と戦うんだよ?」
「それが何の問題になるというのじゃ」
きょとん、とした顔で首を傾げる少女。
やはりこんな小さな子にまともな戦闘能力があるとは思えない。グルタスのような熟練の冒険者と戦えるわけがないだろう。
「はい、用意できましたよー。奥のドアからお入りください」
受付嬢はお気楽な顔で呼びにきた。
「何で君も止めないの!? もしこの子に何かあったら責任問題だよ!?」
「とは言われましても、冒険者同士の争いをギルドが止めることはできませんし……」
「冒険者!? 冒険者なのこの子!?」
ということは、多種族なのか、それとも年齢が見た目通りではないのか。
「Eランク冒険者のシュミラちゃんですよね? フレデリック様が後見の」
受付嬢は確認するように問う。
「そうじゃ。それがどうかしたのか?」
「フレデリック様の!?」
驚くリック。たしかに、それならば所持していた大金も納得だ。
何しろ、フレデリックは第三王子であり、大きな商会を持っていて、さらには発明品で天文学的な額を稼いでいる。それからすれば、金貨などただの石ころと変わらないのだろう。
「って、待って。フレデリック様のご友人ってことは、余計に不味いんじゃ——」
「何、大丈夫だって。いくら俺だってむやみに傷つけたりはしねえよ。ちょっと怖い顔して降参させればいいんだろ?」
そういう問題ではない、と忠告しようとしたが、グルタスはかなり乗り気のようで言葉で言っても止まらないだろう。
それに、一見ガラは悪そうではあるが、その実グルタスは誠実な冒険者だ。少女を全力で叩き潰すような、外道なことはしまい。むしろ、下手な低級の冒険者がやるよりはマシだろうと諦める。
「わかったよ。絶対に重傷を負わせたりしないように」
リックはため息をつきながらそう言った。
「んじゃ、嬢ちゃん、こっちだ」
そう言って、グルタスはシュミラに手招きした。
シュミラはうむ、と言ってついていく。
それを見たリックは慌てて後を追い、地下室に向かう。他にも、リックとグルタスのパーティメンバーや見物目的の冒険者たちがぞろぞろと地下に入った。
決闘場と言っても、別にその為の施設があるわけではなく、ただ広くて何もない空間だ。そこに、合計三十人くらいの人間が立っている。
これから戦う二人は、部屋の中心にいた。
「嬢ちゃん、戦う前に報酬の金貨をくれねえか? 終わった後でしらばっくれられても困るんでな」
「うむ、よいぞ。ほれ」
シュミラはグルタスに向かって金貨を放り投げる。
「へへっ、ありがとな」
グルタスは、その人相の悪い顔に笑みを浮かべた。すると悪人顔が和らぐとかそんなことはなく、普通に悪党が悪巧みをしているようにしか見えない。
「では、そろそろ始めようではないか」
「そうだな、軽く遊んでやるぜ」
両者は、お互いから少し距離を取り、向き合う。
「ねえ、リックはどっちが勝つと思う?」
リーファは、神に祈るようなポーズを取っているリックに話しかけた。
「どっちが勝つって言われても、それはグルタスが勝つんじゃないかな。Aランクに上がることも期待されてるくらいなんだし、そもそもシュミラちゃんはEランクなんだから」
「それもそうね」
周囲の冒険者はそれを聞き、まあそうだろうなとお互いにささやき合う。
グルタスの腕は確かなのだ。それこそ、このギルドでは三番目に。それが、いくらフレデリックのお気に入りとはいえ、少女に負けるわけはないだろう。
「それでは、準備は良いかのう?」
「もちろんだ。強さってもんを見せてやるよ」
「ほう、そうか。期待しておるぞ」
そうして、戦いの火蓋は切って——
——落とされた。




