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虹色居酒屋  作者: 大山秀樹
3/15

第3話:マリーと臨時バイト


 マリーです。

 ケンとシズクの娘のマリーです。10歳です。

 今日も元気に働きます。

 ケンとシズクの居酒屋の営業時間は17時から24時。

 でも私が働くのは20時まで。それ以降はお父さんが怒ります。 

 ほんとはもう少し働けるのですが、学校があるので夕御飯を食べて寝ます。

 成績が下がれば働かせない、とお父さんにキツく言われているので勉強も頑張ります。

 ケンとシズクの居酒屋のお客様はみんな良い人で働くのは楽しいです。

 それに何よりバイトのお姉さんたちが好きです。

 現在3人のバイトのお姉さんがいます。全員良い人です。1日2人体制で回してます。それでもお客様の注文が多く、中々暇にはなりません。土日は昼も営業しているため、相当疲れます。

 そして今日は臨時のバイト? 志願のバイト? 遊び? 顔出し?

 なんて言ったら良いかわかりませんが、バイトを辞めたお姉さんが手伝いにきています。

「おっちゃーん、ペース早いで。抑えとき」

 ほらっ、声が聞こえます。いっつも大きな声をだすお姉さん。

 私の大好きなお姉さん。シキさんです。笑った顔がとても素敵です。

 真っ赤な髪をなびかせ、元気よくお客様と絡みます。常連さんとも仲良く、私のわからない話で盛り上がっています。バンバンっとテーブルを叩き豪快に笑います。時にはお客様の肩を叩きながら。いつも楽しそうです。グラマラスで背の高いその姿は私の憧れです。シキさんに追いつけるように日々背伸びし続けます。

 開店当初からのバイトさんで、ケンとシズクの居酒屋をやめてから商業の道に進み、一代で財をなした女傑さんです。何とか商会のトップです。エライ人です。

 お父さんには多大な恩があるらしく、「ウチには返せん程の恩があんねん」が口癖です。時々ケンとシズクの居酒屋ーー面倒なんで虹色居酒屋にしますーーに手伝いに来ます。本人は「ここのお客様はエライ人ばっかりやから、顔繋ぎにきてんねん」と言いますが、そんな理由じゃないことは知っています。むしろ貧乏な人々と良く話をし、親身になって話を聞いています。

 お父さんとはとっても仲良しでいっつも言い争いをしています。内容は毎回同じで耳タコです。

 シキさんはフラッときてバイトに入ります。それは他のバイトさんが連勤している時や、体調の悪い時が多いです。あまりにもタイミングが良いので……そういうことなのでしょう。お父さんも薄々は感づいてながら、口にはしません。

 義理人情に厚く尊敬できるお姉さんです。

 ガラッ。

 扉が開き新規のお客様が来ました。

「いらっしゃいませ」

 シキさんに負けない程、大きな声で挨拶します。

 さぁ今日も元気にいきましょう!



 疲れました。ずっと店内を走り回ってました。今日は何杯の生中をお客様にお持ちしたかわかりません。少しは背が伸びたでしょうか?

 時刻は20時、まだまだお客様の波は途切れません。

「マリーちゃん、賄いだって。どうする?」

「お店で食べます」

「ほな、カウンターに置いとくで」

「うん、ありがとう」

 私はいつも20時に夕食をお店で食べます。

 本当はダメなのですが、5歳の時に駄々をこねてお店で食べることになりました。私の家は虹色居酒屋の2階です。私はお客様の笑い声を子守唄にして育ちました。そのためテレビの音が響く部屋でご飯を食べるのが苦痛だったのです。

 ですが、私も10歳になってふんべつ(・・・・)が出てきたので、2階で食べようとしたらお父さんから「店で食べなさい」と言われました。それ以降はお店で食べることになりました。お店で食べるほうが楽しいので嬉しいです。

 今日は大好きカレーです。自然とニヤケてしまいます。

 さて、どこで食べましょうか……。

 キョロキョロしてるとシキさんと目が合います。シキさんが指さしてます。その方向を見ると……あっ、ローさんです。やったぁ。

 ローさんも手を振ってます。嬉しいなぁ。

 ローさんはドワーフさんです。お髭ボーボーです。無口ですが、私の話を真剣に聞いてくれる常連さんで、大好きです。

 いそいそと近づき、ピョンっと膝に飛び乗ります。膝は私を乗せても、もう1人が乗れる程の大きさです。

 お客様で一杯の店内に私が座る席はありません。いつも誰かの膝の上に座らせてもらって夕食をとります。ローさんがいる時は必ずローさんの膝の上に座ります。マイフェイバリットプレイスです。……最近覚えました。

 見事膝に座ると、ローさんは頭を撫でてくれます。その手は大きく私も安らぎます。

 お飲み物は烏龍茶です。私と同じです。ローさんはお酒好きなのですが、私の食事中はお酒を飲みません。お酒の匂いは慣れているので大丈夫なのですが、ローさんは頑なにお酒を飲みません。私を気遣ってくれているのでしょう。そんな優しさも大好きです。

 さぁカレーです。

 カレーは常にある人気メニューですが、甘口と辛口があります。私は当然甘口です。

 光沢のある米粒にスパイス香るカレーがかかった昔ながらのカレーです。いろんな食材を入れて2日煮込むはずです。

 具は、じゃがいも、人参、タマネギ、豚肉だけです。それが大きめにカットされています。ふくじんづけは苦手なので入れません。あれは大人の味です。お肉はこちら(・・・)の世界でも馴染みのある豚肉にしました。

 まずは具なしで、カレーとお米だけを堪能します。うーん、カレーの匂いが食欲を刺激します。お腹がなるのは恥ずかしいので早速食べます。

 パクッ。

 うまーい、自然と顔がほころびます。続けて1口。うまーい。

 溶け出した野菜と肉の旨味がカレールゥに溶け込み、優しい味になっています。粘り気のあるルゥが米を包み込み、米の甘さを十分に引き出しています。

 何回食べてもお父さんのカレーは美味しいです。

 さぁ具と共にカレーを食べましょう。

 うまーい。

 じゃがいもや人参、タマネギはしっかりと歯ごたえが残っています。お父さんはカレールゥに溶かす用と具と食べる用の具で分けているため、きちんとした食感が味わえます。ホコホコのじゃがいも、みずみずしい人参、シャキシャキのタマネギ。たまりません。

 お肉はホロホロと柔らかく、口にいれると肉汁がジュワーッと出てきて、口がご飯を、白米をくれ、と求めてきます。そこにカレーライスを入れればもう口の中がカーニバルです。口にだけ意識を集中させます。そして烏龍茶を1口。

 うまーい。

 スプーンが止まりません。

 時々後ろを振り向きながら今日学校であった話をします。誰ちゃんがこうだった、先生がこんなことして笑わしてくれた、なんて他愛もない話です。ローさんは頷きながら聞いてくれます。嬉しくて、足をぶんぶんさせます。

 あっ、ローさんがカレーを頼みました。

 私のより真っ赤です。辛口ですね。私が食べると口から火が出ます。一度お客様に分けてもらいましたが、後悔しました。水を何杯飲んだかわかりません。大人の味です。

 ローさんはそれをうまそうにすすります。お酒を呑むのでお腹にたまらないように、ライス抜きですね。ローさんは殆ど表情を変えませんが、私の目は誤魔化せません。お父さんのカレーを食べて幸せそうな顔をしています。流石お父さんです。こんなに人を喜ばせる料理を作れるとは。一人娘の私も鼻高々です。

「マリーちゃん、これ食べなよ」

 時々お客様からおすそ分けを貰います。こういう時は遠慮しちゃダメです。

 そうじーじに教わりました。じーじは常連さんで、ローさんよりお髭が長く、ずっとお顔に変化がありません。一体何歳なんでしょうか? お母さんも「あの人は私が子供の頃からあんな顔よ」と笑います。

「ありがとうございます」

 お礼を言って受け取ります。今回は唐揚げ1個とハンバーグ4分の1切れを頂きました。どちらもカレーに合います。嬉しいなぁ。

 唐揚げとハンバーグをカレーに乗せて一緒に頂きます。

 学校で昨日の夕食は、唐揚げ・ハンバーグカレーだった、と友達に言ったら羨ましがられるかもしれません。黙っておきましょう。

 ふう、ごちそうさまでした。ご飯粒を残さず平らげます。

 やっぱりお父さんのカレーは世界一です。いっつも美味しいです。

 ……ん。

 満腹でまぶたが重くなってきました。店内はお客様の笑い声で溢れていますが、私にとっては子守唄同然です。凄く落ち着きます。

 寝るのはお風呂に入って、歯磨きして、お布団に入ってからです。

 ここで寝ちゃ……ダメです。

 でも……暖かくて……幸せで…………くぅ。

 スースー。

 スースー。

 スースー。

 ……ん、寝ちゃいましたか。

 はー。アクビが出ちゃいました。

 20時30分。

 食べ終わったのが20時20分頃ですから、10分くらい寝てしまいました。

 はっ、そういえばローさんの膝の上に座ってました。

 マズいです。早く謝らないとーー。

「ローさん、寝ちゃってすみません」振り向いて頭を下げると、ローさんは頭を撫ででくれました。そしてニコッと笑います。なんだかカレーを食べている時よりも幸せそうな顔をしています。何かあったのでしょうか? 辛口カレーを食べたせいか、お顔が真っ赤です。良くわかりません。

 やっぱりローさんは優しくて大好きです。



「ローさん、随分エエ顔してたやん」

「あんなに、ウマそうに食われたら嬉しくてそうなっちゃうよ。そうやってクルッとこっちを向いて笑うんだぜ。あんな純粋無垢な笑顔が俺に向けられていると思うと、嬉しくて嬉しくて。俺もついつい頼んじゃったよ、カレー。マリーちゃんの笑顔を見てると食べたくなってさ。マリーちゃんは天使だなー。流石シズクさんの娘だよ。それにーー」

 ローの語りは延々と続いた。

 酒が入ると性格が変わり、途端に陽気に、多弁になる。飲み屋で時々見かける人種である。

 普段無口な人間ほど喋り出すと止まらなくなる。

「チョコンと、俺の膝にチョコンと乗った時のマリーちゃんの笑顔。それを見るためにここに来ていると言っても過言じゃないよ。しかも今日は寝ちゃってさー。俺をどんだけ信頼してくれてるんだとか、寝息とか色々混ざり合って、固まっちゃたよ。幸せ過ぎてさ。流石シズクさんの娘だよ」

「せやなぁ。あんなん見せられたらなぁ」

 ケンがマリーに「お店で食べなさい」と言った理由は、マリーが1人で夕食をとることを知った常連客からのブーイングにある。料理を美味しそうに食べるマリーを楽しみにしていた常連客が相当数いたのである。特にローはこの世の終わりのような顔でケンに泣きついた。姉貴として慕っていたシズクを奪い去った憎むべき相手のケンに頭を下げ懇願した。「マリーちゃんを返してくれ」と。

 当の本人は気づいてないが、マリーは食べている時に良く笑う。屈託のない本当に良い笑顔で。誰をも虜にする笑顔で。

 幼い頃からマリーの成長を見届けている常連客は、まるで自分の子供、孫のようにマリーを可愛がった。

 その最たる例がローである。

 茶髪で大柄な彼は、生まれてから子供に懐かれたことがなかった。子供好きなのだが、基本的に怖がられて逃げられる。ヒドイ時は「バケモノ」と言われることもあった。子供は残酷である。

 だがマリーが特別なのか、それとも幼少期から慣らした成果か、マリーは全くローに怯えず、むしろ甘えてくるようになった。店内で誰かの膝の上で夕食をとるのがマリーの日課だが、ローがいれば必ずローの元に来た。それが無性に嬉しい。

 そのためローはマリーが夕食を食べる時間を見計らって入店すべく、17時開店の虹色居酒屋に18時以降に並ぶことにしている。そして自分の入店時間を20時直前にすべく、後ろの人に順番を譲り続けている。雨の日も風の日も雪の日も、彼は順番を譲り続けた。至福の時間が待っていると考えれば、雨風は取るに足らないモノだった。

 17時に来ない理由は掃き掃除をしているマリーに遭遇し、入店を促され自分の膝の上で食事をするマリーを見るという至福の時間を失わないため。虹色居酒屋には席時間があり、1人最大2時間である。そのため17時に入店すると19時には虹色居酒屋をでなければならない。つまりマリーの笑顔を間近で見れないのだ。過去にそのミスを犯した彼は血の涙を流すほど悔しがり、18時以降に並ぶことを心に刻んだ。

 以来月に5回、必ず18時以降に並ぶことにしている。

「マリーちゃんの服見た? 今日のは特別に可愛かったな」

「せやなぁ」

 シキはローの話し相手になっていた。毎度のことである。

 自分の妹のように思っているマリーが褒められるのは純粋に嬉しかった。

 ただ……

「ローさん、それなんべんも聞いたで」

「おっ、そうかならマリーちゃんの5歳の誕生日のーー」

「それも聞いた」

「ならーー」


 酔っぱらいはとかく自分のした話を忘れがちである。



「給料だ」

「はいな」

 シキは給料を手渡しで貰い、そのまま厨房にある募金箱に全額入れる。

「少しは自分のために使え」

「ええやん。ウチがしたいんや」

 募金箱、というのが虹色居酒屋にはある。

 庶民にも手が出しやすい値段にしているため、お金持ちは虹色居酒屋のメニューを安く感じてしまう。もっと金を払いたい、見合った代金を払わせてくれ、という意見を参考にして、店内に募金箱を設置したことがあった。

 少数意見だと高をくくっていたが、数日で満杯になった。

 「どうしたもんか」お金を持て余したケンはシキの勧めで、四半期に1度の還元祭の費用と孤児院への寄付に使うことにした。

 募金の有意義な使い方にケンは満足したが、重大な問題が発生した。

 ーー心理的強制である。

 店内の見えやすいところに募金箱は設置してあった。謳い文句は「お金に余裕のある人だけ善意の寄付をお願いします」だったのだが、見栄を貼りたい一般人が、酒の力も相まって争うように寄付をしてしまった。そうやって破産寸前になった人がいた。

 その事例を受けて、厨房側のカウンターの下に募金箱を設置し、店側が把握しているお金持ちだけが寄付できるようにした。貧乏人の寄付は断った。それで募金箱騒動は丸く収まった。

 シキは貰った給料を全額寄付する上に、客として来店した時も寄付する。今や商会のトップに登りつめた彼女は寄付できる金持ちであり、ケンは拒否できなかった。

 しかしケンはどうにも納得がいってなかった。

 もっと自分のために使って欲しい、と何度もシキに伝えたが、シキは寄付するのをやめなかった。

「もう十分恩は返して貰った」と言うケンに対して、「まだ足りん」とシキが返答する。両者は睨み合う。それをシズクとマリーが微笑みながらみている。毎度の光景である。多い時は日に5度、この言い合いをする。

「ほなな」にらみ合いを終え、賄いを食べたシキは帰っていく。

 シキが約7時間の労働で得たモノは賄いだけである。

 分単位で巨額を稼ぐケシ商会のトップの労働としては割に合わない。


 だが彼女は満足気な表情で家路を急ぐ。

 月明かりが艶やかな笑顔を照らしていた。

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