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虹色居酒屋  作者: 大山秀樹
13/15

第13話:爺躍動す(中編2)

今回で終わらすつもりが、終わりませんでした。すみません。

次回でこの話を終わらせます。

今回は虹色居酒屋(過去編)も更新しましたので、気になる人は一読してください。


「そろそろ楽になったか?」

「ええ」

 ブルーがゴクリと水をのみ息をフーっと吐く。

 耐え難い吐き気や頭痛がようやく治まってきた。

「吐かんったのう。見上げた根性じゃ」

「食事中に転移させないで頂きたい」

「そういえば食事中に転移させたのはお主が初めてかもしれん。誇って良いぞ」

 爺が他人事のように笑う。

「嬉しくありませんよ」

「それで? ワシがルードル帝国の間者じゃないことはわかったか?」

「ええ。信用します。米の味も間違いなく虹色居酒屋のモノです。転移魔法を使ってこの土地に来たのだと理解しました」

「そうか。それでここにケンさんの手紙がある。読んでくれんか?」

「わかりました。拝読致します」

 ブルーは爺から手紙を受け取った。

 三つ折りになっていた手紙を開くと、キチッキチッとした文字が見えた。

「これは……墨ではないですね? 筆を使ってないのですか?」

 ブルーは未知の材質の紙と文字を記した道具に興味を持った。見知らぬ物に興味を持つのは商会の丁稚として働いてた時からの習慣である。

「知らん。とにかくはよう読んでくれ」

 ブルーは手紙に目を落とした。

 そこにはこんな内容が記されてあった。

「ブルーさん、お久しぶりです。ケンとシズクの居酒屋の店主ケンです。先日来店された時に満足なおもてなしもできず、申しわけありませんでした(2重線で消してある)。あの時ブルーさんに伝えようとした事をつい忘れてしまったので、ここで言います。ブルーさん、米の持ち運びに苦労してませんか? パンとは違い、粘着力がある米は布にくっつくため持ち運ぶのが大変です。しかしそれを解消する手段があります。目の前のお爺さんにおにぎりを持たせました。受け取って下さい。それは『おにぎり』といって塩をまぶした米を握っただけの料理です。手軽に作れますが、味は折り紙付きです。中に具を入れても良いですが、今回は何も入れませんでした。お召し上がり下さい。『おにぎり』の包みは竹皮(チクヒ)という筍の皮です。竹皮は抗菌性や通気性も備えかつ持ち運びやすいという便利な自然の包装紙です。結んであるのは竹紐です。作り方はこうです。早朝に筍から落ちた竹皮を拾い集め、太陽にあて乾燥させる。乾燥しきった竹皮を水で湿らせて伸ばす。そして再度乾燥させる。それで竹皮の完成です。使い方は竹皮を水で戻し、水気を切った後、一部分を切り取り竹紐にし、マダラ模様の方を外側にしておにぎりを包み込みます。漬物を間に挟んでも構いません。そして竹紐で結んで完成です。何分私も耳学問なので何日干すとか、細かなことはわかりませんが、竹皮が完成すれば炊いた米を販売することができ、商売にも役立つと思います」

 ブルーは目を見張った。

 確かに米の販売をする上での問題点の1つが炊いた米を販売できないことだった。どうやっても米がくっつき持ち運びに不便であった。そのため炊く前の米を捨て値で販売するという手を取らざる終えなかった。誰も見知らぬ食品を買おうとは思わない。味を覚えてもらうのが先決だった。

 しかし炊いた後の米を販売できるとなると話が違う。実食させることができるからだ。その場で食べてもらえば、米を食べたことのない人間でも高値で買ってくれるかもしれない。

 ブルーはこの竹皮の生産に人員をあてることに決めた。元々帰郷を促したり他の村人を勧誘した結果、人員は余りがちだった。その余分な人々に仕事を与えられるのが、ここまで米の生産の拡大を主導してきたブルーには嬉しく思えた。

 ブルーは手紙に頭を下げ、先を読みだした。

「おにぎりに撒いてある黒い物体は海苔といって、海藻を乾燥させたものです。風味豊かな海苔は米の味を引き立て、またパリパリに焼いた海苔は米のおかずにもなります。聞くところによると海苔はこの国で作られてないそうなので、今がチャンスです。日持ちもし、食感も良い海苔は皇都でもヒットすると思います。是非作って見て下さい。竹皮と海苔の生産にチャレンジして下さい。私が無利子無担保でお金をお貸ししますので思う存分頑張って下さい(2重線で消してある)。未完成品、未熟品は全てケシ商会にお納め下さい。相応の対価を払うようにします。ではエンデンのますますの発展と住民の方々の健康をお祈りして、筆を置きたいと思います。ケンとシズクの居酒屋店主、ケン」

 ブルーは手紙を読み切ると即座に食べかけのおにぎりにかぶりついた。書面にある「ノリ」という物体をいち早く口にしたかったからである。

 黒い物体は米と一体化しており、手紙に記されてあったようなパリッとした食感ではなくフニャッと柔らかかった。しかし咀嚼する必要もなくサーッと溶けていくその口溶けとほのかな磯の香りが米の味と混ざり合い、塩をふっただけの米のアクセントになっていた。

「旨い!」

 その言葉が自然と口から出てくる。

 ケンは海苔の味を堪能してもらうために、あえて具材を一切いれなかった。その目論見は当たり、ブルーは存分に海苔の味を感じた。

 そして海苔の生産を始めることに決めた。

「爺(じじい)様」

「待て待て。その呼び名は気分が悪いからやめろ。爺さんで良いが、『様』を付けたいのなら『ジジ様』にしてくれ」

「はっ、ジジ様。このお手紙とオニギリを届けてくれたことに感謝します。私どもはケンさんのお教え通りにチクヒとノリの生産にとりかかります。ブルーが多大なる感謝をしていたとケンさんにお伝え下さい」

「わかった」

「しかし、ジジ様」

「なんじゃ?」

「この時折消されている文章は一体なんなのですか?」

「おおっ、それか。忘れておった、忘れておった。実は出発前にシキに会ってのう。シキからもブルーさんへの手紙をもらったんじゃ。読んでくれ」

「拝読致します」

 爺は更に1通の手紙を差し出した。それをブルーは恭しく受け取った。

 それにはやや急いで崩れた字でこう記されてあった。

「ブルーさん、先日お会いしたシキです。始めに言っときますが、目の前の爺はダッカ皇国の高名な魔法使いです。ウチが保証します。ただの呑んだくれの親父ではないです。信用してやって下さい。ちなみに皇帝陛下ともお知り合いです。からといって媚びを売っても意味ないです。その爺は自分が気に入ったことしかしませんから。前置きはここまでにして本題に入ります。ケンさんの手紙にあったチクヒとノリはウチの商会で買い取らせて貰います。将来への先行投資として失敗品も未熟品も全部買い取ります。見返りはチクヒとノリが完成した暁にはウチの商会に独占販売権を与えて下さい。心優しいブルーさんはケンさんへの謝礼を考えていることでしょう。しかしケンさんは虹色居酒屋の売上だけで生きていけるから受け取りません。長い付き合いのウチが断言します。しかしそれではブルーさんの気持ちが収まらないと思います。そこで提案します。ケンさんは身寄りのない子どもたちの支援に積極的です。現に皇都の孤児院に多額の寄付をしています。しかしどうやっても地方の孤児院には手が回らないと嘆いていました。そこで、ケンさんへの謝礼を支払うつもりなら、ブルーさんもケンさんの意志を汲み取りエンデン周囲の孤児院の支援、ないし孤児の受け入れの費用として使ったらどうでしょうか。それがケンさんへの恩返しとしては最適だと思います。ただしケンさんの名前を出してはいけません。ケンさんはシャイですから。さてこれで話したいことは全て話ました。ウチの提案を受けるも、受けないもブルーさんの自由です。お任せします。ちなみに皇都で虹色居酒屋印の米は完売し、購入者からも好評を頂いております。来年の納品は当初の規約より増量でお願いします。勿論割り増し料金はお支払いします。では来年またお会いしましょう。ケシ商会シキ」

 ケンのブルーへの手紙を持った爺とばったり会ったシキは爺を脅して手紙を盗み見た。

「2月10日のなんや髪の茶色いオバハンに変装してたのってーー」

「わかった。見せる。見せるからケンさんに告げ口しないでくれ」

 シキの脅しは効果絶大であった。爺にとって虹色居酒屋に訪れるのは人生最大の楽しみ。それを奪われるのは爺にとって筆舌に尽くしがたい程の苦しみであった。

 シキも爺に対して過酷ではない。

 皇帝陛下が虹色居酒屋への訪問を月に5回に制限する以前からの常連である爺に対して寛容であった。自身が店員として働いている時は皇帝陛下の命令に従い爺を追い返すが、自身が客として虹色居酒屋に行った時に爺がいた場合には見逃すことにしていた。2月10日は後者である。

 もしそれがバレれば虹色居酒屋へ行く回数が1回減らされる。それゆえ先の指摘は脅しとして最大級の威力を発揮した。

 手紙を盗み見たシキはケンがブルーへと謝罪している部分を削った。

「謝罪なんかいらんちゅうのに」

 同様に無利子無担保での融資の話も削った。

「だから自分が損することをしたらいかん。そんなん居酒屋の仕事ちゃう」

 校正が済んだ後で竹皮と海苔に商機を見出したシキは、爺を引き止め3分程度でこの手紙を書き上げた。米が皇都で流行すれば当然炊きあがった米を買うお客も増えてくる。またお弁当として持ち運ぼうとする庶民もいるだろう。いち早くそこに目をつけたシキは炊きあがった米を握った「オニギリ屋」なる商売を始めようとしていた。そのための先行投資である。

 シキの話し言葉は訛っているが、書き言葉は標準語であった。その理由はケンの教えによるものであった。

「手紙で意思疎通する場合に訛りは敵だ。イントネーションや表情がわからないから、自分の真意が伝わらない可能性がある。だから標準語も覚えろ」

 そうケンから教えられたシキは猛勉強し、標準語を使いこなせるようになった。今や目上の人物と話す時やかしこまった状況の時は標準語を使うようになっている。

 シキの手紙を熟読したブルーの目からはひと粒の涙が伝っていた。

「私は……私はこれほど優しくされるに足る人物なのでしょうか? 私は無我夢中で米作りをやってきたただの農夫に過ぎません。なぜケンさんとシキさんは私に期待してくれているのでしょうか?」

「知らん。興味もない」

 爺は興味のないことにはとことん冷たい。

「ただシキはケンさんが良いと思った人物でも簡単に信用はしない。ちゃんと自分の目で判断する奴じゃ」

 爺はそんなシキの目を信用していた。

 爺の言葉がブルーの心にしみた。

 そんな時に「あーっ」と大声が聞こえ、わらわらと子どもたちが集まりブルーを囲んだ。

「ブルー様が泣いてる」

「あのジジイが泣かしたんだ」

「おのれ。僕が相手だ」

 解散させた子どもたちがブルーの泣き顔を見て集まってきた。彼らは爺が悪者と決めつけ、今にも殴りかかろうとしていた。

「違います、違います。私は感動して泣いているんですよ」

 ブルーが慌てて子どもたちの頭をなでる。

「でもっ」

「私は大丈夫です。……そうだ! あなた達もこの『オニギリ』を食べてみなさい。私の言葉が正しいとわかりますよ」

「ブルー様の言葉?」

「ええ」

「もしかして帰ってきた時に言ってたやつ?」

「ええ」

「僕たちのより美味しいコメがあった?」

「そうです。その言葉です。ここにその実物があります。詳細は省きますが確かにこの米は私が皇都で食したものです」

 皇都から帰還したブルーは吉報をもたらすと共に、村人が驚愕することを言った。

「皇都の虹色居酒屋の米は私達のより数段美味しい。匂いも味も」

 いくらブルーの言葉とはいえ村人はおいそれと鵜呑みにしなかった。

 彼らには自分たちこそが米作りの第一人者であるという誇りがあった。米という一般的に流通していない穀物を手塩にかけ育て上げ販売できるようにしたのは俺たちだ、皇都の居酒屋如きに負けるはずがないという誇りがあった。その気持ちは子どもたちにも浸透していた。

 ただ尊敬するブルーを批判したくないため彼らは黙っていた。

 ブルーも村人の雰囲気から自分の言葉が信じられていないことを理解していたが、それは村人に米作りのプライドが芽生えたからだと自分を納得させていた。

 だが目の前に自分が唸った米があった。炊きあがりの米程のみずみずしさはないが、それでも自分たちが作っている米より数倍旨い米がここにある。

 ーー是非村人全員に食べて欲しい。そしてこの米を目標にして欲しい。

 ブルーはそんな思いを持っていた。

「ほんとにおいしいの?」

「信じらんない」

「ほらっ論より証拠です。まずは一口。ほらっ」

 ブルーはオニギリを一番小さい子供の口に持っていく。子どもたちは昼食に米をたらふく食ったが、食べ盛り伸び盛りのため小腹が空いていた。その子供は大口を開けてオニギリにかぶりついた。

「ん!」

 その子供はブルーからオニギリを奪い取り、再度大口を開けて頬張った。

「おいしい!」

「ほんとか?」

「ほんと、ほんと」

「どんな風においしいんだ?」

「良くわかんないけどおいしい」

 最年少の子がほっぺに米粒を貼り付けながら無垢な笑顔を浮かべる。

 その子があまりにも美味しそうにおにぎりを食べるものだから、他の子どもたちも争うようにおにぎりを求めた。床に広げられた竹皮の上に載せられたおにぎりはまたたく間に無くなった。だがたった3個では全ての子供たちには行き届かなかった。

 そして子どもたちの歓声に反応してわらわらと大人たちも集まってきた。彼らは子どもたちから事情を聞いた。

「そんなにうめーのか? 俺も食いたかったな」

「黒いのが旨いって黒いのって何だ?」

「ああっ!? 俺たちのより旨い米があるはずねーだろ」

 と蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

「静かに、静かに」

 ブルーは大声でその騒ぎを治めようとしたが、村人の声にブルーの声はかき消された。ヒートアップした村人はあちこちで小競り合いを起こし始めた。

 彼らは一様に不安だった。子供の反応を見るに自分たちが丹精込めて作り上げた米より品質の良い米が存在する可能性がある。そんな言い知れぬ不安を和らげようと言葉使いが荒くなっていた。

 そんな時爺が小指で耳をほじりながらボソッと呟いた。

「食いたいか?」

 大海に一滴の雨粒が注がれたように、すーっと消えてなくなるはずのその言葉は、まるで乾いた大地を潤す雨粒のように村人の心に届いた。彼らはビタっと話すのをやめ爺に顔を向けた。

「「「「「食べたいです」」」」」

 村人全員の意見が一致した。

「ならば持ってこよう。じゃからおとなしく待っとれ」

「「「「「はいっ」」」」」」

 村人の返事を聞いた爺は即座に転移し、虹色居酒屋へと戻った。

 扉を引いて中に入ると机でじっとしているケンが目に入った。

「ケンさん」

「おおっ、爺さん。帰ってきたか。ブルーさんの反応はどうだった?」

 ケンの真意は贖罪にある。幼いブルーをだまくらかし現金をむしり取った若かりし頃の自分を恥じていた。着の身着のままで僅かばかりの現金を持たされ追い出されたブルーから命綱である現金をむしり取った自分はなんと愚かなのだろうと、ケンは自分を責めた。

 そのためお節介とも思える行動に出たのだ。

 自分の行動は良かったのか、ブルーのプライドをいたずらに傷つけただけなのではないか、朝握ったおにぎりは腐ったりしてないか、などとまるで乙女が明日の初デートに想像をはせているようにケンは虹色居酒屋の机で悶々としていた。

「上々じゃ。ブルーさんも喜んでおった。チクヒとノリの生産に乗り出すようじゃ」

「おおっ……良かった」

 ケンは自分の行動が間違っていなかったのだと安堵の息を吐いた。

「じゃがのう……」

「やっぱり問題があったのか?」

 ケンは急に不安になった。

「問題と言えば問題なんじゃが、実はエンデンの村人がケンさんのオニギリを食べたいとうるさいのじゃ」

「なんだ、そんなことか。作るよ、作る」

 ケンは旅立つ爺に「ブルーさんからの要望があったら全て教えてくれ」と頼んでいた。それに従い爺はケンに報告した。

「じゃが優に100人は超えておるぞ」

「100人……正確な人数を教えて欲しい」ケンの顔が引きつる。

「待っとれ」

 爺が転移した。ケンは爺を待つ間にこうしちゃいられんと米とぎを始めていた。しばらく待つとパッと爺が現れた。

「143人じゃ。傷病者や飯を済ませたばかりの者は除いておる」

「143人……でも飯を済ませたばかりの人にも食べて欲しい」

「待っとれ」

 ケンはせっせと米とぎをする。

 爺が帰ってきた。

「エンデンの人口は280人。傷病者、乳幼児、寝たきりの老人を除いて米を口にできるのは235人じゃ

。ケンさん、顔が青いが大丈夫か?」

「……わかった。今から235人分のおにぎりを作るから持って行ってくれ。爺さん、今日の呑みが遅くなるけどーー」

「オニギリが出来上がるまで呑んで待とうかのう」

「ああ、それで良いよ。じゃあつまみは……」

「簡単なので大丈夫じゃ。漬物やトウフで良い。とにかくニホン酒を出してくれ。ワシは朝から頑張ってきたのはそのためじゃからな」

「爺さんには感謝してるよ。じゃあシズクを呼びに行ってくる」

「人手が足りるか?」

「米が炊きあがるまでは時間があるから。それにサクヤやドット、プリネッタには迷惑をかけれないよ」

「なるほどのう。今日は月曜じゃからな」

 爺は定休日である月曜に特別にニホン酒を呑ませるという条件で、ブルーへの手紙の送付を引き受けた。早朝にスレッジを起こしに行き、ヴァイオレットと戦闘になったのも、しきりにブルーが手紙を読むようにと催促したのも全てニホン酒のためだった。

 それから1時間後、厨房には米と格闘するケンとシズク、客席にはニホン酒を片手にマリーと話す爺の姿があった。

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