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虹色居酒屋  作者: 大山秀樹
12/15

第12話:爺躍動す(中編)


「そのブルーさんはどこにいるのですか?」

「知らん……ん? そういえばスレッジよ」

「はい」

「お主の家では酒作りをしてるのじゃったな」

「はい」

「どこから米を仕入れているのだ?」

「東のはずれのエンデンという土地です。そこの親戚が私の誕生日に米を送ってきたのが酒作りの始まりです」

「ふむ、となるとそのエンデンという土地が怪しいのう。そこに行ってみるとしよう。ほれっ、ワシの肩に掴まれ」

 ザザザっとスレッジが身を引く。

「なんじゃ? はようせい」

「お師匠様。飛ぶ(・・)気ですね」

「そうじゃ」

「しかもエンデンまで」

「そうじゃ」

「無理です。無理無理。俺が死んじゃいます」

「死なん。死にそうになったら生き返らしてやるからさっさとせい」

「だってエンデンですよ。ダレイオス渓谷の何十倍も遠いエンデンですよ。お師匠様の転移魔法は距離に比例して酔うじゃないですか。エンデンなんて行ったらどんな症状が出るか、最悪は死ですよ。そんなことできますか!」

「うるさいのう。さっさとせい。スレッジよ、まだわからんか? ワシがやると言って、できないことはない、やらないことはないことを。観念せい。別にお主を麻痺させて転移しても良いんだぞ」

 スレッジは2度瞬きをし、後に説教される覚悟を決め脱兎の如く逃げ出した。

 スレッジは爺に弟子入りした後、ダレイオス渓谷の5倍程の距離へ転移したことがある。その際は猛烈な吐き気、頭痛を覚え、着地するなり崩れ落ちた。それが原因で彼は1晩寝込んだ。その恐怖が彼を逃走へと駆り立てた。

 しかし……。

「面倒な」

 という爺のため息が聞こえたかと思うと、スレッジは背中に手の感触を感じた。師匠だ、と直感したスレッジは1段ギアを上げようとしたが、時すでに遅くスレッジの周囲は真っ暗になった。


◇


「治ったか?」

「……はい。なんとか……歩けそうです」

「そうかそうか。さらばさっさと行くぞ」

「……はい。……えっ、師匠、お師匠様! も、もしかして浮かぶのですか? いやいやいや、無理無理無理無理」

「浮かんだ方が早いじゃろ」

「そりゃそうですが〜〜」

 ぶわっと2人が宙に浮く。

 エンデンという東のはずれにきて、探し人であるブルーを見つけるために、田園を空から探すという爺の合理的判断は、転移魔法で生死の境をさまよったスレッジには酷だった。

「ぎゃぁぁぁ」

 吐瀉物を撒き散らしながらスレッジは舞い上がった。人っ子一人いない地平にスレッジの哀れな雄叫びが響き渡った。


◇

「おのれ! わるものめ」

「ブルーさんをはなせ」

「ブルーさんをまもれ」

「ぼくがやっつける」

「ぼくもだ」

「こらこら、おやめなさい」

 ブルーは自分の周囲にぐるりと円を作った子どもたちの頭をなでる。

「でもっ」

「私なら大丈夫です」

 ブルーは子どもたちが安心するように満面の笑顔を見せた。

「わかった」

 子どもたちは突然舞い降りた老人を警戒しつつ、ブルーの言葉に従い離れていった。

 それを爺はじっと待っていた。そして子どもたちがいなくなった途端に話し始めた。

「ブルーさんか?」

「そうですが、あなたは?」

「良かった、やっとみつけたわい。ワシの名前などどうでもよろしい。爺と呼んでくれ。さて急じゃが、虹色居酒屋のケンさんからの手紙を持ってきた。読んでくれ」

「ケンさんから手紙? 心当たりがないのですが……」

 ブルーは老人から差し出された手紙を警戒した。

 ーーもしかしたらルードル帝国の手の者か?

 この土地はダッカ皇国の長年の宿敵であったルードル帝国と国境を接している。この大陸の歴史はそっくりそのままこの大国同士の戦いの歴史と言っても過言ではない。それ程この両大国は憎しみあってきた。

 現皇帝がルードル帝国を打ち倒し平和条約を結ぶまで兵馬の音と住民の怨嗟が止むことはなかった。住民はいくら戦争が起きようとも「先祖の土地だ」とこの地を離れはしなかった。観光名所などもなく、高温多湿で降水量が多く麦の栽培に適してない土地でも彼らは見捨てなかった。

 エンデンは国境に位置しており、歴史的に所属する国を頻繁に変えてきた。エンデンは政治の道具として、賠償用土地として扱われてきた。それでも彼らはエンデンの民として誇りを持って生きてきた。

 人に踏み潰され、馬に緑を奪われ、火で燃え尽きながらも、この土地の草花は誇らしげに咲き誇った。どんなに土地が焼けようとも、どんな嵐に巻き込まれようとも春には草花が生い茂り、動植物の楽園になった。逞しい土地であった。

 しかし人間はそうではなかった。戦争が終わり平和になっても、戦争の蹄が残った。産業が破壊され資産を無くした彼らは国からのわずかばかりの補償で食いつないだが、困窮に耐えかね盗賊や奴隷に身を落とした者もいる。毎年冬を越すために人買いに売られていく子供の泣き声を聞いても、住民は眉1つ動かさなくなった。

 そんな絶望的な状況の中でブルーはこの土地に降り立った。肥沃な大地、適度な湿気、降水量のあるこの土地は彼にとって宝石箱のように見えた。

 彼は己の夢を実現するべく商会の使いっぱしりで貯めた貯金を惜しげもなく村人に分け与えた。彼とともに稲作をする土地を求めて各地を放浪していた仲間たちもブルーに続いた。そして訝しがる村人を説得してまわり、自分の夢に協力させた。

 ブルーの夢が実を結ぶまであらゆる艱難辛苦に見舞われたが、彼らは耐え切りそして米の生産に成功した。たわわに実った秋の穂は見たこともない美しさであった。初めての収穫祭がとり行われ、自分で生産した米を収穫し口に入れた村人は誰彼となく泣き出した。それは米の味への感動より、冬を乗り越えられる安心からだった。彼らは秋の実りに感謝し、それをもたらしたブルーを尊敬した。

 それから稲作はトントン拍子で拡大していった。盗賊へと落ちぶれた村人を説得して帰郷させたり、他の村へ稲作を教えたことにより労働人口や米の生産量は飛躍的に増えた。緊急用に米を備蓄できる程の生産量が確保できた時に、ブルーは行商を始めた。当初は足元をみられ買い叩かれることもあったが、ブルーはそれも織り込み済みで初見の客には捨て値で米を販売した。「それでは利益がーー」などと喚く従者をブルーはなだめ村から持ちだした米を売り切った。手元に残ったのは銅貨の束とわずかばかりの銀貨である。当然村へ戻ったブルーは村人から非難を浴びたが、「来年まで待ってくれ」とブルーが頭を下げたことでその場は収まった。

 翌年ブルーは同じ量を持って行商にいった。帰還したブルーの手には大枚の金貨があった。米の味を覚えた客が高値で買い取ってくれたのである。「そういうわけか」と納得した村人はブルーをますます尊敬した。

 そしてこの稲作に隣国であるルードル帝国は目をつけた。ルードル帝国はブルーに接触し米の栽培方法を聞き出そうとしていた。国境を挟んで隣接しているルードル帝国の土地も気象条件は同じであり、栽培方法さえわかれば穀倉地帯となり得ることに気づいたのだ。

 しかしブルーは頑としてそれをはねのけた。稲作の技術はエンデンの村人が生きていくための秘術であり、とてもではないが他国へ教えることなどできなかった。そもそも特別な技術な物を他国へ持ちだした国民は厳罰に処されるため、ルードル帝国のお願いは言語道断であった。

 それでも諦めきれないルードル帝国の間者は何度かブルーに接触しているが、ケンモホロロで帰るしかなかった。

 ブルーは爺をその間者ではないかと疑ったのである。

 現在ブルーはエンデンにおいて半ば神格化されている。

 特に子どもほどその傾向が強い。彼らは生まれた時から米が身近にある生活でお腹を空かし草を食んだことなどない。それがどれほど素晴らしいことなのかを両親から聞かされた。彼らはおとぎ話のようにブルーのエンデンへの貢献の話を聞き、ブルー以前の両親の窮状を想像し、それを改革したブルーを盲信した。彼らはブルーを守るためなら何でもやってやると息巻いていた。

 更にブルーの神格化を早めた出来事があった。

 皇都での米の販売決定である。

 今秋、生産量が格段に増えたため皇都へ進出しようと村の会議で決まった。代表として誰が行くか、となった時に誰も自分から手を上げなかった。

 当然であろう。

 皇都への移動が危険な上に、老練な皇都の商人、都民を相手にしなければならない。誰もそんな自信はなかった。

 そんな時ブルーが手を上げた。幼少期に皇都へ住んでおり土地勘がある自分が最適だな、とブルーは考えたからである。村人は全員一致でブルーに任せることに決めた。

 護衛として子どもたちが行くと言って聞かないので、ブルーは未明にこっそりと5人の青年の従者とともに村を抜けだした。

 そして特にトラブルはなく皇都へ入った。皇都の一角で手売りをしようと思ったら、人相が悪い男どもが寄ってきて追い出された。「俺のシマで何しようってんだ」と彼らは口々に言っていた。

 その後2,3箇所で米を売ろうとしたが、同様の事態が起こり彼らは米の手売りを断念した。

「どこかの商会に任せるしかありませんね」

 そう決断したブルーは都民に声をかけて皇都の商会を教えてもらった。

 その都民は善良な人であり、ケシ商会というのが破竹の勢いでシェアを伸ばしており、そこを頼ったら良いんじゃないか、というアドバイスをくれた。ブルーはそのアドバイスに従いケシ商会の本部を訪れ受付に「米を売りたい」と伝えた。すると即座に「明日我が商会のトップであるシキとの会談の場を設けます」と了承された。その際に「お名前を聞いておきたいのですが? どこの商会の方でしょうか?」と言われ困惑したブルーはとっさに「ホワイト商会代表のブルーです」と名乗った。そんな商会は今の今まで存在しなかった。村の周囲で売るには商会名などいらなかったからである。自分を代表と言ったがそれはあくまでも仮であり、村に戻ったら改めて商会名と代表を決めようとブルーは決意した。「ホワイト商会のブルー様ですね。かしこまりました」と受付は丁重に頭を下げ、ブルーらの宿屋を斡旋してくれた。

 その宿屋に着き、彼らは一休みした。

 するとブルーは厨房へ行き、米の炊飯を頼んだ。料理人はケシ商会の紹介であるから嫌とは言えず、厨房の一角をブルーに貸し与えた。

 ブルーが米を火にかけて部屋に戻ると従者たちが輪になって話をしていた。

「受付の人でさえあの礼儀。シキって奴は人が出来てるな」

「でも怖くねぇか。どうもシキって女らしいぞ。女がトップに収まることなんてできんのか?」

「もしかして悪どい手を使ったんじゃ」

「それか、あれだ、あれ、マムシのように交渉相手に食らいついたら離さないとか。俺は明日の交渉が恐いよ」

 従者たちは明日の交渉に不安を抱えて、話すことでその不安を解消しようとしていた。

「これこれ、シキ様に実際に会ってもいないのに貶してはいけませんよ」

「はっ、すみません」

 彼らも子どもたち程ではないが、ブルーを尊敬している。

「私はちょっと知り合いの家に顔を出してきます。あなた方はどうしますか?」

「勿論、ブルー様の身を守るためにーー」

 コンッ。違う従者から頭を叩かれた。

「何すんだよ!」

「馬鹿か、お前は。ブルー様は知り合いって言ってるだろ? そんなの女に決まってるだろ?」

「はっ、そうか。しかしブルー様を守らねば」

「大丈夫だ。皇都は村より安全だし、お前だって道中ブルー様の剣捌き見ただろ? 自分を守るくらいは簡単だって」

「確かに」

「ひそひそ話は終わりましたか?」

「はいっ、ブルー様、どうぞお楽しみ下さい。僕らは宿屋で待機しています」

「お楽しみ下さい? どういう意味かわかりませんが、では私1人で行ってきます」

「はいっ」

 そうやってブルーは炊きあがった米を持ち宿屋を出た。

 そして2,3時間で戻ってきたブルーは驚くべきことを言った。

「驚きました。知り合いの家にケシ商会のシキさんがいて、米の販売が認められました」

 宿屋で待機していた従者は目を丸めるしかなかった。

 翌日滞りなく米の販売の詳細が詰められ契約書を交わした。

 それを村へと持ち帰ると村人は歓喜に湧いた。

 足元を見られると思っていたが全くそんなことはなく。むしろ足代を加算しても村の外で手売りするより儲けが出る値段設定だった。しかも売れ残りがある場合でもケシ商会に賠償金を支払わなくても良いという破格の条件だった。村人は困難な交渉を纏め上げたブルーを篤く信頼した。

 ブルーとともに皇都へと行っていた従者である5人は村人からしきりに話をせがまれた。

 皇都の状況、道中の危険、気候や食事など話すことは多岐にわたったが、彼らがいの一番に聞いてくるのはいつも同じだった。

 ーーどうやってブルーさんはあれほど有利な契約を結べたのか?

 彼らの関心はそこにあった。

 従者の5人は自分の感動や驚愕とともに事の顛末を熱く語った。

 知り合いの家に行くとふらっとブルーさんが抜け出し、帰ってきたらすでに交渉が終わっていた、なんて荒唐無稽な話を村人は信じた。信じられる実績がブルーにはあった。

 もしかしたら知り合いの家というのは嘘で、何かコネを使ったのかとか、単身で交渉に望みこちらの要望を全て飲ませたのではとか、聞き手は自由に空想した。

 そして虹色居酒屋の但し書きという付加価値を無料で加えたブルーの手腕に唸った。

「ブルーさんはスゲー」

 エンデンはブルーの偉業の話で持ち切りだった。

 ここエンデンは辺境であり皇都の状況はうわさ話程度しか入ってこない。むしろルードル帝国の状況の方が詳しいほどである。

 ブルーが旅立った日以降、ブルーの身を案じた村人は手当たりしだいに皇都について聞きまわった。

 皇都は安全だ、という人もいたし、皇帝陛下のおかげで平和だ、という人もいた。食べ物で溢れている楽園だ、野犬が腹を空かせて歩き回っているなんて両極端な意見もあった。そんな中、皇都へ行商に行ったという男から「皇都では物は売れない。シマがあって顔役に筋を通さないとだめなんだ。しかも信頼がない商会から都民は買わない。由緒正しいポール商会か新進気鋭のケシ商会に仲介を頼むしかないだろう。だがあいつらは足元を見てきやがるから、俺の手元に残った利益は僅かだ」という不満を聞いた。その男は何度も皇都へ行商に行ってるが全く得になっていないとボヤいていた。

 それを聞いた村人は米の販売による利益を半ば諦めた。むしろブルーやその従者が危険に合わずに帰ってくることを願った。彼らはこれからの村に必要な人材であった。

 だがブルーはひょうひょうとした顔で帰ってきた。手にはしっかりと米の対価である金貨が握られていた。

「特に困難はありませんでした。これもコール様のお導きです」

 ブルーは涼しい顔をして言った。従者も首を縦に振った。そして交渉の内容は当初予想していたより好条件での販売許可だった。村人が驚くのも無理はない。

 ブルーがホワイト商会の代表であることも即座に了承された。

 それ以降村の子どもたちはブルー警備隊を組織し、ブルーの周囲を監視している。爺が空から降ってきたことに最初に気づいたのもそんな子どもたちだった。 

「とにかく読んでくれ。ケンさんに頼まれたのじゃ」

「いえっ、しかし……」

 もしかしたらこの手紙を開いたら魔法が発動し、自分の意識を奪われるかもしれない、とブルーは危惧した。

 中々手紙を開こうとしないブルーに対して爺のイライラがつのった。

「何も危険はないぞ」

「…………」

 ブルーの疑念はそんな言葉では消えない。むしろ膨らむ一方だった。

「ええい、さっさと読まぬか! このワシが言うとるんじゃぞ」

 爺はつい声を荒げた。

 これによって更にブルーの疑念は膨らみ、手紙を返すことに決めた。

「申しわけありませんが、この手紙はお返し致します」

「なぜじゃ? お主から返事をもらわねばワシはケンさんに顔向けできん。はよう読んでくれ。……ムッ」

 爺が突然右手で目の前の空間を払う。虫でも払ったのだろうか、とブルーは疑問に思った。

「どうかされましたか?」

「何でもない。こっちのことじゃ。それよりお主は何故手紙を読まんのじゃ? もしやワシがルードル帝国の者だとでも思っているのか?」

「そうです。ここは国境の地であり間者もいます。平和条約を結んだとは言え、やはり隣国の情報は欲しいようです」

「ワシが間者のはずがないじゃろ!」

「それを証明できますか?」

「証明……そんなこと考えたこともなかったわい。だがワシはケンもシキもマリーも知っておるぞ」

「……それは証明にはなりません」

「めんどくさいのう。……仕方ないか」

 爺は懐からゴソゴソと何かを取り出した。何やら不可思議な模様のついた平べったい物体であった。

「それは一体?」

「これはのう『オニギリ』じゃ。ケンさんがブルーさんに届けてくれと特別にワシに預けたものじゃ」

「えっ? 虹色居酒屋の店外に食べ物を持ち出すのは禁止なんじゃ」

「そうじゃ。じゃから特別なんじゃ。ほれっ、これを食えばワシがルードル帝国の手の者じゃないことはわかるじゃろ」

 爺は結び目を解いてオニギリを地べたに広げた。茶色の包みの中には真っ白に輝く米が人間の手程の大きさに握られていた。

「まさか、本当に虹色居酒屋の?」

「じゃから言ったじゃろ。はよ食え」

「しかし……」

「わかった、わかった。ワシが1つもらうぞ」

 毒を警戒しているブルーの目の前で爺がおにぎりを掴む。

「あっ、それではなくこちらを食べて下さい」

 ブルーが爺が掴んだおにぎりの1つ隣を指さした。

「用心深いのう」

「私の処世術です」

 ブルーの猜疑心に爺は呆れ返ったが、指示通りに隣のおにぎりを掴み頬張った。

「オニギリなんて久しぶりに食ったが、やはり旨いのう。魔法を使って腹が減っておったから丁度良い」

 爺はまたたく間に1つを完食した。

「ほれっ、はよ食え」

「ええ、頂きましょう」

 毒の危険性がなくなったブルーはおにぎりを手に取った。

 元々色艶から間違いなく虹色居酒屋の米だとブルーは断定していた。自分たちが生産した米はいくら精米したところでこの白さはだせない。自分たちの米を上回る品質を誇っているのは虹色居酒屋だけ。ゆえにこのオニギリなる料理は虹色居酒屋のものである。

 とは言え毒の危険性はある。ケンさんに信頼された目の前の老人が悪人には見えないが、念の為に警戒した。口にするものには細心の注意を払うのはこの時代に生きる人々にとって当然のことであった。

「では」

 ブルーがおにぎりにかぶりつく。

 平べったい笹のような物の上にのせられたおにぎりは美しかった。丸みを帯びたフォルムで米1粒1粒が立っていた。俺を食べてくれ、と主張していた。更に米の真ん中に見慣れぬ黒い物体が貼り付けてあった。その白と黒のコントラストが映えていた。

 まずは米だけ、とブルーは未知なる黒い物体を避けてオニギリの上部を口にした。

 ほんのり塩気が感じられる米はたまらなく上手く、炊いてから時間が経っているはずなのに米から水気が失われてなかった。外気に晒し続けた米は水分を失いカピカピになる。それをブルーは知っていた。

 だがこのオニギリはどうだ? 食感はモチモチと心地良く、米1粒1粒が水気を失っていなく食べる者を喜ばせた。

 そこでブルーははっと我に返った。虹色居酒屋は皇都にある。ここから馬で数十日かかる。いくら虹色居酒屋の極上米といっても、水分が失われないわけがない。というか腐るに決まっている。

「失礼ですが、このオニギリとやらはいつ炊いた米なのでしょうか?」

「今朝じゃ」

「はい?」

「今朝じゃ。早起きしたケンさんが握ったんじゃ」

「今朝というと、今日は3月4日ですが、3月4日の朝、ということでよろしいでしょうか?」

「そうじゃ」

「…………」

「なんじゃ、その目は。仕方ないじゃろ。お主の居所がわからず探しまわっていたらこんな時間になってしもうたんじゃ」

 爺はブルーの疑いの目に抗議する。時刻は午後3時前。爺の転移魔法は一度自分が行ったことのある地にしか行けない。そのため転移できたのはここから距離があるところまでであり、後は空を浮かんで田園と集落を探すしかなかった。爺はそれを見つければ降りて「ブルーさんか?」と聞いた。それゆえ時間がかかってしまったのだ。

 届けるのが遅いと言われているように爺は感じたが、それは見当違いであった。ブルーは真逆の感情を持っていた。皇都で米を炊いて、エンデンまで持ってくるのに半日も経っていないという不可思議な現象を目の当たりにして、米が半日もみずみずしいという感動を忘れてしまった。

「あなたは一体何者なんですか?」

「じゃからワシの正体などどうでもよろしい。ただの魔法使いじゃ」

「ただの、ではないでしょう。転移魔法を使い、しかもこの距離を飛べる魔法使いなんてそうはいませんよ」

「ワシがその1人じゃ。証明でもしようか?」

「えっ? それはどういうーー」

 困惑したブルーは爺が伸ばしてきた手を払えず肩を掴まれた。

 そして目の前が真っ暗になった。


「着いたぞ」

 その爺の一言で目を開けたブルーの前には虹色居酒屋があった。読めない文字の看板がそこにはあった。今日は看板を拭くマリーはいなかった。

「今日は月曜で定休日じゃから中には入れんが、ほれっ、転移できたじゃろ?」

「ええ……そうですね」

 ブルーは事態の推移に頭がついていかなかった。

 そして状況を整理しようと必死で頭を働かせようとしたがこみ上げる吐き気と頭痛がそれを阻んだ。

「良し。帰るぞ」

 爺はブルーの反応を見ることもなく、再度肩に手を起きエンデンへと転移した。


 エンデンへと帰ってきたブルーの手には食べかけのおにぎりが握られていた。

 転移前後でそのおにぎりには変化がなかった。

 本当に転移魔法なんだな、とブルーは感心しつつ、ひどくなった吐き気と頭痛と戦った。

「ほほう、2度の転移で吐かんか。感心、感心」

「お米を……吐き出すことなど……できません。……ましてや……恩人の……」

「わかった、わかった。少しすればその吐き気も収まるからじっとしとれい。全く一般人であるブルーさんが吐かんというのに、スレッジのあほうは……」

 爺は弟子の不出来を嘆いた。

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