僕の盲想Ⅳ(2)
「疲れた……」
僕はやっと安住の地である文芸部の部室にたどり着くと、誰もいない長机の上に突っ伏した。机から伝わってくるひんやりとした感触が気持ちいい。
今朝マギー、じゃなかったダMに呼び出されてこうやって部室に来たわけだが、まだ来てはいなかった。ただただ待っているのはなんだか癪だった僕は、会誌用の小説をもう少し進めるか、と思い立った。
そう、文化祭前ということで文芸部で唯一のまともな活動とも言える、会誌の作成が行われるのだ。
うちの会誌は毎回お題に沿った部員の短編小説を載せるのが通例になっている。
今年のお題は、『ハーレムもの』だ。
毎回部長が直々にお題を決めることになっているのだが、なんだか大分ジャンルの絞られるお題である。ちなみに去年のお題は『ツンデレ』だった。……もう、文芸部じゃなくってライトノベル部とかしにしたらどうかな。
「よいしょっ……と」
僕は鞄から設定を書いたノートを取り出した。大体の話と登場キャラは既に考え終えていたのだ。
僕の今年の会誌に載せる新作ハーレムもの、その名も『SMD48』!
さいとうめぐるだいすき48人、だ。
簡単にいえば、主人公である僕、斉藤廻を48人ものキャラクターがあ~んなことやこ~んなことをして取り合うキャッキャウフフな物語である。48キャラは年は5歳|(幼女)~2万歳(ロリババァ)まで、関係性は幼なじみから地球外生命体まで、性格も控えめ無口っ娘、強気メガネ委員長、正統派ツンデレ、世話焼き姉さん、恋する乙女等々各種取り揃えている。
いやぁ、48人もキャラクターを考えるのに苦労した。最後の方は自分でも違いのわからないキャラが何人か生まれてしまった程だ。でも、48人ものキャラクターが主人公を取り合うという展開は、やはりインパクトがあるだろう。業界最多じゃないかな! ……たぶん。
僕がノートに綴られたキャラクターの名前と設定を見返しながらその娘にどんな恥ずかしいことをさせてやろうかと脳みそを見られたらレッドカード、一発退場|(学校を)な妄想を繰り広げていると、
「悪いな、遅れた」
そう言いながらマギー、じゃなかったダMがのっぽり入ってきた。
人を呼びつけておいていいご身分である。
「遅いぞ、ダM!」
「いや、その例会があってな……っていうかやっぱりその呼び名なんだな……」
当然だ。
苦笑いしながら昨日と同じく僕の前の席に付いた。
っていうか、例会って何のだ?
「それで。昨日あの後何があったのか、洗いざらい吐いてもらおうか」
そう静かに言い放つと、威圧するかのようにダMは僕を見据えた。
ふふふ、残念だったね。僕は篠崎さんのおかげで大分にらみつける攻撃に対して耐性がついたんだ。
「別にたいした事はなかったよ……」
「いいから、吐け」
その後、まったくやる気のない僕を他所にあの後の出来事を根掘り葉掘り聞き出したダMは、特に僕と篠崎さんの間に特別なものを見いだせなかったのだろう。
「いやぁ、廻が気に入られるだなんて天地がひっくり返ってもありえないと持ってたんだ、俺は!」
と酷く甚だしい捨て台詞と共に納得したようだった。
天地がひっくり返ってもありえないだぁ? そんな事僕が一番知ってるわ!
「でも、だとしたらなんだったんだろうな、氷の女王。女王陛下の気まぐれって奴なのかねぇ」
「……さぁね。この話はこれでお終い」
僕はその当然の疑問を避け、きっぱりと言い放った。
これ以上、答えの出ない疑問に時間を割くつもりはない。
「おっ、これもしかして文化祭用の新作か?」
僕のそんな態度に気がついたんだろう。
机の上に出しっ放しにしていた会誌用の設定を書いた紙をマギーは覗き込んだ。
「見んなよ、まだ途中なんだから」
書き途中の話を誰かに見られるのが一番恥ずかしいのは僕だけだろうか。
急いで鞄に閉まっていると、逆にマギーは自分の鞄を机の上に置き、気持ち悪い笑を浮かべた。
「ところで、俺の新作を見てくれ……こいつをどう思う?」
そう言うと、ダMは鞄からプリントアウトした紙の束を取り出した。
「おっ、今回は早いじゃん。もう出来たんだ」
「ネタ振ったんだからノレよ……つれないな」
「うっせぇ駄M」
しょんぼりとしたってこれっぽっちも可愛くない変態のことはおいておいて、僕は原稿を受け取り早速読むことにした。
同じハーレムものを題材にしているわけだし、ネタかぶりや設定かぶりは避けたいところだ。どっちかどっちかのパクリって言われたらたまらないからな。
え~、タイトルはっと……
「なっ……なん……だと」
僕は、そのタイトルに衝撃を隠せなかった。
「……SMD48」
「そう! なんていうか、キャッチーなタイトルだと思わないか、SMD48」
僕の書こうとしていたタイトルと、一字一句同じである。
イッツァミラクル。ミラクル? おいおい僕はこんなところでいらん奇跡を起こして運を消費したくはないんだがな。
「なんだよ、SMD48って! 何の略だ!」
お前の名前は真木元樹だろうが! イニシャルだろうと頭文字だろうとMMにしかならんだろ。僕と同じ法則で名前をつけたんだとしてもMMDだ! ネギでも振ってろ!
「そりゃもちろん、SM大好き48だ!」
「胸を張るなー!」
あぁそうかい、もう隠す気ないんだね、学校という公的な場で発行される会誌にSMプレイの小説を書いちゃうんだな、この変態は!
「へっ、変態じゃないぞ! 俺は気は小さいけれど力持ち、心優しきマゾヒストであって……」
「それを変態と言うんじゃ!」
まったく……とんでもない小説とタイトルが被ってしまった。
いやいや、落ち着くんだ、僕。小説というのは、中身で判断しなければならないのだ。タイトルで批判をするだなんて愚の骨頂なんだ、うん。
僕はそう自分に言い聞かせ、ページを捲った。
「……」
「どうだ、凄いだろう! 主人公はもちろん俺なんだがな、のっけから48人の美少女たちとのSMプレイが繰り広げられるんだ……。夢の48Pだぞ、48P! 後な、最後にはチームMが舞台で歌を歌って終わるんだが、その詞も俺が手がけたんだ。特にな、サビの部分がお気に入りだ」
「…………」
僕はもう、こいつに話しかけることは何も無い。というか、なんというかもうね……。
僕が黙っているのをいいことに、変態駄M野郎はノリノリで歌い出した。
「あ痛かったーあ痛かったーあ痛かったーイェス!」
「ノォーーだよ!!」
渾身の力を込めて原稿用紙を机に叩きつけ、突っ込んでいた。
っていうか!
48人の美少女と48Pて!
お前いねぇよ!
「はぁ……」
変態なんぞと同じ部屋にいられるか! 俺は家に帰るぞ! とクローズドサークルものの死亡フラグ的な心境で部室を後にした僕は、さっさと帰路に就くことにした。しっかしまさか、唯一の心落ち着く場所だと思っていた部室すらも変態に侵食されているとは。
「そうだ、こういう時は……」
僕は、今後の友達付き合いについてや、来るべき翔子との対話、そして、篠崎さんについて少し考えたくて、少し寄り道をすることにした。
ベタで恥ずかしいが、考え事をする時にいつも立ち寄る場所が僕にはあるのだ。