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【全4巻完結・Amazonで販売中】冤罪で7年間鉱山送りにされた俺、出所後に《ダンジョンガチャ》を手に入れて人生をやり直す  作者: 月瀬 リュカ


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第79話 代わりになる者



「あなたは、私を助けようとするから」


 エリナの言葉が、小部屋へ静かに落ちた。


 ウィルは何も答えなかった。


 否定できなかった。


 エリナを解放する方法がある。


 その代わりに、自分がこの牢獄へ残る。


 選ぶべきことは、最初から決まっているように思えた。


「やめてください」


 リディアがウィルの前へ立った。


「まだ何も言っていない」


「言わなくても分かります」


 リディアは日記を抱えるようにして、ウィルを見つめた。


「自分が残ればいいと考えていますよね」


「俺なら条件を満たしている」


「だからといって、ウィルさんが犠牲になる必要はありません」


「他に方法がない」


「日記に書かれている方法が、すべてとは限りません」


「千年前から、この封印を守ってきた本人の記録だ」


「それでもです」


 リディアは一歩も退かなかった。


「私は、ウィルさんをここへ置いていきません」


 その声には迷いがなかった。


 ウィルは視線を逸らす。


 リディアだけではない。


 カイルも険しい表情でこちらを見ていた。


「俺も反対です」


「カイル」


「エリナを助けたい気持ちは分かります。ですが、あなたが残ると決めて終わる話ではありません」


「なら、どうする」


「それを今から考えます」


 答えになっていない。


 だが、カイルも本気だった。


「時間があるとは限らない」


 ゲイルが言った。


 全員の視線が集まる。


「封印柱は傷んでいる。ヴァルガスも一度、封印の外へ出た。次に扉が開けば、同じ方法で押し戻せる保証はない」


「だから、ウィルさんを残せと言うのですか」


 リディアが睨んだ。


「まだそうは言っていない」


 ゲイルは日記へ近づく。


「この記録が正しいなら、封印に必要なのは人間そのものではない」


「どういうことだ」


 ウィルが尋ねる。


「水晶との繋がりだ」


 ゲイルは、日記に記された一文を指した。


『その者が封印柱へ触れれば、水晶と封印の繋がりを、エリナから移すことができる』


「移されるのは、身体ではない。繋がりだ」


「ですが、その者は牢獄へ残らなければならないと書かれています」


「千年前の術式ではな」


 ゲイルが続ける。


「今も同じ条件とは限らん」


「何か考えがあるのか」


「お前の能力だ」


 ゲイルの視線が、ウィルの右手へ落ちる。


「《ダンジョンガチャ》か」


「正確には、ダンジョンコアとの繋がりだ」


 ウィルは眉を寄せた。


 ダンジョンガチャは、迷宮を攻略することで報酬を得る能力。


 だが、始まりはダンジョンコアだった。


 七年前。


 ウィルはコアを盗んだ罪を着せられた。


 そして出所後、本物のコアへ触れたことで能力を得た。


「水晶との繋がりを、お前自身ではなく、別の器へ移せる可能性がある」


「別の器……」


 ウィルは考える。


 この牢獄にも、核がある。


 封印守の中にあった赤い核。


 七つの封印柱。


 そして、ダンジョンにはコアがある。


「封印をダンジョンの一部として登録するのか」


「できるかどうかは知らん」


 ゲイルは即答した。


「だが、試す価値はある」


「失敗したら?」


「お前が残る」


 リディアが顔を上げる。


「そんな簡単に言わないでください」


「最悪の場合を言っただけだ」


「その最悪を避けるために話しているんです」


「感情で術式は変わらん」


「ゲイル」


 ウィルが遮る。


「考えは分かった」


 日記には、七つ目の封印柱へ触れろと書かれている。


 その瞬間、水晶との繋がりがウィルへ移る。


 だが、繋がりをダンジョンへ渡せるなら。


 人間の代わりに、迷宮そのものを封印へできるかもしれない。


「問題があります」


 カイルが言った。


「ここはすでに迷宮なのでしょうか」


 ウィルは周囲を見る。


 石造りの牢獄。


 魔物。


 封印守。


 最奥に存在する強大な敵。


 構造だけを見れば、ダンジョンに近い。


 だが、ウィルの視界には攻略状況も表示されていない。


「今までは何も出なかった」


「なら、ダンジョンではない可能性もあります」


「あるいは、まだ攻略条件を満たしていない」


 ウィルは、扉の向こうを見た。


 ヴァルガスを倒していない。


 エリナも解放していない。


 封印も修復していない。


 この場所でやるべきことは、まだ終わっていない。


「七つ目の封印柱へ行く」


 ウィルが言った。


「そこで能力が反応するか確かめる」


「右手はどうするんですか」


 リディアが黒い結晶を見る。


 侵食は手首を越えかけている。


 日記から離れたことで、進行は止まっていた。


 だが、封印柱へ触れれば、さらに広がる可能性が高い。


「今は動く」


「そういう問題ではありません」


「動かなくなったら考える」


「ウィルさん」


「行くぞ」


 ウィルは剣を拾った。


 リディアは納得していない。


 それでも、この小部屋に留まっていても何も変わらない。


 日記を荷物へ入れ、エリナの結晶を抱え直した。


     ◇


 七つの封印柱が並ぶ広間へ戻る。


 中央には、閉ざされた黒い扉。


 その表面を、赤黒い結晶が脈打つように覆っていた。


 以前よりも増えている。


「封印が弱まっている」


 カイルが呟く。


 七本の柱のうち、六本には淡い光が残っている。


 最後の一本。


 エリナが代わりになっていた柱だけは、中央が大きく欠けていた。


 術式の線も途中で途切れている。


「これですね」


 リディアが立ち止まる。


 腕の中のエリナが、再び目を開いた。


 今度の瞳は赤くない。


 本来の色に戻っている。


「エリナ」


 ウィルが呼びかける。


 少女は、結晶の中から欠けた柱を見つめた。


「それを直せば……お父さんは、もう苦しまなくていい」


「お前も外へ出られる」


 エリナは小さく首を振った。


「私はいいの」


「よくない」


「でも、誰かが代わりになる」


「誰も残らない方法を試す」


 エリナがウィルを見る。


「そんな方法はないよ」


「千年前にはなかっただけだ」


 ウィルは欠けた柱へ近づいた。


 黒い扉の向こうから、低い唸り声が響く。


 ヴァルガスの声なのか。


 水晶の声なのか。


 区別はつかなかった。


「お父さんは、ずっと水晶を押さえてる」


 エリナが言う。


「もう、あまり長くはもたない」


「分かっている」


「だから、私を戻して」


 リディアが結晶を抱く腕へ力を込めた。


「戻す?」


「私が柱に戻れば、封印は少しだけ強くなる」


「駄目です」


「でも、このままだとお父さんが出てくる」


「だからといって、あなたをまた封印に使うことはできません」


「私は最初から、そのために残ったの」


「千年前のあなたが決めたことです」


 リディアは静かに答えた。


「今のあなたまで、同じ選択をしなくていいんです」


 エリナは言葉を失った。


 ウィルは欠けた柱の前へ立つ。


 右手を伸ばした。


「待て」


 ゲイルが槍の柄で腕を止める。


「触れた瞬間、術式が始まる可能性がある」


「ああ」


「失敗すれば、お前がここへ縛られる」


「分かっている」


「分かっていて触るのか」


「他の方法を試すためだ」


 ゲイルは動かない。


「お前が残れば、俺たちは外へ出られるのか」


 突然の問いだった。


「日記が正しければな」


「なら、最悪の場合は実行しろ」


「ゲイル!」


 リディアが叫ぶ。


「ただし」


 ゲイルはリディアを無視し、ウィルだけを見る。


「最初から自分を犠牲にするつもりで触るな」


 ウィルは黙った。


「お前は、死ぬつもりの人間と同じ目をしている」


「死ぬつもりはない」


「ここへ残れば同じだ」


「エリナを置いていくよりはいい」


「それが最初から間違っていると言っている」


 ゲイルが槍を退ける。


「助ける方法を探すと言いながら、自分が代わりになれば済むと考えている。そんな人間に新しい方法は見つけられん」


 ウィルは何も返せなかった。


 図星だった。


 能力が使えなければ、自分が残る。


 最初から、そう決めていた。


「珍しくまともなことを言いますね」


 リディアが呟く。


「黙れ」


 ゲイルは短く返した。


 ウィルは一度、柱から手を下ろした。


 自分が残ることを前提にしない。


 エリナも。


 ヴァルガスも。


 できるなら、全員を解放する。


 そのために能力を使う。


 ウィルは右手を見た。


「俺の身体ではなく、この場所へ繋がりを移す」


「できますか?」


「分からない」


 ウィルは正直に答えた。


「だが、ダンジョンガチャは攻略した迷宮を認識する」


「ここを一つの迷宮として攻略するということですか」


「ああ」


「攻略条件は?」


「封印の完成だ」


 ウィルは、そう考えた。


 魔物をすべて倒すことではない。


 最奥の敵を殺すことでもない。


 この牢獄が作られた目的を果たす。


 水晶を封じ。


 エリナを解放し。


 ヴァルガスを水晶から切り離す。


 それが、この場所の攻略条件だ。


「やるぞ」


 今度こそ、ウィルは右手を柱へ触れた。


 黒い結晶と封印柱が接触する。


 激しい光が広間を満たした。


「ぐっ!」


 右手から腕へ、熱が駆け上がる。


 欠けていた術式が赤黒く輝き始めた。


 エリナの結晶から、細い光の糸が伸びる。


 糸は封印柱を通り、ウィルの右手へ繋がった。


「ウィルさん!」


「まだ来るな!」


 身体が重くなる。


 足が石床へ縫いつけられたように動かない。


 日記に書かれていたとおりだ。


 封印との繋がりが、エリナからウィルへ移ろうとしている。


 だが、受け入れる先は自分ではない。


「《ダンジョンガチャ》!」


 ウィルは能力を発動した。


 何も起きない。


 視界に表示も現れない。


「もう一度だ」


 黒い扉が激しく揺れた。


 向こう側から、巨大な拳が叩きつけられる。


 扉に亀裂が走った。


「急げ!」


 ゲイルが叫ぶ。


「《ダンジョンガチャ》!」


 反応はない。


 右腕の侵食が肘へ迫る。


 エリナの結晶から赤い光が薄れていく。


 代わりに、ウィルの身体が石のように重くなる。


「離れてください!」


 リディアが叫ぶ。


「今離れたら、エリナへ戻る!」


「このままではウィルさんが!」


「まだ終わっていない!」


 ウィルは周囲を見る。


 六本の封印柱。


 黒い扉。


 赤い水晶。


 この場所には、核がない。


 ダンジョンとして認識させるための中心が。


 そのとき。


 足元に、小さな赤い破片が落ちていることに気づいた。


 封印守を倒したときに残った核。


 カイルの靴に引っかかり、ここまで運ばれていた。


「カイル!」


「はい!」


「その破片を柱へ!」


 カイルがすぐに拾う。


 赤い核を欠けた部分へ押し込んだ。


 柱全体へ光が走る。


 七本の術式が繋がった。


 同時に、ウィルの視界へ文字が浮かぶ。


《封印の古牢を特殊ダンジョンとして認識しました》


《攻略条件を確認します》


《赤い水晶の封印》


《封印核の修復》


《囚われた者たちの解放》


《現在の攻略率――六十六パーセント》


「出た……!」


 だが、まだ足りない。


 三つの条件のうち、満たしたのは封印核の修復だけ。


 水晶は封じられていない。


 ヴァルガスとエリナも解放されていない。


 黒い扉に、新たな亀裂が入った。


 巨大な赤黒い指が、隙間から現れる。


「来るぞ!」


 ゲイルが槍を構えた。


 扉が内側から押し開かれていく。


 その隙間から、ヴァルガスの顔が現れた。


 赤黒い結晶に覆われた怪物。


 だが、その片方の目だけは、人間のままだった。


「エリナ……」


 低い声が広間に響く。


 エリナが結晶の中で手を伸ばした。


「お父さん!」


 ヴァルガスの人間の目から、涙が流れた。


 次の瞬間。


 もう片方の赤い目が強く輝く。


 巨大な腕が、黒い扉を完全に押し開いた。


《最終攻略対象が出現しました》


《赤い水晶の器――ヴァルガス》


《討伐、または水晶との分離により攻略条件を達成します》


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