語れぬ未来
「もうそろそろ屯所の寮も修繕ちゃいます? そのうちもう風で吹き飛んで、民家にどしゃあなりますよ。上層部の怠慢で」
管理局の業務中、真原さんが言った。
「なにがあったの?」
富山局長がおそるおそる問う。
「最近、朝起きたら扉全開なってるんですよ。寒ぅ思うて、なんやあ思うとったら、扉、全開‼ ここ最近、ずっとですよ」
俯きながら作業していた私は、より一層姿勢を低くした。
酒呑童子との稽古を開始し、もう五日。
毎朝、酒呑童子と稽古している。
酒呑童子は私の部屋を覚えておらず片っ端から開けているフシはあったが、男子局員の寮の扉も開けていたらしい。
「そういえば……俺のとこも開いてたような……」
福野さんはボンヤリ首を傾げた。
「お前、どこでも開けとくやんけ。管理局の扉も開けたら閉めろ言うてんのに」
「面倒なんですよね。開閉」
以前、福野さんと一緒に輝宮寺の屋敷の扉を蹴破ったけど、あれ……もしかして面倒だったからなんてことは……ない……?
閉まってたから蹴破る、だと思ったけど、面倒だったから……?
一瞬怖くなっていると、富山局長は「枯賀さん大丈夫だった?」と私に話題をふった。
私は頷いておく。実際のところ大丈夫じゃなかったが、女子の局員寮は全部私が閉めておいた。
「局長も開けときますよねぇ、扉」
真原さんが冷ややかに呟く。
富山局長はギクッと、漫画みたいな顔をした。
そう、管理局で福野さんと富山局長は、開けた扉を閉めない。
福野さんはそもそも閉める気がないが、富山局長は「あ~忘れちゃった」と閉めなおす日もあるが、すっかり忘れてそのままにするときもある。箱や瓶の蓋もそうだった。私は特に注意せず気付いたら閉めておくけど、真原さんはよく注意している。
改善は……ない。
管理局に入ってから今に至るまで、関係性は変化した気がするけど、開閉問題はなんにも変わらない。
「まぁまぁまぁ、真原くん、よく、気が付いて、ほ、補佐してくれてありがとう」
「なんでもいいほうに言えば許される思たら、ちゃいますからね‼」
真原さんは、フン、と怒る。無理もない。回数が回数だ。
「娘さんも困っとるんちゃいますか? 開け閉めできひんって」
「家で、し、しないわけじゃないし」
「人選んでるいうことですか? 娘の前ではちゃんとするけど、真原だからええやろて」
「そ、そ、そんなわけないけどね……」
富山局長は視線を逸らし頭をかく。
娘さんは私と年齢が近かったはず。
父親として性別の違う子供には気を遣うだろうし、逆に仕事仲間の真原さんのほうが、そういうのなくいい意味で気を遣わない……のかもしれない。ただまぁ、甘えすぎで済まない気もするが……。
「はぁ、もう、管理局でも局員寮でも開けっ放しで、はよ出世して屯所の外で暮らしたいわ。静かで、そこそこ店もあって、買い物に困らん感じの」
富山局長は屯所の寮ではなく、普通に戸建て住まいらしい。娘さんの話題は出るが、奥さんの話は一切出ない。そして……薬指に指輪がない。千年桜は恋と咲くにおいて、結婚指輪や婚約指輪の描写は曖昧だった明治大正昭和に時折幕末や平安の世界観が入り乱れるので、その影響を受けてかもしれない。皇龍清明様は自分のセンスを疑っていて、装飾品の類をお姉様に渡さず、「好きなだけ使え」と金を渡すタイプの男だったし。
なので富山局長の奥さんについては、分からない。そもそも局長が本編で死んでるし。
局長の娘さんがあやかしになるとき、男手ひとつで育ててくれたお父さんとあったので、一緒に住んでないとは思うけど……離婚か、死別か、それ以外の事情があるのか分からないし……私が会話可能であったとしても聞かないだろう。
多分、水社一心あたりは分かるだろうけど……あいつはそういうプライバシーに関して、かなり気を遣ってるし。
ということで富山局長はおそらく娘さんと二人暮らしだが、真原さんや福野さんは男子局員寮に住んでいる。水社一心も同じだ。木造旅館みたいな見た目で、中はホテルの廊下やアパートの廊下みたいに個室が続いていく感じだ。女子寮と同じく大体四畳半、文机と布団と物置でトイレはなし。
「真原さん家買えないんですか」
福野さんが直球で聞く。
「買えるわけないやろ、まだ下のに金かかるわ」
下の、というのは妹のことだろう。
「大変ですね」
「お前はどうなん、もう外で家借りくらいは出来る頃合いやろ」
「別に外に住む必要もないですからねぇ。いつ死ぬかも分からない以上、無責任に可愛い命を愛でるのも無理だし」
「可愛い命て、犬とか猫のこと言うとるんか」
「はい」
「気味悪いで言い方……命て、犬猫とか、なんか言い方あるやろ」
「犬と猫だけが可愛い命じゃないですよ」
「そうかぁ? まぁでも、ちゃんと世話はせなあかんけど、飼うくらいなら、別になぁ、いつ死ぬん分からんのは軍人だけやないし、軍人で結婚して子供育ててる人間なんか沢山おるんやから、足短い生き物飼うん無責任にはならんやろ、将来設計としても」
真原さんは補足する。確かに福野さんの理論は「軍人でいつ死ぬか分からないのに結婚なんて無責任では」と局長含む子育て組を刺してしまう部分もある。多分福野さんは純粋に、生き物に責任を持ちたいだけだろうけど……短い足の。
「それに、いたら、出たくなくなる」
「あ?」
「離れたくなくなるし、目に入った、可哀そうで小さいのは全部家に置いときたくなる。そんなところにいるなら、こっちおいでって、そうしたら、やっぱり破綻する。一匹は選べない。だから最初から、誰もいれない」
「お前それ、人間相手やったら、ぼろっかすにされるで」
「人間を家に入れたいとは思わないです」
福野さんは即答した。しかし、「ああ、でも」と付け足す。
「管理局の人間は、別にいいです」
「はぁ? なに? 管理局て、え、僕らのこと言うてる?」
真原さんが目を丸くし、顔をひきつらせた。
「はい、三人は、家にいてもいいです。出来れば、前に言った、服着てほしい」
ニヤァ……と、福野さんはねっとりした笑みを浮かべた。漫画の広告に出てくる顔みたいだった。
そして福野さんはそのままの調子で私を見る。
「水社少尉も連れてきていいですよ。服も用意します」
私は頷けなかった。
怖すぎる。
福野さんに管理局の人間として認められているのは、光栄と思うが、恐怖のほうが勝つ。
怖いもん。福野さんがうっすら出してくる管理局マスコット化計画、あまりに怖い。
水社一心のことを気にかけてくれることは、すごく嬉しい。
それを上回る湿度の高い怖さがある。
「別に僕、お前の家、住みたないねん、間取り一緒やし。階違うだけや、逆にひくなんねん」
どうやら真原さんは福野さんの住んでいる寮部屋とは階が異なるらしい。女子寮は一つしかないが、男子寮は何棟もあるので、もしかしたら棟が一緒なのかも。
「しかも蓋も扉も閉じられへんやん。いややわ」
真原さんはぶるぶる首を横に振った後、こちらに視線を向けた。
「ほんっとにもう、枯賀だけが正気や。蓋閉じるし、居てくれてよかったわ。言葉も通じるし」
真原さんはうんうん頷く。申し訳ないが、喋ったことはない。
今後、話をすることもない……のだろうか。
前は「話をすることはない」と断じることが出来たが、今はし辛い。
たとえば「生きたまま」強くなって、異能を温存する理由が消えたら。
それこそドブ煮込みが消滅してもなお、私が生きていたら。
異能を温存する必要は、本当に消える。
喋らない理由も消える。
生きていたらの話だけど。




