ギュってやればドゥン! ド根性!
私は酒呑童子と稽古することになった。
一応、酒呑童子は野狐禅と同じくあやかし三妖士という幹部キャラだ。
三妖士の中では一番出番があったし、カバーにも出ていた。
ノベルの『千年桜は恋と咲く』は、単行本と呼ばれる1500円くらいする大きい本と、文庫版の二種類ある。
なぜ同じ内容なのに二手に分かれたかと言えば、アニメになったから。
最初は大きいほうで出ており、のちに文庫化されたのだ。私は文庫から入った。一度に1500円は出せずとも900円ならいけるかも……という購買動機で、千年桜は恋と咲くの大きい本は約18万字が収録されており、文庫は一冊9万字。
要するに文庫二冊が単行本一冊に集約されている……ということになるが、文庫から入った場合、900円は手を出しやすいが単純計算で文庫本二冊は1800円と税別になるので、大きい本買ったほうがお得。
でも全部買った。
それ以外に娯楽がない。長く生きているつもりもなかった。考えが甘いと言われるだろうし投資をやってるような人間からすれば失笑ものだろうが、いい人生に好転するはずないと思っていたから。
それに本を読むことで、なんとか周りの人間を殺さずに済んでいたから。
──前世のお前がどんなお前でも、生きててほしかった。
この世界で聞いた、水社一心の発言がちらつく。おおいやだいやだ。
最近いつもこう。前世を思い出すと水社一心が脳内カットインしてくる。
私は気を取り直し、今、私の隣を歩く酒呑童子を横目に見る。
文庫版は、和風シンデレラもののセオリーと同じくお姉様と皇龍清明様の2ショット。
大きいほうは、お姉様と皇龍清明様の2ショットの後に、ちょろちょろっとほかのキャラが映る。
第一巻では、お姉様と皇龍清明様、その後ろに枯賀末理と水社一心が小さく映っていた。
第二巻では、お姉様と皇龍清明様、その後ろに酒呑童子がドンといた。
単行本には口絵というカラーページがついていたが、第二巻の口絵には酒呑童子がお姉様に恋愛文脈っぽく迫る場面があった。
実際、その場面はお姉様と酒呑童子の初対面でしかなく、恋愛的ニュアンスはなにもないのだが、第二巻の間俺様キャラ特有の「お前おもしれー女だな」「お前放っておけないな」「お前変なやつだな」の三過程が発生、酒呑童子がお姉様に惚れて第二巻は終わる。
俺様キャラは、おもしれーから始まり変で惚れる生き物だ。
惚れた理由はお姉様があやかしに襲われそうになっているのに人間を助けようとするなど、お姉様のなかに信念を感じたからだ。
簡単に言えば、酒呑童子の性癖は「信念」である。
おそらく野狐禅に扮した輝宮寺に反論するお姉様を見たら一瞬で恋に落ちるだろう。あと水社一心のママが枯賀家に乗り込んでいる時とか。
「勝負に必要なものは何か知ってるか」
街から離れ、ちょうど刀を見つけた山の荒野で酒呑童子が聞いてくる。
私は無言で拳を握りしめた。
異能、霊力、もしくは筋力である。
「おお~中々いい答えだが、やる気じゃねえんだなぁ~根性だ!」
やる気と根性一緒では?
霊力と筋力という私の答えは、間違っていた。
でも私のジェスチャーを酒呑童子はやる気と解釈している。
そのうえでやる気ではない、根性と言っている。
なに?
たとえ私が喋れても、まともに意思疎通取れなかったのでは……。
「ってことで、まずはお前の根性を鍛えてやる」
酒呑童子は自分の右手に自分の左手の拳を打ち付ける。すると酒呑童子を中心として黒い靄がかかり、黒い霊力で形成された酒呑童子の分身が複数体現れた。そしてこちらに、どこから出したかもわからない刀を投げてくる。
「俺は強い!」
はい。
「たくさんの俺の分身と戦い続ければ、強くなる!」
すごい! バカの理論だ!
死ぬに決まってんだろ!
人間相手に何考えてんだ!
稽古つけてもらってる相手に絶対言っちゃいけないけど。
バカの理論じゃん!
というか作中、酒呑童子は分身なんてしなかった。
あやかしを引き連れていたこともあったけど、基本的に酒呑童子についてきてるだけであり、他のあやかしを引き連れている人型あやかしと戦う時に、「雑魚の相手は面倒」と向かわせていた。
その酒呑童子が今、自分の分身を作ってこっちに放ってきた。私は急いで酒呑童子がこちらに投げていた刀を拾い上げる。
「さっきの雑魚も呼んでやりゃ良かったか」
死ぬに決まってんだろ!
バカ!
酒呑童子は親切心で言っているようだが、入隊希望者が酒呑童子と稽古なんかすればれっきとした殺人事件に発展する。
とにもかくにも私は酒呑童子の分身から逃げるが、分身たちはコミカライズで読んだ酒呑童子の戦法と同じく、全員真正面から突っ込んできた。しかも、槍、刀、弓と全員武器が違う。
作中の酒呑童子は、素手の戦いを得意としていた。
しかし、皇龍清明様との最終決戦までは、勝つためではなく楽しめるようにと色んな武器を代わる代わる使っていたので、まぁ、武器使うよな……と思えど、分身が全員別の武器で攻めてきますは流石に無理すぎる。私はすぐに分身の一体に斬りつけられたが──、
ただ尻もちをついただけで終わった。
痛みはない。
確かに斬られたと思ったが。
「おーおー、結構もったじゃねえか」
混乱する私をよそに酒呑童子は愉快そうに笑う。
「俺様の分身相手に一秒持ったなら、雑魚は雑魚でも見込みある雑魚かもしれねえなぁ……さっき四人相手に突撃してたし」
うんうん、と酒呑童子はひとりでに納得すると、自分の頭の上を示した。
「お前の頭の上見てみろ」
顔を上げると、赤字で小さいバツが浮いていた。
「実戦なら死んでたってことだ。お前がやられるたびに、頭の上にバツがつくって仕組みだ」
酒呑童子は莫大な霊力を持つ。戦闘用に新たな異空間を生み出すこともできるし、分身を生み出しながら、こうしてよく分からないバトルシステムを構築することも可能だ。
圧倒的身体能力と、無尽蔵の霊力。
勝ち筋の見えない──敵。
「どうやって作ったか気になるか」
バツ印を眺める私に酒呑童子が問う。この空間のことを指しているのだろうか。
返事をする前に「簡単だぞ、うんっってやんだよ!」と酒呑童子はギュッと目を閉じた。
念じろということらしい。
無理だよ。
異空間を作るには莫大な霊力が必要になる。局長クラスでも無理だ。ミヤシロ様みたいな神様レベルじゃないと無理だし、水社一心みたいな神様の加護持ちの人間でも無理。ざまぁ要員以外でノベルのカバーに出られる、お姉様と皇龍清明様の恋模様に深く関わる重要キャラじゃないと無理。
さらに霊力で空間を捻じ曲げつつ、こちらの肉体や意識諸々をどうにかしなきゃいけない技術が必要になる。つまり莫大な霊力を持っていてもその扱い方を知らなければ無理だし、扱い方っていったって精密な計算が必要になる。
「ギュってやればドゥンって出るんだよ」
それを、酒呑童子は感覚でやっている。
天才肌なのだ。全部感覚の人。終わり。凡人の感覚が分からない天才が根性論に傾倒したら終わり。
「おら、やってみろ」
私は「普通の人間はそんなことできませんよ」を伝えるべく実戦する。
「出ねえな……まぁ、お前霊力ねえもんな! さっきの雑魚よりも無かった。なのにお前、向かってったのか、雑魚の癖に……はははは、お前……さては……」
酒呑童子は私を見通すように細目で見て……
「馬鹿だな」
指さした。そのまま「ぎゃははははははははははははは」と高らかに笑いだす。
いやだああああああああああああああ。馬鹿に馬鹿って言われたああああああ。
お姉様に顔向けが出来ない。水社一心が私に馬鹿馬鹿連呼するのは鳴き声に近いものがあるが、酒呑童子の馬鹿認定は世の終わりすぎる。
「馬鹿は好きだぜ、頭が悪いからな、ハッ」
ほらあああ同じ意味じゃあああん。
「よし、どうせ馬鹿なら根性ある馬鹿を目指せ、そのほうがおもしれえ!」
酒呑童子は宙に浮かび上がり、分身をこちらに放つ。私はとにもかくにも酒呑童子の分身の攻撃に必死に食らいついた。




