卵焼き蕎麦
戦闘局で確認が取れ、私と真原さんは管理局に戻った。そして昼休憩の時間になり、管理局の面々で食堂に向かった。
今日のメニューは卵焼き器で焼いてそのまま乗せたような卵焼きがデン、と乗った大根おろしの蕎麦、胡瓜としめじの酢の物だった。
温かい蕎麦か冷えた蕎麦が選べるが、真原さんだけ猫舌らしく冷えてるそば、そして半量を選んでおり、せいろに盛られた蕎麦の上にデンと卵焼きがのっていた。
「作ってもらったもんに文句言うわけやないけど、不安なるな。卵しかないんか卵余り過ぎなんか」
卵焼きを見つめる真原さんの前では、福野さんが無言で蕎麦をすすっている。
福野さんはよく食べるほうだけど、温かい蕎麦に卵焼きが三つ乗っていて、さらに小鍋に別添えで蕎麦が盛られていた。胡瓜としめじの酢の物も、きゅうりが増量している。
「近くの養鶏場で卵途中でいらないって言われて困ってたらしいよ」
正規の一人前を食べている富山局長が呟いた。薬味皿にあった、自分用のネギだけ蕎麦に足し、山葵だけさりげなく福野さんの薬味皿の隣に寄せる。福野さんは無言で自分の山葵と合体させ皿だけ返していた。さらに自分のしめじを福野さんの酢の物に追加しようとするが、「局長」と真原さんに止められる。
「今日の献立、本当はなんだったんですかね」
真原さんが卵焼きを小さく切り分け、一口食べた。「うわあああ出汁やぁ」と感動している。
卵焼きは甘い派と出汁派で分かれるが真原さんは出汁派らしい。嬉々として山葵も付けて食べていた。
「卵はその日のうちに食べなくてもいいからね、物によるけど、献立で空くまで待ってたんじゃない? 今日決まらないなって時あるし」
局長がテーブルの真ん中にある七味を凝視した後、周囲を伺い、誰も使わないか判断しつつ、自分のそばに振りかけた。
「ああ、局長娘さんにお弁当作ったりありますもんね」
「そうそう。パッと決まるときとどうにもならない時と色々あるからね」
「そういう時どうしてはるんです」
「もう、考えるのをやめる。もう、今日はこういう日‼ ってしちゃう、在庫整理みたいな」
「分かるわーうちもそうしてましたわ」
富山局長の家では娘さんのお弁当を局長が作っているらしい。そして真原さんも共感しているということは、真原さんも家族の弁当を作っていたのだろう。
「軍のあれは、中々、派手ですけどね……枯賀はまだ知らんやろうけど、あるで、色々、本当に稀に」
真原さんは隣にいる私に視線を向けると、声を押さえた。
「軍の飯、蕎麦、うどん、米やろ、たまに餅なんねん。正月でもないのに、それでな、餅と一緒にカレー汁が出んねん。その具がもう、なぁ、ちくわに、ちくわぶに、おにぎりに入れる昆布とか、ありとあらゆる、おかずが入ってんねん」
軍では毎週金曜日、カレーが出る。明治大正によく似た世界観に昭和を混ぜているとインタビューであったが、そこ由来だろう。ただ千年桜は恋と咲くでカレーは出なかった。皇龍清明様もお姉様もカレーを食べるイメージが無いし。
「でもそれは、ちょっと余らせとこう、いざという時困るから……っていう気遣いで生まれた具材やから、それは知らなあかん」
私は無言でうなずいた。
「でな、苺ジャムなんか貴重やろ、普段食う時なんかちょびっとしかないやん。でも腐りそうなってくると、ふかしたさつま芋にでんと乗ったりすんねん。腐る前に使い切ろうて、そういうこと度々起こるから、気いつけや。運がいいと小麦粉、水で溶いて焼いたやつに乗っけてくれるけど」
簡易クレープも出るらしい。
帝都退妖軍の入隊特典として三食の保証がある。
とはいえ軍人全員の食事を確保しなければならないので、食材調達は大変なのだろう。
それに、人によって食事量は違うし。三百人いて三百人前で済むわけじゃないし。
蕎麦を盛りに盛った福野さんを見る。
福野さんは無言でそばをすすっていた。
そして、福野さんの後方で食事をとっている対実地戦闘局の人間たちを見る。
向こうはこちらに気付いていないが、中には郷田もいた。
全員ガツガツガツガツ! とかき込むように食べている。福野さんほどではないが、大盛りだ。
「切迫しとんなぁ」
真原さんはボソ、と呟く。すると富山局長が「真原くん」と、先ほどと立場が逆転するみたいに注意した。
「馬鹿にするわけやないですよ。元々西のほうではあっち側ですから」
真原さんは傍らのお冷を飲んだ。
「ただこう、難しいなぁ思いますわ。勝たなあかん、今のうちに食っとかなあかんみたいな刷り込みがあるから」
真原さんは呟く。いったい何のことかと思っていれば富山局長が私を見た。
「戦闘局は、戦闘向きの異能で選ばれたり、霊力の高さで選ばれることが多いんだけど、孤児も多いんだよ。あやかしに親を殺されて、復讐がしたい。貧しかったりして、戦って出世するために軍に入る。みたいな。だから……攻撃的っていうとあれだけど、当たりが強い人が多いというか、強く見せないと舐められるみたいな空気が、確かにあるところなんだよね」
貧しい……。
私は戦闘局の人間の、水社一心に対する態度を思い出す。
あやかしを憎んで復讐のために戦闘局に入ったならまだしも、貧しくて成り上がりの為に軍に入ったら、水社一心みたいなお坊ちゃんが少尉として命令してくる。
気に入らないんだろう。
前世の頃、金持ちは金持ちというだけで嫌いだった。恵まれてるから。生活の心配をせず毎日生きられて羨ましいと思っていたし、不快だ。さらに「自慢して何が悪いの?」「お金欲しかったら努力すれば?」「自分は努力してるんです」みたいな、こちらに対する説教がましいスタンスと、なぜか持ってない側のこちらに自分たちを認めさせようとしてくる感じが、本当に無理だった。
そういう気持ちを、戦闘局の人間は水社一心に向けているのかもしれない。
そして水社一心は、そういう心を読んだうえで、対応している。
お姉様は枯賀末理を羨んでいたけど攻撃しなかったし、憎まない。
でもそういう人のほうが珍しいのかもしれない。
とはいえ、攻撃的な感情を持つことと、それを発言し行動することは全く別だ。
郷田がどんな不幸な境遇であれ、私はあいつを許しはしない。
水社一心が許すと言っても、私は許さない。というかあいつ、自分に対しての被害なら0みたいな、ガバガバカロリー0理論を自己に適用して例外扱いするし。
「貧しい人間って一致団結しないんですよ」
福野さんが私に目を向けた。
枯賀家は一応金持ちなので、気を遣って補足してくれたのだろう。
異能のことがなくても前世で知ってますとは言えないので、私は福野さんに目を合わせた。
「貧しいと一致団結してやりくりって考える人間がいますが、一切ないです。一発逆転を、求めてくる。金持ちの真似事を子供を使ってするんです。根拠は俺です」
福野さんは死んだような目で呟く。
「お前、ご家庭のお話しすんの初やんけ。なんや急に」
「枯賀、調査局に勝手にバラされたから」
福野さんは死んだような声で続けた。
「あ、あの、調査の都合上そうなってしまっただけで、あの、伊能くん、バラしてやろうとかは思ってないんだ。色々、もう、情報を出された後に言われても、調査局のこと理解しろなんて酷だとは思うんだけど……」
富山局長が補足した。「伊能くん、泣いててさ」と続ける。
泣いてた?
「こう、打たれ弱いんだよ彼。調査に必要だけど新米局員の素性出すなんて、って言って……僕に対しても救護局でキツイこと言ってて、心配かけたかもしれないけど、調査局としては、君の素性を出す是非はかなり審議してたみたいでさ」
さっきの真原さんもそうだけど、福野さんも気を遣ってくれていたらしい。
っていうか伊能局長、泣いてた?
泣いてた?
戸惑いを覚えていれば、福野さんが私に目線を合わせた。
「俺が、軍に入った理由は、家から出たくて。まぁ、やる気疑われたりするのも嫌で、言ってませんでしたけど」
福野さんそう告げた後、真原さんをジッと見た。
「なんで僕を見んねん」
「真原さんの番だから」
「は?」
「枯賀に言わないのかなと思って、自分の家の話」
「僕言うたんよ。ちょっと前に。二人の時に」
真原さんが戸惑いがちに返す。福野さんが「なんで二人の時に言うんですか」と、当然のように質問した。すると真原さんが眉間にしわを寄せる。
「そらもうお前のように打ち明けの強要にならんようにやろ! それお前こっちじっと見て圧かけんの、おかしいやろお前、自分言いました、はいお前みたいな目で見て、なんやお前、頭おかしいんか?」
珍しく真原さんが強めに突っ込んでいる。確かに家庭事情のカミングアウト強要はかなりアウト寄りだろう。
「今のうちかなと思って。背中を押すみたいな」
「ちゃうやろ。お前のは背中押すんやのうて勝手に熱湯風呂に飛び込んで、底にあったアツアツの石みたいなん、こっちにぶん投げて来とんねん」
「ああ……そうなんですね」
福野さんは、理解してるか不安になるような応答をする。
真原さんは皆に打ち明け話の強要にならないよう、二人の時に話をした。
福野さんは皆のために先立って、みんなの前で話をした。
なんだろうこの対極性は。
思えば福野さんは「明日辞めます」みたいな暗い雰囲気をしているだけで、人嫌いそうな言動はない。人に対してというか、感覚が独特な感じだ。
一方真原さんは明るめの雰囲気だけど……女性に対して、色々複雑な想いを抱えている。
根が暗いように見えて明るい福野さん。
根が明るいように見えて暗い真原さん。
そういうバランスなのだろうか……。
富山局長は、暗いとも明るいとも決め難い気もするし、絶妙な均衡が保たれているのかもしれない。
蕎麦をすすりながら、管理局のパワーバランスについて改めて考えていた。




