お姉様と私の父親
あれから私たちは、老婆の住む小屋で話を聞くことになった。平屋建ての茶室で、真原さんがおそるおそる問いかける。
「枯賀……様が、あやかしになられたって、ど、どういうことですか」
「ええ、どこから申し上げればよいのか……というところでございますが、ちょうど盆の頃でしょうか、村の外れに人のようなあやかしが現れたのです。丁度そちらにいらっしゃる殿方と同じくらいの背丈でしょうか、遠目にはたくましい青年にしか見えましたが、頭に恐ろしい角が生え、大太刀を何本も携え、村に住む若い衆は皆、彼を見て地に伏せました。霊力に圧倒され、立っていられないと……」
老婆が言っているのは、おそらく酒呑童子だ。
酒呑童子は猫又と異なり、強い者を探しており常時自分の霊力の圧に屈しない存在を探している。
「そんなん現れて……、よう、ご無事で」
真原さんが老婆に対し慎重に接する。
「はい……終わりかと思いました。ただ、私は……もう、生い先も短く、霊力なんて若い頃と比べればほとんどないに近い、青年の霊力を感じることすらできなかった。それでも動けませんでした。霊力なんて感じなくても、彼は恐ろしい存在だと身に染みて分かったのです」
「そ、それで、どう……」
「青年は私を見るなり、こういいました。ジジババしかいねえのかここはよ。俺様は老いた人間なんざ殺す趣味はねえ、なんなんだここはよ──と」
おそらくも何もない。酒呑童子だ。口の悪さが証明になっている。
「なら、そのあやかしは……何のために村に……?」
「強い存在を、探していると……この村は、強い存在なんていません。強ければ軍に入る。この村は、帝都とは異なり、農具を携え、この土地や作物を守っております。我々が戦うのは、いつだって凶作や飢えです。望むものはないと伝えました」
「それであやかしは納得するんですか」
「なら、沢山人を殺すような人間や存在はないないのかと、熊だと答えました。あやかしはまだしも、熊はどうにもならない。圧倒的です。そうしたら、その夜、青年は熊の首を八つ抱え、この小屋にやってまいりました」
熊退治してる。
酒呑童子、熊退治してる。
思えば千年桜は恋と咲くでは、皇龍清明様と覚醒お姉様を相手にしていたので「戦え‼」と常にはしゃいでいたが、結局根底にある価値観は「戦いが好き」のみ。バトルできない相手の場合、「戦え」にならず「強い奴もってこい」になるのだろうか。
「では、村の人間は殺さなかったのですか」
「はい。霊力の圧で伏せて、興味を失くしていました」
「なら、枯賀……さん? を、あやかしにしたってのは」
老婆の話だと、酒呑童子が、枯賀の父親をあやかしにした──ということになるのだろうが、正直、そのあたりの流れが読めない。
「この村の外れに、枯賀快炎様という領主様が、住んでいたのです。三年前まで帝都にお住まいで、家で少々ありまして、こちらに居を移されて」
老婆は私が枯賀家の人間であることを知らない。私が名乗ってないからだ。
そして、管理局の面々は私の家庭事情について、知ってるかどうかすら分からない。
そのままで今日まで来ていた。
「事情?」
しかし、真原さんが眉間にしわを寄せ、老婆に探りをいれたことで、はっきりした。
管理局の面々は枯賀家の騒動について知らない。
そしておそらく──今これから、知ることになる。
「領主様には二人の娘がおりました。長女は異能や霊力がなく、こちらの村で育ちました。次女はたぐいまれなる異能と霊力を持ち生まれましたが……領主夫人は下男と共に娘を置いたまま、家を出ました。長女は暮日村で奉公を、次女は本家で育ちましたが……奉公先があやかしの襲撃に遭って、本家に戻ることになったのです」
「あやかしの襲撃?」
「ええ、暮日家に……生き残ったのは枯賀の長女だけです。それで、帝都に戻ることになりましたが……次女が問題を起こして」
次女、というのは私のことだ。
「火をつけようとしたのです。家に」
「……は?」
管理局の面々が愕然とした。
私に視線が集まるが、私は老婆を見つめる。
「領主様は、内縁の妻がおりました。その妻と女中が、長女にひどい仕打ちをしていた。それを知った次女が、長女をお使いに出し、自分の父親諸共、焼き殺そうとするまで追い詰められた事件があったのです。それを知った水社様が、上様に駆けあい、領主を失脚させました」
輝宮寺の事件で関係者にお姉様のお名前が出てから、いつかこうなると思っていた。
水社一心が気にするだろうから、考えないようにしていたけど。
だって普通に考えてなんで枯賀家の人間が水社家にいるんだ? といった話になるし。
逆に軍の資料でバラされていないのが不思議なくらいだった。枯賀家の次女が父親諸共長女を残して全員焼き殺そうとしたなんて、知らせたほうがいい情報だろう。
「失脚した領主が、恨みにより、あやかしになったと」
富山局長が老婆に訊ねる。顔が明らかに強張っていた。局員の中に人殺しもどきがいるのだから、複雑だろう。
「分かりません。ただ……熊の頭を持ってきたあやかし青年は、領主様の住んでおられる村の外れの小屋を指し、あのあやかしはなんだと聞いてきました。領主様もこの村に戻った経緯が経緯でしたから、誰も小屋に近づかない、するとあやかしは、領主があやかしになったかもしれないと、それはそれは嬉しそうに話をしました……その後、あやかしの青年と共に小屋に向かうことになりました。確認をしてほしいと、頼まれて」
「そんな、あやかしについていくなんて……」
「二度目でしたから、あやかしと話をするのは……」
老婆は軽く受け流し、窓の外から見える小屋に顔を向けた。
「小屋にいたあやかしを確認して、領主様だと分かりました。領主様と異能が同じでしたから。青年のあやかしは戦い、領主様のあやかしを山に退けましたが──仕留め切っていないようでした。村には来させないようにする、強くなるように待つと言い残し、去っていきました。帝都退妖軍を呼んでもいい、山のあやかしを倒せるような存在を待っているからと笑って」
とんでもない話だが、事実だろう。全部、酒呑童子が言いそう、やりそうなことで構成されている。基本的に酒呑童子は殺すのが好きなのではなく戦うのが好きなので、勝負の決着は求めても仕留めることを希望してない。ただ普通に向かってきた軍人は殺すので、悪人であることは確かだ。猫又とは別の意味で趣味が邪悪。結果的に熊退治して老婆殺さないけどあやかし中途半端にほっておいて山に放つということはする。
「そして、山のあやかしは力を増しているようで、山に入るものを餌食にしているようです。巨大な影を見たというものもおりますし、軍人さんとはいえ、どうにもならないでしょう。だから……通報せず、青年を待っているほうがいい。暮日村の威信の問題もあります。通報しないのはそういう理由です」
老婆は話し終えると、「若い衆の暮らしもありますから」と続けた。
「暮日村の問題が続けば、暮日村の出であることを、帝都で責められる日も来るかもしれない」
「……まぁ」
真原さんが口を濁した。実際そういうことは多々ある。田舎者と馬鹿にすることもそうだし、事件があった場所と同じ出身の人間を「あそこの出だから」と揶揄することもだ。
「そのあやかしって、輝宮寺さんとは関係が──」
真原さんが言いかけた瞬間、バタバタと足音が響き、老婆の小屋の中に農作業の途中だったらしい青年たちが入って来た。
「大変だ‼ 賊の襲撃だ‼」
あやかしではなく、賊の襲撃の知らせだった。




