暮日村のあやかし
水社一心と郷田のトンチキ三すくみが発生して翌日。
私は管理局の面々と暮日村に向かった。
これまでの調査の流れとしてはこうだ。
輝宮寺とお姉様がお見合いをしたところ、輝宮寺があやかしを引き連れ襲撃してきた。
その後、輝宮寺は私と水社一心にやられ、生きたまま捕縛された。
ここで発生した謎は二つ。
どうやって輝宮寺はあやかしと結託したのか?
水社一心の心が読める異能をどうやって克服したのか?
仮説としては、千年桜は恋と咲くに登場する化け狐こと敵幹部キャラ野狐禅が輝宮寺のふりをして、水社一心の異能を克服しようとしたか、克服するすべを発見して実験として見合いした──ということ。
ただし、輝宮寺は病死したので真相は分からず。
こんな感じである。
その後、輝宮寺について調査することになった。
ここで分かったのは、輝宮寺の両親が輝宮寺の見合いに同行していなかったことだ。ついでに家族仲が悪いというか明らかに親が枯賀家じみている。
しかし輝宮寺は、旅館の女将たちとはうまくやっていたようで、。旅館で輝宮寺の見合いに付き添っていたのが、近所の工場経営夫妻と分かった。
工場夫妻は輝宮寺が今年体調不良だったこと、見合いのときに利き手が異なっていたと証言。
同時に輝宮寺のかかりつけ医からも輝宮寺が余命宣告を受け見合いの前後が峠だった話があった。
そうして、野狐禅が見合いの時に輝宮寺に成りすましていた疑惑が死ぬほど濃くなっているというのが、私の認識だ。
軍全体の見立ても、これで輝宮寺がめちゃめちゃ霊力があれば「霊力を犠牲にあやかしと結託して結果弱体化」といった疑惑も出るだろうが輝宮寺啓介は霊力も異能も無い。輝宮寺が成りすまし被害にあった可能性を見ており、証拠を集めようというか確たる証拠探しとして、暮日村に調査に出ることとなった。
理由は簡単。輝宮寺は暮日村に「蜜を集める特殊な蛍」を探しに行ってから、様子が変わったらしいから。
とはいえそこは、枯賀の父親と正妻気取りが追放されてる枯賀の因縁の地だった。
「この辺りの風土記読んだんやけど、枯賀、お前のご先祖様、ここらの出らしいな」
自然豊かな田園風景どころではない山道を歩いていると、真原さんが声をかけてきた。
私がうなずくまえに、福野さんが「へぇ」と驚いた顔をする。富山局長もだった。
「何でみんな驚いてん、何、調べとらんの? っていうか局長も調べとらんのですか? まとめた資料渡したでしょ?」
「真原くんがそういうの、熱心に調べるし、まとめてるなら真原くんに聞けばいいかなって。それにほら、僕、地図苦手だからさ……そ、それにほら、枯賀さん土地勘あるなら、枯賀さんが……ねぇ」
富山局長がスッと真原さんから視線を逸らした。漫画の登場人物みたいに冷や汗をかいて目を泳がせている。この間、輝宮寺の両親や工場夫妻と話をしていた局長と本当に同一人物なのだろうか。
「だからですよ⁉ いっつもそう‼ やり方教える言うても、すすすーって近づいてきたかと思えばこっちの仕事増やして、全部分かってるんですからね? 上手く誤魔化せてる思うてんのかも分からんですけど、その態度も、あれですからね」
「ごめん、ごめんって、ごめん真原くん」
「なら自分でやり方覚えて事前の資料読んでくださいよ」
「目を通してはいるよ。ただほら、地図とかはさ、ち、違くない?」
「なんも違わんですよ。しかも局長、新しい蕎麦屋出来た言うて、こっちなんちゃいますかって僕言うたら、え、こっちじゃない? ってたまに言うでしょ、地図苦手や言うわりに」
「ご、ごめんって、む、娘みたいに怒らないでよ……」
富山局長は縮こまる。
「娘にも怒られとんのですか‼ そのうち愛想つかされますよ」
「うぅ……」
富山局長はしょんぼりした。実際娘さんは局長の死によりあやかしになるので、局長がこんな感じでも愛想尽きない気がする……というか真原さんが多分、見本になっている。真原さんは思えば私の入局当初、富山局長に予算についてや倉庫について話をしていたけど、その時からこの調子だった。
前にお姉様は「駄目な姉でも許してくれる?」と、お姉様は駄目じゃないし駄目だったとしても「だめだめなお姉様」って響き、めちゃめちゃえっちな感じがしてちょっと困りますよお姉様と返事に困るようなことを言っていたが、相手がお姉様ではなく、一般的な人間関係の場合、大事だからこそ決定的に無理になる瞬間も生まれるだろうし、大事だからこそ駄目なところも気になりはするけど一緒にいる、となるのだろう。
「っていうか福野くんは」
そして富山局長はさりげなく標的を福野さんに移動させた。
「福野、動物のあれ描けば読むでしょうけど、その後が」
真原さんはゲンナリした顔で福野さんを見る。福野さんは無表情でボンヤリしていた。
「その後がって?」
「資料ないんですかってめちゃめちゃ来るし、紙なら食える言うて、口ん中入れようとするから」
「福野くんそんなことしてたの⁉」
富山局長が声を荒げた。「お腹壊すよ⁉ 駄目だって」と注意する。さっきまで真原さんから目を逸らしていたけどこういう時ちゃんと心配するのが富山局長だ。
「生きてると、可哀そうだし、命は大事だから」
「命は大事って言ったって福野くんの命も大事だからね⁉ 紙は食べちゃダメ」
「食べるって言うか……別にお腹空いてるとかじゃなくて、存在を、確かめるためなんで……普通に」
福野さんは納得いかないような顔で、万人が納得できないことを話しだした。
「いやいやいやいやいやいや」
「っていうか……大事で、可愛いものって、相手が傷つかない、減らないって前提あったら、指とか足とか、口に入れたくないですか? 食べたいとかじゃなくて」
「俺は、その感覚は、ないわ」
「悪いけど、ない……」
真原さんと富山局長が首を横に振った。
私は……お姉様を舐めたいとは思わないが、お姉様の座布団になりたい。足置きでもいい。敷布団でも可。大事な存在を守る何かになりたい。管理局の面々も大事だけど、そういうものになりたいとは思わない。普通に、笑っててほしい。
考えていると、福野さんと目が合った。
「枯賀は、こっち寄りみたいですけどね」
そして福野さんが勝手に同士認定してくる。私は呆然とし、真原さんは驚いた。
「枯賀お前、本気か? 何に?」
「前、お姉さんのこと好きって言ってなかったっけ。お姉さんのために軍に入ったって言ってたよね」
富山局長の言葉に私は頷く。そう、私の軍入りはお姉様の為。お姉様と皇龍清明様の出会いの為だが、猫又の事件以降、皇龍清明様どころじゃないことが立て続けに起こっており、どうするんだろうと思いながら今に至っている。本当に私の
「姉の為て本当やったん?」
私は真原さんの質問に力強く頷いた。
「脅されたんやなく?」
私はもう一度頷いた。
「枯賀のお姉さんは、ちゃんとした人間なんやな……」
真原さんがしみじみ言った。彼は自分の姉妹との関係でかなり苦労……というか真原さんの話を聞くぶんには相当酷い扱いを受けていたので、「姉の為に入隊」が「姉に命じられ強いられたもの」という認識になるらしい。
「でも姉の為って、中々な……執着というか」
ぼそっと福野さんが突っ込んだ。「執着なんて言うたら失礼やろ、思いやりや。お前の足短い動物に対するわけわからんのと違う、枯賀は正気そうな顔しとるもん」と福野さんがフォローするけれど、申し訳ないが私はシスコン入隊だ。
私は全然、他人にシスコンと言われても否定しない。シスコンです。全然、この想いが正しいものとは思ってない。正気ではない。強い執着を向けている。お姉様へのこの感情は、ギトギトネッチョリベトベトドロドロという確固たるメタ認知がある。私の頭は、きちんとおかしい。
「てっきり、水社くんが心配で入ったのかと思った」
福野さんが恐ろしいことを呟いた。私は勢いよく首を横に振る。
「確かに、でもなんかあれだよね。水社くんもかなり、枯賀さん心配してるから、どっちか分かんなかったところあるよね。どっちが追いかけてるのかと言うか」
富山局長は納得顔だが本当に勘弁してほしい。
「風呂場までしゃべっとんのは、中々あれやけどな、止めたほうがいいんか、微妙に分かりづらいっていうか」
真原さんがちょっと心配そうに言い、「嫌だってなったら、教えてな」と私の様子をうかがう。
水社一心の風呂場声掛けは真原さんたちにも広まっているらしい。本当にやめさせないと、後々あいつの結婚に響きそうで嫌だ。
水社一心は、もっとまともで、水社一心のことを幸せにできる人間と結婚すべきだ。
私の人生について、あれこれ言ったり……前世について悩むんじゃなくて。
お姉様が皇龍清明様を選ばなければ、お姉様もいるし、皇龍清明様を選んだならば──色んな、色んな女がいる。あいつのことを幸せにできる女と、結婚すればいい。
水社一心が心を読んでいてもお互い苦しくならない、水社一心が変なこだわりや繊細さゆえに口がアレなことを理解する、水社一心の子供みたいな部分や刺々しいところを知っていても隣にいようとするような、柔らかくてあたたかそうな女がいい。
「っていうか絶妙に話逸れたけど、局長も福野も資料見とらんて……」
真原さんがハッとした顔で二人を見やる。そう、話題がどんどん移り変わっていたけど、現在、暮日村に向かって進行中だ。同時に富山局長が資料読まない問題も有耶無耶になりつつある。
「見てないわけじゃないよ。地図周りが、一切頭に入ってないだけで」
「だからもう、僕に案内させる気や言うて、はぐれたら一番困る」
「まぁまぁ、あれだよね? 枯賀さんの祖先が、異能のほうで認められて、帝都って名前になる前に、お殿様と一緒に、都に来て、戦ったりとかして、結構小さい村だったのが栄える感じで」
富山局長のざっくりした説明通りだ。
枯賀家は元々帝都から離れた、地図にものらない小さな村の、ただの一村人に過ぎない存在だった。しかし、傍で戦があり、人手を求める武家の召集に応じそこで成果を出し、その後、その武家の発展と共に枯賀の地位も向上した。
ようするに小さい会社のバイトに応募して働いてたら、会社がデカくなり、並行して自分の地位も向上した感じだ。暮日村はその名の通り暮日家という家が管理していたが、枯賀の出世により枯賀が土地を管理するよう上から命じられ追いやられ、枯賀がのさばった。ただ、枯賀のあの父親はあんな感じなので暮日村の管理をせず帝都で権力に執着するカスとして生き、お姉様を暮日村に奉公しろとおいやった。で、暮日村の暮日家は当然枯賀に因縁があるのでお姉様を苛め抜いた。つまり復讐だ。お姉様は暮日家に何もしてないのに。愚かすぎる。復讐は普通、当事者にするものだ。相手を苦しめるため関係者も苦しめる、みたいな発想をする人間がいるが、見て見ぬふりをしたとか、間接的に関わったならまだしも、復讐対象の人間関係と言うだけでターゲットに入れるというのは、復讐ではなく、趣味。加害が趣味で、加害の理由を探してもっともらしい理由をつけてるだけだ。
復讐は直接本人を殺すに限る。復讐はじっくり計画を練る必要はない。相手を、殺す。おわり。
ゆえに枯賀もゴミだし暮日家も無関係のお姉様を虐げた時点でゴミだ。最初に枯賀家に苦しめられたからと言って、無縁の人間に復讐と称し攻撃した時点でゴミ。父親殺せば良かったのに。
しかしながら──お姉様が枯賀の家にやってくる原因にもなったわけだが、暮日家はあやかしの襲撃で全滅した。その後は地域住民により統治されているようだけど、あまり詳しくない。
枯賀の父親と正妻気取りを許してはないが、皇龍清明様とお姉様未遭遇問題とか、水社一心の死の運命の件とか、そのわりに私の霊力が0とか、でやることが多すぎて、考える暇がない。
「その先の山に、入ってはなりませんよ」
畑道を歩いていると、2メートルほどの高さの緑が生い茂る野菜畑から、ぬっと老婆が顔を出した。突然のことに真原さんや局長は息をのむが、福野さんだけ平然として「暮日村の方ですか?」と訊ねる。
「ええ。いかにも」
「あの山に何かあるんですか」
老婆が差す山は、ちょうど輝宮寺が探していたらしい蛍の生息地だ。
「恐ろしいあやかしが住んでおりまする」
「畑耕してないで通報すればいいのに、軍に頼ればいい」
福野さんは老婆に一切寄り添わない。確かに山にあやかしがいるというわりに、普通に老婆は畑の手入れをしているし、そばの野菜畑も立派だった。
「通報なんて出来ません。暮日村が終わってしまいますゆえ」
「なんか、脅されてるいうことですか」
真原さんが不安そうに尋ねる。すると、老婆は淡々とこう告げた。
「山に住んでいるあやかしは、この村の祖であられる枯賀様のあやかしでございます」




