輝宮寺啓介
三軒先なので、印刷屋にはすぐに到着した。
作業服に身を包んだ男たちが、仕上がった印刷物を箱に詰めたり、品物の確認をしている。そのそばには、指示を出したり、作業員に声をかけている夫婦の姿があった。
二人は私たちに気付くと、傍にいた作業員に何か言ってから、こちらに近づいてくる。
私たちは軍服を着ているので、なにか話があるのだろうと勘づいたのだろう。
「輝宮寺様の件……でしょうか」
「はい。あの、ご両親の代わりに、お見合いに参加されたと聞いて、ちょっとお話、よろしいでしょうか」
富山局長が相手の緊張をほぐすように柔らかな調子で語りかける。夫妻は顔を強張らせながらも頷いた。
案内されたのは工場の隣にある夫妻の家だった。「職員の休憩所にもなってるので」という言葉通り、通された居間にはお茶請けや茶道具が並んでいる。そこには輝宮寺啓介と夫妻、そして作業員が笑顔で映る写真があった。
この時代、カメラは貴重だ。一応役所で顔写真を登録したり、行政的な諸々で活用されているが趣味で撮るというのは贅沢となる。お姉様と皇龍清明様が写真を撮る場面もあったが、ある意味、良い暮らしの象徴だ。
とはいえ、印刷工場はやや古びているし、人の住まいにどうこう言うのも良くないけれど、枯賀の馬鹿みてえな金遣いの家と異なり、室内の様子は貧しいとまではいかないが、お金を余らせているようにも見えない。となると写真は輝宮寺啓介が撮ろうとしたものだろうか。
「本当は、私たちから軍にお話しすべきだったのですが、工場を止めるわけにもいかず……申し訳ございません」
工場の夫妻は頭を下げた。
「まぁ、無理もないですよ。突然、知り合いが捕縛されたら、ねぇ、工場で働いてる方もいる手前、一緒にいましたなんて、言い辛いですから」
真原さんがすぐにフォローに入った。福野さんは室内を見渡している。夫妻は返す言葉がないのか、「すみません……」と謝罪するばかりだ。
「輝宮寺啓介さんって、どんな人なんですか」
夫妻の謝罪を一切気にしない調子で、福野さんが訊ねた。夫妻はあっけにとられ、顔を見合わせる。
「……え?」
「性格とかなにも知らないんですよね。有名な人みたいですけど、こっちはずっと屯所の中で、なんかしてるか、外で、こうして、なんかしてるかだけなので」
福野さんは夫妻を責めることも、寄り添うこともしない。ただその自然な感じが良かったのか、ケアしようとする真原さんと自然体の福野さんの二極一対の対応が効いたのか、少し落ち着きを取り戻した。
「あの、輝宮寺様が経営をしていらっしゃることは、ご存じですよね?」
「あー……あぁ、はい」
福野さんはこちらが不安になるような相槌をうつ。輝宮寺の実家に行った記憶がない?
ゆめかわユニコーンの衝撃で記憶おかしくなってる?
一瞬野狐禅が福野さんに成りすましているのではと不安になるも、福野さんは人間に興味が薄く動物に関心が強い男。今が……本物な気がする。
「外国相手は、大きいところと働いてらっしゃったんですけど……国内では、うちみたいな小さいところでも、相手してくださるというか……真面目で、気さくな方でしたよ。人懐っこいって言うんでしょうか。ただ、ちゃんと人と距離を取る。そんな人でした」
私は見合いで輝宮寺を見ている。野狐禅の可能性が高いけど……でも、見合いで見た印象からかけ離れている気もしない。いや、お姉様に触れていたが……。
「……信じて頂けないとは思うのですが……私たち、あやかしについて何も知らなくて……見合いに、一緒にいてほしいって輝宮寺様に言われて……その後、分かれて……」
夫妻の言う通り、見合いの後はお姉様と輝宮寺のデートになり、以後夫妻を見てない。どちらかが野狐禅に擬態している場合「もう片方どうした?」となるし、目の前の夫妻は本物だろう。片方殺してもう片方脅すような行動を野狐禅がとるとも思えないし。
だからこそ、だ。
野狐禅は輝宮寺に化けていたが、輝宮寺に化けるために輝宮寺を殺したと思えない。
攫うくらいはしそうだが、殺すまでは……。
「あの、啓介さんから、融資があった言うて聞きましたけど……大丈夫です? 色々、大変っていうと、あれですけども……あの、あやかし絡みなら、色々国で、話せば、ある程度の配慮はあるので、役所で一回、話……しても…」
真原さんは工場の夫妻の様子を入念に伺う。作業員の前では気丈に振る舞っていたが、二人はだいぶ憔悴している。
おそらく聞き込みの一種なのだろうが、工場を案じているのも確かなのだろう。思案の果ての言葉なのか、訛りが極端に減っていた。
「全く、問題ないんです」
「え?」
「全く、問題なくて……」
夫妻は、声を震わせ繰り返す。
「こうなるのを、見越してたんじゃないかって思うくらい、滞りがないんです」
輝宮寺から融資を受けていたとの話だった。にもかかわらず問題がないなんてありえない。
輝宮寺との取引がある前提で、物事は進んでいただろうし。
「啓介さんと色々事業しはったんとちゃいますか?」
「輝宮寺さん、お見合いの前に……、春……四月くらいからでしょうか。うちとの取引を、一気に減らして、輝宮寺さんの紹介のあったところと、取引するようになってたんです。それで色々、実際、輝宮寺さんが直接やってるような会社との縁は、ほとんど切れてしまっていて……ほかの、輝宮寺さんと関わってる会社もです。うちみたいに、小さい会社とはほとんど……縁を切っていて」
夫妻は俯いた。
「うちは小さいですし? 結局、仕事ですから、儲けが無いとやっていけないし、輝宮寺さんは、いっぱい、取引先がいますから、当然だし、感謝しなければならないし、実力さえあれば? もっと、一緒にお仕事出来た……まぁ、いつか大きくなってまた、なんて、思ってたんですけど……でも輝宮寺さんが、監獄で、ご病気で……って聞いて……ああ、あの人は全部、分かってうちと距離を置いていて、私たちが困らないようにって……」
どうやら夫妻は、最近輝宮寺と縁が薄くなり、複雑な想いがあったらしい。
最初は金の繋がりだっただろうけど、写真にうつる輝宮寺と夫妻は、金だけの繋がりを感じさせない。金銭的な利害関係と重なるほかの絆も確かに存在している気がした。
輝宮寺は自分が捕縛される前に、工場に迷惑がかからないよう、手配をしていたのだろうか。
野狐禅はここまでするだろうか。
見合いの時にいたのは、野狐禅だろう。野狐禅は擬態できるが擬態はさせられない。夫婦のどちらかに化けていた可能性もあるが、だとすると輝宮寺があやかしと結託できていた理由がつかない。
親は……見合いの場には到底来ない、だから傍にいた夫妻を頼った。
お姉様はまだ未覚醒だ。野狐禅が興味を示す理由がない。
見合いをして、水社の力を試す。
そのために野狐禅が輝宮寺を殺すとは思えない。
「思えば、おかしいところは色々あったんです。七月……西のほうに行く前から、体調は崩してたんですけど、その後、お見合いするって、でも両親は顔出さないから、一緒に行ってほしいって……」
妻が目に涙を浮かべた。
「見合いに同行するって、中々のことですよね。親族と揉めたりとか」
真原さんが恐る恐る訊ねる。夫妻は「はい」と、悲しみを滲ませながら頷いた。
「でも、輝宮寺さんの頼みですし、彼から直接話を聞くことはありませんでしたけど、経営者なら、輝宮寺さんのご両親と輝宮寺さんの関係は、分かりますし……ご両親からのなにか圧力とかも正直、考えなかったわけじゃないですけど……、でも、輝宮寺さんが、どうしてもって……なんか、切迫するものを感じて……」
妻は「叶えたかったんです」と、泣きながら笑みを浮かべた。
夫は「憑りつかれたんだと、思うんです」とこぶしを握り締めた。
「輝宮寺さんは、あやかしに、憑りつかれたんじゃないかって、思うんです。そうじゃないと、ありえない。あの人が、そんなことするわけないんです。そう言えばよかったのに、……仕事、止まるのが怖くて、言えなかった。逮捕されたって、聞いても、こうして、言えなかった……」
確かに、工場にはたくさんの作業員がいた。夫妻が逮捕されるようなことがあれば、工場も閉まるし作業員が路頭に迷う可能性だってあった。
「貴方たちが、危険な目に遭う、可能性もあったわけで……作業員の方もですけど……」
富山局長は夫妻から目を逸らさないように、真っすぐ顔を上げた。
夫妻は工場を止めないようにした。自分たちの生活のために。そして作業員たちが仕事を失わないように。一方で黙っていると、調査は進まないし新しい犠牲者が出たかもしれないわけで。
ただ、夫妻が自分本位だとは言えなかった。たとえ私が普通に、言葉が紡げたとしても。言えない。今、何を言っていいか、正しいか分からない。
夫妻は正しくないだろうけど、それでも、それを間違ってると指摘することが正しいとも思えない。それでも間違っていると指摘するのが本当の意味での優しさかもしれないけど、私は、そこまで強くなれない。
だからこそ富山局長は、言ったのかもしれない。軍人である以上、誰かがそれを言わなきゃいけないから。本当は多分、夫妻に寄り添いたいのだろうけど、夫妻が黙っていることで夫妻も危なくなる現実もあるから。
「あの……ひとつ、聞いてもいいですか?」
妻が涙を流しながら呟く。
「はい……」
「啓介さん……私たちが、軍の方に早く話をしていれば……助かりましたか……?」
それは、自分が殺したのかという質問だった。
輝宮寺は病死だ。元々の持病で死んだ。あやかしに殺された形跡はない。
「憑りつかれてなくても、啓介さん、身体悪くされてたと思うんです。彼、左利きなんですけど、見合いの時には、左手が使えないのか、右手を使うようになってて……雰囲気、違ったんです。別の人みたいだった。死期を悟ると、人って別人みたいになるって言うじゃないですか。見合いの三日前とか、本当に具合悪そうで、でも、見合い当日はすごく、回復されたように、見えて、少し安心したんですけど……」
妻は顔を覆った。
輝宮寺は体調を崩していた。
身体が弱いというのは輝宮寺の両親も話をしていた。
実際、輝宮寺啓介は持病で死んだ。
見合いの時、輝宮寺がどちらの利き手を使っていたかなんて見てないが……野狐禅の利き腕は右だ。攻撃の時の動作は必ず右だった。
確証は持てない。輝宮寺本人の可能性を潰しきったわけではない。
ぬか喜びさせても責任は取れない。
私には目的がある。何を捨ててでも助けたい人間がいる。結果さえよければいい。過程なんてどうだっていい。
だけど。
私はメモを取り出した。
『ミアイ ケイスケ ベツジン』
私はメモを夫妻に渡す。
「え……」
夫妻が私をじっと見る。局長が私のメモを確認し。そして私と目を合わせた後、夫妻に顔を向けた。
「見合いの時の啓介さんは別人の可能性があるんです……あやかしが、擬態していた可能性が高い。正直……確定はしていませんが、僕たちは、その可能性が高いと見ている」
僕たち、と局長は告げた。真原さんや福野さんを見ると、二人も静かに頷く。
「啓介さんは、西のほうに向かったと言っていましたよね? お見合いの前に。それってどこかって聞いていますか? なんで行くか、みたいな……」
「西の……村……たしか暮日村です。そこに生息する蛍が……蜜を集める特殊な蛍がいるとかで、その蜜を商品に使いたいみたいな……」
暮日村。
それは枯賀の父親や正妻気取りの女が住まう、枯賀の因縁の土地の名だ。




