猫屋敷劇場
異能が無くても猫屋敷様の脳内が分かる。
私、猫屋敷麗子。特別な血を引く皇都の御嬢様。猫を騙ったあやかしの事件を解決しようと屋敷を飛びだしたら、この国の絶対的な権力者である皇龍清明様、そして帝都で水の神を奉る水社家嫡男であり優秀な軍人である水社一心様に出会って──⁉ 猫又の事件を追ううちに、私は彼らの「想い」を知り……「麗子、私の嫁になる気はないか?」「家のことなんか関係ない、愛しています。麗子様」どちらかなんて選べない⁉ 痛快和風恋愛劇開幕‼
──が繰り広げられているのだろう。だってコミカライズで麗子劇場と呼ばれる、妄想劇場が定期的に繰り広げられていたから。最初の相手は皇龍清明様だったけど、お姉様を心酔するようになってから相手は全部お姉様になっていた。想像がつきます。
猫屋敷様を眺めていれば、彼女はこちらを振り向いた。私を見るなり、眉間に皺を寄せた。
「失礼。珍しい黒髪の西洋人形かと思いましたわ。お嬢さんならまだしも殿方でそんな貧弱そうで……きちんと軍人としてのお勤めが出来て?」
私は無言で敬礼した。やっぱり猫屋敷様は私を男だと思っているらしい熾窪が「いや……」と私の顔を見ながら否定しようとするが、猫屋敷様の言葉が止まらない。
「帝都ではよほど人手不足なのね。志願者が少ないのはそれだけ帝都の軍人が未熟な証拠。まぁ、見ればわかるけど。陰気そうなのと、野蛮そうなのと、どこにでもいそうなお方、どうにも分からない雰囲気で」
陰気が福野さん、野蛮そうが酒呑童子、どこにでもいそうが富山局長、どうにも分からないが真原さんだ。何も知らなければそう見えるのだろう。
でも良かった。
この場に、相模局長がいなくて。
だってどう考えても怖いもんあの人。富山局長を侮辱したら、その晩に包丁持って枕元に立ってそう。しかも相模局長は異性愛者なので、恋愛軸での執着心ではないぶん歯止めがなさそう。恋愛軸なら皇龍清明様のお姉様に対するものみたいにブレーキが出そうだけど、「これは善意」「教科書にのってる‼」みたいなノリでやりそう。あ、水社一心のそばで上司の悪口言っちゃったなと横目に見れば、水社一心は軽蔑するみたいな目を猫屋敷様に向けていた。
猫屋敷麗華劇場による妄想が不快で、上司への偏見が見過ごされた?
しかし猫屋敷様は私を値踏みするような目で見ている。劇場開いて無さそうだけど……。
そしてなぜか水社一心が私の前に立った瞬間、
「あー麗華さんじゃないですか、お久しぶりです、どうもご無沙汰してますー‼」
加寿が猫屋敷様に声をかけた。
「まぁ、加寿様、相変わらず深みのない態度ですこと。お元気そうで何よりですわ」
「麗華さんも相変わらずで、ハハ」
「熾窪様も熾窪様でずぅっとだらしがなさそうなおひげでいらして、皇龍様や水社様の前ですのに神事の時だけでなく普段から整えていらしたらいいものを」
「……すいません」
猫屋敷様に対して熾窪は顧問以外の教師に詫びる野球部みたいな態度だった。
「で、こんな駅前でノロノロと何をいていらっしゃいますの?」
「本部に行くか、みたいな感じで、ああ、紹介します。こちらが蝦蟇貪様です。帝都の役員の」
加寿が猫屋敷様に蝦蟇貪を紹介する。蝦蟇貪は以前お見合いの時、お姉様に対して接するように、「初めまして」とそつのない態度を取った。
「まぁ、蝦蟇貪様、お話はお伺いしておりますわ。代々政界のご一族で」
「そうなんですよねぇ、私だけ、ちょっと毛色が違うんですよ」
蝦蟇貪は薄く笑みを浮かべた後「まぁ、私はただ、ここにいる帝都の人間が帝都にお伺いを立てなきゃいけない時の為の短縮役ですので、あんまり気にしないでくださいよ」と富山局長を見た。
「皇龍様は皇龍様でね、軍としての代表は、この富山なので」
「え」
蝦蟇貪のフリに富山局長はギョッとした顔をした。そういえば富山局長が年上と話すところをあまり見たことがない。一方、猫屋敷様は「富山」と呟き局長をじっと見つめる。
「ご存じないですか、結構、皇都にもご迷惑をおかけしたと思うんですけど……猫屋敷様のお爺様やお婆様のほうが詳しいかもしれませんねえ」
「……いえ、知っていますわ。獣神を奉るものが一堂に会する会合で──度々、そのお名前を。帝都の前例にいくつか干渉され……」
獣神というのは、「どうぶつの神様」を難しく表現した用語である。猫屋敷様みたいに、動物の名前図鑑にありそうな動物の漢字が姓名に組み込まれているハウスは、その動物の神様を奉っており、猫の神様のおうち、犬の神様のおうち、ゾウの神様のおうちと動物園が出来そうな苗字の一族が、「ぼくたち動物グループです! 動物の神様がこんな異変を察知しています! 地域の動物が最近こんな困りごとを抱えています!」と話し合い帝に意見するのだ。熾窪は火、水社一心は水といった非生物系神様と異なり、動物の本能で危機察知を行ったり、皇龍清明様みたいに必殺技が使えるなど、独特な立ち位置を形成している。
霊力が無い一般市民・霊力がある一般市民・霊力があり異能もある一般市民・霊力があり異能もあるそこそこ家柄もいい上位市民・霊力があって異能もあって神様系家庭の人……と三角形のヒエラルキーがあり、そのまま人口にも投影される。当然霊力が無い一般市民のが多めで、神様系が少ない。その神様系家庭の人の中にも格みたいなものがあるのだ。軍と一緒。
そしてあやかしにとっては、霊力がある人間が一番美味しいし自分の力にもなるけど、それはそれとして霊力ない人間も食うし、殺して遊ぶあやかしのが多い。
国の経済を動かすのは圧倒的に霊力が無い一般市民、輝宮寺のような人間なので、まぁ複雑だ。誰のおかげでお前らが経済活動出来てると思ってるんだと見下す霊力もちもいれば、あやかしってそもそも霊力がある人間のせいで街に現われるのでは? という、無責任な餌付けで獣が町に降りてくる理論を駆使する人間もいる。
だからお姉様が霊力が無い、異能が無い、自分は生きていていい存在ではないという理論は──破綻している。そんな風に思わせた枯賀が100悪いけど。あの父親は皇龍様がぶっ殺したらしいが──正直あやかしにならずとも機会があれば殺していたから。




