皇都の気質
「助六寿司です」
伊能局長の差し入れは稲荷ずしと太巻きがセットになった助六寿司だった。太巻きには、桜でんぶ、甘辛く煮たシイタケとかんぴょう、卵、きゅうりが入っていて、いなり寿司には青じそが重なっていた。
「これ、寄席のそばで売ってるやつ?」
「はい」
富山局長の質問に伊能局長が簡素に答えた。
「そういうの見に行かれるんですか?」
今度は真原さんが訊ねる。伊能局長は「まぁ、そこそこ」と手短に答えた。
「仕事では……笑えるものなんてまず見ないですからね。人間が笑ったところを見にいかないと、人間の心の機微が、見えづらくなるので。感覚が死ぬというか」
「ああ~、調査局はそうなりますねえ……」
伊能局長の返答しづらい言葉に、真原さんは的確な回答をひねり出す。
「寄席の内容は笑わないんですか」
福野さんが突撃していった。伊能局長は「モノに寄りますよね」と首をひねり、「食べてくださいよ」と助六寿司を周囲に促す。一人前の箱を一人ひと箱だが、福野さんの前だけ三箱並んでいるし、真原さんのは小さめのサイズになっていた。多分、伊能局長の采配だろう。
「ただ、僕が笑うのと、周りが笑う瞬間みたいなものがズレてるので、声上げて笑うことは無いですね」
「あぁ~大変っすね……」
そういう真原さんも大変そうだった。今、伊能局長は仕事モードではなく、若干オフっぽい雰囲気がある。どう接していいか分からないのだろう。私も分からない。旧知の中である富山局長は、のんびりいなり寿司を食べ、コミュニケーションを完全に真原さんに委託しており、福野さんはいなり寿司を二つ一気に食べていた。
「で、本題ですけど……皇都の使者がそのうち来るんですよね」
伊能局長が箸で助六寿司の分解を始めた。シリアスな雰囲気なのに、何を考えているか分からない。伊能局長がミルクレープを分解するタイプということだけだ。今分かることは。
「それバラバラにするの外でやっちゃだめだよ」
食堂で自分の苦手なものを福野さんに譲渡する富山局長が伊能局長を注意した。
「中じゃないですかここは」
「ここにいる人は気にしないけど、よそでしたら駄目だからね。作った人が見てる前とか」
「それはちゃんと分かってますよ。でも、味が混ざるの得意じゃないっていうか」
「そうなんです?」
真原さんが相槌をうつ。
「伊能くんはカレーも全部あれなんだよね、ジャガイモ全部食べて、ニンジン全部食べてって感じで、相模くんが、怒ってっていう」
富山局長と伊能局長、そして水社一心のいる戦闘局の相模局長は一緒に働いていた時期があったらしい。千年桜は恋と咲くではほぼ描写されないし、あくまで伊能局長と相模局長の連携が取れている程度だった。コラボカフェやグッズの時、伊能局長がいれば相模局長が出てお姉様を挟む感じ。伊能局長単体でお姉様と並んでも、相模局長がお姉様と並んでも、他のお姉様に恋をする男性キャラより正直絡みが薄いところもあったので、両方で挟んでいたのかもしれない。
「ルーはルーで食べたいし、ご飯はご飯なんですよ」
伊能局長は不貞腐れた様子で呟く。人物の食のこだわりは本編で描写されない。皇龍清明様とお姉様がメインの話で延々と伊能局長がカレーを分別しながら食べる場面が出たら、正直びっくりする。
「それより」と割り箸を助六寿司の箱の上に置いた。
「皇都から使者が来ます。暮れに起きた、列車の貨物にあやかしが紛れ込んでいた事件の調査の為ですが、おそらく、枯賀二等兵と話がしたいようなことも言ってくるでしょう」
皇都。
簡単に説明すると国の西だ。国の真ん中に一本線を引いて西が皇都。東が帝都。西は若干平安文化が混ざっていて、平安時代の建物に銃を持った軍人がドタドタ歩く場面が多々ある。
そして、皇都の人間も。
「皇都かぁ」
富山局長がいなりずしを食べる手を止めた。
空気が一気に重くなる。
理由は分かる。
皇都退妖軍の人間は、帝都退妖軍の人間と価値観が若干異なるのだ。
帝都退妖軍の守る人間は国民、国そのものだが、皇都退妖軍はその成り立ち──元々、神に近い帝を守るために皇都退妖軍の祖が出来ている。そのため国民よりも帝という意識が強く、帝が言っているから国民を守ってます──という意識だ。
すごく嫌な例え方をすれば、アニメやラノベに出てくる、忠誠心の強すぎるキャラの概念がそのまま地域性になっている。矢印が向いているのが帝だ。その気質は一般市民にはうっすら、皇都退妖軍の中で階級が上がれば上がる──帝に近づけば近づくほど気質は色濃くなる。何らかのアーティストのファン感情のピラミッドに近い。大多数はアッサリファン。少数の熱狂ファン。
こんな感じなので、まず気質として扱いづらい。そこに異能至上主義、霊力至上主義が帝都よりも強いというのが重なってくる。帝都では美浜の娘と猫又、女学校の事件であったように、霊力がないものは「霊力なんてモノを持つ者がいるからあやかしがいるのでは」と感じたり、「こっちは経済活動で国に貢献している」という、霊力の有無による対立、ある意味対等だが皇都では「霊力のない人間は霊力のある人間の為に尽くせ」がベースだ。帝都の差別し合っている環境も微妙だが、皇都は一方的な判断が固定化されている。
「上層部との話よりは、気楽なものだとは思います。それに、向こうは列車の事件の調査が主軸です。それで帝都に来るのだから、言い方は悪いですがついでの可能性もありますし、交流会をしたいような話もあるので、念のため心づもりを……と」
すると福野さんが「皇都ってそんな違うんですか?、地図の西にあるだけですよね」とキョトンとした顔をした。




