水社一心のざまぁ
水社一心は、鵺からお姉様を庇い、苦しんで死んだ。身体を切り裂かれ、出血多量で死んだ。
どれほどの痛みだろう。
千年桜は恋と咲くで水社一心がざまぁされる──皇龍清明様に「くどい」と言われ、悉く恋心をズタズタにされるさまは、「ざまぁ」と思ったけど、水社一心が物理的にズタズタにされるさまは、スカッとはしなかった。お姉様が水社一心から得た苦痛は精神的なもので物理じゃないのが大きかったかもしれない。同じ目に遭えばいいのにの「同じ目」じゃないから。
そして、今の水社一心には借りがある。お姉様を助けてくれた。
私が心の中でそう言ったら、お姉様だけじゃないって言いそうだなとも、思う。あいつは。
振袖だのなんだの、千年桜は恋と咲くのモラハラ水社一心ならば、まぁ、どうしようもない者同士と考えるけれど、あいつはもっといい人間と結ばれるべきだ。水社一心にはもっと、ちゃんとした相手がいる。
だから、鵺を殺して私が死ぬのが、一番丁度良かったのだ。
水社家のミヤシロ様に霊力を完全譲渡した以上、私と水社家の縁は否応なく色濃くなる。
これから先、私が生きていれば水社一心と私の結婚話が出てくるのは明白だ。
水社一心には、いい相手がいる。
私が死ねば水社一心は助かるし、鵺による被害も出ない。
鵺がそのまま帝都で暴れ、討伐になるよりずっと、被害は少なく済む。
だけど、水社一心は風呂にまでついてくる。どう考えても付き合っても無い女の風呂を心配した過去のある男、事故物件すぎる。
過去に、別の女に後を追うなんて言った男を好む人間なんていない。相手の女が死んでいたとしても。
仮に私が生き残っていたとして。
私が「水社一心にはいい相手がいる、釣り合わない」としていれば、それこそ、「全然気にしないで、こいつ家族みたいなものだから」と手短な女と親密な態度を取りつつ彼女も作るクズ男の妹ポジみたいになりかねない。
だから、あいつにはちゃんともっといい女がいるだろと思うけど、それを出すことはできなかったし、これからも出来ないだろう。
あいつはそこまで考えていたのだろうか。
私が「水社一心と自分は不釣り合い」と考えながらも「現状、それを理由に水社一心から離れることは無責任になる」まで考えることを。「このまま死んでも、水社一心が他の女を娶るのは、水社一心の素行的にかなり厳しくなる」と私が……考えていることも。
あいつは相手の逃げ道を塞ぐことを嫌う。心が読めるから。逃げ場を塞ごうと思えばいくらでもできてしまう。ゆえにお姉様の求める言葉をひとつも言わなかった。
最低な人間になることを、覚悟してでも、あいつは──。
──探すのも面倒だ。お前が地獄に行くなら、俺もいる。だからずっと、生まれ変わらず、地獄に落ちろ。
夏の花火大会。水社一心の言葉が頭をよぎる。
あいつ、いつからあんな覚悟持って。
私の前世の死因だって対して分かってなかったからか。
いや、前世を分かった後だって。
──お前が死んだら、俺はすぐにお前の後を追う。
ああ言った。水社一心は。
この場にいないくせに。
それに、その言葉を受けた直後は、まだ違ったのに。
今になって。
なのに、鵺ごと死ぬのは駄目って何なんだよ。
私は手のひらを握りしめる。
自分が物語を変えてしまったからとか、そのうち物語通りにお姉様に惚れるなんて、考えを逃がすことはいくらでも出来るはずなのに、あいつの言葉がそれをさせない。
私の選択に、おそらく、水社一心が悩みに悩んで選んだ選択が絡んでいると分かるから。
私はヒロインじゃない。ヒロインが自分で運命を掴むとか切り開くとか、大嫌いだから。だって出来ないものは出来ないから。人が持っている当然の足場がなくて、努力しても簡単に、持ってる側の人間にないがしろにされて、そういう理不尽が慢性的に続くのが人生だから。
助けてもらうなんて、世界に無い。なのに何で物語のヒロインまで孤立無援で誰にも助けてもらえず自立せざるを得ない姿を見させられなければいけないのか。そう思うから。
知らない。もう全部。
私は、お姉様の妹で、管理局の局員で、水社家に保護されて、不定期に酒呑童子の稽古をしてもらい、刀に付きまとわれている──二等兵です。
それだけ。
それだけでいいやもう。考えるの疲れた。
呪具見つけたらテイクアウトする。テイクアウトして、水社一心経由で伊能局長に相談する。
鵺見つけたら異能を使わず倒す。ここで倒します。呪具のテイクアウトもあるし。
これで終わり。水社一心も満足だろう。相談という選択肢を私を持ったのだ。
刀を掴み立ち上がると、刀は私に反発するようにブゥンと手元から離れた。そして扉に勝手に鞘ごと突き刺さる。
この状況で反抗期始まったのかと扉から刀を引き抜けば、ガチャン、と鍵が開く音がした。
私はおそるおそる、扉を開く。
どうやら刀は、扉に施されていた封印か何かを解いてくれたらしい。
疑ってしまった。申し訳なさを感じるとともに恐怖した。
なんでこの刀、暗天妖王大寝殿のマスターキーみたいになっているんだろう。
普通に一緒に閉じ込められたけど、そもそも、野狐禅と暗天妖王って、この刀見えてる?
この方実はめちゃくちゃあやかしサイドだったりしない?
刀を引っこ抜こうとすれば、あっさり引き抜けた。
刀をじっと見つめるが、刀は微動だにしない。普通、微動だにしないほうが安心なのにこの刀はおかしいので逆に怖かった。
いわくつきの刀?
疑問を抱きながら石造りの部屋を出ると、刀は返事するようにブゥンと響く。
すぐそばに雑魚あやかしが複数体現れた。
あやかしに反応してなのか、いわくつきへの肯定なのか分からない。
だから、迫りくるあやかしより、今握っている刀のほうが若干怖い。
私は刀を鞘から引き抜き、鞘を帯に挟んだ。こいつのせいで帯が解けたら裸で戦うしかない。どうでもいい。小さい子がいたら流石に精神保護の面で気を遣うけど、あやかしなんか知らない。
私はそのまま刀を両手で握り、斬りこんだ。
相手は飛行型のあやかし四体。最悪鯉のぼりのスリム版。蛇とも言い難い絶妙な形状で、顔は仏像を険しく改変した面立ちだ。
体力を温存しないと、鵺と戦わなきゃいけないかもしれないし。
私は踏み込まず、相手がこちらに向かってくるのを待ち、二体目を両断した。前まではこの後がない気持ちで戦っていた。今やらなければいつやるのか、ここで死んだら意味がないと思いながらも明日を見なかった。
攻撃を躱さず斬りつけてしまえばいい。そうすれば早く終わる。早く終われば誰かが傷つかなくて済む。そう思っていた。戦いで、楽をするのも気が引ける。人間いつ死ぬか分からないのだから全力で。だからこの戦い方が効率的。正しい。
正しさで救われたことなんて一度も無いのに、私は、私の正しさにこだわっていたのかもしれない。
相手を見据え、一歩踏み出す。向かってくる敵を壁を蹴って翻しながら別の一体を斬り上げる。
そのまま背後に回った最後の一体に刀を振り下ろした。
刀に付着した、あやかしの瘴気を振り払い、刀を鞘に納める。
今までと比べ、疲れは違っている。
私は改めて廊下を見渡し、ハッとした。
この景色は見覚えがある。千年桜は恋と咲くのコミカライズの背景で見た。鵺がいる洞窟に続く廊下だ。私は奥を目指し突き進むと、やがて石造りの扉に辿り着いた。
この扉も見た。この先に鵺がいる。




