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第34話 日常の綻び

もう一年の半分終わんの?

「グーテンモルゲン! 今日もいい朝だね!」

 翌日の朝の教室。祐人は教室に入ると、例のごとくハイテンションに朝の挨拶をする。

「朝っぱらかテンション高ぇーな」

「何語? それ」

「おそらくドイツ語だと思われる」

「知らねぇで使ってんのかよ」

「まぁ、そういうこともあるよ」

「ねーわ」

「そんなことより二人とも元気?」

「あぁ、元気元気」

「僕は元気だと思う?」

「どっからどう見ても元気だよ」

「おい! 俺の筋肉! 元気かい? 元気じゃないのかい? どっちなんだい! げーんき!」

「うるせぇな、こいつ」

 既に登校を済ませていた健太と育美はいつも通りに挨拶を返す。二人は祐人の扱いにすっかり慣れていた。祐人のハイテンションなボケを軽くあしらった健太は思い出したように祐人に尋ねる。

「そういや昨日、ミゾノスポーツ行ったんだって?」

「どうしてそれを? もしかして……僕の追っかけ?」

「追っかけてねーよ。俺も練習帰りに行ったんだよ。そん時におっちゃんから『お前が横断幕を探してる』って聞いてな」

「横断幕ぅ? そんなの何に使うのん?」

 健太の言葉に興味を惹かれたように育美が反応を示し、祐人は答える。

「ほら、僕が女装してバスケ部の助っ人をやるって話」

「そんな話あった!?」

「女装の話は出なかったかも」

「そもそも助っ人云々は五十嵐くんが勝手に言い出しただけで、私はそんなこと頼んでないよね!?」

「ははは」

「はははじゃなくて!」

「……確か女バスの試合を応援するって話だろ?」

 健太は脱線した話の軌道修正を試みる。

「そうそう。田中さんからの依頼を受けて『応援のためには何が一番必要か?』と考えてみたところ、『横断幕さえあれば、他にはもう何もいらない!』という結論に至ってさ」

「いるだろ」

「結論が極論すぎない?」

 二人が冷静にツッコミを入れる中、祐人は話を続ける。

「それで昨日の帰りにミゾノスポーツに行ってみたんだけど、置いてなかったから何も買わずに帰ってきたってわけ」

「まっ、横断幕なんてそう頻繁に使うもんでもないからな」

「『島の外の店ならあるかもしれない』とか言ってたから探しに行こうかとも思ったんだけど、あの時間に行ったら定期船(フェリー)の最終に間に合わなくなりそうだったから止めた」

「別にそんな気合い入れなくていいのにー」

 呆れたように育美が笑う中、思い出したように祐人が言う。

「あ、そうそう! そういえば昨日、田中さんのおばさんに会ったよ!」

「……え?」

「家の管理会社の人でさ。何か……定期訪問? に来てたんだよね。実は前にも会ってたんだよ。この島に来て今の家に引っ越す時、色々説明してもらって。その時は知らなかったけどまさか田中さんのおばさんだったなんてね。いやー、すごい偶然だよねー」

「へー……そうなんだ……」

「おばってことは親戚だよね?」

「……うん、母親の……妹」

「……」

 祐人が育美の叔母の話題を口にした途端、二人の様子が一変した。育美の表情は固くなり、健太は気まずそうに口を閉ざした。

(な、何だ……? この空気……)

「どうした急に二人とも? 何か様子がおかしいぞ」

「……別に何でもねぇよ。なぁ?」

「う、うん……」

(うーん……何か知らんが空気が重いな。ここはひとつ、巧みな話術で場を盛り上げるとするか)

 そう思い立った祐人は、果敢にも口を開く。

「ところで見てよ、この腕。慣れてきたとはいえ着替える時とかすごい不便なんだよね。もう不便すぎて、何をするにも骨が折れるよ(笑)」

「……」

「……」

 慣用句の『骨が折れる』と物理的な『骨折』をかけ合わせた小粋なジョーク。だが、二人はくすりともしない。それどころか何の反応も示さなかった。

(……お、おかしい! いつもならここで『うるせーよ!』とか、『上手いこと言わなくていいから!』とか、ツッコミが入るのに……)

「おはよう。今日は何だか静かだね、みんな」

 突如訪れた気まずい空気に祐人が動揺していると、やって来た早織が挨拶をしながら三人に声をかけた。

「そんなことないよー。ねぇ?」

 早織の言葉に真っ先に反応したのは育美だった。育美は同意を求めるように健太と祐人に顔を向ける。

「あ、あぁ……」

「さっきまで横断幕の話しててさー。ほら、応援なんかに使う。あ、そういえば一時間目数学だよね? 宿題やってきた? ちょっとわかんないとこがあって教えて欲しいんだけど、いいかなぁ?」

 渋々頷く健太を尻目に、育美は矢継ぎ早にまくし立てる。まるでさっきまでの不穏な沈黙を誤魔化すかのように。

「うん、いいよ。どこ?」

「サンキュー助かるぅ! さっすが広瀬さん! ここなんだけど……」

(急にまた元気になったぞ……何だったんだ? さっきのは……)

 教科書とノートを広げる育美の様子を眺めながら、祐人は先程の沈黙の意味を考えていた。しかしその小さな疑問は、間もなく始まった朝のホームルームによって記憶の片隅へと追いやられるのだった。


 その日の放課後。祐人を含む生徒会のメンバーはいつもの生徒会室ではなく屋外にいた。彼らは学校の近くにある港へと来ていた。船着き場には何艘もの漁船が並んでいるが、辺りに人の気配はない。見覚えのある光景だ。

「おぉ、久しぶりだなぁ。ここで臨死体験したんだよなぁ、あの時」

 まるで他人事のようにあっけらかんとした口調で祐人は言う。ここは以前、彼が霧人によってあわや死にかけた場所だった。

「……何で一緒になってついて来てんのよ。あんたがいたって何にもならないのに」

 前を歩いていた心が振り返りながら尋ねる。彼らが再びこの場所を訪れたのは、生徒会としてのもう一つの役割を果たすためだった。役目とはすなわち霧人の排除。戦う力も術も持たない祐人がいても意味がないという心の指摘は正論だ。祐人は答える。

「確かに僕は戦うことはできません。でも僕だって生徒会の一員です。戦えないなら戦えないなりに出来ることがあるはずです。みんなを応援したり、指図(さしず)したり」

「指図はいらんわ! せめて指示にしろ!」

「……あそこだ」

 二人が話していると青空が低い声で前方を指差した。青空が指し示した先には、黒く深い霧が広がっている。

「よし、すぐに終わらせよう。五十嵐君は危険だから後ろへ」

 青空はそう言うと、すぐさま戦闘準備を開始した。彼が着用していた学校の制服は瞬時に強化スーツへと切り替わり、右手には重そうな斧を携えている。心、早織、凪雲の三人もまた同様に強化スーツの着装を済ませ、各々の得物を手にしている。その間にも前方の黒い霧は蠢きながら形を変え、無数の人型を形成していく。

「分かりました! みんな、気を付けて!」

 祐人が後方へと下がると同時に、心は眼前の霧人の群れに向かって真っ先に飛び出した。先陣を切った心は華麗な剣捌きで次々に霧人を斬り伏せ、その後に続いた早織と青空も同様に霧人を薙ぎ払っていく。さらに凪雲が後方から弓で援護するというバランスの取れた布陣。

「がんばえー!」

 祐人の声援が響く中、彼らの息の合った連携によって霧人は抗う間もなく消滅していく。

「強い! 絶対に強い! 圧倒的だ! 勝ったなこれは……ん? 何だ? 地面に何か……」

 その時、祐人はあることに気が付いた。彼らが戦っている奥の方に、何かが横たわっている。斬り伏せられた霧人かと思ったが、どうやら違うようだ。祐人は目を細めて前方に目を凝らす。……人だ。倒れているのは霧人ではなく、紛れもなく人間だった。

「あ、あれは……!?」

 祐人は驚きの声を上げた。倒れている人物が知り合いだったからだ。彼はその人物と会っている。それもつい昨日。

 倒れていたのは、田中育美の叔母だった。

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