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第31話 初めての相談者

後輩がウザい先輩の話

「グッモーニンエブリワーン! 最近何か困ってることない?」

「朝っぱらから何だいきなり」

「五十嵐くんは今日も元気だねぇ」

 朝の教室。祐人は健太と育美に英語で挨拶をすると同時に、唐突に質問を繰り出した。さして驚いた様子もなくいつも通りに応じた健太と育美に祐人は続ける。

「いや、実はね? 生徒会活動の一環として、みんなから悩みを募集しててさー」

「何でそんなことしてんだ?」

「何でだと思う?」

「知らねーよ!」

「生徒会が悩みを募集してるの何でだろ~♪」

「歌い出すなよ!」

「生徒がよりよい学校生活を送れるようにするのが生徒会の務めだからね」

「つまり悩み相談ってこと?」

()()()()です。なんつって!」

 育美の問いに祐人は半笑いで答える。

「……なぁ、こいつ殴っていいか?」

「全力でやっていいよ」

「やめてください!」

「おはよう。みんな元気だね今日も」

 三人がいつも通りに騒いでいると、やって来た早織がそう声をかけた。

「グッモーニン! 広瀬さん!」

「広瀬さん、おはー」

「元気なのは主にこいつのせいだけどな」

「それで今日は何の話で盛り上がってたの?」

 早織の質問に祐人が答える。

「そりゃもちろんあれだよ。ほら、昨日話した」

「あぁ、お悩み相談のこと?」

「そうそうそれそれ。というわけで改めて聞くけど、二人は何か悩みとか困ってることとかないの? 利き手が使えなくてノート取れないとか、ご飯食べるのも一苦労だとか、お風呂入るのも不便極まりないとか」

「全部お前の悩みじゃねーか」

「大体悩みを相談したとして、どうにかなるの?」

「ふっふっふ……」

 健太と育美の質問に、祐人は意味ありげな含み笑いをする。

「何だいきなり笑い出して……ついにおかしくなったか?」

「それっていつも通りじゃない?」

「ひどいな君ら。まぁ、いいけど」

「(いいんだ……)」

 早織が心の中でツッコミを入れる中、祐人は気を取り直して話を続ける。

「実績をお忘れじゃあないですか?」

「実績ぃ?」

「僕の大活躍によって、鈴木くんの悩みを解決したという輝かしい実績さ!」

「大活躍……はしたのか? 確かにあれから野球部(あいつら)、今までにないぐらいやる気になってるけど」

「この頃朝から晩まですごい練習量だよねぇ」

 健太の言葉に育美も同意した様子で頷く。

「鈴木くんが僕に助っ人を依頼したことによって、野球部は変わった。つまりその事実こそがお悩み相談の有効であるという証ってわけさ。LED! 照明完了!」

「QEDだろ」

「ちなみに『証明』と『照明』がかかってる」

「はいはい」

 軽くあしらわれたことを気にも留めずに祐人は続ける。

「そもそもお悩み相談を始めようと思ったきっかけは、野球部にあるんだよ」

「野球部に? どういう意味だ?」

 健太の問いに祐人は答える。

「うん。試合に勝ってみんなが喜ぶ姿を見て思ったんだ。あんなに嬉しそうにして……やっぱり笑顔は大事だなって。実は僕が何かにつけてボケるのも、みんなを笑顔にするためなんだ」

「どちらかというと苦笑いだけどな」

「苦笑いも笑顔の内だから、それはそれでよし!」

「無敵か? こいつ……」

「ねぇ、それってさぁ……どんな内容でもいいの?」

「もちろん! 苦笑でも、嘲笑でも、冷笑でも、笑ってくれればそれでオーケーさ!」

「いや、そうじゃなくて! お悩み相談の話! どんな相談でもいいの?」

 育美の質問に祐人は笑顔で答える。

「もちろんいいよ! 何かあったら気軽に生徒会室来てよ。それで解決する保証はないけど」

「ないのかよ」

「保証はどこにもないけど」

「ポケモンマスターかよ」

「そりゃそうじゃ」

「オーキド博士か!」

「ハーッハッハッハー!」

「……」

 いつもの調子でふざけ出した祐人と健太とは対照的に、育美は真剣な表情で黙り込んだ。それを見た早織が尋ねる。

「……田中さん? どうかした?」

「え? あ、ううん! 何でもないよ」

「……何か悩みでもあるの?」

「悩みっていうか……」

 育美が早織の質問に答えようとした矢先、教室の前の扉ががらりと開いた。入ってきたのは担任の桐原だった。

「おはようございます。今日もいい天気ですね。朝のホームルームを始めるので、みなさん席に着いてくださいね」

 彼女が穏やかな声で一日の始まりを告げると、生徒たちは雑談を切り上げて各々の席へと引き上げていく。二人の会話もそこで打ち切られ、育美が何を言おうとしたのか結局分からなかった。


(うーん……)

 その日の放課後。黙々と仕事に取り組む生徒会メンバーを見渡しながら、祐人は心の中で唸った。

(暇だ……)

 そう、やることがなかったのだ。今日は書類に生徒会の承認印(はんこ)の押し忘れがないか確認する作業を割り振られたのだが、それも早々に終わってしまった。もちろん見落としがないように一枚一枚丁寧に確認したが、ただ書類を見るだけの作業なので大した時間はかからなかった。何か手伝おうにも利き手が使えないため、特にできることもない。

「それにしても誰も悩み相談に来ないですねぇ。こんなにも待ちわびているのに」

「そりゃそうでしょ」

 三度目の承認印確認作業を終えていよいよ完全に暇を持て余した祐人が誰ともなしに口を開くと、パソコンから顔も上げずに心が答えた。心のつぶやきを補足するように青空が続ける。

「まだ周知してないからね。そもそも悩み相談について知らないんだよ」

「でも朝からクラス中に触れ回ってたんですけどねぇ。『生徒会でお悩み相談するから、みんな来てねー!』って」

「……目に浮かぶわ、その様子が」

「もういっそみんなのでもいいんで、何かないですか?」

「急にそう言われてもねぇ……」

 祐人の言葉に青空は困ったように苦笑いを浮かべる。

「佐上先輩は何かないんですか?」

「あるといえばあるけど」

「お、何ですか?」

「後輩がやかましい」

「後輩がヤマカガシ?」

「言っとらんわ!」 ※注 ヤマカガシ:ヘビ

「ちなみにその後輩っていうのは、僕の知ってる人物ですか?」

「知ってるも何も目の前にいるわ」

「それってもしかして……広瀬さん?」

「違ぇーわ!」

「なら浦上さん?」

「凪雲でもない!」

「じゃあ一体、誰なんだ……」

「お前だお前!」

「僕がですか!?」

「お前しかいねーだろ! 何だその反応! 何で意地でも自分を選択肢から外すのよ、昨日から!」

「まさか僕をそんな目で見てるなんて、夢にも思わなくて」

「夢に思え!」

 と、その時だった。心のキレのいいツッコミが響き渡ると同時に、入口の方からコンコンと音がした。ほどなくして部屋の戸が遠慮がちにガラガラと開く。

「田中さん!」「田中さん?」

 戸を開けた人物の姿を見た祐人と早織は同時に声を上げた。その人物の正体は二人のクラスメイトの田中育美だった。

「入っても大丈夫……?」

「全然いいよ! どうぞどうぞ!」

「失礼しまーす……生徒会室って初めて来たかも……」

 おずおずと部屋の中へと足を踏み入れた育美は落ち着かない様子で、きょろきょろと室内を見回しながら自己紹介をする。

「えーっと……二年三組の田中育美です」

「これはどうも。僕は会長の浦上青空。そっちは副会長の佐上心に書記の浦上凪雲。凪雲は僕の妹なんだ」

「あ、どうも」

「僕は次期会長の五十嵐祐人。そっちは会計の広瀬さん。広瀬さんは僕と同じクラスなんだ」

「いや、二人のことは知ってるよ! 次期会長なの?」

 青空の台詞を引用してボケる祐人に育美はツッコミを入れる。

「将来有望でね」

「五十嵐くんが勝手に言ってるだけだよ」

 祐人の発言を早織が訂正する。クラスでよく見るいつもの光景に緊張が解れたのか、育美は安心した様子でほっと息を吐いた。

「あはは。いつもの通りで安心したよ。なーんか微妙に入りづらかったんだよね。外まで言い争うような声が聞こえてきてさ」

「言い争いじゃないよ、コミュニケーションだよ。ツッコミュニケーションだよ」

「ツッコミュニケーション?」

「僕がボケてそれに対してツッコミを入れる。そうすることで話が弾んで、円滑なコミュニケーションがが取れるという高等テクニックさ」

「よく先輩相手にそんなボケられるね」

「人間に上とか下とかないって信じてるから」

「立派だぁー! 人としては百点だけど、後輩としては0点だよ!」

「クセになってんだ。誰彼構わずボケるの」

「悪い癖だね」

「それで……田中さん。私たちに何か用事?」

 祐人と漫才を始めた育美に早織は尋ねる。わざわざ生徒会室に訪れたということは、何かそれなりの理由があるはずだ。早織の問いに育美はぽりぽりと指で頭を掻きながら、どこか気まずそうに答える。

「……ほら、生徒会で悩み相談するって言ってたでしょ? それでちょっと……ね」

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