第28話 浦上兄妹の秘密
生存報告も兼ねて久々の投稿!
動きはないけどコツコツ書き溜めてす。
野球部が実に五年ぶりの勝利を収めた翌々日の月曜日。いつも通りに学校へとやって来た早織が教室に入ると、自分の席の周りに人だかりができているのが目に入った。
「それにしても大変だなー、骨折なんて」
「試合前にこの姿で現れた時は、どうしようかと思ったぜ」
「この様子じゃ治るまで体育は見学だな」
「困ったら何でも言ってね?」
ワイワイガヤガヤ……
どうやら生徒たちは祐人の席に集まり、彼の怪我のことで盛り上がっているようだった。
「……おはよう」
早織が挨拶をして静かに席に着くと、それに気付いた祐人が声をかける。
「広瀬さん、おはよう!」
「おはよう。大人気だね、五十嵐くん」
「ギプスしてるからね。みんなギプスに夢中だよ」
「そんな理由なの?」
「朝から賑わってるねー」
二人が他愛のないやり取りをしていると、少し遅れて育美がやって来た。
「田中さん、おはよう!」
「……うん、おはよ」
「田中さん、大丈夫?」
「大丈夫ってなにが?」
「何かいつもより元気ないような」
「そう? いつも通りだよ」
「心なしか疲れたような顔してるし」
「……気のせいだって」
「腕なんかギチギチにギプス巻いてるし」
「いや、それ五十嵐くんだよね!?」
祐人のボケに思わずツッコミを入れた育美は続けて尋ねる。
「でも片手しか使えないと不便じゃない? それに左利きだったよね? 五十嵐くん」
「そうなんだよ。利き手が使えない危機的状況なんだ」
「大変だね」
「利き手が使えない危機的状況なんだ」
「そうなんだ」
「利き手が……」
「いいよ! 三回も言わなくて! ダジャレでしょ!?」
「気付いてないのかと思って」
「気付いた上でスルーしたの! それだけボケられるなら大丈夫そうだね。そういえば珍しく勝ったんだって? 土曜日の練習試合」
「お! もう知ってるなんて、情報が早いね! さすがZ世代」
「お前も同世代だろ」
健太のツッコミをスルーして祐人は続ける。
「いやー、田中さんにも見せたかったなぁ。僕の劇的な代打逆転満塁サヨナラホームラン」
「大嘘つきじゃねーか!」
「五十嵐くん、腕怪我して試合出てないよね?」
「ぶっ……あはははは!」
祐人のボケに健太と早織が畳み掛けるようにツッコミを入れると、育美は思わず楽しそうに笑った。
「こんにちはー! みんな~げんき~?」
放課後。野球部の練習から解放された祐人は、早織と共に生徒会室へとやって来た。
「久々に顔出したと思ったら、相変わらず騒々しいわね」
ハイテンションの祐人に心が冷ややかな視線を向ける中、会長席に座った青空が声をかける。
「やぁ、五十嵐君。久しぶり。元気そうだね」
「ほんと久しぶりですね。五年ぶりぐらい?」
「そんなに経ってないでしょ」
祐人の軽口に傍らの早織がツッコミを入れる。
「浦上さんも久しぶり! 元気?」
「一昨日会ったよね?」
「……(ペコリ)」
「佐上先輩も……ちょっと見ない間にこんなに大きくなって」
「変わっとらんわ! 久々に会った親戚か!」
ボケ続ける祐人にツッコミを入れる早織と心。それを見た青空は笑いながら言う。
「五十嵐君が戻って来て、また賑やかになりそうだね」
「騒がしいの間違いでしょ? ところで……腕の方は大丈夫なの?」
「よく僕が怪我してると見抜きましたね」
「見りゃ分かるわ!」
「全治一か月なんで大丈夫ですよ!」
「……大丈夫の意味が分からん」
「全治一か月か……」
青空は祐人の発した言葉を小さくつぶやいた。そして言う。
「いい機会だ。君には僕たちの"力"について、詳しく話しておこう」
「力……ですか?」
「ちょっと……教える気?」
「隠す必要もないだろう? もう僕たちの活動についても知っているんだし。以前、僕たちには特別な力があると話したのを覚えているかい?」
口を挟んだ心にそう答えながら、青空は祐人に尋ねる。
「えーっと、確か……"神の恵み"でしたっけ?」
「そう。災いと戦うための力だ。そして……それとは別に僕たちにはそれぞれ固有の力があるんだ」
「固有の力?」
「広瀬君が人の記憶を操ることができるように、僕たちにも同じようなことができるってことさ」
「へー、じゃあ浦上先輩も人の記憶を操れるんですか?」
「いいや、それは広瀬君だけの力だ」
「じゃあ何ができるんですか?」
「それはね……」
そう言うと青空は口をつぐんだ。
(どうだい? 聞こえるかな?)
「うわ! な、何だ!?」
祐人は驚きの声を上げた。聞こえてきたのは確かに青空の声だったが、その声は耳ではなく、頭の中に響いたからだ。戸惑う祐人の頭の中に青空は説明を始める。
(驚いたかい? 僕は相手の頭に直接考えを伝えることができるんだ)
「テレパシーだ! すごい!」
(は、初めまして……)
祐人がはしゃいでいると、再び頭の中に声がした。おどおどとした弱々しいウィスパーボイス。明らかに青空のものではない。
「これは……女の子の声?」
(浦上凪雲……です……)
頭の中の声はそう名乗った。祐人は声の主に顔を向け、声をかける。
「浦上さんもテレパシー使えるんだ!」
(い、いえ……私は……その……)
(これも僕の力だよ)
赤くなって俯く凪雲に助け舟を出すように、青空が割り込む。
(応用すればこんな風に近くの相手ともやり取りができるんだ)
「へー、何かグループ通話みたいですね! 近くの相手ってことは広瀬さんや佐上先輩とも?」
(あぁ、できるよ)
(五十嵐くん、聞こえる?)
「おお! すごい! 頭の中に広瀬さんの声が……あれ? 何かこの感じ、どっかで……」
耳ではなく頭の中に声が響く奇妙な感覚。自分はこれを知っている。この奇妙な感覚にどこか既視感を抱いた祐人は腕を組んで考える。
「そうだ! 僕が霧人に包まれてぶっ倒れた時だ!(第12話参照)」
「よく覚えていたね。そう、あの時もこの力を使ってみんなで呼びかけてたんだ。君の意識を呼び戻すためにね」
「そうだったんですか……ありがとうございます。命の恩人感謝永遠に」
「それはお互い様さ。君がいなければ、心はあの時……」
「……」
「……」
「……」
青空の言葉に心、早織、凪雲の三人は黙り込んだ。しんみりとした空気を振り払うように祐人が口を開く。
「それにしても喋らなくても伝わるなんて、すごい能力ですね!」
「そんな大したもんじゃないよ」
「いやいや、すごいですよ! いろんなことに使えるじゃないですか! 例えばそうだな……まぁ、ちょっと具体的には思いつかないけど」
「思いつかないんかい!」
思わずツッコミを入れる心。
「クソッ! いい考えが浮かばない! 左腕を怪我さえしてなければ……!」
「それ関係ある!?」
「せいぜいコンビニでチキン買う時に使うぐらいしか思いつかない……!」
「唯一思いついたのがそれ!?」
「『こいつ直接脳内に……!』ってなると思うんです」
「なったから何だよ!?」
「会長、話を進めてください」
祐人と心のやり取りを終わらせるべく、早織は青空に話を促した。
「あ、あぁ。そうだね」
早織の言葉によって目的を思い出した青空は、自席の引き出しからカッターを取り出した。
「次に凪雲の力についてだけど……実際に見てもらった方が早いだろう」
そう言うと青空は右手で握ったカッターの刃をチキチキと露出させ、その切っ先を自らの左手人差し指に押し当てた。指先からはじわりと鮮血が滲み、楕円形に広がっていく。
「うわ……ちょっと! 何やってんですか! ご乱心!?」
「まぁ、落ち着いて。凪雲」
突然の自傷行為に大騒ぎする祐人を尻目に青空は妹の名を呼んだ。呼ばれた凪雲は兄の方へと移動すると、右手で指先の傷口に触れる。
「ほら、見てごらん」
そう言って青空は祐人の前に指先を差し出した。
「えぇ……そんな人の血を見る趣味なんてないんですけど……あれ?」
指先に先程カッターでつけたはずの傷跡がない。すでに血も止まっているようだった。
「気が付いたかい?」
「はい。でも言われなかったら、傷がないのに気付かないとこでしたよ」
「……凪雲、手を」
祐人の渾身のダジャレに触れることなく、青空は凪雲に短く告げた。指示を受けた凪雲は祐人に向かってゆっくりと右手を差し出す。その人差し指には赤い血が滲んでいる。
「血だ!」
「その傷はさっき僕がカッターでつけたもの。凪雲はそれを自分の体に移し替えたのさ」
「グリーンマイル!?」
「……移し替えれるのはあくまで怪我だけで、病気や体調不良なんかは対象外だけどね。そして移し替えた傷を新たに他人に渡すこともできない。凪雲にできるのは、人の傷を肩代わりすることだけ」
「す、すごい……! けど……それって浦上さんに何のメリットもないんじゃ……?」
祐人の指摘に青空は肩をすくめて答える。
「こればかりはどうしようもない。持って生まれた力だからね。その分、引き取った傷は治りも早いけどね」
「傷を移し替えるか……すごい力だ。あれ? そういえばあの時……」
青空から凪雲の力の説明を受けた祐人は、土曜日の練習試合の時のことを思い出した。祐人は早織に尋ねる。
「もしかして広瀬さんが言ってた『試合に出れる方法』って……このこと?」
「はぁ? 広瀬、あんた! 凪雲に何させようとしてたわけ!?」
祐人の言葉を聞いた心は声を荒げて早織に食ってかかった。烈火の如く猛る心を凪雲は必死に宥める。
(ち、違うの! 私が……そう伝えてもらうように頼んだの。『あんなに練習してグローブも買ったのに』って言ってたから……五十嵐さんに試合に出て欲しいと思ったから……)
「凪雲……」
テレパシーを通じて伝わってきた健気な想いに、心はそれっきり口をつぐんだ。そんな中、祐人が口を開く。
「僕のためにそんな風に思っててくれたなんて……ありがとう、浦上さん。でも大丈夫。気持ちだけ受け取っとくよ」
「……いいのかい?」
凪雲に代わって青空が尋ねる。
「そんなことしたら浦上さんが不便じゃないですか。それに全治一か月って言ってたのに、急に治ったら悪目立ちますよ。下手したら仮病扱いされるかも」
(すぐ……治りますよ。さっきお兄ちゃんも言ってたように、引き取った傷は治るのが早いから……)
「それに記憶の方は広瀬君に頼めば問題ないよ」
「うーん……」
兄妹の説明に祐人は腕を組んで唸る。青空は尋ねる。
「まだ何か気になることが?」
「怪我の場合も仮病って言うんですかね? でも仮怪我だと語呂悪いし……」
「いや、何の話!?」
思わずツッコミを入れる青空に祐人はきっぱりと言う。
「やっぱりやめときます」
「絶対いらなかったよね? 仮病の件……」
「すぐ治るって言っても、その間不便じゃないですか」
「それは君も同じだろう?」
「それはそうなんですけど……そもそもこうなったのは僕が原因なのに、それを無関係の浦上さんに押し付けるのは正直どうなんだって思って。それにちょっと寂しい気がして」
「寂しい?」
「みんな……すごく親切なんです。親は学校まで車で送ってくれたし、クラスのみんなはノートを取ってくれたり、掃除を代わってくれたり……利き手が使えない僕をすごく気遣ってくれて。もしみんなの記憶を消したら、そんな風に優しくしてくれたこともなかったことになっちゃうじゃないですか」
「五十嵐くん……」
「消したくないんです。みんなが僕にしてくれたことを……僕の劇的な代打逆転満塁サヨナラホームランで勝った事実を……」
「いや、そんな事実はないよ!?」
祐人がさり気なくついた嘘に、早織は間髪を容れずにツッコミを入れるのだった。




