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【ソラリスの星典】〜狼少女と旅をする異世界冒険譚〜  作者: 夕火
第一章 守るものあれば強く、
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第2話『灰燼が育む命』

 僕は狼少女の手を取り、安全な場所を探そうと、集落の中を歩き始めた。


 周囲の建物は爆撃にでも遭ったかのように荒れ果て、木造の家屋は激しく炎上し、石造りの建物は崩れ落ちて瓦礫の山と化している。


 街灯はなく、月明かりと、薪となった家々の燃え上がる炎だけが辺りを照らしていた。僕たちは瓦礫を避けながら、進める方向へと慎重に足を運ぶ。


 やがてその先で、車輪が壊れて傾いた木製の荷馬車を見つけた。


「荷車がある……。ここは、かなり田舎なのかな……」


 そんなことを考えつつ、僕は使えそうな物がないかと荷馬車へ近づいた。


 後方へ回り込み、荷台の中を覗くと――中央に、分厚い書物がぽつんと置かれているのが目に入る。


 不思議なことに、その表紙には絵も文字も、一切記されていなかった。


「これは、何の本なんだろう……?」


 僕が右手を伸ばし、表紙に触れた、その瞬間――


 本の表紙と、触れていた手の甲の両方に、赤く光る謎の幾何学模様が浮かび上がった。


 だがそれも束の間、本は発光とともに跡形もなく消え去り、同時に手の甲の模様も、いつの間にか消えていた。


「え!? 本が消えた……!? それに、何か手に浮かび上がったような……何だったんだ、今の……」


 僕は、触れた瞬間に謎の光が浮かび上がり、そして突如として本が消失するという、摩訶不思議な現象に、思いの外、困惑していた。


 狼少女は不思議そうな眼差しで、こちらを見つめている。


「うーん……色々調べられると思ったのに、触ったら消えた……。この世界には、そういう本もあるのか。とにかく、得られる物は無かった――他を当たろう」


 僕は気を取り直して、引き続き使えそうな物資を探すことにした。


 荷馬車を後にした僕達は、その近くにあった酒場へ足を向ける。


「ここは何の店だろう……うっ……! すごい匂いだ……これは、お酒か……?」


 床は壊れた酒樽から漏れ出した酒で濡れ、甘ったるい酒の匂いと焦げた煙の臭気が混ざり合い、鼻の奥を刺してくる。


 幸い、建物は延焼を免れており、天井や壁が一部崩れているだけで済んでいた。


 僕たちは無人の酒場を物色する。


 店内には、中型の麻袋や、刃こぼれした鞘付きのナイフ、正体の知れない肉のジャーキー、そして葡萄酒が残されていた。

 

 干し肉は袋に入るだけ詰め込み、短刀は鞘に収めたまま麻袋へ滑り込ませる。

 葡萄酒は近くにあった金属製の容器へ移し替え、それを腰に提げた。

 狼少女は、僕の行動の意図が掴めないのか、きょとんとした表情でこちらを見つめている。


「――これで数日は保つはずだ……。よし、そろそろ行こうか」


 僕たちは酒場での現地調達を終え、その場を後にした。


 やがて、舗装もされていない集落の通りを歩いていると――ひときわ激しく燃え上がる火柱が目に入る。


 嫌な予感を覚えながらも、僕はその火元へと足を向けた。


 近づいた瞬間、目に飛び込んできたのは――燃え盛る木製の壁と柱。そしてその傍らで、炎に包まれた“黒い卵”だった。


子どもほどもある、大きな卵。


「あれは……タマゴか……?」


そう呟き、一歩踏み出した――その時。


バキィッ!!


二階の床が崩落した。


燃え移った床板が、頭上から降り注ぐ。


「っ――!」


 僕は咄嗟に狼少女を抱き寄せ、通りへと飛び出した。


「はぁっ……はぁっ……危なかった……」


 あと一瞬遅れていれば、確実に二人とも下敷きになっていた。


その時だった。


――ピシッ。


背後から、乾いた軋む音が響く。


――ピシ、ピシピシッ……!


それは、燃え盛る木材の爆ぜる音とは違う。


 振り返ると――炎の中の黒い卵に、無数のヒビが走っていた。


「まさか……孵化するのか?」


――パリッ……パリパリッ!


 乾いた破裂音が連続し、卵の殻が内側から押し割られていく。


 燃え盛る炎の向こう――その陰から、赤黒い鱗に覆われた小さな影が、割れた殻の隙間からゆっくりと顔を覗かせた。

 その体躯は、卵の半分ほどもあった。


 やがてそれは、割れた殻の縁に身を乗り上げると、瞳を閉じたまま天を仰いだ。

 そして――ゆっくりと、限界まで口を開ける。


 次の瞬間、


「ピュキィィィィィィィィィィ!!!!」


 鼓膜を貫くような高音が、周囲の空気そのものを震わせながら、僕達へ襲いかかった。


 それは産声と呼ぶにはあまりにも鋭く、ほとんど悲鳴に近い叫びだった。


「――ッ!!」


 僕達は反射的に耳を押さえ、その場に膝をつく。


「うぅ……! 頭が、割れそうだ……!」


 音は頭蓋の内側を直接引っ掻くように響き、思考すらまともに保てなくなるほどの異音だった。

 だが幸いにも、その産声が二度響くことはなかった。


 それでも僕と狼少女は、その生後間もないトカゲが鳴き止んだ後も、しばらくその場に蹲ったまま動けなかった。

 耳の奥で鳴り続ける甲高い残響に、僕はただ耐えることしかできなかった。


数分後、ようやく耳鳴りが治まると、僕はよろめきながらも、ゆっくりと立ち上がった。


 赤黒いトカゲへ目を向けると、生まれたばかりのそれは、ぎこちなく四肢を動かしながら、のそのそとこちらへ歩み寄ってきていた。


「熱っ!!!」


 僕は近づいてきたトカゲを撫でようと、そのゴツゴツとした硬い頭へそっと手を伸ばした。

 だが、触れた瞬間――トカゲの身体は、熱された鉄板を思わせるほど高熱を帯びており、数秒と触れていられなかった。


 慌てて手を引っ込めた、その時だった。


 先ほど忽然と姿を消していた書物と、手の甲に浮かんでいた幾何学模様が、再び現れた。


「え……?」


 すると、無地だったはずの書物のページが、風もないのに勝手にめくれ始める。


 紙束が激しく擦れ合う乾いた音が、静まり返った空間に響いた。


 やがて見開きの頁に、滲むように絵柄が浮かび上がった。


 描かれていたのは、ひとつの「手」の形と、揺らめく炎を象ったピクトグラムだった。


「は……? 一体、何がどうなってるんだ……。――もしかして、火傷した場所を教えてくれてるのか……?」


 

その直後――。


――バサッ……バサッ……バサッ……バサッ……


 頭上から、大きな帆を勢いよく打ち鳴らしたような羽音が響いた。


 さらに次の瞬間、幾重にも重なった巨大な羽ばたきが、大気そのものを震わせる。


 轟音はみるみる近づき、空気が唸りを上げた。

 

 そして――巨岩でも落下してきたかのような衝撃と共に、巨大な影が地上へ降り立つ。


――ドオオオオオオォォォォォォン!!!!!!


 凄まじい地響きが足元から全身を突き上げ、嵐のような突風が土煙を巻き上げながら周囲を薙ぎ払った。


「――――――っ!!!」


僕の目の前に現れたのは、炎の光を反射して金属のような光沢を放つ、岩の如く硬質な鱗――そして、その鱗に覆われた巨大な翼を持つ、僕の知る空想上の生物――「ドラゴン」だった。

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