表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ソラリスの星典】〜狼少女と旅をする異世界冒険譚〜  作者: 夕火
第一章 守るものあれば強く、
PR
15/15

第15話『地上二十メートルの世界』

洞窟で迎えた最初の朝。


僕は頬をつつかれるような感触で目を覚ました。


 目を開けると、一頭の子鹿が僕の頬をぺろぺろと舐めている。


「おはよう。

 ……僕は美味しくないから食べないでね?」


 僕は子鹿の頭を優しく撫でながら身体を起こした。


 すると子鹿は役目を終えたかのように、軽やかな足取りで部屋の外へ駆けていった。


 フルムは僕の隣で丸くなったまま、まだ眠っている。


僕は彼女のお腹を優しくさすった。


「フルムちゃん、朝だよー」


「ん〜〜……」


 フルムは猫のように手の甲で目をこすりながら、ゆっくりと起き上がった。


 僕は袋から干し肉を一枚取り出し、ガジガジと齧る。


「フルム トーイ オト!」


 フルムは僕が干し肉を食べているのを見るなり、自分も食べたいと言わんばかりに身を乗り出してきた。


 その気持ちを察した僕は、袋からもう一枚取り出した。


 すると彼女は当然のように「あーん」と口を開け、自分の口へ運ばれてくるのを心待ちにしている。

 僕も今さらそれに戸惑うことなく、フルムの口へ干し肉を運んだ。


「はい、あーん」


「あー、んぐ……」


 もぐもぐと咀嚼しながら、フルムは鋭い歯で干し肉を噛み千切っていく。


その表情はとても幸せそうだった。


「とりあえず、洞窟の外に出よっか」


僕はフルムの手を取り、洞窟の外へ出た。


外には先導の巨鹿と三頭の子鹿が集まっていた。


 昨日まで入口を守っていた門番の巨鹿の姿は見当たらない。

 

 先導の巨鹿は僕たちが起きてきたことを確認すると、川の方角へ歩き始めた。


三頭の子鹿も、その後を追うようについていく。


「僕たちも川へ行こう」


 僕はフルムと手を繋ぎ、彼らの足跡を上書きするように歩き出した。


 

***


 

川へ到着すると、鹿たちは早速水を飲み始めた。


 一方で僕は、フルムがいつ川へ飛び込んでもいいように、まず靴を脱がせる。


「はい——これで川に入ってもいいよ」


「ラザーフ クッビ ウユ クナフ」


 今回はいきなり飛び込むことはせず、フルムは慎重に片足ずつ川へ入っていった。


 そして何かを探すように水面を覗き込みながら、浅瀬を歩き始める。


 僕は川原に腰を下ろし、その様子を見守りながら今後の計画を考えた。


「とりあえず、魔法の勉強でもするか。

 

 ソラリスターコード——」


「ソラリスターコード」と口にすると、ソラリスの星典が瞬く間に眼前へ現れ、空白のページを見開いた。


「第一階梯魔法で一番覚えやすい魔法って何?」


―――

 第一階梯魔法群において最も修得難易度が低いと推測される魔法は、戦術補助魔法【ヴァルネス(靭化)】です。


 戦術補助魔法【ヴァルネス】は、魔力を筋繊維へ集中させることで運動能力を飛躍的に向上させる魔法です。

―――


「『戦術補助魔法ヴァルネス』……。


 その魔法はどうやって習得するの?

 成功したかどうかを判断する方法ってある?」


―――

 戦術補助魔法【ヴァルネス】の修得過程における共通項は、魔力を脚部や腕部、あるいは腹部などへ集中させることです。


判定方法は集中させる部位によって異なります。


 脚部を対象とした場合の一般的な判定基準は、垂直跳びの到達高度、または限定区間の移動時間です。

―――

 

「んーっと……つまり脚に魔力を集中させて跳び、

 その高さが通常時を大きく上回れば成功ってこと 

 か。


 ——早速やってみよう」


僕は川原に立ち、深呼吸をして目を閉じた。



 

(魔力の流れ……どんな感じだったっけ)



 

(――こういう時は成功体験を思い出そう)



 

(もう一度体験したいのは、あの夢の中で起きた出来事――)


僕は以前見た光景を、ありありと思い浮かべる。


場所は陽光に満たされた森の中。


 樹木は都市の高層ビル群のように天高くそびえ立ち、地面には青々とした草が生い茂っている。


 獣道は見当たらず、色鮮やかな花々が至るところで咲き誇っていた。


 樹々の間を抜けると、やがて白亜の遺構が姿を現す。


 僕は中央へと続く石板の道を辿り、その中心へ歩みを進めた。


 そこには大理石を思わせる石材で造られた甕があり、その中では銀色の炎が静かに揺らめいている。


 僕は吸い寄せられるように、その炎へ手を伸ばした。


 

そして――触れる。


その瞬間だった。


全身を電流のような感覚が駆け巡る。


——ビビビビビビビッ!!


 

「い゛っっっ……!!」


 血管も、内臓も、肉体を構成する細胞の一つひとつまでもが震えた。


 そのすべてに魔力が満ちていくのを、僕は確かに感じる。


それは心地良さとは程遠い感覚だった。


 むしろ、アドレナリンが爆発的に分泌された時のような、全身が研ぎ澄まされる強烈な覚醒状態に近かった。


「思い出した……!!


 この感覚だ……!!」


 僕は意識を自分の身体へ集中させ、この状態を頭と身体に刻み込む。


そのまま脚へ意識を向けた。


「ちゃんと魔力を集中できてるのかな……?」


脚へ意識を向け続ける。


そして、そのままその場でジャンプした。


次の瞬間。


 身体はトランポリンに乗ったかのように宙へ弾き飛ばされた。


「わぁっ!?


 あっ、あっ、ああっ!!」


 気づけば五メートル近い高さまで跳び上がっている。


地面が異様に遠い。


 僕は恐怖を覚えながらも、着地に備えて全意識を脚へ集中させた。


——トンッ。


想像とは正反対の静かな着地だった。


「ふぅ……危うく足が折れるところだった」


 もし脚部強化が働いていなければ、足は木の枝のように簡単に折れていただろう。


「——マスターするまで反復練習しよう」


 戦術補助魔法【ヴァルネス】を習得するため、僕はその後も何度も垂直跳びを繰り返した。


 川の浅瀬からその様子を眺めていたフルムは、僕が何やら新しい遊びをしていると思ったらしい。


 自分も混ざりたいと、ぱしゃぱしゃと水を跳ね上げながら駆け寄ってきた。


「ラザーフ クッビ、プムジャ ユオ トーワ? フルム トナウ トイ プムジャ ルェザトゥ!!」


―――

兄 跳ぶ 何

(ラザーフ プムジャ トーワ)


一緒 跳ぶ 希望

(ルェザトゥ プムジャ トナウ)

―――


「——ん?どうしたのフルムちゃん。

 川遊びは終わり?」


 フルムは何度もその場でぴょんぴょん跳ねながら、僕の服を引っ張った。


「あー、一緒に跳びたいのかぁ……」


僕は少し考えてから頷いた。


「——分かった。

 もっと近くへおいで、フルムちゃん」


僕は手招きしてフルムを呼び寄せた。


 そして彼女の肩に手を添え、自分に背中を向けるようにくるりと回転させる。


そのまま後ろから包み込むように抱き締めた。


「よし——フルムちゃん、いくよ?」


そして再び地面を蹴った。


——ドンッ!!!


ビュオオオオオオーーーンッ!!!!


「きゃあああああぁぁっ!!!!」


僕たちは真っ直ぐ空へ向かって跳び上がった。


 六、七メートルはある大木を軽々と飛び越え、さらに上昇する。


到達高度はおよそ二十メートル。


そこから見下ろした景色は圧巻だった。


どこまでも続く緑の森。


まるで絨毯のように広がる樹海。


 その中心には、厳然とそびえる巨大な火山が鎮座している。


 フルムは目を見開いたまま、その光景を見つめていた。


 瞳はきらきらと輝き、少しでも多くの景色を記憶に刻み込もうとしている。


彼女に与えられた時間は、ほんの数秒だった。


 だが、その刹那は永遠にも感じられるほど尊く、彼女の心はその感動で満たされていく。


 やがて上昇は止まり、今度は重力によって地上へ引き戻される。


「——ちょっと持ち方変えるね」


 僕は空中でフルムをお姫様抱っこの体勢へ持ち替えた。


そして地面へ向かって落下する。


——ズシンッッ!!!


パラパラパラ……


コロコロ……


着地の衝撃で川原の小石が周囲へ弾け飛んだ。


僕はフルムをゆっくりと地面へ下ろす。


「ラザーフ クッビ! ウナ トスジャ タフト、ニアガ チ トナウ!!!」


―――

兄 再度 希望

(ラザーフ ニアガ トナウ)

―――


「え? もう一回してほしいの?


 ——じゃあ、フルムちゃんが木の高さよりも高く跳べたら、もう一回してあげるよ」


―――

仮定 飛ぶ 高度 木 超越

(フイ プムジャ エデュティトラ ドーウ サパ)


再度 飛ぶ 承諾

(ニアガ プムジャ トネスノク)

―――


「フイ フルム プムジャ エデュティトラ ドーウ サパ、ニアガ プムジャ トネスノク。

 (じゃあ、フルムちゃんが木の高さよりも高く跳べたら、もう一回してあげるよ)」


「ケオ!! フルム、エキトカルプ!!」


―――

肯定 練習

(ケオ エキトカルプ)

―――


 フルムは早速、川原をぴょんぴょんと跳ね回り始めた。


すでに二、三メートルほどは軽々と跳んでいる。


「あの調子だと、今日中に達成しちゃいそうだな……」


僕は苦笑しながら呟いた。


 

 こうして練習を重ねるうちに、僕は魔力を知覚した状態を維持しながら、脚部へ意識的に魔力を集中させられるようになっていた。


魔力の部分的な収束による身体能力の向上。


少なくとも、その感覚は掴めている。


「——次は腕に魔力を集中させてみよう」


僕は周囲を見渡した。


「どこかに……大きい岩とかないかな」


 しかし近くに転がっているのは小石ばかりだった。


大きな岩は見当たらない。


「今なら崖の上にも登れそうだし、探してみるか」


 僕は鹿たちのいる滝壺へ近づき、脚へ魔力を収束させる。


そして地面を強く蹴った。


 次の瞬間には鹿たちの頭上を飛び越え、崖の上へ到達していた。


「あ、あった……!」


 少し歩いた先で、約一立方メートルほどの岩を発見する。


 しかしその岩は川の中央に鎮座し、まるで氷山の一角のように上部だけを水面から覗かせていた。


「流石に魔力なしじゃ持ち上がらないよね」


 まずは魔法なしで持ち上げられるかどうかを確かめるため、魔力を使わずに試してみる。


僕は靴を脱ぎ、服のまま川へ入った。


岩の側面へ両腕を回し、全力で持ち上げる。


「ん~~っ!!」


「はぁ……はぁ……

 

 ビクともしない……」


岩は一ミリたりとも浮かなかった。


「一立方メートルの水が約一トンだから、この岩もそれくらいありそうだな……」


 あまりの手応えのなさに、僕は少し不安になった。だが、諦めるという選択肢は、そもそも存在しない。


僕はもう一度岩に手を置き、静かに目を閉じた。


深呼吸をする。


そして先ほどと同じように腕へ意識を集中する。


魔力が収束した感覚を掴んだ瞬間、目を開いた。


「ふんっ!!!!!」


「うぅぅ~~~~っ!!!!!」


全力を込める。


だが岩は動かなかった。


残ったのは側面に刻まれた手形だけだった。


「ダメだっ!!」


肩で息をしながら手を引き抜く。


その時だった。


「……え?」


手の表面に水が張り付いている。


まるで透明な手袋のように。


「何これ……」


手を振ってみる。


だが水は落ちない。


「もしかして……魔力が漏れた?」


僕はしばらく考えた。


そして一つの仮説へ辿り着く。


「魔力が体の外に漏れて、それが川の水に伝わったってこと……?」


そう考えると辻褄が合う。


「岩を持ち上げられなかったのも、魔力が外へ逃げてたからかもしれない……」


僕は手を見つめた。


水は依然として張り付いたままだ。


「……分析は後回しだ。


 まずはこれをどうにかしよう」


僕は集中した。


フルムが以前見せてくれた水球を思い出す。


水を球状にまとめる。


そして手から切り離す。


そう強く想像した。


 

 すると水は生き物のようにうねりながら形を変え始めた。


 やがてそれは綺麗な球体となり、両手の上に浮かび上がった。


そして、手から十センチほどの位置で静止する。


「はぁ……はぁ……」


額から汗が流れる。


 体外の魔力を操る感覚は、体内のそれとは比べものにならないほど繊細さを要した。

 

 まるでボトルシップを組み立てるような、極めて細かな作業だ。


「これはフルムちゃんが使ってた水属性の魔法とは違うな……」


僕は浮かぶ水球を見つめる。


「ただ川の水を浮かせているだけだ。

 

 ——水属性魔法は、また別で練習しないと」


——パシャンッ。


集中を解くと、水球は川へ落ちて消えた。


僕はそのまま崖下へ飛び降りる。


 鹿たちのもとへ戻ると、先導の巨鹿がゆっくりと立ち上がった。


その傍らにはフルムがいる。


 全身ずぶ濡れで、両腕いっぱいに魚を抱えていた。


「ラザーフ クッビ、リクイ ムハ ウゴ ツレ!」


「フルムちゃん——たくさん捕まえたね」


僕は笑みを浮かべる。

 

「洞窟へ帰ったら食べようか」


 先導の巨鹿が、徐に洞窟の方へ歩き出した。子鹿たちもそれに続く。


 僕とフルムは一行の最後尾につき、洞窟への帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ