76 弱くて、そして強い君に《エピローグ》
ベリエヌスク達との戦闘からおおよそ1時間が過ぎた。空はすっかり赤くなってきた頃だろうか。曇がかかって良く見えない。
そんな中俺とシェルトは地面に寝転がり、喧騒の戻らない未だ静けさを保っている街のど真ん中で、束の間の休息をとっていた。
特に俺は、もうあと30分くらいは歩けない気がする。足は重いし、それ以上に肩や首が重い。骨が折れてしまったのだろうか? 今さっきまで潰れていたかのような、足の痺れがおさまっていく。
ベリエヌスクの、あの俺の知らない魔法のせいだろうか。
それともただ単に、立ち上がってシェルトの顔を見るのが怖いだけなのだろうか……。
俺はダメダメだ。何もできなかった。
……そのくせしてシェルトに対しては一丁前に叱ろうとしていた。
「ねえ、聞かないの? ……私の昔話」
俺の気持ちを知らないであろうシェルトが、ボソボソとゆっくりと声を出す。
「聞かないの、って……逆に、それ聞いていいのかよ」
「うん、大丈夫。むしろ聞いて欲しいかな」
「俺がその事、周りに言いふらすかもしれないぞ?」
「そんなこと、エルヒスタがするわけないじゃない」
確かにそうだな。まあ、そんなことするつもりは毛頭ないが……記憶が戻ったシェルトが、超丸くなって逆に怖がられていること……学校でも付き纏っていたメンバーが変わっていたのは置いておこう。だって今のシェルトは、俺がはじめて会った時のシェルトじゃないんだ。
大きく息を吐いた。
「……聞かせてよ、シェルトの思い出」
☆
壮絶だし、それこそ、吐きそうになった。
────そんなことは、なかった。別に彼女の過去だし、もう終わったことだ。
吐き気はなかったし、それは行きすぎて吐くことすら忘れるほど、というほどでもなかった。別に、普通ではないが、“普通”じゃないか。
──なんて……そんな言葉は薄情かな。
他人の過去なんて、結局他人にしか価値なんてわからないんだ。
俺だって同じだ。俺の辛さも、俺以外の人間は知らない。
それで、いいんだ。
──それ、で。
☆
「お風呂で、俺に教えてくれた過去も……あながち、嘘ってわけじゃないんだよな? ……こんなこと言うのもあれだけどさ、なんで言ってくれなかったんだよ」
そんな俺の言葉とは裏腹に、まるで『シェルトの壮絶で悲惨な過去』で感じた、怒りの矛先をシェルト自身に向けているような言葉を放ってしまう。
「言える訳、ないじゃない……ッ」
顔は見えない。けど、涙ぐんだ声は聞こえた。
「言える訳、ない!!」
その怒りを、次は俺へと向ける。
「あの時、少しでもエルヒスタに、楽しかった思い出なんて見せたら、それを私が認めてしまったら。私の人生は救いがあったってことじゃない!」
「それで、俺が突き放すって思ったのか? ……俺は、そんなこと絶対に──」
「ッそんなはずがない! 楽しかったことなんて教えたら……みんなそこに縋るでしょ!! 当たり前よ!」
根深いトラウマ、環境、境遇。シェルトの背負ってしまったものは、ものすごく重い。
「楽しい思い出を語ったら、そこが私の『最高』になっちゃう。最高なんだから、これ以上の救いなんてない。助けだってやってこない!」
暗い海か、奈落の谷か。そんな、シェルトの深い傷。
「私は逃げたの! 誰かに助けてもらうために、弱いところだけを見せた!!」
どうしても、どうしても、溶かしたい。
「でも、もう、そんな人のところに、助けなんて……助けなんてやってこない!!!!!」
だって俺は──。
「俺は行くよ」
「……え?」
「もしもシェルトが助けを求めてたら、シェルトの所にすぐに駆けつける。辛くて逃げたくなって、消えたくなったとしても、一緒に逃げるし、一緒に考えるし、一緒に泣いたり笑ったりしたい。絶対に、約束する!」
シェルトの…………っ!
「俺はシェルトの、友達だから!!!!」
気づけば空は晴れ、夕日が僕らを包み込む。上半身を上げて、シェルトの顔を覗き込む。
「『最高』や『幸せ』なんて、最後の時に決めよう!」
「うっ……くっ。私は、私はっ!! 幸せになっても! 涙が溢れるの! 孤児院の前で泣いて! みんなと別れた時に泣いて! 独りの時はいつも辛くて、泣いて! お父さんに会った時も泣いて! 記憶が戻った時、都合よく考えてた自分に腹が立って泣いて! あなたがフェーセントの屋敷を勝手に出てった時に、何もできない弱い自分に泣いて! 嘘ついた自分を! あなたをただ使ってた自分に、すごくすごく咽び泣いて! でも、こんなに嬉しいのに! 嬉しいはずなのに! いつまで経っても笑えないの!」
「だって、涙が止まらない!!!!」
「そんな後ろ向きな考えは間違ってる! 俺が否定する!」
俺は、俺の全力の大声で叫んだ。
「その涙は、『嬉し涙』だから!!!!」
赤い髪が、俺の胸に飛び込んでくる。
「嬉しくて、幸せで、こんな気持ちで泣いたの、はじめてなのっ……ありがとう! “エル”っ!」
「軽くても、脆くたっていい。なんなら俺は君のために、弱くなることだって──」
唇を、彼女の指が押さえた。
「ダメだよ、エル。私の知ってるエルヒスタは、私と同じくらい」
太陽のような、満面の泣き笑顔で。
「すっごく、強いんだから!」
「あたりまえだ! 弱くなんてならない! だって俺はこれからもずっと、シェルトのことを──」
太陽は、まだ沈まない。だって……、俺たちは。
「──ずっと、守るから!」
六話? 六章? 完結です!
なんとまあ11ヶ月ですよ、はい。六章始まってから終わるまでが。モチベの波とプライベートが度重なって精神的にやばかった……。約50000字、お付き合いいただきありがとうございます!
シェルトやレンドリューのいた孤児院のメンバーはもう散々ですね。少なくとも今の構想では彼女らほどボロボロな過去を持ったキャラは今のところいませんね、重ねすぎたかもしれません。
次章? 次話? は、ついにメインキャラ一の元気っ子のまあ過去というか……。
では、また……




