72 思いは君と共に
短め
☆
私は卑怯だ。……自分の記憶を自分で都合よく書き換えて、『女王様』を気取って、ふんぞりかえって、過去に目もくれずに振る舞って。
だけど、それ以上に卑怯だったことがある。それは、エルヒスタ・レプラコーン。彼と出会って、彼のおかげで、私の記憶が元に戻った時のことだった。
……全部覚えていた、だからこそ、全部嘘をついた。
物心ついた時、私を産んだ両親はまだ健在だった。それこそ、私のことをたくさん愛してくれたし、第一子ということもあって、2人の愛はその殆どが私に注がれた。
2,3歳の時だろうか、親が『愛の見返りがお金では無い』ことに気づいたのは。
自分達が明日を生きるのに精一杯。それなのに、家にはただ食べることしか能のない人形が居る。
それを理解した彼らの行動は早かった。2人は、私を売った。
ゼルルド国ではなかったと思う。現に、ゼルルド国では奴隷が絶対的に禁止されている。背中の彫刻を彫られることも絶対にあり得ない。
違う国で、私は奴隷商に売り飛ばされた。
……その頃から私の狂犬ぶりは発揮されていて、どこも手に負えない状況。確かに、人と話す事は苦手だった。それなら、強い魔法で従わせたほうがマシだ。そんなことを考えていた物騒な子供だった。
4代目の飼い主が私を捨てたのは孤児院だった。そこで淑女性を学べば一流の上物になると、そう思っていたのだろう。それか、もしかしたら善意で……いや、それは無い。どんな手を使っても(精神支配などは行っていたかはわからないが)堕ちなかった私に嫌気がさしたのだろう。
私は研究施設にも送られてない。初めから性奴隷だ。
丁重に初めてを守られた、ただのお人形さん。地位と金だけの豚共に見せ物に、はけ口にされる日々。
そんな、私の世界の中で、一番幸せだったのは、5歳の頃の孤児院だった。
レプラコーンと出会ってからの、レプラコーンの友達たちとの関わりがある今でも、一番はあの時だったと私は思う。
レンドリューと野山を駆け回り、オルザ兄さんと魔法対決をして、レイドロー婆さんに怒られ、オルビスにーさんが本を読んでくれた。
マズルカ姉さんは……あの人は少し苦手だったけど、裁縫を教えてくれた。
ロッゾ兄さんは、私に文字を教えてくれた。
背中に、旗と鎖の彫刻を持つ私に、分け隔てなく接してくれた。……それが、私の幸せ。
毎日が幸せで、とても楽しくて、思い出せばどんな悪夢だって吹き飛ばせる。そんな昔。
私は、そんな過去を、他人に見せることができなかった。
──当たり前だ、当たり前なんだ。
誰だって、そんなことを話す私のことは……疎み、妬み、その過去を言い訳にして酷いことをするに違いない。
孤児院が襲撃にあって、レンドリューと共に逃げた。
盗みもした、殺しもした。失敗して、私はまた何者かに捕まった。
また奴隷として投げ売りされた。
“初めて”は覚えてない。その日に何回されたか知らない。誰が私を汚したのかすら分からない。
魔法に耐性があるのが悪かった。倫理なんて忘れて、狂ってしまえればよかった。理性なんて放り出して犯されることができればよかった。快楽に身を委ねてしまえればよかった。洗脳されて、それこそ人間としての権利を全部捨てることができた方がまだマシだって思った。
それでも、耐えた。
ずっと、あの一年が支えだったから。
ベリエヌスクの実験場で、私が笑いながら、笑わせようと必死で楽しかった思い出を語った。
同じような──同じでも、過去の無い女の子達に、散々心にもないようなことを言われた。
……ただ1人、私の話を楽しんでくれた子がいた。
だから、その“ただ1人”に……早く会えるのを、楽しみにしていた。だけど、その1人はいつまで経っても現れてくれない。
とても慕う父でさえ、この事は話せていない。
とても辛い過去しか、話せていない。
それだけで、父は無条件で私のことを抱きしめてくれた。幸せを隠すだけで、小さな幸せが積み重なっていく。
それだけで、たった一つ、幸せな過去を誰にも言わないだけで、たくさんの幸せを手に入れることができた。
だから、逆にこの事を誰かに知られたら、私はきっと。
────もう、誰からも愛してもらえないから。
☆
だから、シェルトは自分の過去を暴いたレンドリューを許すことができなかった。
「……シェルト、覚えてないの?」
レンドリューの声に、彼女は強く反応する。首を締める手が強張り、自分の幸せな過去を頑なに否定し続ける。
それを、エルヒスタは止めることができない。あと一歩で怪盗の命が消える。私が消してしまう。そんな、危ない状況だって、ちゃんとわかっていても。
「──【ダインハギル】」
レンドリューの右肩に一発。皮膚が焼き切れ、衣服の焦げた臭いが辺りを包む。
「……シェル、ト?」
「──【ダインハギル】!」
勢いよく放たれた魔法は、驚いて顔がぐちゃぐちゃになったレンドリューの髪先を掠めていた。
「ねえ、レプラコーン」
声は震えていた。ひくついて、裏返りそうな声で。
「ごめん」
頬には涙が伝っていた。
「嘘……ばっかりで」
だけど、エルヒスタは見ていることしかできなかった。彼女はそれを見て、何故だか安堵してしまっていた。
「なぁシェルト……どうしちゃったんだよ!」
「────【ダインハギル】ッ!!」
怪盗はただ喚くばかり。尻餅をつき、自分に起きた状況を全く理解できていなかった。
彼の左腕に突き刺さった魔法は皮膚と骨を貫通して、そこから赤い血が流れ出てくる。本来ありえないほど高出力のその魔法に、レンドリュー、そしてエルヒスタまでも驚きを隠せない。
「本当に? 本当に何も!?」
「うるさいっ!! 【ダインハギル】ッ!」
「ッッガッ!! ──っは、忘れてなんか無いよな……そうだよなあ! そんな、だって!」
今までの努力が瓦解していく。必死に隠してきた“幸せな過去”が、一番知られたく無い彼に露見していく。
その空気に耐えられない。自分の弱さを認められない。
隠してくれていた霧が今、夕陽に照らされ明けていく。解かれていく、暴かれていく。
「思い……出してよ! あの時の、ロッゾ兄さんのあの言葉を! 『一緒に過ごす』って、あの言葉を!」
「黙れ!」
思わず声が大きくなる。感情が激しくなる。
気付いたら、彼の右脇腹に放たれていた。抉るように肉を削る、【ダインハギル】という名の魔法が。
「だったら全部思い出させてみせる。俺が!」
怪盗レンドリューの虚しい声が、オレンジ色一歩手前の空に鳴った。
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