71 仕組まれた再会なら
「ぜぇ……ひゅ、はぁ。恥ずかしくて死ぬかと思った!!」
怪盗の手の圧で潰れそうになった喉をさする。やはり少し不快感が残っている。それに魔法の使いすぎで目が痛い。
ソーシャルウィンドオープンフルバースト(とかいうクソみたいな下ネタ)で怪盗を吹き飛ばし、一目散に逃げてきた。
訳ではなかった。
「一応こいつは、ふん盗れたけどな……」
力が抜けて思わずへたり込んだ。
『よくやったよエルくん。上出来じょうでっきー!』
俺の手の中には召喚魔法書がある。彼が……怪盗レンドリューが持っていたものだ。
……俺が奪った。
逃げようとした瞬間、パタリと音を立てて俺の前に落ちてきたのがこいつだった。もう召喚獣を作る機能も無く、ただ静かに佇む黒い装丁。確かに、見れば見るほど引き込まれるような魔性の力を持っていることがわかる。
(これが……ホールズの言っていた『贋作』か)
魔女、クリサンセマム・ホールズ。今は書庫でお気に入りの娘の世話になっている魔性からの、ちょっとした知恵と自慢と、憤りだった。
☆
「それはきっと『贋作』だね」
ホールズは一瞬の思考も無く俺の問いに答えた。
二学期初め、九月にあった事件の後も、俺とセタはホールズのいる秘密の書庫に出入りをしていた。バレないように、慎重に。
彼女……は俺たちの奇妙な関係性に興味を持ち、自分の弟子のように扱ってくれていた。
魔法生物学…… 『魔法生物との眷属契約の時に生じる、主人の魔力との同調による、高エネルギー放出について』という円卓会議の研究内容についてもこっそり教えてもらっている。
そんな中の数日前、俺とセタはホールズに召喚獣のことを教えてもらおうとした。
クリサンセマム・ホールズは魔法生物学の権威であり、召喚獣研究に精を出した純正魔導書の著者である。
聞きやすく、分かり易い答えが返ってくると思っていた。
「召喚魔法書、魔導書? まあ、呼び方はどちらでもよい。それらは基本、神代以降の俗人によって編纂された……言うなれば『悪意の取り扱い説明書』、というところかな」
「取り扱い、説明書……」
「『賢の杭鍵』の記憶がレプラコーンにも引き継がれていると聞いたが、聞き覚えはないか?」
ちゃんと聞いたことがあると、声を出さずに表現する。取り扱い説明書ってアレだろ? あの小さな冊子の事だろ?
なら大丈夫、どんな代物なのかも分かる。
「簡単に言えば、という事だから。……ここには知識しかない。現物は一度しか見た事ないが、ユノ・ワロキアのものを見て確信したよ」
ユノちゃんは一度、自身で召喚魔法書を使用した事がある。夜の学校で、俺が初めて召喚獣と戦った時。その召喚獣は彼女のせいで現れたと言っても良い。
「悪意の増幅、正当化、深化、そして造形。召喚獣を生み出す全てのプロセスをその本一つで終わらせるオールインワンパッケージ。それが『贋作』。君たちの言う召喚魔法書だ」
贋作、と言う言葉に引っかかる。だが、それを口には出せなかった。どこか、触れてはいけないものを、触れるようで。
「『贋作』が必ずしも劣っている訳ではない」
「え?」
俺の考えも、恐怖も他所に、彼女は淡々と言葉を続ける。
「『真作』も、世にはあるよ。世界を丸ごとちゃぶ台返しにするような、本物の召喚獣がね」
魔女は嗤った。
まるで、心の中の虞を見透かしているかのように。まるで、自分に何も非がないと嘆くように。
「だから『贋作』は危険なのだよ。召喚魔法書は誰でも悪意を形にできる、最悪のアイテムなのだから」
☆
「って、ホールズは言ってたんだけどな」
『実物を見せた方が良さそうだね。これからの為にも』
(そうだな。そうした方が絶対に良い)
立ち上がって、来た道を下る。足はまだおぼつかない。はっきり言って今死ぬほどヤバい。
怪盗は召喚魔法書を失ったが、それでも魔女を奪いにくる可能性が高い。
だが俺はもう戦えない。シェルトも……戦わせたくない。残りはドラゴンヘッドの彼らだけど……まあ、今の状況だと厳しいか?
召喚獣はいなくなったが、それだけが脅威とは限らない。配置での臨戦態勢と避難はまだ解けないはずだ。
「となると、やっぱ託さないといけないのかな?」
「────そうね。おかえりくらい大声で叫んだらどうかしら、レプラコーン?」
やはり、戦わせたくないとは言えない状況だった。
というかやめろと言っても戦いそうなんだよなぁこの人。さっき泣いてたけどもう立ち直ってる血気盛ん高飛車お嬢様系の匂いしかしない。
「なんか今、私のことバカにしたわよね?」
「いえいえそんなことは滅相も!」
一瞬思考を盗聴されたかと思ってビビったが、そんなことはありえないだろうと頭の中でを繰り返す。
「だけど、シェルトさんが無事で良かったよ」
「これといった外傷も無いしな。何せ、私はゼルルド国最強の魔法使いなんだ。あの程度の有象無象な人形どもに負けてたまるか!」
「流石はシェルトさん、心も強い……」
一安心、と言えるのかもしれない。だが、まあ……気がかりは怪盗の態度だ。
あれは、素人目の俺からでも分かった。彼は、『シェルト本人』に何か並々ならぬ思いを持っていると、そう思う。
理由は…… 勘だ。うまくは言えない。だが、確実に彼は戻ってくる。そう確信できる“何か”が、レンドリューという男にはあった。
無視できない、何か、大切なこと。無視してはいけない、絶対に、大切なこと。
だから、
「シェルトさん、まだ油断は────」
だけど、もう遅い。
「ああ、やっと見つけた。ありがとう、エルヒスタ・レプラコーン。ここまで連れてきてくれて」
声だった。やけに気分が良く、声が高く、まるで何年も会ってない親友や家族に対する感情のような、そんな人間に対する思いの“重さ”を感じる、その声の主は。
「レン、ドリュー……!」
「な……レンドリュー、だと!? こいつが、怪盗の!」
「そうだよシェルト、久しぶり。何年経ったっけ? 10年、は行ってないんだっけ? あっはは、俺もこんな仕事してるから時間感覚とか狂っちゃってさぁ、“兄として”情けない限りだ。まあ、孤児院内だけの家族関係だから、血なんて繋がって無かったけど……」
「……シェルト、こいつは?」
「──違う。私は!」
レンドリュー、怪盗。額から血を流し、右腕は意志もなく垂れ下がっている。
目。その目だけが異質だった。美しく輝いて、運命に感謝をしている。世界の理不尽を掻い潜った後の、最後の希望を見つけた時の、大切なものを愛でる、そんな目。
「……そう、シェルト。そこのぼんくらにはまだ言ってないんだ。どこまで? 背中は? 俺たちは?」
「どこまで……って! 孤児院……っ、だって、シェルトは!」
「ふふっ、そっか。せっかく、大切な人に会えたのに、自分のことを話もしなかったんだ! ……それかもしかして、嘘ついてるの?」
「──どうして、なんで! もう、やめてくれ!」
だけど、その声から紡がれるモノに、その意味に、脳がぶちぶちに殴り飛ばされていく。
「違うよねぇシェルト。私の代わりに教えてくれて、『ありがとう』。だよね? ああ、シェルトは泣き虫で、自分のこともちゃんと話すことができなかったんだもんねぇ!」
意味は全部わかる。多分、会話ができればレンドリューの言葉の意味を理解するのは容易い。しかし、言葉の理由を理解するには、俺の脳ではいささか難しいところがあった。
何せそれは、俺の知っているシェルト・マーキュリアルの全てが否定されていくような感覚に等しかったから。
例えば、『自分』という言葉の意味は『その人自身』だ。だが、俺が使う『自分』と、シェルトが使う『自分』、レンドリューが使う『自分』は全て違うものを指している。
それと同じ、そんな感覚だ。
自分の知識では、精神では、彼の言葉の理由を受け付けることができないのだ。
「確かロッゾ兄さんが失踪したのが……うん、そうだね。シェルトが5歳の頃だ」
「──やめろ」
「そっから大変だったよね、楽しかった日々が全部崩れたあの日から。……俺は、今でもずっと」
「──やめろ……!」
シェルトの静止も他所に、レンドリューは言葉を続ける。永遠に終わらない長話。楽しかった日々のお話。
「うーん、それじゃ楽しかった時の話でもする? ほら、マズルカ姉さんがパンケーキ焦がしちゃった時の話とか! ピクニックの話とか! シェルト笑っててとっても楽しそうだった!」
「──やめろッッ!!!!!!」
鬼の形相。憤怒の証。拳を握りしめ、彼女は走った。
「ほら、2人で雨の日に教典暗唱休んだ時にさ、『悪い事、案外悪く無い』って思ったんだよね、シェルトもでしょ?」
「それ以上口を利くな! 黙れ! 黙れ! 私は、私は幸せなど……!!」
怪盗の首根っこを掴み、激しく揺さぶる。レンドリューも抵抗はせず、ただ昔の“幸せ”な思い出を垂れ流し続ける。
「それ以上言うなら……お前を、今、ここでっ!!!!」
ただ、ただ、そう思っていた。ただ、見ることしかできなかった。
止めに入ることもできたはずだ。だけど、俺はそれをしなかった。いや、できなかったんだ。……彼女に宿る、魔女の力が、どんどんと膨れ上がり、感情の揺れとともに弦を弾いて、余波の魔力を全身に受けてもなお『止める』という選択肢を取れず、『止まる』という選択肢のみを選び続けている。
そんな俺を、そんな俺がいると知りながら、彼女は──
「今、ここで……ッッ!!」
ただ、自分の努力を壊された憤りしか、視界の中に入れなかった。
ただ、自分のためだけにしか。
以下コピペ
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ブラウザのはポイントに入らないんですよ……




