65 犬猿の2人
薄暗い裏路地の端っこで、シェルト・マーキュリアルとネルール・リュガオンのA級貴族お二人が、互いに睨み合っている。
「ネルール・リュガオン。超名門A級貴族、リュガオン家の三女で11歳。そして私が嫌いな女なのよ、こいつは」
……改めて考えてもすごい光景だよね。それにしても、ここにずっと居るのもやばい。
「嫌いかぁ……うん、私もそう。あなたのこと大嫌い♡」
この子達の周りの空気、めっちゃ黒い。
ちょっとちょっと! 険悪なんですけど!
「──えっと、リュガオン家の三女様……なんですよね?」
俺の驚く反応にネルちゃんは少しだけ眉を落としたあと、ニヤリと笑って耳元で囁く。
「そう、私の名前はネルール・リュガオン。でもでも『ネルちゃん』って、気軽に呼んでくださいね。ふぅ〜♡」
「うひゃああ!」
ふーっと耳に息を吹きかけられて仰反る。この子侮れないぞ。
「っ、ちょっとネルール! 私のボディーガードに何してくれてるの!」
「わ・た・し・の? この人エルヒスタ・レプラコーンなんでしょ? そうだよねぇ?」
上目遣いで迫る11歳。グイグイ来るのちょっと怖いよ、ネルールさん。
「えっと、そうだよ? 俺の名前は……確かにそうだけど」
「レプラコーン……鼻の下伸ばさないの!」
今度はシェルトに腕を引っ張られる。いや伸ばして無いっつーの!!
「うわわああシェルトさん! ちょ、ちょい待ってぇ!!」
──聞きたいことはあった。記憶とか、多分この子と関係のある俺の友人のこととか。
だけどそんなこと一切考えていない2人は、走り俺を引っ張って昼飯を求め街に繰り出した。
☆
「はいあなた、あーん♡」
「ちょっとレプラコーン! なに食べさせられてるの!? ちゃんと自分で食べなさいっ!」
────繰り出した、はずだったんだけどなぁ……。
お昼ご飯は普通にオートミールみたいなやつ。
美味しいからいいんだよ。だけどさ、「あーん」とかされたら美味しさも瞬間的に消えちゃうよ。逆に恐怖だよ。周りの視線も怖いよ。誰か助けてよ! でも断れないんだよ、断ったらもっとすごいことされそうで!
「まだまだあるよエルヒスタ♡」
「うん、ありがとう。じゃ遠慮なく──むぐふぐぅ!!」
「レプラコーンーッ!」
シェルトの馬鹿力でスプーンを口に押し込まれる。
「むんむぐぅうぅう、っぷはぁ! ちょシェルトさん、何やっ──むぐふぐぅあっ!!」
今度はネルちゃんがスプーンを押し込んでくる。そのせいで口が洪水状態なんだ。
「んむんむ……ぷはぁっ! はぁ……っ!」
「どうどう? おいしい?」
美味しいとかそれ以前に死にそうなんですが! 窒息してここでぶっ倒れたらどうすんの! 俺は天寿を全うしたい!
「どっちがおいしいの、レプラコーン?」
「どっちとか、別にどっちだったとしてもそれがお前らに何が響くっつってんだよ! 別にお前らが作ってるわけじゃないだろ! シェフ対シェフの戦いかこりゃあ! どっちも美味しいよ、こんちくしょー!」
俺はこの空気が耐え難く、立ち上がって走り去る。
「え、ちょっとどこ行くのレプラコーン!! ご飯はちゃんと食べなさい!」
「トイレ! ト・イ・レ!」
そこで立ち止まってしまったのが悪かった。
「ねえエルヒスタ、私が一緒にトイレ行こうか♡」
「……ネル! おま何言っとんじゃぁぁあああ!!」
俺はそのまま、恥ずかしくて赤くなった顔を隠しながら街を激走した。
☆
いやー、慣れてんだけど慣れないよ。人に見られないようなところでトイレするなんてさ。いやぁまあ、当たり前のことなんだけど、セタの世界じゃすんげぇ綺麗なのに。
『チェリスカは下水インフラ整ってるのに、元帝都がインフラ整ってないなんてね。ここだけはファンタジーじゃないの、マジで不便だよね。便だけに』
「流石にキモいよ」
『その返し、傷つくからもうちょっとユーモア交えてね? あの、本気でガチ引きしてるの激烈傷心モノだからね!? てか声出すって相当だなおい、僕嫌われもんじゃん!』
まあ魔法で燃やして蒸発させちゃうから、臭いとか気になんないけれど、やはり不便さは否めない。──便だけに。
『エル君も使うんじゃん』
そんな俺の考えを遮るかのように、俺を尾行してきたやつがまるで友達のように話しかけてくる。
「エルヒスタは、これからまたあの店に戻るのですか?」
「……はぁ。ちょっとはその敬語辞めたら、リッキー?」
まあ、友達のようではなく本当に友達なんだけど。
「いえ、お気になさらず。これは我の気持ちのあらわれですから。エルヒスタには敬意を払って接することが、ネルール様のご意向です。ゆえにこのような態度を取るのです」
リキッド・ダイヤル。二学期の始め、チェリスカ魔法学園に転入してきま、ただ今休学中のイケメン男子。俺と一度命を懸けて戦った男であり、怪盗を追う誇り高き竜の騎士。
トイレするために周りの生物を魔力で感知しようとしたら、こいつの魔力を感じた。
一悶着あったが、彼は自分をただの監視だと言う。……まあそんなもんか。なんて一人ガッテンして今に至る。
「我の所属は竜の冠。部隊は王冠。身の潔白を証明できる、最高峰の肩書きだと我は思います」
「この国以外でも有名だよな、ドラゴンヘッド。童話や歌なんかも作られてるみたいだし……でも歌ってすごいな、英雄かよ」
「……英雄、ですよ。拾われた我や我ら、リュガオン家の人なら、必ずそう言うと思います」
そんな言葉を口にした彼は、直球だけど少し悲しい感じがした。そう、どこか……諦めているような、そんな感覚だった。
☆
あの飯を食っていた店に戻る俺たち。久々の再会に会話が弾む。
「それで? リュガオン家の懐刀がどうして俺の監視なんかしてんの?」
「我の役目ですから」
いやそれ回答になってねーよ。まあ、こっからは俺が質問をぶつけるだけだ。とことん聞き尽くしてやる。
「……さっきは気づかなかったけど、人の気配が何個もある。いったい何人いるんだよ、竜の冠」
「大人数、とだけ言っておきます。あなたの主……マーキュリアル家のお嬢様の護衛とは違いまして、リュガオンは1人の要人に最低でも5人はつけますので」
「まあシェルトはそんな感じの……強い人、だからね。親からの保護の形は、色々あるらしいからさ」
たぶん、まだ俺はシェルトのこととか、ぜんぜん知らないけど。
「エルヒスタを監視している人もたくさんいますよ。あのシーンが目から離れない子もいるみたいだしね」
「あのシーン……って、ああ。えっとさ、それは忘れて欲しいんだけど」
「スパイは色恋に疎いものですから。やったことも無い恋で、会話に花を咲かせるような方々なので……」
「回答になってない、忘れさせろ。ついでにリッキーもさっきあった事を今すぐに忘れろ」
監視を悟らせないほどにすんごいのに、雇い主に気づかせていないのはどういうことなのか。それとそんな手馴れの人間なのにあんなので恥ずかしがるなんて、俺と同年代か?
「俺の監視してるのって大方理由はあれだろ? ネルール様に近づく不逞な輩を監視して、変なことするなら始末しろ。みたいな感じでしょ?」
「……エルヒスタ、我の思考を読んだのですか」
「そんな訳ないだろ」
そうやって俺はリッキーにチョップを入れる。
「なんとなく、が一番の感覚だよ。ネルール・リュガオン、あの子が雇い主ってことでいいのか?」
彼は首を縦に振った。しかし、少しだけ不自然に。
「あっている。……だけれどさ、雇い主はやめてくれ。さすがにちょっと頭にくる」
「まじ? それは悪かったな、空気読めなくて」
リッキーは「別にいい」、と言わんばかりの空気を醸し出す。この空気、嫌じゃないけど空気が重くなるのを感じる。
話題変えないと……、とりあえず聞きたいことなんかあるかな……。
「エルヒスタ、一つ聞いておきたいのだが」
「──へ? えっとなに?」
「お嬢様と昔会ったことがあるのだろ? なぜそれを隠しているんだ?」
……それ、なんだよな。お嬢様、つまりネルールと俺は昔に会っている。という問題。
分からないんだ、信じられないんだ、俺の記憶が。『会ったことがある』なんて言うことはできないし、会ったかもしれないとは到底思えない。それでも、引っ掛かりがあるのは確かだ。
記憶の消失、記憶のすり替え。前者は分からないが、後者はシェルトの前例がある。
「昔からあの人は、あなたの話ばかりしていましたよ」
──いや、んな訳あるかっての。ネルちゃんみたいなかわいい子と、知り合いゼロをすり替えるかっての。
「おいエルヒスタ、なに俯いて考え込んでいるんだ? やはり、お嬢様との記憶があるのですね?」
「ん、記憶のこと? ああマジで記憶無いからね、記憶喪失じゃなくて記憶無し」
リッキーはいつものように首を傾げる。やっぱ実例無いとすんなり入ってこないよな。
「と、とりあえず……俺はネルールと何の関係も無いから」
「それを聞くともっと疑い深くなるのだが、まあいい。何も無いと、我の中ではそう考えておこうか」
勤務時間──みたいなときに見せるような事務的なものじゃなくて、友達同士の時にしか見せない屈託の無い笑顔を、リッキーが見せてきた。だから俺もつられてはにかむ。
でも忘れていた。俺もリッキーと同じで、ボディーガードの勤務時間だったことを。
お祭りに沸きたつ街に、現実に引き戻す甲高い声が響いた。その後に、黒い煙か立ち上るのを見上げる。
「おいリッキー、あっちの方角って……」
「ああ、間違いないだろう……本当に最悪だな」
煙が上がっていた場所は、今さっきまで自身のいた場所とほぼ変わらなかったからだ。
多分なんかのトラブルか、火災か。まあ、鎮火は魔法でなんとかなるとして……それ以外。爆発音はしなかったから二次被害は少なそうだ、と言うのが所感か。
「シェルト……逃げれたか?」
「彼女たちについては大丈夫だろう、我の仲間がそこにもいる」
「そうか、なら大丈夫──」
だけど世界は単純で、それ故に偶然が恐ろしいのだ。
束の間の安堵に、見知らぬ誰かの言葉で綻びが生まれる。
「召喚獣だって! あの煙の場所に現れたらしいんだよ!」
「召喚獣!? それ、もしかして怪盗かもよ?」
「怪、盗……? なにそれ?」
「知らないの? 最近色んなとこで事件起こしてる奴のことよ!」
そう、つまりは。
シェルトが狙われている可能性がある、ということ。
「リッキー!」
「ああ、あそこにいる皆が危ない! 行くぞ!!」
俺とリッキーは飛び出した。家屋の屋根に飛び乗り、そしてそれを伝い走って向かう。
お互いに同じ気持ちで、そして違う誰かの為に。
☆
「さてと、動き出しは良好だなー。ねーレンドリュー? きみはまだ出ないってことー?」
怪盗が街にベールを掛けていく。始まるはイリュージョンでなく、蹂躙だ。
「それは、そうかもしれないんだがね。まだ出る幕じゃないよ。あとさサモネ、先に言っておくわ。今日俺は私怨で動くよ……その必要が何よりも大きいからね」
「それをなんで俺にー? 処分の対象になるからとかー? 別にさーレンドリュー、まー勝手にやってれば? 楽しい楽しい、家族ごっこをさ」
レンドリューと言われた男の視線が険しくなる。
「オルビス兄さんに聞いたのか?」
軽薄な彼は何も言わない。無言を貫くのみ。
「そ、まあいいでしょ……ネイトって言う新団長がご執心の、あの兵器と魔女の力のことも私怨だろうし」
「そーかもね。だけど、ここで考えることじゃないよねー」
「考えたいんだけどね。あんなに周りに女の子侍らせてんのにネイト団長は魔女の力のことばかり。俺みたいに女の子を追っかけ回すこともしなくていいのに、なんであんなに冷たいんだろうね」
そう言って息を吐くレンドリュー。
「シェルト……かあ。サモネは彼女が本物だと思うかい? 俺……いや、僕の大切な家族があの憎ったらしい貴族になったと本気で思うかい? あの赤い髪の毛が、あれほどに探した……魔女の力を持つ少女と同じだなんて、そんな偶然……本当に信じられるかい?」
「信じるしかないんじゃーない? だけどさー、たとえ家族さんじゃなかったとしてもー、任務は遂行してもらうからねー?」
レンドリューは2冊の魔法書を両手に持ち、サモネに笑顔を見せた。
「そこは、抜かりなく。召喚獣の準備はバッチリだ」
怪盗は恍惚とした表情を浮かべ、狂信的な笑みが毀れた。
「……運命ってすごいよね。こんな偶然見せられてさ──あれだけ嫌だった神様に、祈ることって必要なのかなぁ!!」




