48 都忘れ、泡沫は霧散す
閃光、すぐに闘いは始まった。
「『侵されたものに安らぎを
苛まれたものに移らぬよう
光る勇気に白の薬を
【ピュリサー】』!」
もう一回、もう一回! とユノちゃんは自分の身を削って、俺がココノエ・ロンダーから吸い取った毒を解毒し続けていく。
その間、ココノエは怪物を切り刻んでいく。空気中の毒を燃やし、また撃ち込まれる毒をすべてエルヒスタが魔力と共に吸い取る。その後、魔力の糸を通して無毒の魔力がエルヒスタからココノエに供給されていく。
『まっ、まるで透析みたいだ……』
「はあっ、はあ……っ!!」
辛い。ただただ辛い。痛みだけが走ってくる。でも、耐えなければっ!!
「斬り伏せるっ! 炎舞 火廻!」
『総逸の灯火』の力で赤熱化した刀から炎が噴出し、ココノエの回転の力で硬い甲殻を無理やり引きちぎるようにして斬る。
「負けないっ……必ずっ!」
高熱を発する刀は、使用者の身までも喰らっていく。それに加えてココノエに回ってくる魔力には、俺の魔力が三分の一くらいは変質して流入しているだろう。そんな状況でまともに剣を振るうことが、凄すぎる。
『ギルカくんとテルオくんが言っていた通りの、最強戦力だね』
ああ、負けてられない。
けどここから動けるようになるまで後少しかかりそう。
☆★☆★
ココノエは焦っていた。体の感覚が消えていることに。思うように動かない訳では無い。五感は多分しっかり働いているし、気合でどうにかなるレベルで奥義を放つこともできるし、総逸の灯火を保つことだって容易だ。ただ、怖いことが何個かあった。
まず一つ目。どれぐらいの魔力が、毒と共に体の中に回っているのかがわからないこと。下手をしたら身体が決壊しかねない。
二つ目、痛覚がないこと。血が出ているかさえもわからないから、急に倒れるかもしれない。
三つ目、間合いがとりにくいこと。変に立体的に見ることができない。視界がブレる瞬間があること。
「炎舞 火鉢! っ……うぉぉぉ!!」
燃やせ、復讐の炎を。焦がせ、血と怒りと憎しみを。
絶対に斬る。恐怖を全て変えてやれ、跳ね除けてやれ。
バギッ、と嫌な音が響く。それは化け物の鱗が溶かされ、その中心、生身に刃が入った音だった。
「行けっ、いけーっ!!!」
大きな声、声援。背中の少年の、発した声。メシメシと鳴く細い刀。
「耐えろっ……!!」
名前も無く、ずっと、彼と共に歩んできた刀が、悲鳴を上げながら肉に切り込んでいく。炎が消え、煙だけが立つ。それでも、ココノエは手を離さない。
「耐え、ろーッ!!!!」
バキンッ!!!! そんなような形容し難い、勝利と確死の音がした。
「あ、あ、あ、あああああああ、!! ──あ……っ」
怪盗の、召喚獣の、怪物の断末魔。ガーメスの体から召喚獣が消滅していく。光の泡が空へと昇っていく。バタリと倒れる、2人の音がした。
☆★☆★
「大丈夫……か?」
気がついたら、走っていた。2人のもとへ駆けていた。
そこにいたのは、目を瞑り眠りに落ちたソウイチ──いやココノエか? すやすやと眠っている。それと、あと1人。
「は、あ……」
謎の光に包まれた怪盗の姿があった。彼の顔から憎悪の感情は一切読み取れなく、放心というには言い難い、妙な安心感を醸し出している。悟った──いや気づいたのか。
「おい、しっかりしろ! 聞こえるか!!」
必死に肩を揺らした。──死ぬ、にしては不思議な現象。まるで、身体全てが消えていくような形だ。その、死の方法は。
まずい、そう思った。だから呼んだ。
「ユノちゃん手当てを! こいつに魔法を!」
え? と動揺するユノちゃん。無理もない。自分だって、何言っているか分からない。不意に、目の前の人間から発せられた言葉を思い出す。
── お前にも何か、あるだろ……? 怪盗のせいで、召喚獣のせいで、失ったものが──
ユノちゃんにも、当てはまると思う。ソウイチにだって当てはまる。彼らは、自我を持って戦いに臨んでいる。それに比べ、俺はただの剣だ。ただ、戦うだけ。目的は自分ではない誰かのため。「極度のお人好しだな」と、アストに言われたこともある。……もし自分があったとしても、目の前の彼のことは殺してなんかいないが。
「早くっ!」
ユノちゃんに手を伸ばして懇願した。惨めに、わるあがきだって分かっているのに。単なるエゴで、自分でやらなければ意味ないんだと知っていても。惨めに、そう惨めに。ユノちゃんは急に態度を変えた俺にびっくりしたか分からないが、確実に一歩引いて、俺の話を聞こうとしなかった。わかり切っていたし、仕方ないんだと思う。でも、俺は!
「もう、聞こえてるし。まだ死なないし」
自分がここにいると示すように、シャツの襟を引っ張られた。
「あ……い、生きてて!」
ガーメス。彼は光の渦の中に、憑物が落ちたかのような温かい笑みを浮かべて佇んでいた。
「なにか、用かい?」
「ああ、単刀直入に聞く。『怪盗』ってなんだ?!」
流石に聞きたい情報が漠然で多すぎると、ガーメスは笑ってから答えた。
「俺が言えることは一つでな。怪盗って、元は逸れ者の集まりだよ。誰もが闇を抱えて生きてきた」
彼の腕はすでに消え、光となって天へと登っていっている。ガーメスはそんなこともお構いなしに言葉を紡ぎ続ける。
「だから、俺たちは元々はただの落ちた人間たちの集まりでよ、1人のカリスマの闇に魅せられた奴等ばかりの。そして、今その冥黒を失ってしまいてな……」
だから暴れているのかも知れないな、と綴った。
最後にと言ってから、殆ど消えかけたガーメスは、その顔で、満面で笑み、そして願った。
「君に、深い闇を感じた。金の目の少年、もし道を間違えていても、俺たちみたいにはならないでね、レプラコーン君」
光が天へと昇っていく。昇天とも呼べるその美しい光の粒は、すぐに色を失って霧散した。
彼が消えたところに、一輪の花が咲いていた。
「キク? これは……」
『ヨメナかな、これは多分。花言葉は、えっと……』
急にふらついて、そして倒れた。
「花言葉は、美しさだっけ? まあいいや。もう、疲れた──」
そう言ううちに意識が朦朧としてきた。疲れたのかな、俺。
『ああ、そうだ。今、読んだよ。花言葉はね──
最後に、セタの声が脳に響いて、その機能を一時停止した。
──しばしの……別れ。だよ』




