44 怪盗“ガーメス”と魔力の糸
咄嗟の判断で、未完全な魔力の糸を使用したために、体にガタが来ていることは分かっている。けど今戦えるのは俺だけ、ソウイチはまだ手当てを受けている。相当傷を負ったのだろう。なんせ、本体と闘っていたのだから。
そしてその本体の前に、俺は立っている。
鋭い威圧感と圧迫感。今すぐにでも捕食されるのではと冷や汗が出てくる。巨大とは言えないが、明らかに鋏角の発達したサソリ型の召喚獣。霧の召喚獣より大きくないから、そこまでの絶望感は無い。影の召喚獣より確実に動きが遅いから、急かされるような感覚は無い。この召喚獣……毒の召喚獣とでも呼ぶべきだろうか? いや、まだわからない。毒はただあの怪盗が得意なだけで、召喚獣は全く別のベクトルに強いのかもしれない。
「『俺の名はガーメス 毒を操り、毒とともにある 故に、我が毒と我が魔法は一心同体──」
怪盗、ガーメスが詠唱を始めた。今の俺なら、どんな攻撃だって受け止め切れる。かかってきやがれ!
「──それは、魔力に籠った明らかな殺意【術式:悪毒の香】』……俺の、切り札さ!!」
飛んでくる魔法は風になって辺りへと散らされる。避けれるものは避け、それが無理なものは魔力の糸を操って弾く。
ただこの魔法、毒がただ乗っているだけであり、魔法を弾いても毒だけは残ったままなのだ。強烈な匂いと、倦怠感が襲う。それは、俺の思考を鈍らせるのには十分な量だった。
『エル君やばい! 致死量くらうぞ、いったん下がれ!』
ダメだよ、まだっ!
「まだソウイチは──!」
毒の魔法が、俺目掛けて一瞬で飛んできた。
……。目を瞑った。死んだと思った。きっと目を開けたら、死後の世界みたいのが広がってるのかな、そう考えた。
実際に目を開けたとき目の前にいたのは、死んだ俺と笑うガーメスではなかった。
「エル、大丈夫?」
羽織を羽織った少年、ソウイチロウ・ロンダー。彼に強引に引っ張られて、魔法の軌道から出れたのだ。
「ソウイチ! 大丈夫!?」
「とりあえずは、ワロキアに助けてもらったけど……」
ソウイチは、おどおとと縮こまりながらこう言った。
「直してもらったら速攻で帰ってきてね! 怖すぎて無理だからね! 本当にな、速くな!」
俺の前に立ち、懐から武器を取り出したソウイチを見て、すぐさま後ろに歩き出す。
「こいやオラ! ボクっ、オレは退いたりしないっ!」
なんとか任せられそうだ、そう思って、俺は戦線を離脱した。
「ソウイチにかけたのって、継続的に毒消すやつ?」
処置の途中(本当に一瞬だが)、俺はユノちゃんに質問をしていた。
「はっ、はい。一応はそうなんですけど……魔法的には、疲労回復の【マナリース】と同系統で、えっと……効果としては、『継続戦闘能力を高める』ようなものなんです」
「えっと、つまり……? 毒には侵されるけど、継続戦闘のために体を麻痺させているってことなの? それとも、毒の周りを抑えているの?」
前者であればかなり危険な状況だ。麻痺を起こさせることは、解毒よりも簡単だって学校で習った。それと私事になるが、前者であれば原理として【パライズバインド】と無理やり同系統だと押し込んで解釈できるから楽だ。
「一応後者です。でも、もともと回復魔法は思い込みや精神に働くものが大半でしたから。前者の流れもまあ……あります。あ、もう終わりました。ロンダーくん同様に魔法をかけて、薬も塗りました」
「ありがとう。じゃ、行ってくる」
腰を上げ、すぐさまクラウチングスタートの足の型に持っていく。
「エル先輩」
ユノちゃんの方向を向く。彼女は少し俯き、奥歯を噛んで、
「戦えなくて、ごめんなさい」
笑えた、自分のことが。だって俺、ユノちゃんより働けてない。
俺は助けられてばかりだ、ソウイチにも、ユノちゃんにも。もちろん、セタにも。
だから、笑った。笑って、言った。
「ユノちゃん……ありがとう──っ!」
『魔闘真流拳闘術奥義、隼撃雷』。俺は足に纏わらせた濃い魔力を使って、怪盗目掛けて飛び出した。
文字通りのロケットスタート。隼のように鋭く、雷のように素早く一撃を喰らわせる。魔闘真流拳闘術の奥義の中で、足をぶっ潰すレベルでの負担が足にのしかかる率的なやつが最高の、間合いを大きく詰めるただ一つの技。
その隼の拳が、魔法を避けて戦いを諦めているソウイチのことを叱咤している怪盗ガーメスの顔に直撃した。
「むぐふぅ!!」
「エル! 遅い!」
くっ、足が……。だけど立っていられる、だからよし。
「いいね、最高だ!!」
怪盗が笑うと、召喚獣も挟角を大きく振り上げて雄叫びを上げる。そしてまた、召喚獣の猛攻が続く。
振り下ろされた鋏角を避けると同時に、怪盗の魔法が毒を運んでくる。鈍る感覚と速くなる攻撃。
そろそろ、仕掛けなければ!
「いくぜ怪盗! 喰らいやがれ、魔闘真流拳闘術奥義!」
逃げてばかりのソウイチを背に、宣言する。今までよりも、より強化された奥義の発動を。この距離からでも、召喚獣に乗った怪盗を狙える、広範囲の拳闘術奥義。
その名は【千仭一音】。刃に見立てた数千にも分けられた魔力を、一回の拳で相手に打ち出す技。千の刃は逃がさない、卑劣な怪盗と召喚獣を。
「いけっ!」
ドゴッ!!!と激しい音が鳴る。千の刃に襲われた怪盗たちは地面が巻かれた砂煙でよく見えないが、その攻撃が止まったことは確かだ。
「エル、やったか!?」
駆け寄ってくるソウイチ。……それ、フラグでは? と思ったが、もう終わりだろ。体も持たない。勝った、はず──
「エル危ない! ……グハッ!」
目の前にあの鋏角が迫ってきていた。慢心していた俺を庇ったのはソウイチ。目の前で赤い飛沫が散る。
「ソウイチッ!!!」
目の前で、肩から血を流すソウイチ。痛みに苦しむ表情をしている。
「大丈夫かソウイチ!」
返事はあったが浅い返事。そして、それを見ていたユノちゃんがこちらに走ってくる。
「ユノちゃんダメだ、今来ちゃ──」
攻撃は、止まらなかった。今度はユノちゃんに鋏角が迫り来る。思い切り振り下ろされる、その瞬間また血が飛んだ。
──ソウイチロウ・ロンダーの、赤い鮮血が。
「ワロキアは、傷ついちゃいけないらしいから……さ、ボク達で守んなきゃな。ははっ、でも……トゥルオーラにこっぴどく怒られちゃうのは、嫌だな──」
バタリと、彼はその場にうつ伏せに倒れ込む。息はあるものの、それは実に不安定で、今にも糸が切れそうなほどに衰弱していた。薄色の肌には血が流れ出て、こちらから見えている黒い右眼は少し濁っていた。
「毒を食らわば皿まで、敵を殺すなら最奥までいたぶる。──そんなことは無理だ。その前に人は事切れる」
瞬間、背から言葉が聞こえた。
「ガー、メス。おまえはッ!!」
「まあ、そうとはいえ……使わなければいけないな。あのクソ魔術師の魔法書を!」
右手に魔法書を捕まえて、そして彼は宣言した。
「『ガナムの書、第七章第四節。【人ならざるものとは、人を逸し、人を殺すもののこと】』、『我は汝の導きに従い、世界の理に名を連ねるもの』」
彼の背後にいた召喚獣が魔力の塊へと変貌し、ガーメスを飲み込んでいく。その光景は、捕食と言っても過言ではなかった。
「『汝の形は我が形に、汝の力は我が力に、そしてその対価として──」
凄惨で、それ故に恐怖した。怪盗の目は血走り、もう元の形を忘れている獣のようだった。
「これは……何、がっ?」
『怖いな、エル君。でも、退くなよ』
わかってる、そんなこと。もう諦めないし、負けない。活路を開くこともできるし、活躍できることもある。やるべきこと、それをやるまでだ。
だから、かかってきやがれ召喚獣。
「そしてその対価として──私の全てを授けよう』!」




